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美少女、体育祭に挑む⑤

第三十七話 美少女、体育祭に挑む⑤




 結果から言うと二人三脚は三位だった。


 青組の選手には勝てなかったけど、一回も転ばずにゴールに行けた僕たちは大いに喜んだ。

 喜びすぎてうっかり抱き合ってしまったほどだ。抱き合った後にとんでもないことをしたことに気付いて、思わず飛びのいてしまったけど。萌香ちゃんには「照れてる」と笑われてしまい、それにもつられて僕も笑ってしまった。

 

 最後の選抜リレーも、赤組は三位だった。青組がまさかのバトン渡しミスをして四位だったが、ポイント的にはかなり厳しいと言わざるを得ない。最後に応援合戦の集計結果が加算されるけど、こればっかりは保護者票なのでどうなるのか見当もつかない。

 

 そして迎えた閉会式。

 僕は何故か障害物競争で着たメイド服をまた着せられていた。そしてまさかの、そのまま閉会式突入だった。

 整列しながら僕は思う。今日は疲れたな……。でも疲れた以上に、楽しかった……かな。生まれて初めて一位を取ったこと、萌香ちゃんとの二人三脚で上手く走れたこと。ガチガチだったけど踊るには踊れた応援合戦とか……。

 こんなに清々しい気持ちで終わった体育祭は今までなかったかもしれない。

 まあ百メートル走はビリだったし、恥ずかしい思いもたくさんしたけど……。

 

 自分の中で今日の内容を振り返っていると、お待ちかねの順位発表の時が来た。

 まずは応援合戦の順位発表だ。放送担当の実行委員が読み上げていく。実はこの日一番大変なのは、この本部放送の実行委員だったりする。

 下から順に発表されていく順位。三位が青組だった。赤組はまだ出てこない。

 ってことは、一位か二位。いやが上にも期待が高まりますっ。僕は東吾や他の応援団と視線を交わす。

 二位は……黄色組だ! ということは……赤組の面々は発表すら行われていないのに黄色と同タイミングで喜びの声をあげる。


「一位、赤組。赤組はなんと、全体の得票率の七割を占めていました。すごいですねっ」


 赤組陣営の盛り上がりに遅れて、順位の発表がされる。

 さらなる盛り上がりを見せる赤組。


「保護者の方の書いてくださったコメントをちょっと紹介しますね。『ちいさいチアガールの子が可愛かった』『前で踊ってた小さい女の子のファンになりました』『おへそを出したチアの子が一生懸命だったので入れました』だそうです。良かったですね、佐倉さん♪」


「……っ!?」


 突然名前が呼ばれて声にならない声を上げる僕。

 こんなところで呼ばれるとか心臓が飛び出そうになったよっ。

 呼ばれた瞬間に一斉に注目を浴びる僕。恥ずかしすぎて、どんどん縮こまってしまう。縮みすぎて身長なくなったらどうすんのっ。


「アユちゃん良かったねー。頑張ってたのが伝わったみたいじゃん」


「うっうるさいなっ」


 東吾が茶化してくるので、僕はそっぽを向く。


「照れちゃって可愛いなあ」


「うるさいうるさいっ」


 閉会式でこんな辱めを受けるなんて思ってもみなかったよっ。

 大体頑張ってたのは僕だけじゃないでしょ。もっとまともなコメント紹介してよ。

 僕一人の手柄みたいに紹介されるのは嫌だし、他の応援団の子に悪いと思う。申し訳ないなと思って他の子の様子を伺う。

 

「やっぱりあのポジションに佐倉さんを入れたのは正解だったなっ」「隣で踊ってると可愛くて見とれそうだったし」「私らも見ていたかったよねー」


 ……あまり気にしていない様子だった上に、触れると余計に恥ずかしい思いをしそうだったので、声をかけるのをやめる僕。

 応援合戦の順位発表が終わると、次はいよいよ総合の順位発表だ。

 さっきの応援合戦で青が三位で赤が一位だった。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。

 三位までの順位が発表され、いよいよ二位の発表となる。静まる会場、高鳴る胸。ああ、体育祭の順位がこんなに気になるのも生まれて初めてかもしれない。


「二位、青組!」


 青組陣営から落胆の声が聞こえる。本来二位なら十分嬉しいところだが、ポイントを詰められたにせよ、最後の最後まで一位を貫いてきたので、ここでの二位転落はどうしても気落ちしてしまうのだろう。

 そして赤組が一位と発表される。再び盛り上がる赤組。

 最後の最後までポイント差を詰めたところで応援合戦のポイントが乗って一位をもぎ取った。この大逆転に赤組の勝鬨の声は、放送でストップがかかるまで、いつまでも収まらなかった。

 

 

 

 閉会の言葉が終わり、体育祭は最後のプログラムのフォークダンスへと移行する。

 三年生が全員参加で、一、二年生は任意参加となっている。美川高校の体育祭のフォークダンスはお決まりの行事らしい。

 円が二重になっており、外周は一定の時間踊っていると相手が変わるようになっている。内周は、カップルがずっと変わらず踊るらしい。

 ちなみに閉会式が終わったとはいえ父兄もまだ残っているわけで、内周で踊るのは余程強固な信頼関係を築いている上に、両親公認くらいのレベルじゃないと無理だ。それでも毎年何組かは中で踊ってるらしい。ううむ、凄いものだ。

 

「あれ? アユミちゃんは踊らないの?」


 踊りたい人が入場ゲートに集まる中、自分の応援席でお茶を飲んでいる僕。

 そんな僕に桜子ちゃんが話しかけてきた。


「僕なんてまじったところでしょうがないよ。そもそもまともに踊れないし」


「そうかなー。三年生もアユミちゃんが踊ってくれると嬉しいと思うけど」


「えー、絶対そんなことないと思うけどね」


 と、これは萌香ちゃん。

 三年生と僕はほとんど面識がない。そんな知らない女の子と踊れと言われても困ると思うんだけどなぁ。

 そういう僕の主義に反して、実は結構三年生に誘われたりもしたのだ。でも丁重にお断りしてきた。知らない男の人と手をつないだりするのってちょっと怖くてね……。


「そういや良治はどこ行ったんだろ」


「あれ、覚えてない? 新入生歓迎会の時に、フォークダンスで好きな人と踊る権利とかいうのを生徒会からもらってたじゃん」


 ああ……あったなぁ。かくれんぼの特典だっけ。

 あれホントに実行されるんだ。本気じゃないと思ってたんだけど……。

 それじゃあ良治は今頃自分好みの女の子とか、もしくは密かに想いを寄せていた女の子を探しているわけか。ふーん……。


「アユミちゃんはいいの? 良治君取られちゃって」


 取られるって言う表現がいいのか悪いのかはわからないけど……。

 良治に彼女ができたら、あんまり構ってもらえなくなるかなあ。ちょっと寂しいかも。

 まあでも、だからといって友人の恋路に水を差すのも無粋だし、暖かく見守ろう。うん、そうしよう。


「あー、いたいた。歩、フォークダンス行くぞ」


 僕が、暖かく見守ろうモードに入ったところで、いきなり良治が現れた。


「は? 今なんて?」


「だからフォークダンス踊りに行くぞって言ってるんだけどな。あ、ちなみに拒否権はないぞ? 特典だからあきらめてくれ」


「でもそれって相手は女の子限定でしょ?」


「何言ってんだ、女の子はお前だろ」


 そういえばそうだったっけ。いや、待ってほしい。

 何で数多いる本物の女の子を差し置いて、僕を選びに来るのか。まさか嫌がらせ……? と一瞬思ったけど、いくらなんでも良治はそんなことはしない。


「おー、良治君。やっぱりそうきたかー」


「まあそうよねー」


 一方女の子二人組は「やっぱりねー」的なノリで、さも当然と言わんばかりの反応である。


「まあいいから、早く行こうぜ」


「僕全然踊れないんだけど――ぉお!?」


 喋ってる途中で手を引かれて連れて行かれる僕。

 桜子ちゃん達に助けを求めるも、にこやかに手を振る二人。

 ぐぐぐ、四月のかくれんぼの特典のせいで、だれも止める気がないということなのかっ。

 時間がないからか、良治は僕の手を握り、ぐいぐい先へと進む。行く先は勿論入場ゲート。途中色んなチームの人に連れていかれる様を見られたけど、何故かみんな合点が言ったような顔で「うらやましいなあ」「新歓イベ出ておけばよかったー」とか言っていた。

 新入生歓迎会の特典ってそんなに有名な代物だったの!? あの学校の非公式ウェブで拡散されたのかな。


「わ、わかったから。行くから引っ張らないでっ」


「おっと、悪い。痛かったか?」


「いや、痛くはなかったけど。ちょっと速くて転びそうだったっ」


「悪い悪い」


 そう言って良治はにやりと笑う。

 入場ゲートで並んでいると、三年生の先輩から注目を浴びてしまう。


「佐倉さん、付き合ってる人いたの!?」


 中には驚いた表情で聞いてくる人もいる。新歓のおまけで来ていることを伝えると、「よかったー」と言って引き下がってくれるけど、正直いちいち答えるのが面倒くさい。

 良治が僕と付き合う気がそもそもないだろうし。まったく、好きな女の子誘えばいいのに……。良治ともあろう者が、誘う前に臆してしまったのかなぁ。

 まあこういう雰囲気で女の子誘うのって難しそうだし、仕方ないか。僕だったら絶対誘えないし。

 でもそれだったら、僕を巻き込まないでそのまま権利放棄してくれた方がよかったんだけどね……。


 入場して、フォークダンスの内周に入る。他にもぽつぽつ内周に入るカップルはいるようで、中に入った挙句に僕らだけという最悪の事態は避けられた。

 全員入場したところで、音楽が始まる。


「ごめん良治。僕本当に全然踊り方知らないから」


「ああ、大丈夫。俺も知らないから」


 全然大丈夫じゃない……。良治はさも適当な感じでステップを踏んでいる。何となく曲に合ってるリズムだったので、僕もそれに合わせようと頑張ることにした。


「ねえ、良治」


「なんだ?」


「なんでわざわざ僕を誘ったの? ほかにかわいい子でも誘えばよかったじゃん」


 僕の問いに、良治はしばらく無言で思案する。


「……確かに、誘おうと思えば他の女子を誘える状況だったなぁ、そういや。何でか思いつかなかったな」


「なんだそりゃ」


 選ぶことができなかったとか、誘おうと思ったけど声をかけられなかったとかではなく、初めから誘うつもりがなかったのか。

 

「誘ってないとかもったいないな。折角好きな相手を選べるのに」


「そうか? 俺なんかが声かけたところで、どうせ今回きりだろ。それはそれで寂しいもんだ」


 良治は結構かっこいい方の顔立ちをしていると思うんだけどな。

 まあ性格は目を瞑らないといけない部分はあるけど……。それに僕と違って積極性もあるし、なんだかんだでいい奴だから、本人にやる気さえあればこれっきりにはならないと思う。もったいないなあ。


「仮に相手を誘うために、いろいろ探し回っても結果は変わらないと思うけどな」


「結果?」


「ああ。どうせ歩以上に可愛い女の子なんていないしな」


 さらりと放たれた言葉に、僕は一気に顔が熱くなる。


「なっ、何言ってんの。僕はおと――」


「おっと、今その先は言うなよ。周りに人もいるしな」


 今はフォークダンスの途中。ちょっと離れてはいるものの、周りには多くの先輩が踊っている。

 「僕は男だから」、と言おうとしたが、そのセリフを飲み込む。

 

「……ほら、三井生徒会長とかいるじゃん。凄い綺麗じゃん」


「お前は土下座して女の子のパンツ見るような女がいいのか?」


「あー……そうね。っていうか、良治も同じことしたでしょっ」


「そうだったっけ?」


「そうだよっ」


 ダンスはまだ終わらない。

 一曲目が終わり、外周で踊る先輩たちは相手を交代する。

 一方で、中にいる僕らはそのままダンスを続ける。


「生徒会長は確かに綺麗だが、俺はもっとロリロリしてるほうが好きだからなー。歩くらいが丁度いい。おっぱいもな?」


「あっそ」


 どうせ子供みたいな体型だよ。身長も中学生くらいしかないし、胸だってそんな大きくないよ。うるさいな。

 ……なんでこんな女の子みたいな悩みしてるんだよ。違うだろ、僕……。

 いや、これは仕方ないのかもしれない。男になろうが女になろうが身体的なコンプレックスは生まれるものだ。

 周りと比べてどうだっていうのは、男でも女でも変わらない。女の子として生活するようになって、いつの間にか自分と比べる対象が女の子になってしまった。そのせいで、僕の中でも何か変化してしまったのかもしれない。

 スタイルがいい人を見ると、いいなぁという男目線の感覚より、羨ましいという女目線の感覚の方が強くなってきている気がする。これはつまり――、

 

「歩は女の子っぽくなったな」


 考えていたことに近いことを言われたので、僕はびくっとして良治の顔を見る。


「プールの時も感じたけどな。あれから三週間くらい経って、あの時よりさらに女の子っぽく可愛くなっていると思うぞ」


「そ、そうかな。あんまり意識はしてないんだけど」


「全く罪作りな奴だよ。外見だけ女になって中身がまんま男の時でも可愛かったのに、中身まで可愛くなってきて収拾がつかなくなってるぞ?」


「ご、ごめん」


「ははは、謝るようなことじゃないだろ」


 良治は謝っている僕を見て、からからと笑う。


「俺は歩がどんな風になっても、ずっと友達でいるから安心しとけ。俺達は親友だからな」


 そう言った良治の顔は、背後の夕日の影になってしまっていたが、少しかっこよかった。

 良治と友達で良かったと心から思う。


「うん、ありがと」


 僕はなんだか恥ずかしくなって、良治の顔を見られず俯いてしまう。


「あとさ、良治」


「どうした?」


「フォークダンスで、女子の腰に手を触れるのはわかるんだけど、腰を揉んだり時々お尻触ったりするのはやめてよね」


 さっきから腰に据えてるはずの手があちこち動いてるのがはっきりわかるんだから。

 チア服じゃなくてよかったよ! あれはおへそ丸出しだから、腰に手を触れられると、素肌に直接触られることになるし、大変なことになってたかもしれない。


「ばれた?」


「そりゃばれるよ! どんなに鈍くてもばれるよ! こんなことしてると、本当の女の子に逃げられるぞっ」


「おー。そりゃ怖い。まあ全員に逃げられたら、歩が俺を拾ってくれよ」


「いやだよっ!」


「歩、ひょっとしてツンデレってやつか? 可愛いなあ」


「うるさーい!」


 これがなければもっといい奴なんだけどね……。

 良治らしいと言えば良治らしいけど、普通の女の子にやったら確実にアウトだろうな。

 ……僕でもアウトなんだけど、わかってくれないかなぁ。まったく。


 西の彼方に夕日が沈みはじめ、グラウンドも徐々に暗くなっていく。曲も終わり、フォークダンスは終わりの時を迎える。

 本部のテントや、応援席はすでに撤去が始まっている。徐々に終わっていく体育祭。祭りの終わりに少しさびしさを感じた。

 長い一日だったけど、楽しかったな。

体育祭終了しました。

凄い冗長になってしまったのが心残りですが、ここまで読んでくださった方本当にありがとうございます。


次回以降、軽くインターバル的な短めの話をちょっと挟んで、そこから一気に夏休みに突入する予定です。

書きたいイベント全部書き散らす勢いとはいえ、一学期長すぎたなぁ……。

本当は取捨選択して書かないとダメだってわかってるんですけど、やっぱり書きたいものは全部書きたいかなあって……。

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