美少女、海へ②
第四十二話 美少女、海へ②
旅館に到着し、チェックインを済ませた僕らは、部屋で休憩していた。
……まあバスで来て、パフェ食べただけなんで、休憩する必要なんてないんだけど、ぶっちゃけた話やることがなかったのだ。だって雨なんだもの。しょうがないよね。
僕らが宿泊する十二畳半の部屋は、綺麗な畳が敷かれ、真ん中には大きなテーブル、そしてその周りには五脚の座椅子が置いてある。本来であれば、奥の窓から海が一望できる素敵な部屋なのだが、今日はあいにくの天気のため、その素晴らしいはずの眺めも少しばかり残念なものになってしまっている。
ちなみにこの宿は、海が見える大浴場、および露天風呂が売りらしい。部屋にも一応バスルームはあるけど、あまり使われることはないようだ。
買ってきた漫画でも読もうかなと思ったけど、旅行に来てまで漫画読むのもどうなのか。
うーん。
よし、旅館の探検にでも行こうっ!
その旨をほかの子に伝えると、萌香ちゃんと藍香ちゃんも行きたいというので一緒に行くことになった。
館内を三人でぞろぞろと歩く。
「卓球台があるよっ卓球台!」
「おねーちゃんはサーブすら打てないのに何でそんなにやりたがるの……」
萌香ちゃんが台に飛びつく勢いだったのを見て、藍香ちゃんが呆れ顔だ。
ふふふ、僕でもサーブは打てるぞっ。これは戦えば勝てるかもしれない。だが待ってほしい、サーブだけで勝負がつく試合が面白いのかと……。
さらに奥に行く一向。大浴場の前を通る。
「大浴場だよ、アユちゃん! 一緒に入ろうねっ」
きらきらした瞳で僕を見る藍香ちゃん。
ちなみに藍香ちゃんの方が背が高いので僕を見下ろす形になっている。
「謹んでお断りしたい」と正直に答えたいのも山々なのだけど、それを言うと凄いしょんぼりするのは目に見えているので、どう答えたものかと考えた挙句、
「う、うん。時間が合えばね」
等と意味不明なことを答えてしまった。
一緒に来てるんだし、一緒の部屋なのだから、時間は合うに決まっている。
「じゃあ、私も一緒に入るねっ」
萌香ちゃんも同じような目で僕を見つめる。
本当にこの姉妹は似ているから困る。双子なんじゃないかと思うくらいだ。
僕思うんだよね。流石に一緒にお風呂はまずいって。
僕は、そのほら、水着とかも着るの慣れたし、他の女の子の水着とかも平気だし、更衣室も平気になっちゃったけど、やっぱり一緒にお風呂はまずいよっ!
これで体も男だったら、もうすでに数十回は逮捕されているんだろうな、という現実を考えると少し怖い。
それに水着はまだ布があるし、着替え中だって他の人を見てるわけじゃないじゃん! でもお風呂はもうどうにもならないじゃん! 僕が見るのもまずいけど、見られるのも恥ずかしいんだよっ!
「アユちゃん、一緒に入りたくない?」「アユミちゃん、嫌?」
うっ……。またこの目だよ。こんな捨てられた子犬みたいな目で見つめられたらどうしようもないじゃん。
「ワカリマシタ……。いっしょにはいろうね……」
ひきつった笑顔で答える僕。それとは対照的に、本当に天使のような笑顔になる二人。
もうどうにでもなぁれっ。
「あっ、そういえば!」
萌香ちゃんが、何かを思いついたようで、ポンっと手を叩く。
僕と藍香ちゃんは二人とも首をかしげる。
「今日の夜、みんなでお喋りするのにジュースもお菓子もないじゃんっ!」
「ああっ! そうだね。おねーちゃんナイス! これから買いに行こうよ」
そう言えば部屋にはお茶しかなかった。
荷物もかさばらないようにお菓子は入れていない。
「じゃあ皆を呼ぶ?」
僕はスマートフォンを取り出す。
「うーん、そんなに多くはならないだろうし、私たちだけでいいかなっ。皆が部屋出ちゃうと、鍵とか返さないとってなっちゃうし」
萌香ちゃんの言葉に「それもそうか」と思ってスマートフォンをしまう。
女の子五人なんだし、大した量も要らないだろう。全員で行くとあれもこれもと買う量だけ多くなって食べきれない可能性のが高い。
コンビニに到着すると、スナック菓子やお茶、ジュースや紙コップをかごに詰め込む僕ら。
「桜子ちゃんは、辛いポテトチップスが好きなんだよー。でね、芳乃さんもそうなのっ。二人とも結構好きなものは被ってるんだよねー」
「そうなんだ。じゃあこのピリ辛タバスコポテチでも買って行こうか」
みんな結構好きなものは違う。
甘いものは総じて好きなようだけど、スナック菓子なんかになってくると、結構味の好みが変わってくるようだ。
桜子ちゃんや芳乃さんは辛いタイプ、藍香ちゃんはうす塩、萌香ちゃんはバーベキュー味が好きらしい。僕はこれが好きっっていうのが特にないので、四人のために買ったのをつまませてもらえばいいかな。
水羊羹は……欲しいけどみんなで食べられないから、今回はお預けだよね。うん……。
「あれ? アユミちゃん水羊羹買わないの?」
「だってこれ、みんなで食べられるものじゃないし」
「気にしなくていいよー。アユミちゃんが喜んでる顔が見られれば、それでみんな満足するから」
お言葉に甘えて一個だけ入れることにした。
あんまり食べてるところを見られたくはないんだけど、それを我慢すれば一個食べられるのであれば、それくらいは我慢しようっ。
お会計を済ませて、ビニール袋を下げる僕。
あー、しまったなあ。これペットボトル入ってる奴だった! 適当なの選んでしまったけど、これは結構重い……。かといって、これ重いから代わって欲しい……なんて言うのもできない。だって相手も女の子だもの……。
「アユミちゃん大丈夫? 持とうか?」
店の中でビニール袋を地面に置いてしまっている僕に、萌香ちゃんが声をかけてくれる。
僕はぶんぶんと首を横に振る。ま、まあ重くても持てないわけじゃないんだよっ! 僕だってたかが五キロ程度のビニール袋が持てないわけじゃ……! ただちょっとね、旅館までの道のりを持っていくのを思うと、意識が遠のくというか。
まあでも、結局は持っていかないといけないんだから、頑張るしかない。
よしっと気合を入れる僕。
「君、大丈夫?」
「へ?」
気合を入れたところで、後ろから声をかけられて思わず間抜けな声が出てしまう。
振り返ると、どこかで見たような顔がそこにはあった。
「あれ、君って今日駅前の本屋にいなかった?」
……あっ! そこまで言われてようやく思い出す僕。
そういえばこの人、漫画本を取ってくれた人だ。何でこんなところにいるんだろう。
「あ、ああ。あの時の。ごめんなさい、思い出せなくて」
「あはは、あれだけで覚えてるほうがおかしいよ。ここで会ったのも何かの縁だし、持って行ってあげるよ」
どうする、アユミちゃん。
僕は脳内で会議を始める。
持って行ってもらっちゃえ! が過半数を占めている。どうやら僕の脳内のアユミちゃん達は、重いものを持つのは無理と、初めから諦めているようだ。
いやいやいや、待ちたまえ! 会って数秒の人に荷物押しつけるのはひどいんじゃない? いくら重くてふらつくかもって言っても、自分たちの荷物は自分たちで持つべきでしょっ。
「厚意は嬉しいですけど、自分の荷物なので、自分で旅館まで持っていきますっ」
「旅館? この辺の旅館って言うと、『あおい旅館』?」
「へ? あ、はい。そうですけど?」
「そこ、うちの母さんの旅館だから」
なんという偶然。余りの事に少しの間絶句してしまう僕。
僕が固まっていると、そこへ萌香ちゃんと藍香ちゃんが乱入してきた。
「アユミちゃん大丈夫!? ナンパ!?」
ぎろりと男の人を睨む萌香ちゃん。まさか、投げ飛ばす気じゃないよねっ!
忘れがちだけど、こう見えて萌香ちゃんは昔柔道やっていたりしたらしい。こんな小柄な体をしておいて、投げ技は得意だというのが恐ろしいところ。
「いや、違うと思うよっ! その、荷物持ってくれるって言ってくれたんだけど、知らない人に持たせるのは良くないから断ったんだけど、そしたらなんか僕らの旅館の身内の人らしくて?」
僕が早口で答えるのをふんふんと頷いて聞いている萌香ちゃん姉妹。
ちょっとよくわからない部分もあったかもしれないけど、一応理解してくれたようだ。
それに加えて、男の人が旅館の人だって証拠に、でっかく『あおい旅館』と書かれたのぼりが据え付けられた自転車を持ってきたことで、完全に信用したみたいだ。
「てっきりナンパかと思っちゃったよ。アユミちゃん一人だと、すぐナンパに引っかかりそうだから」
「そうそう、アユちゃんは心配だよねー」
前を歩く萌香ちゃんや藍香ちゃんが後ろの僕を振り返る。
いやいや、僕だってそんなに引っかかってるわけじゃないよっ。プールでの一回しかないよっ!
しかも年下の藍香ちゃんにまで心配されているという情けなさ。僕涙でそう。
「ははは。でもコンビニの中でやる人は少ないと思うよ」
自転車を押す彼、蒼井 直樹は笑う。
結局「お客さんだと聞いたからには荷物くらい持たないと母さんにどやされるんで」ってことで、彼に荷物を持ってもらっている。
僕の荷物はカゴの中、萌香ちゃんや藍香ちゃんの荷物は、ハンドルと一緒に手で持っている。後ろの荷台にはウーロン茶のペットボトルのケースが括り付けられていて、さらにそれで傘までさして全くバランスを崩さないんだから、器用なものだと思う。
ちなみに「あおい旅館」の「あおい」は彼の家の苗字だったりするらしい。
「佐倉さん達は、今日からうちに泊まるの?」
蒼井君の横に並んで歩く僕。
四人が道路に並ぶのは危ないので、萌香ちゃん姉妹が前で僕ら二人が後ろになったのだ。
「はい、そうですけど」
「あっ、俺に敬語とかいらないから。でも今日は残念な天気だったね。明日は天気良いらしいから楽しめると思うよ」
「そうなんですか。それは嬉しいですねっ」
僕は彼ににっこりとほほ笑んだ。
あ、敬語要らないんだっけ。いきなり敬語なしでって言われても困っちゃうよね。多分年上なんじゃないかなって思うし。
彼はというと、僕の方を見たまま固まっていた。
「どうしたの? 行きますよ」
「あ……なんでもない」
彼は頬を掻いて、僕から目を逸らす。
むう。何か機嫌を損ねてしまったようだ。
コンビニと旅館の距離は近く、ものの数分で旅館にまで到着する。
「ごめん、ちょっと自転車置いてくるから待ってて」
彼は自転車を押して奥に向かう。
よく考えてみたらビニール袋三つあるじゃん。ペットボトル入りと違ってほかの袋は大分軽いけど、流石に三つはかさばると思し手伝おうかな。やっぱりやらせっぱなしっていうのもよくないしね。
僕は萌香ちゃんにそう告げると、自転車を押して裏手に回る彼を追う。萌香ちゃんは何か驚いているようだったけど「がんばれっ」と謎の応援をしてくれた。お菓子のビニール袋を持つのに、何を頑張るというのか。
旅館に着いた頃に雨も止んでいた。僕は傘を閉じ、彼の後を急いで追う。自転車を押しているので、幸いにもすぐに追いつけた。
「袋持つの手伝うよ」
「あれ!? 別にいいのに」
「いやいや、三つも持たせるのは悪いし」
僕は蒼井君の横に並んで歩きはじめる。旅館の裏手には蒼井君の家があり、コンビニに来てたのは単に家の買い物だそうだ。
「うちの荷物を玄関に入れたら、佐倉さんの荷物持っていくから待っててね」
僕は黙ってうなずく。
彼は自転車をスタンドで止めると、一旦僕らの荷物を玄関に入れて、その後にウーロン茶のケースを玄関へ運ぶ。ウーロン茶のケース、二リットルのが四本も入ってるのに全然重さを感じさせない動きで運ぶ蒼井君。
あんなの男の時でも大分苦労しそうだよ。力あるんだなあ。
「あら、直樹帰ってたの?」
家の奥から少し甲高い声が聞こえてくる。
やがてその声の主も玄関先に姿を現す。そして玄関先で僕を見つけると、驚いた顔をする。
「あらあらあら、直樹がこんな可愛いガールフレンドを連れてくるなんて! ごめんなさいねぇ、おもてなしもできないで」
「いえ、おかまいなく」
「直樹、母さん本館の方に行くから、ちゃんと彼女をもてなすんだよっ」
「母さん、違うからっ!」
しかし彼の声も空しく、彼のお母さんは再び奥へ入ってしまった。
彼は僕の方を見て困ったように笑う。
「悪い、なんか勘違いしたみたいで。うちの母さんせっかちなんだ」
「あはは。別に気にしてないからいいよ」
僕は蒼井君からお菓子の入ったビニール袋を一個受け取る。
そしてまた来た道を二人並んで歩く。
「そういや、明日海に行くんでしょ? この時期は、海水浴場で海の家も出してるから良かったらお昼とか食べに来てよ。なんかオマケするよ」
「そう? それじゃあ皆にも言っておくね。行くかどうかは約束できないけど」
僕はまた彼に笑いかける。
すると蒼井君はまた、ふいと視線を逸らす。
ああ、なるほど。この人は僕と同じなんだ。多分女の子と視線が合ったりすると緊張しちゃうタイプなんだろう。なんか親近感わくなっ。僕もそうだったし、今でも目を合わすのは結構苦手だったりもする。
しかし僕と違うのは、そういう照れ屋で小心者な性格のはずなのに、やたらと声をかけてくれたりしてくれるところだ。何故なのか……。
まあいいか、人に優しくできるのは美徳だよね。
旅館の表に戻ると、萌香ちゃんと藍香ちゃんも待っててくれていた。
そのまま蒼井君に荷物を運んでもらう。流石に部屋の中までは入れられないので、部屋の外で荷物を渡してもらい、そこで彼とは別れた。
「ねえ、アユちゃんっ! 彼のコトはどう思う!?」
「へ? どうって何が?」
僕が首をかしげると、藍香ちゃんは露骨に肩を落とした。
「……おねーちゃん、アユちゃん全然その気なさそうだよー」
「えー、つまんないなあ。……ちょっとホッとしちゃったけど」
何が何だかわからないまま僕は部屋に戻った。
中では桜子ちゃん姉妹が仲良くテレビを見ていた。
「あ、おかえりー。遅かったわね」
「あら、お買いものもしてきてくれたのね。お茶淹れるわ」
芳乃さんが急須でお茶を淹れてくれる。僕ら三人は荷物を部屋の隅に置くと、お茶をいただく。
はあ、ほっとするなあ。窓の外を見ると、雨が止んだ雲の隙間からうっすら夕焼けの色が見える。
それにしても今日は偶然が偶然を呼んだというか、不思議な体験をしたなあ。
僕はお茶をすすりながら、今日の不思議なことを思い出していた。蒼井直樹君ね……。
海はどうしたんでしょうか('A`)
多分次も海に1ミリも入りません。タイトル詐欺でした。ひょっとしたらそのうち変えるかもしれません。
でも海水浴のところは周辺含め沢山書きたいので気長に構えていただけると嬉しいです。