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美少女、一学期を終える

第四十話 美少女、一学期を終える




 暑い日差しの中自転車が走る。

 あまりの強い日差しに、アスファルトの表面には陽炎が立ち上る。

 これだけ暑いと、懸命にペダルをこぐ良治のYシャツも汗びっしょりになっている。結局一学期の間中、送り迎えしてもらっちゃったけど、こういう姿を見るとやっぱり悪いなと思う。


「ねえ良治」


「はぁはぁ、どした?」


「テスト、残念だったねー」


「ああああ、もう言わないでくれええ!」


 期末テスト。

 奇跡は起こらなかった。いや、ある意味奇跡は起こってたというかなんというか……。

 東吾は中間で赤点だった英語と数学は勉強の甲斐あって平均点以上を確保し、補習は免れた。一応他の教科も赤点は免れたようだ。もともと落とせば補習確定な科目は二科目だけだったし、勉強すれば少なくとも赤点は免れる。

 ここまでは良かった。問題は良治だった。

 数学、国語、生物、世界史までは快進撃を遂げ平均点程度を確保したけれども、一番最後に返却された英語で壮大に爆死した。

 解答欄が一個ずれていたのだ。

 それを知った時の良治の顔は悲壮だった。気の毒すぎて誰も声がかけられないという状態。本人は窓から飛び出しそうな勢いだった。

 こうして良治は英語の補習を受けることになったのだった。本来であれば受けなくても良かったくらいは点が取れてそうだったので、猶更可哀想だった。

 

 英語の補習は夏休み入って一週間後くらいから始まる。このため、僕らが予定していた海水浴ともろにバッティングするという事態が発生。

 さらに良治が爆死したことで、東吾も「女三人の中に男一人は流石に」って感じで辞退してしまった。

 ……まあそれはわかる。僕だって男の時に、水着の女の子三人の中に一人で飛び込む勇気はない。考えようによっては美味しいシチュエーションけど、頭の中ではうまく会話できるつもり、うまく立ち回れる気がしてても、いざ現実では話しかけることすらできず爆死するのが目に見えている。

 ついでにホテルで男一人とか、泣けてきそうだし……。

 ということで、行くメンバーが女の子三人になってしまった。どうしようか迷ってたところに、萌香ちゃんの妹の藍香ちゃんが是非にでもっと声を挙げたので、連れて行くことになった。なんでも「アユちゃんが私の買った水着を着るならぜひぜひっ」とのことで、早くも僕は身の危険を感じている。

 どうせなら桜子ちゃんのお姉さんの芳乃さんも誘ってみたら? という僕の提案を受け、芳乃さんの都合を聞いてみた。そうしたらOKということだったので、一緒に行くことになった。うん、芳乃さんは大学生だし保護者になるよねっ。

 芳乃さんが行くって決まった時、桜子ちゃんは「えーっ」とちょっと嫌な顔をしていたけど……。

 こうして女五人で海水浴に行くことになったのだ。


「ちくしょおおおおお。超楽しみだったんだけどなー」


「まあまあ、キャンプは一緒に行けるんだし」


 キャンプは八月のお盆前くらいに行く予定にしていたので、補習とは被らなかったのだ。

 こっちは料理同好会の面々だけで行く予定になっている。


「俺は水着が見たかったんだよなあ」


「誰の?」


「歩」


「そ、そう」


 真顔で返されても困ってしまう。いつもみたいに冗談交じりで返してくれた方がなんぼかマシだ。


「水着を期待してくれるのは嬉しいけど、セクハラは厳禁だからね」


「えっ……!!」


 いや、そんな驚愕の顔で見られても困るんだけど。当たり前の事でしょうが。


「大体さー、良治は何で僕にだけセクハラすんのさ。僕みたいな女の子モドキみたいなのをからかってもしょうがないでしょ」


「バカヤロウ、俺が相川や皆瀬にセクハラしたら犯罪だろう!」


 僕でも犯罪だよバカヤロウ! ということをアピールするために、背中に頭突きをかます。


「ん? どうした? 暑くてめまいでもしたか?」


 しかし効果がなかった!

 案外頑丈にできてるんだね。頭突きした僕の頭は痛いのに、全く効いてないのはなんだか腹立つなあ。


 自転車は最後の曲がり角を曲がり、僕の家に到着する。

 

「ふー。着いたぞ」


「うん、毎日ありがとうね。頑張って夏休み中に自転車買うから、二学期は乗せてもらわなくて大丈夫だと思うよ」


「そ、そうか……」


 何だか少し表情が暗い良治。

 背中のお荷物がなくなるんだから、もう少し嬉しそうにすればいいのに。少し疲れてるのかな。

 今日は終業式があったので、学校自体は半日で終わった。

 料理同好会の面々と、夏休みの計画の話をちょっとした後すぐに下校したので、今はお昼時の一番暑い時間だ。

 連日テレビで猛暑日がどうとか気象予報士が言っているので、今日もきっと三十五度を超えている。

 その中を自転車で二人乗りしてきたんだから、いくら良治が頑丈とは言っても、暑さで具合も悪くなるってものだ。


「ちょっとうちで涼んでく?」


「えっ!? いいのか?」


「何言ってるの。中学の時は結構来てたでしょ?」


「あ、ああ。そうだけど」


 僕は良治が頷くのも待たずに玄関の扉を開けて中に入る。玄関に上がったところで、良治を手招きする。

 良治は少し迷っていたようだけど、やがて「お邪魔します」と言って上がってくれた。

 

「お帰りアユミちゃん。あらぁ、良治君いらっしゃい。久しぶりねっ」


「アユ姉ちゃんおかえりっ! あ、良治さん、いらっしゃい!」


 僕が帰ってきたのを受けて、玄関までやってきたママと要が、そこに良治もいることに気付いて挨拶する。


「暑いからちょっと涼んで貰おうかなと」


 僕はママに良治を連れてきた理由を軽く説明する。

 そういや良治が最後に僕の家に来たのは三月くらいだっけ。男の時はそれなりの頻度で遊びに来てた気がするんだけど、女の子になってからは一度も来てなかったなあ。どうしてだろ。


「アユミちゃんを毎日送迎してくれてるからねぇ♪ 大歓迎よ。あ、良かったらついでにお昼も食べていきなさい」


「あ、はい」


 良治は頷く。

 

「じゃあ良治、僕の部屋にでも行こうか」


 そう言って僕は階段を上がる。

 良治も後ろからついてくる。あ、別に後ろから上ってきても見えないんでっ! その辺の技術はばっちり仕込まれてるんでっ!

 どやって感じで後ろを見たら、良治は別に覗いてもいなかった。それはそれで、なんか僕だけ踊らされた感がある。

 微妙に顔が緊張している。まあ友達の家に行ったら緊張はするよねっ。僕も萌香ちゃんや桜子ちゃんの家に行ったときは緊張したよ。


「久しぶりだよねー、良治がうち来るの」


 僕は自分の部屋のドアを開けて中に入る。

 良治は何故か入ってこない。

 

「どうしたの?」


「いや、なんか思ったより女子の部屋って雰囲気で緊張しちゃってな」


 うわー、似合わない。と思ったのは内緒だ。

 まあ、僕も萌香ちゃんの部屋に行った時は緊張したから人のことは言えないけど。しかし、良治がねえ。


「まさか、歩の部屋にぬいぐるみがごろごろおいてあるとは思わなかったんだよ。前に来たときは、ゲーム機が埃被ってたりして置いてあるだけだったからな」


 今の僕の部屋は、いつの間にか壁紙も薄いピンク色になっているし、ベッドのシーツもカーテンもクリーム色。姿見鏡もおいてある。男時代に買った漫画本やゲーム機は未だにおいてあって、まだ結構読んだり遊んだりしてるけど。部屋にはぬいぐるみがころころ転がっている。

 ええ、まあ……ぬいぐるみ買ってたら自転車買えなくなって、いまだに良治の自転車の後部座席に跨っているんですよ。申し訳が立たないですよねー。

 僕だって初めは部屋なんかどうでもいいと思ってたよっ。でもなんか、萌香ちゃんの部屋に行ったら可愛い部屋もいいかなーってちょっと思っちゃったんだよっ! やっぱり殺風景な部屋より、癒しをだね……。


「アユミちゃん、ジュース持ってきたわよ」


「ありがとう、ママ」


 僕はジュースを受け取ると、良治に渡す。

 

「すっかり、『ママ』になってるんだな」


「うっ。ほっといてよ。ああ言わないと怒るんだよ……」


 ああ、しまったなあ。良治はにやにやしている。

 良治にはあんまり突っ込まれたくなかったところだ。良治は僕が「母さん」と呼んでいた時からよく知ってるし。もうね、『ママ』って呼ぶのには慣れてしまったけど、それでも人に聞かれるのは恥ずかしい。


「それにしても、こうやって見ると……予想以上に女の子してるんだな。いいのか?」


「いいのかって……うーん。正直よくわかんないんだよね。女の子っぽいものが好きになってきたのもあるし、別になろうと思ってなってるわけじゃなくて、いいなぁって思ったのを買ったりしていったらこうなったっていうか……」


 良治は余り答えになってない答えをする僕を黙って見ていた。


「良治はさ、僕が女の子になっていったら困る?」


「歩が女の子になったらか……。いや、まあその容姿で男だーって言い張られる方が困るかな」


「あはは、それもそうだね」


 僕は思わず笑ってしまう。確かに初めはこの姿でも男だ! って思ってたけど、やっぱり無理があるわけで。女の子として女の子の中で生活してれば、自ずとそういう主張も消えて行ってしまう。

 良治は笑っている僕を見る。

 

「たまに本当に可愛すぎるから――」


「えっ? ごめん、聞き取れなかった」


 良治が何かぼそっと呟いたんだけど、何を言っていたのか僕には聞こえなかった。

 しかし良治は、顔を少し赤くして「なんでもない」と言い張るので、ついぞ答えを聞くことはできなかった。

 良治は持っているジュースを一気に飲み干した。そして一息つく。何を焦っているんだろう。

 

「そ、そういや。海水浴は残念だったなあ。ああ、水着姿楽しみだったのに……。あと歩、気を付けないとまたナンパされんぞ」


「気を付けてって言われても、僕が積極的に絡まれに行ってるわけじゃないんだけど」


「ま、まあそりゃわかるけど。極力二人以上でいろよ。歩一人だと、多分五秒おきくらいにナンパされるから」


「それじゃ一人目のナンパが声かけ終わってないのに次がいるじゃん!」


 僕と良治は笑い合った。

 やっぱり良治と海に行けないのは、少し残念かな。


「じゃあさ、良治。また一緒にプールでも行こうよ」


「マジで!? 二人で!?」


「みんなでっ!」


 急に元気にならないでよっ。

 どんだけ水着が見たいんだよっ。グラビア雑誌でも買っておけばいいじゃん。

 まあでも、こういうノリのが良治らしいと言えば良治らしい。

 ちょっと今日は大人しい感じがしたので、ちょっと心配してしまった。

 

「ねえ、良治。夏休み楽しみだね」


「そうだな」


 今年の夏は、今までにない程アツくなりそうだなぁ。

ようやく一学期終了しました。

次回から夏休みになります。

テストの結果は迷いました。まるっとうまくいくのもアリだと思ってたんですが、料理同好会の五人で海に行っちゃうと、プールとネタが被りそうなので、ちょっとつまらないかなと……。

かといって夏に海行かないのもアレなんで、藍華、芳乃を混ぜ込んでみることにしました。藍華・芳乃はいまいち出番が少ない(基本学校での話になってしまう)ので出してあげたいかなあと。特に芳乃に至っては一回しか出ててないですし。

そしてそのために犠牲になる良治ぇ……。

一学期はめちゃめちゃに長引いてしまったので、今後はスピードアップできればいい……なあ。

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