美少女、夏服を装備する
第三十八話 美少女、夏服を装備する
六月に入り、一層暑さを増す中、僕らの美川高校も衣替えの季節となる。
暑さを増すとは言っても、例年だと六月に入って間もなく梅雨入りし、半そでになった途端肌寒い季節になったりするのが面倒くさい。五月の段階で衣替えさせてよとか思ったりもする。
さて、今日から夏服なわけだ。
ここでうっかり冬服で登校してしまうと、一日中居たたまれない気持ちで授業を受ける羽目になるので要注意だ。
僕は自室の姿見の前で、スカートの位置を調整する。
うーん、ここまでだと上げすぎかな。もう少し下げると、丈の長さ的に少しもっさりしてるか。なかなか調整難しいなあ。
冬服はプリーツスカートの上を、中に折りこんでベルトで止めていたために、長さの調整はある程度融通が利いていた。一方で、夏服のスカートは切ってしまっているために、長さの変更はできない。見栄えを整えるのも案外苦労するのだ。
「よしっ」
丁度いい長さになったので、僕はうんと頷く。
上は白のブラウス、襟元にリボンが結ってあり、少しだけ可愛らしい。スカートについては、冬服も夏服も同じデザインとなっており、赤紫に濃紺のチェック柄だ。ただし、生地の厚さだけが異なっている。
ちょっとポーズを取って、姿見に全身を映す。涼しげな夏服の子がそこにいる。僕はその場でにっこりと笑ってみる。鏡の中の子もにっこり笑う。
よし、準備は万端だなっ。
「あゆ姉ちゃん、完璧に女の子だね」
いつの間にか部屋の扉が開いており、その隙間から要が部屋の中を覗いていた。
「なっ! いつから見てたんだよっ」
「うーん、スカートの位置を調整してるところあたり?」
良かった。着替えてるところは見られてなかった。本来なら、実の弟に対して、懸念するようなことではないのだけど……。
こいつは覗きかねんと、最近の僕は思い始めている。
「あと僕、女の子じゃないからっ!」
「えっ!?」
なんだよ、その信じられない物を見るような目は……。
要だって僕がお兄ちゃんの頃の記憶あるでしょっ。そうやすやすと忘れられたら堪らないよ。
「まあ、あゆ姉ちゃんがそう思ってるなら、それでいいけど。でも俺にとって、今のあゆ姉ちゃんは自慢の姉ちゃんだよ! いやほんと、イチャイチャしてるところを友達やクラスの女子に見せつけたいくらいに」
「イチャイチャって、姉と弟でそりゃないでしょ。クラスの女子に見せたりなんかすると、彼女できないぞ」
「うーん、むしろそれが狙いというか。最近しつこいのなんのって」
……最近の小学生はませてるんだなあ……。小学生で恋愛なんだー。
小学生の弟すらモテているのに、男時代の僕ときたら……。そもそも人と話してなかったわ。彼女以前の問題。
要は小学五年にしては身長も高いし、男時代の僕と違って顔もかっこいい。昔の僕みたいに、初めてあった人に女の子と間違えられたりとかないしね。僕はそれがちょっと羨ましかった。
「それに俺はあゆ姉ちゃんと結婚するから、クラスの女子なんかに構ってらんないのっ」
僕と結婚するっていうのに少し笑ってしまう。要は結構な頻度でその言葉を言うけど、なんだか年相応の小学生っぽくて。
僕も昔は「ママと結婚する!」とか言ってたなあ。
要も普段からこういう年相応なこと言ってれば可愛いんだけどねー。
いや、僕が男の時はそうだったはずなんだけどなっ。
「要、僕と結婚は無理だからねっ? せっかくクラスの子にモテモテなんだから、そっちで頑張ってよ」
「……もしかしてあゆ姉ちゃん、妬いてる?」
「ちがーう!」
どこをどう取ったら、そういう超次元曲解ができるんだよ……。僕はがっくりと首を垂れる。
こんなやり取りをしているせいで、結構な時間が経ってしまった。
今何時だろう。
僕は壁にかかっている時計を見やる。そろそろ良治が来る時間だっ。急がないと!
「悪い、要。僕そろそろ行くから」
「はーい。あっ、あゆ姉ちゃん! リップクリーム持った? お母さんに持っていくよう言ってって頼まれてたの忘れてた」
「わーすーれーた!」
自分の部屋から勢いよく出ていった僕は、勢いを殺さぬままにUターンをし、再び部屋に舞い戻る。
机の上に置きっぱなしになってたリップクリームをポーチに突っ込み、そしてまた猛然とした勢いで部屋から飛び出す。玄関で靴を履き、家の外へ。まだ良治は来ていない。
まあ別に待たせてもいいんだけど、わざわざ自転車で拾ってくれているのに待たせるのも悪いからね。
少し乱れてしまった髪を手櫛で整える。
良治を待つ間、今朝の一連の出来事を思い出す。
まず朝ごはん。料理同好会でも料理してるしお弁当もつくってるしで、腕前が上がった僕は最近ママによく「いいお嫁さんになれるわよっ♪」と褒められる。そして今朝も例外ではなかった。
続いて、洗い物。エプロンをしている僕に対して、「アユミ、エプロン姿がさまになってるな」と父さんに言われる。
そしてついさっき、夏服に着替えてポーズを決めてるところを、要に目撃される。
鞄をごそごそして、ポーチを開ける。リップクリームや手鏡、ハンドクリームや日焼け止めが入っている。
……どうしてこうなった。
疑いようもなく女の子じゃん。
……どうしてこうなった。
いつの間にか日常が変わってきている。ああ、女の子の下着をつけただけで真っ赤になっていたあの日あの時が懐かしい。今の僕は、あの時から見ればどうみても変態じゃん。ちょっとブレーキかけようぜ、アユミちゃんよ。
そんなことを考えていると、曲がり角をまがった良治が目の端に映る。
いい加減自転車を買わなければならないな、と思っている。そろそろ暑くなってきているし、二人乗りをすることで良治に無駄に汗をかかせるのも心苦しい。
高校に入ってから放課後に買い食いしたり、休みに遊びに行ったりすることが増えた。それ自体は大変喜ばしいことで、僕としても凄く嬉しいんだけど、その代りお小遣いは一向にたまらなくなった。
あー、アルバイトでも探すかあなあ……。
「よう、おはよう」
半袖Yシャツの良治が、僕の目の前で自転車を停める。僕も「おはよう」と返事をする。
「歩、お前……」
「なに? なんかついてる?」
「なんで、ブラウスの下にキャミソール着てんだよおおおおおおおお! 夏服だろおおおおお!」
「な、なんでって、それは……」
「透けブラしてないのは、良くない! 断じてありえん! お天道様が許しても俺が許さん」
いやいやいや、良治に許しを乞う意味なんてないからっ。
ぶっちゃけ、下着が透けるのが嫌だから着てるんだよ。思惑通りだよっ!
そもそも下着が見えるのがおかしいでしょ。普段見えないように隠してるのに、なんで透けるのはいいんだよっ。女の子の七不思議の一つだよ!
「ふ、まあいいさ。歩が手を挙げた時に見える、わきチラでもご飯三杯はいけるからな」
僕はさっとわきを閉じる。この男、そういう目でしか女の子を見ていないのかっ。
実に悲しい男だよ、良治。だからお前には彼女ができないんだ。作ろうとしてるところ見たことないけどさ。
「くくく、わきが隠されたか……。だが、日差しを浴びてうっすら透けるスカートはどうにもできまい。ちなみに俺はそれでもご飯三杯はいける」
……マニアックだなぁ。
僕は半目で良治をじろりと睨む。
「ま、まあ、そんな馬鹿みたいな冗談は置いておいて、そろそろ行くぞ」
「……絶対本気だったでしょ」
すっかり二か月間で定着してしまった、良治の自転車の後部座席に座る僕。
良治が足にぐっと力を入れると、徐々に自転車は加速する。
やっぱり自分でこがなくていいのは楽だなあ、なんて思ってしまう。もう暫くの間、良治に頑張ってもらおうかな。
下駄箱を開ける。
最近では、無駄と知ったのかラブレターは入らなくなった。ここまでなら良かったのだが、その代わりに呼び出しが多くなったのだからたまらない。呼び出されて無視は出来ない。
だから僕ら料理同好会の面々は、最近ではクラスじゃなくて部室でお昼を食べるようになっている。みんなは関係ないのに、巻き込んじゃって申し訳ないと思う。
ちなみに部室には電気ケトルが導入されましたっ! なんでも萌香ちゃんが町内会の福引で当てたとかなんとかで、新品を持ってきたのだ。こうして部室でお茶を入れることが可能になった! ちなみに湯呑やティーカップは各自の持参である。
殺風景だった机は、桜子ちゃんがテーブルクロスを持ってきて以降オシャレに様変わりしている。ちなみに机の上には、良治がUFOキャッチャーで取ってきた、よくわからない怪獣のぬいぐるみが鎮座している。どこか間抜け面をしたそのぬいぐるみは、結構可愛いので僕は良くつついて遊んでいる。
長椅子は、東吾がどこからかもってきた座布団が置かれ、座り心地が改善している。
僕はというと、料理の本とかお菓子の本を何冊か寄贈した。普段は殆ど読まれないのが切ないけど、部活をやるときは活躍するので持ってきてよかったと思う。相変わらず男たちは食べる専門だが、最近は料理中に携帯ゲームではなく、家庭科室で僕らの様子をチラチラ見るようになった。少しは進展したのだろうか。
靴から上履きに履き替え、僕と良治は教室へ向かう。
教室に入ると、萌香ちゃんや桜子ちゃんは既に来ており、二人で仲良く話している。二人とも白いブラウスが眩しい。ちなみに東吾は遅刻ギリギリに来ることが多く、今日もまだ来ていない。
電車に乗ってくる遠方組の方が、東吾みたいに自転車で来られる近距離組よりも早く来てしまうのだ。
「アユミちゃん、おはよー。あとついでに良治君も」「アユミちゃん、おはよう。あとついでに良治君も」
僕も笑顔で挨拶を返す。
良治も「おっす」とだけ答えている。ついで扱いいいのか。
「アユミちゃん、夏服でもかわいいね~♪」
萌香ちゃんがニコニコしながら言う。
「はっ、アユミちゃんが透けブラしてないなんてっ! あんなにガードゆるゆるだったのに、成長したのね……」
桜子ちゃんは何気なく酷いことを言う。
僕は別にガードが緩いとかそういうつもりはないっ。どんなにガードしても乗り越えてセクハラしてくる連中が多いだけで……。
そんな朝の挨拶(?)をしていると、廊下をドスドスと走ってくる音がする。そしてそれは段々と近づいてきて――、
「うおおお! 間に合ったぁ!」
教室の扉を開けると同時に、東吾が大きな声をあげる。
「おッす、吉川」
「おっす、多川」
男二人は軽く挨拶を交わす。
「うおおおおお、アユちゃん! 夏服姿も可愛いなあ!」
「う、うるさい! 大きな声で言わないで」
恥ずかしい奴だっ。良治とは違ったアプローチで恥ずかしいことしてくるから困る。
そして、そうやって反応する僕の頭を撫でる萌香ちゃんと桜子ちゃん。最早この流れがテンプレート化している。ひょっとして舐められてるんじゃなかろうか……。いつか一泡吹かせてやるんだから。
「だがな、残念なことに透けブラをしていない」
良治がぼそっと呟くと、東吾は「ほほう」と言いながら僕を眺める。
別に見えてるわけでもないけど、僕は自分の体を抱いて後ずさる。
「待つんだ多川よ。俺たちくらいのレベルなら、想像するだけで行けるだろ?」
「なるほど、一理ある」
二人そろって僕の方をじっと見つめる。
や、やめろ! なんでそんなやらしいことを思いつくんだよ、このピンク脳どもっ!
「やっぱり恥ずかしがってるアユミちゃんは可愛いよねっ」
萌香ちゃんは両ほほに手の平を当ててうっとりしている。桜子ちゃんも「うんうん」と頷いている。
誰かこの男どもを止めてよっ!
この茶番は朝のホームルームが始まるまで続くのだった。
そんな感じで、今日もいつも通りの一日が始まるのだ。
箸休め的な話にしてみました。
アユミちゃんが案外適応していて、ちゃんと女の子してるところが書きたかっただけでした。季節ごとのイベントはできる限り取り込んでいきたいというのもありました。
最近ようやくキャラが勝手に動き出すようになってきて、話づくりが少し楽になった気がします。
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