美少女、海へ①
第四十一話 美少女、海へ①
夏到来! 夏休み! さあ、海に行こう!
……と意気込んだ僕ら五人、萌香ちゃん姉妹と桜子ちゃん姉妹、そして僕だったけど、何故か今は本屋さんにいます。
ガラス張りとなっている雑誌コーナーから外を伺う僕。
しとしとと雨が降り、水たまりにたくさんの波紋が広がり、そして重なっている。
どうしてこうなった! もっと仕事してよ太平洋高気圧さんっ! これが良治の呪いだというのか……。おのれ良治……。
七月の終わり。
僕らは海へ行く二泊三日のプランを立てていた。
安価な宿も探し、さあ準備万端。あとは行くだけとなったのだけど、初日は雨となっている。一応天気予報では明日以降晴れるみたいだけど、盛り上がってたところに、出鼻をくじかれた形になってしまった。
現在の状況としては、海の最寄の駅に到着し、後は海水浴場へ向かうバスに乗ればOKという状況なのだが、バスが来るまであと三十分もあるため、こうして本屋で時間をつぶしている。
僕は本屋さんの雰囲気が好きだ。
入った瞬間の紙の匂い、インクの匂い、静かな雰囲気がとても落ち着く。……何故か本屋さんに入るとトイレに行きたくなったりするけど。
この駅前の本屋さんは、比較的広く沢山の本が置いてある。みんな中でばらけてしまったので、今は僕一人本屋さんの中を歩いている。
萌香ちゃんや藍香ちゃんは少女漫画コーナーへ、桜子ちゃんは文庫、芳乃さんは雑誌を見に行ったようだ。僕はというと、少年漫画のコーナーにやってきていた。
棚は天井まで伸び、所狭しと漫画本が並んでいる。
僕は漫画雑誌も読まない単行本派なので、表紙を見て良いと思ったものをとりあえず買うくらいで、全然新作とかの情報はない。そういう僕には平積みされている本はありがたい。手に取らずに表紙が見られるからだ。
一冊面白そうな漫画が平積みされていたので見てみると単行本の三巻だった。
一巻と二巻はどこにあるんだろうと思い、辺りを見回すと、棚のかなり上の方に並べられているのを見つけた。
何でこんなに棚が高いんだよ、と思いながら手を伸ばす。
届かない。
ワンモア! 今度は背伸びをする。……が、ダメ! 届かない。
意地の三回目。届くわけもなく、撃沈。
この棚不良品だよっ! 少年漫画のコーナーなんだから少年とかが取れる高さにしといてよっ!
店員を呼ぶか、踏み台みたいなのを探すかと迷っていると、不意に横から手が伸びて僕が取ろうとしていた本が差し出された。
「はい」
「あっありがとうございましゅ」
いきなり予期せぬことをされたから、噛んじゃったじゃないか。
しかも知らない人の前で醜態をさらすとは……。あ、これ絶対僕の顔赤くなってる。耳の後ろが熱くなるから、はっきりわかるんだよね……。ああもう恥ずかしいなあ。
差し出された漫画本を受け取る。そこでようやく相手の顔を見る僕。
さらりとした黒髪に、日焼けした褐色の肌。Tシャツとハーフパンツにサンダルと、超ラフな恰好なのに何故か様になってるガタイの良さ。身長も僕より二十センチくらいはゆうに高い。顔もきりっとした眉に、意志の強そうに締まった口。その割に目は少年のようにキラキラしており綺麗に澄んでいる。
かっこいいな、というのが一言でいうところの感想だった。
彼は、真っ赤になっている僕を見てくすりと笑う。
「それ、俺も読んだけど結構面白いよ」
「そうなんですか?」
「うん、特に二巻辺りからぐっと面白くなるかな。一巻だけだとちょっと微妙かも」
「なるほどー。じゃあ一巻と二巻を買っておこうかな……」
僕が一人そう言うと、彼は二巻も取ってくれた。
世の中には親切な人もいるものだ。
「それじゃ、俺そろそろ行くから」
彼はそういうと、少年漫画のコーナーから離れ、僕の前から姿を消した。
「あれあれあれぇアユミちゃん、さっきの人は誰? いい雰囲気じゃなかった?」
にゅっと棚の後ろから出てきた萌香ちゃん。
「み、見てたの!?」
「うん。棚の前で「とどかないー! くすん」って感じの時からずっと見てたよ♪」
ほぼ最初から全部じゃんっ! それにさも「小さくて可愛い」って感じで言ってるけど、萌香ちゃんだって届かないでしょ。僕より二センチ高いだけじゃん!
「それでそれで、さっきのカレは誰!?」
さらに萌香ちゃんの後ろからにゅって出てくる桜子ちゃん。桜子ちゃんもいたんかい!
「いや、全然知らない人だよ。本を取ってくれただけ」
「なぁんだ。ちょっといい雰囲気だったから、アユミちゃんに彼氏がっ!? とか思っちゃったよっ」
何故か嬉しそうな萌香ちゃん。
別にいい雰囲気……ではなかったと思うんだけどな。単純に僕が自爆して勝手に真っ赤になってただけで。周りから見れば、照れて真っ赤になってたように見えたのかな。
「アユミちゃん。そろそろバス来るから、買うなら買っちゃってね」
桜子ちゃんの言葉で、僕は慌てて時計を見る。
いつの間にかバスが来る時間の五分前になっていた。僕は慌ててお会計を済ますと、桜子ちゃんや萌香ちゃんと一緒にバス停へ向かう。そこには既に芳乃さんや藍香ちゃんが並んで待っていた。
「アユちゃん、遅い―」
「ご、ごめんっ」
藍香ちゃんに謝る僕。そんな様子をニコニコしてみている芳乃さん。
ちなみに芳乃さんもTシャツとショートパンツに厚底サンダルとラフな恰好だ。それでも道行く人が振り返るほどのオーラがあるあたり、流石モデルさんと言ったところだ。
僕も芳乃さんと似たような恰好をしてきてしまったため、「ペアルックみたい」とはやし立てられたものだ。僕としては、胸とか身長とかを露骨に比較されてしまうので、しまったなあとしか思わなかったんだけどね……。
程なくしてバスがやってきたので、乗り込む一行。
雨は未だ止まず、今日に海で泳ぐのはもう諦めよう。
「ねぇねぇ、着いたら何する?」
バスの中でガタガタ揺れながら、萌香ちゃんが僕含む四人に尋ねる。
正直な話、僕らは海で泳ぐぞー! という目的が先行していて、それができなかったときの話は全く考えていませんでしたっ。
「そうね。美味しいパフェが食べられる喫茶店があるらしいわ。そこでお茶でもする?」
芳乃さんが旅行雑誌を手に持ちぱらぱらめくっている。
さっきの本屋さんで買ったのかな。僕ときたら漫画しか買ってないのに、これが先を見据えた行動ってやつかっ!
「あたし甘いもの食べたいっ!」
藍香ちゃんのこの一言で行先は決まった。
というか、甘いものは基本的にみんな好きなので、だれも否定しない。
「アユちゃんは甘いもの好き?」
藍香ちゃんが僕の顔を覗き込む。
「うん。好きっ」
そんな藍香ちゃんを見つめてにっこり笑う僕。
すると、藍香ちゃんが突然真っ赤になる。
「ねえアユミちゃん。甘いもの好き?」
今度は桜子ちゃんが僕に聞いてくる。なんなんの? さっき藍香ちゃんに答えたので聞こえてたでしょ?
「うん。好きだよ」
同じように答える僕。
桜子ちゃんはほんのり頬を染めて吐息を漏らす。一体なんだというの……。
「桜子。そういうずるい真似はやめなさい」
芳乃さんが桜子ちゃんの頭をこつんと叩く。桜子ちゃんは「ごめんごめん、つい」と言って舌を出す。
「うう、私も後に続こうと思ったのに、ここで終わりなんてっ」
何故か悔しがってる萌香ちゃん。
み、みんなわかってるみたいだけど、僕一人だけ置いてけぼりなんだけど……。
僕が頭の上に疑問符を浮かべていると、芳乃さんはくすくす笑って答えてくれた。
「あらあら。みんなが可愛がるのもわかるわね。みんなアユミさんに「好き」って言ってほしいから聞いてただけなのよ」
ははあ。なるほど。みんなよく考えるなあ。
って好きって言ってほしいなんて、わわわどうしようっ。そりゃ嫌われるよりはいいけど、なんかこう危ないというか、照れるというか、嬉しいというかっ。え? みんな本気じゃないよね?
「やっぱり照れてるアユミちゃんが一番かわいいよね♪」
「「うん」」
なんだ、からかわれてたのか。
言葉を真に受けてすぐ慌てる性格もなんとかしたいなあ……。
すぐ顔に出るし。それでからかわれることが多いからねっ。もっとクールに生きたいよね!
「表情豊かで、ころころ変わるところもいいところなんだから、あまり自分を抑えない方がいいわよ? 女の子が仏頂面してたらつまらないでしょ?」
芳乃さんはゆっくり僕の頭を撫でてくれる。
考えていたことが見透かされていたみたいだ。ま、まあ芳乃さんが言うなら間違いないかなっ。
萌香ちゃん姉妹や桜子ちゃんは、まださっきの事でやいのやいのと盛り上がっている。一方で芳乃さんは僕を優しく撫でて微笑んでいる。
ううむ、この差、落ち着き。これが大学生と高校生の違いだというのだろうか。一体どうやったら、こんな女性に進化できるのだろうか。僕もこんな大人になれるのだろうか。
「次は海水浴場前ー」
藍香ちゃんがさっと押しボタンを押す。
「あー、藍香っ! 私が押したかったのにー」
「萌香―。小学生じゃないんだから」
むすっと膨れる萌香ちゃんを見て、僕もくすくすと笑う。
実は僕もちょっと押したかったのは内緒だ。
バスは目的地に近づくと徐々にスピードを落とし、やがて止まった。
僕らは傘を差し、バス停に降りる。
「さっき言ってたお店はこっちかしら」
芳乃さんがスマートフォンで地図を見ながら先導する。
五分十分歩いたところで、洒落たログハウス風の建物が見えてくる。ソフトクリームの大きなオブジェ立っている。
店内に入ると、中は人の入りがまばらで空いていた。流石に雨の中海水浴に来る客もあんまりいないので、このお店のお客さんの入りも少ないのだろう。
にこやかな顔で案内してくれた店員さんは、メイド服……ではないけど、それに近いイメージの衣装を着ている。僕のイメージだと、黒いワンピースにエプロンつけてればみんなメイドさんなのだ。
六人席を五人で占領すると、早速藍香ちゃんがここの制服についての話題を出す。
「ねぇねえ、おねーちゃん。ここの制服結構可愛くなかった?」
「うんうん。アユミちゃんに似合いそうだったね♪」
「そうね。アユミさん着せてもらったらどうかしら?」
「お姉ナイス。店員さんに聞いてみようか」
いやいやいや! ちょっと待って待って! 何で「衣装かわいいね」から「アユミちゃんに着せよう」の話になってんの!? どういう話の展開なの? つながってないよね、全然。
「ま、待って待って! お店の人に迷惑だから! それに僕には似合わないからっ」
「ふふふ、冗談よ。皆がアユミさんにイタズラする理由わかっちゃった」
芳乃さんまで混じらないで……。この旅行で唯一味方してくれそうだと思ったのに。
芳乃さんを誘おうと提案した時、優しい芳乃さんがきてくれたら嬉しいなあと、単純にそう思ったのも勿論あるけど、桜子ちゃんや萌香ちゃん、藍香ちゃんの三人とお泊りになると、大変なことになりそうな気がしたのでブレーキを掛けられる人……という打算もありました。
ですがその目論見が崩れそうで僕はもうドキドキです。
「アユちゃんに似合わないってことはないと思うけどなー。体育祭の時、メイド服超似合ってたじゃんっ」
「うっ。藍香ちゃん、その話はもういいよ……。あれを思い出すと恥ずかしくて」
「私壁紙にしてるー」
萌香ちゃんがスマートフォンを「どやっ」と見せる。
うわぁ……本当によく撮れてるねっ! だからすぐに消してほしい!
僕は萌香ちゃんのスマートフォンを取り上げようと身を乗り出す。しかし、ひょいと後ろに下げられてしまい、あえなく空振りに終わる。
「これは私の宝物だからねっ!」
ううう、体育祭からもう二か月経つのに、まだ持ってたの。その上壁紙なんて、とんださらし者だよ。
「あら、よく撮れてるのね。私にももらえるかしら?」
「それじゃあ、芳乃さん送りますねー」
ああ……そしてどんどん拡散されていく。
萌香ちゃんのオリジナルの一枚を消したところで、無限に複製されてしまうんだね。情報化社会って怖いね……。
******
「ストロベリーパフェのお客様ー」
「はい」
僕の頼んだストロベリーパフェが最後にやってきて、みんなの頼んだ物はすべて揃った。
目の前にあるストロベリーパフェはかなりのボリュームがある。お昼ご飯がまだとは言え、小食になってしまった僕が食べきれるかどうか怪しい。
高さおよそ三十センチの容器に入ったそれは、容器の上にさらにアイスやらウェハースやらフルーツやらが盛ってある。これで五百円だというのだからお得な気もする。
先の小さなスプーンで、アイスをすくって口に運び、そのまま一口。
「美味しい」
自然と顔が綻ぶ僕。ああ、やっぱり甘いものはいいよね。
この濃厚なミルクの味わい。冷たくて上品な甘さ。うーん、流石雑誌に紹介されてるだけある。
もう一口をぱくっと食べる。
あー、これが幸せなんだ。美味しいもの食べると本当に幸せな気分になれるんだね。思わず手を頬に当ててうっとりしてしまう僕。
「待って! 待って! アユミちゃん! その表情はやばいからっ! 女の子でもきゅんきゅん来るからっ!」
「……あたしアユちゃんの食べてる様子見てるだけでも良かったかも」
「やばいわ、アユミちゃん。それ以上行くと私……いけない、鼻血でそう」
「桜子。ちょっと外に行って頭冷やしてきなさい?」
何故か周りの子が騒ぎ立てる。
僕はそんなに変な食べ方をしてしまったのだろうか。まさか、ウェハースから食べないといけないとか、そういう決まりがっ!?
……流石にそんなわけないか。
「あの……あんまり見ないでね。恥ずかしいから」
「う、うん。ゼンショシマス」
だめだ、この萌香ちゃん、そう返事しておきながら凝視してるよっ! むしろ怖いよっ!
「アユちゃん、男の子の前じゃさっきの顔出しちゃだめだよ? 多分凄いことになるからっ」
さっきの顔って言われても、自分の顔は見られないからどの顔かわからないんだけど……。
ま、まあ何だかわからないけど気をつけよう。
パフェが凄く美味しかったので、食べきれるかなという心配は杞憂に終わった。
大きいなりに飽きさせない味の工夫がされていて凄く良かった! 雑誌を調べてくれた芳乃さんに感謝だよっ。
食べ終わった後は、コーヒーとか紅茶を飲みながらおしゃべりをした。
やがてチェックインの時間が迫ってきたので、僕らはお店を後にし旅館へ向かうのだった。
今日は投稿しないかも、と活動報告にあげておきながら、あっさり投稿してしまいました。
新しい人のフラグを立てつつ、女五人旅を書いていきます。
旅と言いつつ、海だけなんですけど。