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美少女、少年の痕跡を失う

第四話 美少女、少年の痕跡を失う




「ひとつ聞きたい」


 朝食のパンを平らげた父さんが静かな口調で言った。


「歩の服は足りているのか? その服は、前母さんが妄想の中で歩に着させるために、わざわざ買った服だろう?」


「あらやだ、お父さん。それは内緒って言ったはずよ」


 我ながらとんでもない家に生まれてしまっていたようだ。

 僕のあずかり知らぬところで、僕は母さんの妄想のおもちゃにされていたようだ。一体どんな辱めを受けていたのか、聞かない方がよさそうだ。下着まで買ってるとか、聞かなくてもヤバい匂いがぷんぷんしてるけどね……。

 

「あの一着しかないわ。結局妄想の中では、現実世界の洋服じゃなくても、いくらでも生み出せることがわかったのよ」


 と、ここでドヤ顔である。何をドヤァしたいのかよくわからない。


「だから今日は、朝ごはんを片付けたら、今以上に可愛い可愛いお洋服を買いに行かなくちゃね」


「えっ! いやいいよ可愛いのなんて! っていうか服がないなら僕の男物の服を捨てないでよ!」


 今の洋服ですら、僕の許容範囲をオーバーしてるって言うのに、それ以上とか恥ずかしくて死んでしまう。

 そ、そうだ! 父さんならきっと「無駄遣いするな」と一喝してくれるに違いない。

 僕は父さんと視線を合わせる。神妙な顔で頷く父さん。これが親子の絆ってやつだよね。


 父さんは、すっとテーブルの上に茶封筒を出して僕の前に差し出した。

 何これ…、と思って開けてみると、諭吉さんが一人二人…十人!?


「ええええ、何この大金は!」


「好きな服を買ってくるといい」


「なんでそんな気前いいんだよ! 小学校の頃、僕が頼んでもポ○モンの映画の前売り券すら買ってくれなかったじゃん!」


「父さんは、娘がほしかったんだ」


「それは十分前にも聞いたよ! あと要もいるんだから、そういうこと言うなよ!」


「母さんも、娘がほしかったわよ?」


「なんでこの家は息子に厳しいんだよ!」


「俺もあゆにーちゃんがねーちゃんだったらって思ってたよ! 可愛かったし」


「男の時の僕って完全にアウェーじゃん! それはそれでひどいよ!」

 

「あと父さんな、スカート以外認めないからな?」


「なんで注文してんだよ! っていうか聞いてないよそんなこと!」


 僕の中の父さん像が壊れていく。でも今までの父さんより親しみはわく不思議!


「あゆねーちゃん! 俺もスカート希望で!」


 それからは、やいのやいのと僕の着る服についてで盛り上がっていた。

 もちろん僕を除いて。

 僕はもう面倒くさくなったので、壁のシミを数えてその場をやり過ごしていた。

 はあ…。高校始まるまで、毎日ずっとこんな感じなのかな。このユカイな家族たちと…。

 ん…? 高校…?


「はっ! そうだよ高校どうすんの! 入試の時男だったけど、今女じゃん! まさかの高校浪人!?」

 

「いいところに気付いたわね、歩君」


 そういうと母さんは大きな封筒を取り出した。

 あの封筒に書いてあるマークは、僕が四月から入学予定の、県立美川高校のものだ。


「ここに入学のしおりがあります。まあそれは置いといて、ここに生徒手帳があります!」


 そんな大げさに出さなくても、僕だって届いた日に見たよ。


「ここになんて書いてあるでしょう?」


 母さんは生徒手帳の一番後ろのページを見せてきた。


「んー、佐倉歩…。僕の名前だけど?」


「その横は?」


「AYUMI SAKURA」


「そのもう少し横は?」


「…! …female」


「おわかりいただけただろうか」


「え…? なんで女で生徒手帳作られてるの? 生徒手帳は昨日も見たけど、昨日は性別男だったよ! っていうかよく見れば、名前も変わってるんだけどどうなってんの!」」


「大丈夫、アユミでもアユムでも、『あゆねーちゃん』で対応できるから!」


「そういう問題じゃないでしょ!」


「名前がアユミになったなら、雰囲気的には君付けよりちゃん付けよね? アユミちゃん?」


「呼び方の問題でもないって! 今まで男だったのに、なんでか僕が初めっから女だったようになってるのがおかしいって言ってるの!」


 生徒手帳は昨日も見たし、当然届いた日にも見た。名前とか間違ってたら申告してくださいって書いてあったから、きちんと確認もした。

 どうやったら印字されたものが、何の痕跡も残さずに変えられるんだよ…。


「アユミ…。こうは考えられないか?」


 今まで黙って聞いていた父さんが口を開いた。何かわかったというのか。


「……色々と手間が省けたと」


 全く役に立たないよ、このおっさん!


「そうね」「そうだよ」


 同調する二人。なんだこれ、僕がおかしいのか?

 ま、まあ確かに高校には通えそうだ! やったー!

 …全然よくないでしょ!


「そういえば、前に役場でとった住民票の写しがあったな」


 父さんは、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がり、リビングの隅の本棚をごそごそと漁る。

 そして住民票の写しを持ってきた。

 気になる性別は…オンナァ!

 予想はしてたけど、やはりショックだ。高校の入学手続きが上手くいかずに、何かの間違いで女の子扱いされたわけではないことは確定。それどころか僕が男だった痕跡すら、僕の生きる今の世界にはなくなってしまったようだ。

 まさかリアルで冒険の書が消えるとは……。


「こうなると、もしかしてアユムという人物が、我々の妄想上の人物だったという可能性が…」


「え、ないでしょ!? どうしてそうなるのさ」


「なるほど、そうね」「俺もそんな気がしてたんだ! こんなに可愛いあゆ姉ちゃんが、男の子なわけがない!」


 どうしてそうなるんだよ! 男だった僕ってそんなに記憶にないの!?

 

 ……いや、実は本当に記憶にないのかもしれない。

 男だったときのことを知っているから、完全に記憶がないわけではないかもしれないけど……。

 そもそも住民票とか生徒手帳とか、もともと男として記載されてあったはずのものが、女となってしまっているような状態だ。

 父さんや母さん、要だけが覚えている保証なんてない。

 そうすると……僕のことを本当に知っている人なんて、もう誰もいないんじゃ……。今まで十五年間生きてきた僕は死んでしまったってこと…?

 僕の頬を涙が伝う。あ、あれ? なんで涙が? 泣いてしまうとは自分でも思っていなかった。

 僕はぐしぐしと目をこすって涙を拭った。でも何故かどんどん涙は溢れてきた。

 小さな体になってしまって、体の方が泣き虫になってしまったのだろうか。


「アユミちゃん!? その顔すごいわ……! こんなにナチュラルにキュンときたことは、私の今までの人生であったかしら…」


「お父さん! あゆねーちゃんを僕にください!」


「君に娘はやれん!」


「お父さん、それ一度は言ってみたいって言ってたわよねえ」


 本当に僕の家族は懲りないな。

 僕は泣いてるにもかかわらず、思わず吹き出してしまった。なんなんだこの茶番は。

 

 男が女になるという異常事態でも、気にしてないんだ。

 僕の家族に、僕が男だった時の記憶がないのであれば、突然男だったとか言い張る奇妙な娘に対しても、普通に接してくれていることになる。

 反対に僕の家族に僕が男だった時の記憶があったとすれば、息子が突然女になるという気持ちの悪い事態に直面しても、それでも気味悪がらず普通に接してくれていることになる。

 大した人たちだな。僕の家族は…。

 

 僕が素直に尊敬していると、突然母さんの腕が僕の体をつつむ。


「大丈夫よ。母さんたちは、アユミちゃんの味方だから。それに貴女が男の子だったときのことも全部覚えてるわ。

 ごめんね。女の子が欲しかったって言うのもホントだから、アユミちゃんの気持ちを考えずにはしゃいじゃって。

 歩君が変わってしまったのは残念だけど、女の子になってもアユミちゃんのことは皆大好きだからね」


 こういうところで急に真面目になるのはずるいと思う。僕はまた泣いてしまった。

 でもアユミの方を正とするのはやめてほしかった。





************


 朝食の片づけがすんで、母さん、僕、要とソファに並んで座ってると、母さんが僕を呼んだ。

 片づけと言えば、いつもは母さんが片づけをするのに、何故か今日は僕に片づけを手伝わせてきた。

 たかが洗い物、されど慣れていないので効率よくできず、手伝いをしたのに、母さん一人でやるよりも時間がかかってしまった気がする。

 

「コホン。アユミちゃん。アユミちゃんは、もう女の子になってしまったのだから、女の子として気をつけなきゃいけないことを覚える必要があります」


 母さんはいつになく真面目だ。

 名前がアユミで固定されてしまったのは残念だけど、この際仕方がない。

 

「まず第一に、がに股で歩かないこと。まあこれは、男の子の時から大丈夫だったから、今更かしらね」


 …その後も母さんとのお約束事項がたくさん続いた。

 具体的には、トイレではウォッシュレットを使うとか、口を大きく開けて笑わないとか、ハンカチを必ず持っていくとか、髪の毛はちゃんとトリートメントをするとか、寝癖つけたまま歩かないとか、階段ではスカートを抑えるとかだ。

 ぶっちゃけ、たくさんありすぎて忘れた。

 頭がパンクしそうになっているところに、さらに料理を覚えることと、食事の準備を手伝うこと、家事を手伝うことを義務付けられた。

 曰く、女の子なんだから家事の一つや二つ、料理の一つや二つできないとダメ、だそうだ。

 

「あゆねーちゃんの料理だったら、いくらでも食べられるから大丈夫! 安心して作っていいよ!」


 要も妙に協力的だ。

 僕は不器用だし、料理なんかしたくない。でも、要が凄いキラキラした目で僕を見ているので何も言えなかった。

 要に期待されると、頑張りたくなっちゃうよ。なんて言ってもお兄さんだからな! 弟の前では出来る様を見せたいのさ。

 

 母さんは、春休み中に僕を一人前に育て上げる! とメラメラ燃えていた。料理でも、料理以外でも、よそで恥ずかしくないレベルまで持って行くと意気込みを見せている。

 そもそも僕が女子力を上げてどうするというのか。

 女子力のステータスを上げると、代わりに男子力のステータスが下がってしまうのではないか。だとすればやってられない。料理は……要に期待されているから、そこそこやるとして、他の部分は適当にやれないものか。

 

「いい? ちゃんと守らないと、母さんが添い寝して、アユミちゃんのあんなところやこんなところを撫でまわすわよ?」


 やっぱり不真面目なのはよくないよねっ!

 僕は真面目にやろうと心に誓った。久しぶりに百パーセントの力を見せてやろう。


「あ、あと一番大事なことを忘れてたわ」


「まだあるの……」


「母さんのことは『ママ』って呼びなさい。母さんって呼ぶごとに、おしりペンペンよ」


 なんでそうなるんだ! いい年こいてママはないだろ! マザコンか?


「あ、でもペンペンしたいから、どんどん間違えていいわ」

 

 母さんは、手をわきわきしている。あれは叩かれるだけでは済まない……。

 僕は長いため息をついた。大人しく従うしかないのか。

 こうして僕の苦難の日々は始まるのだった。


まだ1日目の朝です。長いです。

今回はご都合主義回というか、帳尻合わせ回でした。

主人公しかツッコミにまわる人物がいないのは、なかなか回しづらいですね。

登場人物が家族以外で増えるのは、どうしても高校入学してからという感じになってしまいます。

次回は、いよいよ外出します。

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