美少女、試験勉強する
第三十九話 美少女、試験勉強する
六月ももうすぐ終わる。七月になれば、あっという間に夏休み一直線だ。
そんな夏休みの前に立ちはだかるのは期末試験。
既に中間試験を経験しているので、テスト自体は初めてではない。ただし、主要五科目の国語、数学、理科、社会、英語において、中間と期末でダブル赤点となると、補習が課されるので、緊張感があるテストになる人もいる。ちなみに美川高校の一年生のカリキュラムでは、社会科は世界史、理科は生物となっている。
「ねーねー、アユミちゃん! 夏休みどこ行くっ?」
部室で怪獣のぬいぐるみをつついて暇を持て余していた僕に萌香ちゃんが尋ねる。両手には旅行のパンフレットを沢山持っている。
「うーん、家でゴロゴロ……?」
冷房の効いた部屋でアイスを食べて、そのあと布団にこもってごろごろするのが例年の夏休みだ。
外に出るのは、良治と近場で遊ぶときか、もしくは家族で旅行に行くくらい。そんな中学時代でした。
しかし萌香ちゃんはそんな僕の返答にご満足いただけなかった様子。
「なにそれー! 海行こうよ、海っ!」
海か……。
青い空、透き通った水、暑い日差し。夏っぽいなぁ。いいなあ。友達みんなと海に行きました! なあんて、思い出に残りそうだし。
でも水着なんだよなあ……海って。そういや水着買いに行ったときに二着買った内の一着をまだ着ていないな。
いやっ、水着なんて着たくはないよっ。でももったいないなあ。
「萌香ー、そこはキャンプでしょっ!」
ここで桜子ちゃんが会話に乱入。
彼女は山派のようだ。うん、キャンプもいいなぁ。
木漏れ日の中、山道を散策したり、川で水遊びしたり、バーベキューしたり……。こっちも思い出に残りそうだ。
桜子ちゃんと萌香ちゃんは山だ、海だと言い合っている。
「海だったら、アユミちゃんの水着姿が見られるよっ!」
「山だって川に行けば水着くらい見られるわっ! アユミちゃんと同じテントで一緒に寝られるってのがいいじゃない!」
「海だって、ホテルとか泊まれば同じ部屋だよ!」
「「むむむむ……」」
待って! その言い争いはなんかおかしい。
僕を引き合いに出す必要ないでしょ。僕をあれこれするのを基準で考えないで、純粋に旅行先の観光地がどうとか、そういうので判断しようよ!
「「アユミちゃんは、どっちがいい?」」
ああ、やっぱり僕に飛び火した。
強いて言えばどちらでもいいんだけど……。
「どっちも楽しそう、かなっ♪」
僕は笑ってごまかすことにした。優柔不断でごめんよ。
どっちがいいかは決められない。どちらに決まったとしても多分楽しめるし、僕としてはみんなで行ければそれでいいかなーなんて思っている。
「なるほど、どっちもかぁ♪」
「アユミちゃんがいいなら、それでいいわ! どっちも行きましょう」
「……へ?」
僕の曖昧な答えは、予期せぬ方向へ進展させてしまったようだ。
どちらも行く、大いに結構! その発想はなかった。
しかしながら、お金は大丈夫だろうか。ママに旅行に行くって言えば出してくれるかなぁ。ちょっと心配。
……父さんにおねだりすれば出してくれそうではあるんだけど、出しすぎてくれそうでちょっと不安。
ま、まあ借りるだけにして、夏休みにアルバイトしてお金を返そう。
「ああ、夏休み楽しみー! 桜子ちゃん、今から海の傍のホテルとか、キャンプ場の予約とかしておこうよっ」
「そうね。ああ、アユミちゃんとお泊り出来るだけでも幸せだわ……」
「アユミちゃん、一緒にパンフレット見ようよっ」
ワイワイ言っている二人の中に僕も混じる。
今年の夏休みは楽しくなりそうだ。
僕は期待を膨らませ、早く夏休みにならないかなあとわくわくしてきた。
そんな休みのスケジュールをあれこれ騒いでいる女子陣の傍で、物凄い負の感情があふれているのに気付く。
「ふふふ、いいなあ。先のある若者は」
「ああ……そうだな。俺らも行きたかったぜ。歩と海や山……」
涙すら流す男性陣二人に、ちょっと引いてしまう僕。
一体何がどうなって、夏休みの話でここまで落ち込めるのか。
「一緒に来ればいいじゃん」
僕の一言に、東吾や良治は机に突っ伏してむせび泣く。
「歩が俺達と一緒に行きたいって言ってくれるのは嬉しいが、俺達はその途中の壁を越えられそうにないっ!」
別に一緒に行きたいとは一言も言っていないんだけど……。
そりゃあ……僕は良治や東吾とも一緒に行きたいけどさ。なんだかんだで仲のいい友達だしね。
……ところで壁ってなんだ?
「まさか良治君達、中間で何か赤点だった?」
桜子ちゃんが恐る恐る彼らに聞く。
一瞬びくっと体を震わす二人。なるほど、わかりやすい。
中間で赤点だった上に期末も危ないから、補習の危険性が高くて夏の予定が立てられないってことか。
「でも良治は中学の時成績良かったのに、どうしちゃったの急に」
そう……。この男はぼっちの僕と違って、普段ちゃらんぽらんに遊んでたくせにテストだけはいい点を取るのだ。
それがここにきて赤点とは、俄かには信じられない。
「いや……なんかテスト中に歩を見てたら、気になってしまって集中できなかった」
「僕のせい!? テスト中は問題と答案だけ見ててよ!」
「だってなあ、表情がコロコロ変わって可愛かったし、終わった後に暇そうにしてるのも可愛かったしで、飽きないんだよなあ」
「いやいやいや! そんなに見ないでよ! っていうか最初から最後まで見っぱなしじゃん! 問題やってないじゃん!」
何考えてるんだこの男は! 試験中に監督してる先生も、露骨に他人を見てるやつを注意してよっ!
それに、ずっと見られてるとか恥ずかしいじゃん! 今度のテストで、僕の方が気になっちゃって集中できなくなったらどうするんだよぅ。
「だからついうっかり国語と数学ⅠA、世界史で名前しか書かずに出しちまった」
「最悪だよ! 無回答で零点とか心証最悪だよ!」
「ついでに生物と英語は自分の名前すら間違えてた」
「なお悪いよ! 主要五科目全部赤点じゃん!」
とんでもない奴がいたもんだ。
桜子ちゃんも萌香ちゃんも「うわぁ」って顔している。
そりゃそうだよっ、こんなばかたれちゃんは滅多にいないよっ!
「で、でも今度の期末でアユミちゃんの方を見ないで真面目にやれば、赤点は回避できるんじゃないかなっ」
萌香ちゃんの言うとおりだ。
こんなあほみたいな理由で赤点なら、回避するのは簡単だ。
「……いや、それがなあ。最近歩を視界にいれなかったらいれなかったで、妄想の中でコスプレさせて楽しんでるから、テスト中に見ないように努力しても結局ダメかもしれない」
とんでもないよっ! 頭の中でもセクハラしてるの!? 聞きたくないインフォメーションを聞いてしまったよ!
良治の頭の中の僕に同情してしまう。
アユミちゃんはどこに行っても苦労してしまう運命なのだろうか……などと遠い目をして考える僕。
「あー、やるやる」「ねーっ」
仲良く同調する女子陣。
一体何人のアユミちゃんが、妄想の中で辱めを受けているのだろうか。
うっ、可哀そうなアユミちゃん。僕だけど……。
「ち、ちなみに東吾は何か理由があったの?」
話題を切り替えるために東吾に話を振る僕。
「いや、俺は普通に数学と英語で赤点だっただけだ」
ああ、良かった……まともで。いや、全然よくはないんだけど。
それにぶっちゃけた話、普通に赤点になってしまった場合の方が、良治よりも対処が難しい。
「俺も次の試験まともに受けても赤点かもしれんぞ? 最近妄想ばっかしてて授業聞いてないし」
良治のばかー! 全科目零点取ったくせに、授業すら聞かなくなるとか終わってるよっ!
だめだ、料理同好会の男陣は絶望的だ。良治に至っては補習終わったら寺で修行でもしてたほうがいい。
「ちなみに歩たちはどうだったんだ? 中間テスト」
僕は結構よかった。もともと家でやることがないから予習復習をしてたし、授業中も真面目にノートを取っているからテスト前でも慌てない。
「アユミちゃんが十五位で、桜子ちゃんが八位だったよねーっ。二人とも優等生で羨ましいっ」
「萌香は三十五位だったもんね。数学が大分足引っ張ってたでしょ?」
桜子ちゃんや僕はあまり得意不得意がない。どの教科も万遍なく点数を取っていた。
一方で萌香ちゃんは文系科目は秀でてるけど、理系科目はかなり苦戦していた。
「聞きましたか、吉川さん。この余裕っぷり……」
「これが才気あふれる若者たちか……」
急に老け込む良治と東吾。そしてため息をつく二人。
補習は七月末から八月の前半にかけてと、八月の後半にある。赤点の個数によって受ける期間が変わってくるけど、仮に全教科死亡だと、お盆休み以外殆どがつぶれる。
そもそも一回赤点を取ってしまったという黄色信号が灯った時点で、夏休みのスケジュールが立てにくい。絶対に二度目を取らない自信がないと、補習の日にスケジュールを入れることは難しいからね。
う、うーん。自業自得とは言え、落ち込みすぎててちょっと可哀想だな。それの僕だって、良治や東吾とも一緒に遊びたいし……。
仕方ないので僕は一つ提案をする。
「じゃあ、ここで一緒に勉強する?」
ここで、と言うのは当然部室だ。
図書室と違って席は必ず空いてるし、自分の部屋みたいに誘惑する物も殆どない。ここで勉強すれば結構捗ると思う。
「アユちゃんと?」「歩と?」
「うん」
いや、桜子ちゃん達もいると思うけど。
というか僕より点数良かったし、教えるなら桜子ちゃんのがいい気がするけど……。
「まじか! 一緒にお勉強とか、いいシチュエーションじゃん! やるやる!」「俺もやるぞー!」
何だかよくわからないけど、二人ともやる気が出たようで良かった。
こうして、テストまで残り一週間というところで、放課後の勉強会が始まることになった。
******
一夜明けた翌日の放課後。
今日から勉強会が開始される。女子陣と僕は既に部室で教科書を開いている。
「うーっす」
良治がいまいち気乗りしない感じで部室に入ってくる。
昨日はあんなにテンションが上がったのに、一夜経つとどうでもよくなってしまったようだ。
「こんちわっす!」
一方で、後から入ってきた東吾はやる気満々だ。
東吾の場合、一人だと勉強する気が起きないらしく、勉強しようしようと思いつつ、しないまま前日の一夜漬けに突入するも、結局やる気が出ず、漫画読んで寝て終了という最悪の状態でテストに突入し、そのまま爆死するという流れのようだ。
前回赤点だった科目以外も点数的には結構危ない。ま、まあ前回赤点の以外は今回赤点になっても強制補習は免れる……と思うのでまずは捨て置こう……。
一応進学校なので、学校側としては自主的に補習に参加してほしい点数なんだろうけどなぁ。
「じゃーはじめよっか」
萌香ちゃんの声で、良治や東吾も教科書を取り出す。まずは英語からだ。
良治はともかく、東吾の教科書は新品同様だねっ! とても三か月やってきたとは思えない綺麗さで、折り目すらついていないんじゃないか……。
まずは教科書を開く努力からしてください。
「まずテスト範囲を教えてくれ」「そうだな」
「そこからっ!?」
信じられないくらい授業聞いてないなっ!
桜子ちゃんが男二人に試験範囲を教える。とりあえず英語以外も範囲だけは全教科教えておいているようだ。
教科書を開き、真剣な眼差しで読む始めるみんな。
英語は基本的に教科書内の英文の和訳と、単語を抑えておけばハズレはない。あとは他にサブ教材として英単語帳だとかがあるので、そっちも例文と合わせて覚える必要がある。
黙々と教科書を読み込む良治や東吾。時々電子辞書を見て和訳を教科書に書き込んでいる。順調かと思いきや、暫くすると東吾は悩み始めたようだ。ペンを回したり頭を掻いたりしている。
東吾は僕の様子を伺う。話しかけても大丈夫そうと判断したのか、僕に声をかけてくる。
「アユちゃん、ここってどういう訳なの?」
「どこ?」
東吾が教科書を机に置いて僕に見せてくれるけど、今の僕は丁度東吾の対面に座っているために、机に置かれた教科書を指さされても、逆さまになった英語を読むことになってしまって説明しづらい。
仕方ないので、僕は席を立って東吾の横に座る。そしてそのまま、東吾の方に身を寄せて教科書を覗き込む。
「どこからだっけ?」
教科書を机においたまま東吾が黙っているので、僕は様子を伺う。
東吾は僕の方をちらっと見てそのまま固まっている。心なしか顔も赤い。
「……? 僕に何かついてる? なんか変?」
「あ、いやっ! そういうんじゃないんだけどさ! その、なんていうか、いい匂いだなあと……距離も近いし」
面と向かってそういうことを言われると僕も困ってしまう。しかも東吾ときたら顔赤くしてるし。そんな反応されると、僕までつられて恥ずかしくなるじゃんっ。
あー、もう。距離が近いとか言うから、変に意識するようになっちゃった。た、確かにお互いの腕が触れる距離って結構近いよね。全然気にしてなかったのに、気づいちゃったら急にドキドキしてきた。変なこと言うのやめてほしいよう。
「アユミちゃんのふわりと香る甘い匂いが俺の鼻を優しくくすぐり、彼女の呼吸のたびにかかる吐息は俺の心を否応なしに高め――」
「そ、そんな詳しい解説はいらないからっ! 恥ずかしいからやめてー!」
僕は東吾をゆさゆさと揺さぶる。
変なこと言うのやめてほしいと言った矢先に、アップグレードした変なこと言い始めるからたまらない。
「アユミちゃん、照れちゃってかわいー♪」
外野の萌香ちゃんが一言挟んでくる。
可愛くないわっ! しかも照れてもない! 萌香ちゃんだって、こんな恥ずかしいこと言われたら困るよ、絶対!
よく見れば僕以外の四人がにやにやしている。ぐっ、全員でからかう気満々かっ。
これ以上何かを言われても堪らないので、素早く東吾に英文の訳し方を教えて、そそくさと元の席に戻る僕。
名残惜しそうな顔をする東吾。まだからかい足りないんですか……。
椅子に座り、再び自分の教科書に目を落とす。
暫くして、良治が僕にヘルプを出す。
「おーい、歩。俺にも教えてくれ」
僕は良治の方をちらっと見る。すぐ目の前に桜子ちゃんいるじゃん! なんで僕なの。
桜子ちゃんの方が成績もいいのに……。
「歩の方が優しいからな」
心を読まれた! 相変わらず変なところで勘がいいね。
桜子ちゃんに至っても、「教えるの苦手なの、ごめんね」と言って僕に任せる気満々だ。
僕だって教えるの苦手なんだけどなあ。教えるどころか、人と話すのも結構苦手な方なのに。
僕はやれやれと思いつつも、良治の隣に行く。良治は自分の膝の上を叩いて何かをアピールしていたが、僕は普通に隣に座った。
「それで、良治はどこがわかんないの?」
「えっとなあ……」
「ちょ、良治! 近いって!」
良治は教科書を持ったまま僕が見えるように広げる。必然的に僕と良治の距離は近づくのはわかる。
それにしたって、近づきすぎだろっ! 目と鼻と先だよ。
言うのも恥ずかしいけど、ちょっとした拍子でキスしそうなくらいの距離に良治の顔があって焦ってしまう。
「ん? 思わずときめいちゃったか?」
「なんでそうなるのっ! もう、ふざけるなら教えてあげないんだからっ」
「ああ、すまんすまん。まあ今呼んだのは、歩に隣に来てほしかっただけだから。ぶっちゃけ和訳はわかる」
なんだよそれっ。じゃあ呼ばないでよ。
僕は一回ため息をつくと、再び自分の席へ戻って教科書に目を落とす。なんか疲れてきた。東吾や良治には悪いけど、僕としては一人で勉強していた方が良かったかもしれない、と少しだけ後悔している。
席に戻ると、何故か隣に座っている萌香ちゃんが僕の方にすすっと寄ってくる。
「どうしたの? わからないところあった?」
「うーん、なんかみんなアユミちゃんのいい匂いを堪能してるから羨ましくってっ」
萌香ちゃんの手が僕の腕に触れる。
ニコニコ笑って寄り添ってくる彼女は、小動物みたいで実に可愛らしい。
「萌香―、抜け駆けすんなー」
桜子ちゃんも僕の隣にやってきて、ぴったりと寄り添う。まさに両手に花状態っ!
しかし不思議なことに、東吾や良治が同じ距離に近づいた時と比べて、心に随分と余裕がある。
男に近づかれて「キャー近いっ!」と感じ、女の子に近づかれて「ははは、かわいいなあ」と感じる。物の考え方や、感じ方が変化しているように思う。
以前の僕なら女の子に接近されたら、それだけでドキドキしてたはず……。女慣れしちゃったからか?
ま、まあ慣れる慣れないは置いておいて、これだけぴったりくっつかれると勉強はしづらいなぁ。
******
それからもたびたび呼ばれては答えてを繰り返した。
流石にみんなで勉強しているので、最終的には、みんなサボることもなく効率的に勉強が進んだと思う。このまま一週間頑張れば、少なくとも赤点はないはず。
運命の一週間後、果たして男二人は赤点を回避できるのだろうか……。
//2013/09/26 誤字修正