美少女、山へ行く①
第四十九話 美少女、山へ行く①
目覚ましの音が部屋に鳴り響く。
朝か……。僕はもそもそとベッドの上で時計を確認する。時刻は朝の六時を回ったところだ。
「う……ん」
ベッドの中でもぞもぞとする。
いつも寝起きはさっぱりすっきりなのに、今日はなんだか布団の中にいたい気分だ。何故だろう、余り起き上がる気力がない。体が重く感じる。
今日から山に行くのに、夏バテでもしちゃったかなあ。
僕らはキャンプと呼んでいたけど、実際は自分たちでテントを組み立てるような本格的なキャンプではなく、コテージに宿泊するだけだ。バーベキューもバーベキュー用のコンロなどを現地で借りる。
言ってみれば殆ど山の施設に宿泊しにいくだけなのでキャンプじゃない。初めはちゃんとしたキャンプにっていう話だったけど、誰もテントなどのキャンプ用品を持っていなかったし、持っていたとしても電車移動なので持っていくのが難しいしで、結局山にお泊りに行くという方向で落ち着いたのだ。
ま、まあ気分的にはキャンプ場にある施設に行くから、キャンプって言っちゃうんだけどね。
それでもみんなで何かしに行くっていうのは、僕にはすごく楽しみなイベントだった。だから昨日の夜はわくわくしちゃってはしゃぎすぎちゃった。ひょっとするとそのせいで疲れてしまったのかな。まったく、行く前にはしゃいで疲れるなんてもったいない。
理由はどうあれ、このまま布団に入っているわけにもいかないので、僕はベッドから降りる。
立ち上がると、少し頭がぼーっとしているような気がするし、体も少しほてっている。まずは顔を洗ってさっぱりしよう。
洗面所で顔を洗うと大分すっきりした。目も覚めたし、ボーっとしてた感じも薄れたと思う。単純に寝ぼけていただけだったかも。廊下の空気に当たったら火照っていた体も冷めたみたいだし、寝苦しい熱帯夜のせいで暑かったのかも。
部屋に戻って今日の服に着替える。昨日の内から準備しておいたので慌てることはない。
今日は山に行くので、流石にスカートは履けない。なので、下は黒タイツとハーフパンツの組み合わせ。上は半袖のTシャツ。一応上から羽織れるように長そでのシャツも持っていく。
朝ごはんも食べて、荷物の確認もしたので、玄関で良治を待つ僕。
今日は荷物があるので、バスで行く予定だ。皆とは電車の乗換駅で待ち合わせをしている。僕と良治は家が近いので一緒に行けるけど、みんな駅がばらばらなので、最終的に山へ行くのに乗り換える電車のホームで待ち合わせにしたのだ。
やがて玄関のチャイムが鳴り、良治が来た。
「はいはい、今行くねっ」
僕は荷物を肩に背負って、玄関の扉を開ける。
「おっす。おはよう、今日も可愛いな」
「はいはい、そういうのはいいんで。早くバス停に行こうね」
良治のことだし、どうせ冗談なんでしょっ。まあ本気で言われてもそれはそれで、ちょっと困るんだけどさ。横目に良治の様子を見ると、ちょっと残念そう? な顔をしていた。ふふん、僕だっていつまでも真っ赤になって照れたりはしないのだ。
まだ朝だというのに既に気温は三十度を超えているとテレビで言っていたけど、本当に暑い。部屋の中との温度差からか、思わずふらついてしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
良治が僕の顔を覗き込む。
「ごめん、大丈夫。思ったより暑くて、ちょっと驚いただけだから」
「そうか? ちゃんと水分とっとけよ」
僕は良治の顔を見て頷く。いつも冗談ばかりのどエロスだけど、結構気遣ってもくれてるのは僕でもわかる。
熱中症とかにならないように気を付けないといけない。
「それじゃあ行こうかっ。乗り遅れちゃうと大変だしね」
僕たち二人はバス停に向かう。
皆との合流地点までは良治と二人のままだ。二人でいても気まずくならないのが良治のいいところではある。
二人でくだらない話をしていると、あっという間に合流地点に到着する。
駅のホームには東吾だけ来て待っていた。
「おはよう。いいよなあ、アユちゃんと二人で来られるって」
暫く待って、桜子ちゃんと萌香ちゃんもホームにやってくる。
学校があるときは毎日集まっていた五人だけど、夏休みに入ってからこの五人が集まるのはこれが初めてだ。
みんな揃って電車に乗り、いざ山へと向かう。
******
「うわー、中は凄い綺麗じゃん」
キャンプ場のコテージに入ると、桜子ちゃんが感嘆の声を上げる。
中に入ると、木の香りがしてとても気持ちがいい。
桜子ちゃんを先頭に、僕らはぞろぞろとコテージ内に入っていく。
「へえ、なかなか快適そうだな」
中を見回した良治も満足そうに頷く。
ログハウス風のコテージは、一階に大きな部屋が一部屋と簡易キッチン、シャワーとトイレがあり、二階には一部屋あるだけという構成になっている。二階と一階は吹き抜けになっている。一階の大きな部屋はフローリングの床の上に木製の椅子と机が設置されている。一方で二階の部屋は畳が敷かれており、据えつきの押入れには布団が置かれている。
荷物を置くと、コテージの中を色々とチェックする。
シャワールームはかなり狭い。一人ずつしか入れないくらいの広さしかないかな。簡易キッチンはコンロ一口で、流し台も狭い。殆どお湯を沸かしてカップラーメンを食べるくらいの用途にしか使えないんじゃないかな。二階の部屋はかなり広い。ここでみんなが雑魚寝って感じになりそうだ。
「ねーねー、お腹すいたよね。キャンプ場内にカフェがあるみたいだから行ってみようよっ」
「お、いいねー。もうカップラーメン決定だと思ってたよ」
椅子に座ってマップを見ていた萌香ちゃんの提案に、東吾は嬉しそうだ。
本当は駅を降りたところで何か食べられる店がないかと思っていたんだけど、想像以上に何もなかったのでとりあえずキャンプ場まで来てしまったのだ。一応売店でカップラーメンは売ってるみたいだから、最悪それでいいかという話になっていた。
キャンプにまで来て、みんなでカップラーメンがご飯というのも寂しいので萌香ちゃんの発見は素直に嬉しい。
東吾以外のみんなも、渡りに船という感じで、カフェで食べることに異論はないので早速向かうことになった。
キャンプ場内は森の中ということもあって、日差しもやや弱く比較的涼しい。まあ比較しているのがアスファルトの上とっていうだけなので、暑いことは暑いのだけど。
オートキャンプのエリアには色とりどりのテントが見える。また、沢の方からは子供の声が聞こえてくる。 やはりこの時期のキャンプ場は結構混んでいるようだ。僕らのコテージもギリギリ一個残ってたのを予約できた感じだったしなあ。しかもキャンセルで偶然空いたみたいだったし。
萌香ちゃんの見つけたカフェは結構混んでいたが、何とか五人が入れたので幸いだった。
カフェというだけあって軽食くらいしかないけれどもなかなかにリーズナブルな価格のメニューとなっている。
「そういや、海水浴はどうだったんだ? 楽しかった?」
席で注文を終えた東吾は、向かいに座っている僕ら三人を見回して聞いてきた。
「すっごい楽しかったよー」
ニコニコして答える萌香ちゃん。
「そうそう。海はすっごい良かったね。アユミちゃんの水着も可愛かったよー」
桜子ちゃんがちらりと良治を見る。
「くそおおおお。何でおれは補習だったんだぁあああ」
悔しさをにじませる良治。まあ、桜子ちゃんとかの水着姿を見られなくてがっかりなのはわかるけどさ。
「そりゃ英語赤点だったからだろ……」
正論をズバリと言い返す東吾。東吾に至っては、付き合いで海水浴をキャンセルしたようなものなので、まさにとばっちりだ。
芳乃さんや藍香ちゃんと行く海水浴も良かったけど、僕だってみんなで行くのもちょっと楽しみにしてたんだから。
「芳乃さん優しかったなあ……。あんなお姉ちゃんがいるの羨ましいなあ」
僕は芳乃さんを思い出していた。色々察してくれて、気にかけてくれる。本当に優しいお姉さんで羨ましい。
「えー。私にとっては、お姉はホントに口うるさいし欲しいならあげたいくらいだよ」
桜子ちゃんがちょっとうんざりしたような顔で言う。くれるならもらいたいよ。契約成立してもいいんじゃないかなあ。
代わりに要をあげるんで、どうにかひとつ……。要はこの前父さんにお灸を据えられて少しおとなしくなったけど、いつぶり返すかわからないしね。
「アユミちゃん! アユミちゃん! 蒼井君とはあの後連絡取ってるの?」
「えっ!? うん、一応何通かメールが来たから返信はしたけど」
海水浴の後も、蒼井君とは完全に縁が切れたわけではなかった。
あの時の夜、彼の中での僕の印象はあまりよくなかったと思う。それでもメールを送ってくれたのは少し驚いた。メールが来て返さないわけにもいかないので、返事はしているものの僕自身がどうありたいのかは未だに決めかねている。
本当はわかっているような気もするんだけど、決定してしまうと何かが終わってしまいそうな漠然とした不安があって……。
「ちょっと待ってくれ、そのアオイ君とやらは誰なんだ?」
良治が驚いた表情で僕を見つめる。
萌香ちゃん、結局良治にメールとかしてないんだ。海でするとか言ってたけど……。良治にメールしたところで何にも反応なさそうだからやめたのかな。
「アユミちゃんに声かけてきた男の子がいたんだよーっ」
「ま、マジっすか。何で言ってくれなかったんだー!」
そんなに慌てて報告するような話でもないんじゃないかなっ。
っていうか報告したとしても、良治は補習中だったわけでどうにもできないでしょ。
「でも結局断ったんでしょ?」
ここで東吾が話にまじってくる。あんまり触って欲しくないトピックスなんだけど、男の子も女の子もこういう話は好きなんだなあ。
「あれ、断ったんだっけ?」
「うーん。延長戦というか……」
桜子ちゃんが尋ねてくるも、僕の方でもよくわかっていない。
あの時は僕が僕でパニックになってたし、いい雰囲気とは言い難い感じだったけど……別に告白されたわけでもなく、それを断ったわけでもない。こういうのは、なんていうんだろうね……。
「延長戦!? あの告白されてもラブレターは無効で対面で告白しても百パーセント断ると裏サイトで噂の姫君がっ!?」
「あの裏サイトまだ僕のスレッドあるの……」
もうとっくに飽きたものかと思ってたけど、結構長く続いてるんだね……。
「アユちゃん、付き合うの?」
東吾も東吾で僕のことなんて気にしなくてもいいのに。
何故か食いつきの良い面々に僕は少し面喰ってしまう。
「えと、そういうのはまだないかな」
「「まだ!?」」
良治と東吾が同時に反応する。
そこに反応するんだ。別に意味があってそう言ったんじゃないんだけどっ! もう、面倒くさいなっ!
「蒼井君は結構いい人そうだったしねっ。アユミちゃんにすっごい優しいし、セクハラしないし。ここ重要だよねっ」
うん、確かにそこは大事だよね。
女の子になってしばらくは別に体触られようが困ったなあって感じで済んでたんだけど、時がたつにつれ段々と嫌な感じになってきたのは否めない。
「おいおい、皆瀬。セクハラならお前らもやってただろうっ」
「ふっふっふ、私たちはもうそんな真似しませんーっ! ネッ、桜子ちゃん」
「えっ!? ええ、そうね。その通りだわ!」
ちょっと言いよどんだ桜子ちゃんに、俄かに不安を覚える僕。しっ信じてるからねっ!
「なん……だと。いつの間にか梯子が外された状態に……どうするよ吉川……」
良治は東吾の顔を伺う。
「いや、俺は元々体とか触ってないし。まあ、喋る内容は気を付けようと思うけど」
彼の戦友は、同類としてカテゴライズされたくないようだ。
「お前とは違うぜ」という雰囲気で良治の言葉をさらりと受け流す東吾。
「わかった。ならば俺も触るのはやめよう!」
「そんなドヤ顔で言われても、それって当たり前のことだよねっ。良治」
そんな話をしているうちに、お昼御飯が運ばれてきたので、ここで話は打ち切りとなった。
というのも、ご飯の話題に変わったからだ。
みんな、ハンバーガーやサンドイッチを頼んだんだけど、かなり量が多いのだ。
僕の頼んだハンバーガーもかなりでかい。肉も分厚いしレタスもいっぱい入ってるし、凄く美味しそうなんだけど。軽食というか、メニューとしては軽食なんだけど、ものすごい重そうなんだよね。
その視覚的なインパクトのおかげで、「でかっ」という東吾の一言から話題が変わったのだった。
何にせよあの話題が続かなくなったのは良かった。
ま、まあそのでかさのせいで、食べ終わった後しばらくの間は動けなくなってしまったのだけど……。