美少女、体育祭に挑む③
第三十五話 美少女、体育祭に挑む③
午前の部が終了し、お昼休憩となる。
家族と食べることになっているので、僕は保護者席をうろつく。
う……なんだか、すごく視線を感じる。そんなにジロジロ見ないでほしい。ここにいる保護者は、息子さんや娘さんが高校生なわけで、高校生の僕が歩いていても気にすることないと思うんだけどな。それに今はお昼時で、僕以外にも高校生は結構うろついている。
……と、そこまで考えて、僕は自分の恰好を思い出した。
しまった! 体操服に着替えるの忘れてた。恥ずかしい衣装のままだったっ! そりゃこんな恰好で年端もいかない女の子が露出度の高い服で歩いてたら、「最近の若い子は……」って感じで見ちゃうよ。
いや、写真撮ってる人もいるぞ。それはどうなの!? 珍しいコスプレイヤー的な印象? やだなあ……。
とにかく、うちの家族にこの姿を見せたくないし、着替えてこよう、そうしよう。
「あっ! あゆ姉ちゃんみっけ!」
見知った声を聴いて、僕は露骨に嫌な顔をしてしまったと思う。 更衣室に向かおうとした矢先に弟の要に見つかってしまった。
嫌なタイミングで遭遇してしまった。もうこれじゃあ逃げられないじゃん。
保護者席をうろうろしてから気づいたのが手遅れだった……。あんなに昼前には着替えようって思ってたのに、ついついテンションが上がっちゃって忘れちゃうなんて……。
僕って肝心なことがいつも抜けてるなあ。
「あゆ姉ちゃんがそんなにエッチな恰好するなんて、珍しいね」
「う、うるさいなっ! 仕方なくなんだよ」
小学五年生の弟にエッチ呼ばわりされる恰好とか、本当に酷いよねっ。
体育祭には幼い子供も見に来るんだから、こういう恰好は良くないよね。学校側でNGにすべきだよ、ほんとに。
要はそんな僕の姿を頭の上からつま先までじっくり観察する。家族と言えども、見られるのは恥ずかしいな……。
「うちでもそういう恰好すればいいのに。折角可愛いんだから」
「絶対しないっ!」
要は少し肩をすくめる。
なんだよ、その「やれやれ」みたいな仕草はっ! 要って本当に小学生なのかと思ってしまうほど、ませているよね。
良治とよく遊んでたりしたせいかな。うん、きっとそうだ。良治が誤った道を教えてしまったんだなっ。今度とっちめてやるんだから。
などと、この場にいない良治の評価を勝手にガンガン下げていると、要が僕の手をぎゅっと握ってくる。
そしてそのまま前へ引っ張っていく。
「あゆ姉ちゃん、こっちこっち。みんな待ってるから」
あーもう。この姿でお昼は確定か。今更着替えに戻ったら休む時間も無くなっちゃうし、あきらめよう。
******
「あらあら、アユミちゃん。今日はずいぶん大胆な恰好してるのねっ。それはママを誘ってるの? ひょっとしてまさかパパを誘ってるの!?」
「アユミ……。パパは大歓迎だぞ?」
「誘ってるわけないでしょっ」
「パパ……? まさか本当にアユミちゃんをそういう目で見ていたのかしら?」
思いのほか大真面目な顔で反応した父さんに対して、母さんは冷ややかなまなざしを送る。母さんの目がちょっと怖い。
そりゃそうだ、実の娘を変な目でみている父親とか、常識的に考えればおかしい。いや、そうでなくてもうちの家族自体おかしいのだけど。
「ないない、ないからっ! 父さんも冗談だから、ねっ!」
「む……? わりと正直な気も――」
「わーっ! ソレヨリオナカスイタナァ! お弁当は何? ママ」
強引に話を終わらせ、別の話題に持っていこうとする僕。
父さん、その発言はかなり際どいというか色々危ういからやめてよっ。
っていうか空気読んで! よくママの前で言えるよ。一歩間違えれば、佐倉家内で大紛争だよ。
「いや、アユミ。パパはな、お前のことが好――」
「ワー、キレイに詰めてあるネー。サスガママダヨッ」
このおっさんを誰かどうにかしてよ。連日夜遅くまで働いてるからおかしくなっちゃってるんじゃないのっ!?
なーんで、その話題を終わらせようとしてるのに追撃してくるかなっ。
両親が喧嘩してる時の子供のいづらさときたら本当に酷いんだから、余計な波風立てないで欲しいよ。
「今日はアユミちゃんの好きなものを集めてみたわよっ」
僕の必死の努力の成果で、ママの気はまぎれたようだ。やはり家庭は円満なのがいいよねっ。
「おおおー!」
ママが腕によりをかけて作ったというお弁当はどれも美味しそうだ。
学校で食べるお弁当は、いつも自分で作っているけど、こうやってみるとまだまだママの腕前には達していないのがわかる。一品一品の完成度もさることながら、弁当箱への敷き詰め方などでも差が出ている。
ううむ、悔しいなあ。
「あゆ姉ちゃん。はい、あーん」
要が唐揚げを差し出してくる。
僕は差し出されたから揚げをじっと見る。
「わー、卵焼きおいしそう」
しかし、僕はそれを華麗にスルー。
するとどうでしょう。わが弟は俯いて震えているではありませんか。
「ぐすん……あゆ姉ちゃんが冷たい」
「アユミちゃん。要が可哀想でしょ?」「そうだぞ。要をもっと構ってあげなさい」
そして何故か僕が悪いことになる流れ。ここまでが殆ど最近のテンプレートになってる気がする。
要ったらこんな時だけ小学生の弟っぽくなって……。賢しい弟をもって、僕はうれしいよ……。
「はいはい……。あーん」
「アユミ、もう少し柔らかい表情をするんだ」
「なんで……ってええっ!?」
カメラを構える父さん。
驚く僕。
なんでそんなゴツイカメラ持ってるんだよっ! バズーカみたいじゃん! 戦争でもしに行くのかと思ったよ!
よく見たらシートの上にはレンズが沢山。後ろのボックスはクーラーボックス化と思ったら、カメラのレンズ入れじゃん。
「これ、どうしたの!?」
「アユミの晴れ舞台だから、奮発しちゃった☆」
てへぺろって表情をする中年の男が約一名。
奮発しちゃったじゃないでしょ。総額いくらかかってんの! たかだか体育祭の一つでっ!
「このカメラ凄いのよ。まめつぶみたいに遠かったアユミちゃんが、すっごい綺麗に拡大されてるの」
「額縁にいれて飾りたい写真も撮れたぞ」「俺にもポスターにして頂戴よ父さん」
ここまで来ると、親ばかじゃなくて馬鹿親だよ。ついでに馬鹿弟もいるけど。
こんなバズーカかついで写真撮影とか、明らかに場違いなんだよなあ。体育祭の父兄のレベルを超えてるよ。
応援席にいれば、うちの家族にはチアガールの恰好を見られないで済むと思っていたけど甘かった。この超望遠のレンズじゃ、何もかもお見通しってことか。恥ずかしいな……。
ま、まあ所詮カメラで写真撮られてるくらいだし、気にしなくていいよね。お弁当に目を戻す僕。
「いただきます」
「はい、あーん」
すっと再び僕の前に唐揚げを差し出す要。
忘れてなかったか……。折角カメラの下りで有耶無耶になったと思ったのに。
仕方なく唐揚げを食べさせてもらう僕。あ、唐揚げ美味しい。思わず破顔する僕。
要はそんな僕の様子を見て、とても嬉しそうな笑顔を見せる。こういう時は年相応でかわいい顔するんだけどなあ。
しかし、要は何故かそのまま僕に抱き着いてくる。
「今度はどうしたの……」
僕は面倒くさそうな声を上げる。
「俺、クラスの子よりあゆ姉ちゃんがいいなあ」
……? 要が何を言いたいのかはよくわからなかったけど、とりあえず友達は大事にするべきだと僕は思うよ。
まあ中学三年間ほぼぼっちだった僕が言えた話じゃないから黙ってるんだけど。あ、でも最近の僕なら言ってもいいかもっ! 友達できたしっ。
「ところで、あゆ姉ちゃんって彼氏できたの?」
「んぐっ……!?」
何の脈絡もなく、いきなりとんでもない質問をされたので思わずむせてしまう。
「いるわけないでしょっ」
要は何考えてるんだ。
僕は確かに女の子になってるけど、彼氏とか作るわけないだろっ。
そもそも中身男の子だぞ。最近少し慣れてきてあやふやになってきてる感はあるけど、それでもまだ立派な男の子だと自負している。
「そうなの? でも応援してる時とかモテモテだったじゃん。色んな男の人に話しかけられてニコニコしてたじゃん?」
どこまでしっかり見てるんだよ。保護者席から応援席なんて、たいして見えないんだから競技でも見てればいいのに。
それに話しかけられたのは男の人だけじゃなくて、女の人も多数だよっ。何でか知らないけどやたらと話しかけられるんだよ。
「アユミちゃんの本命は良治君だもんねー」
と、ここでママが口をはさむ。
「なーんで良治が出てくるかなあ……。いい友達だけど、そういう感情はないよ。そもそも男だし」
「あら、じゃあ女の子と付き合うの?」
「アユミ、父さん同性愛は認めないぞ」
うーん……この場合どっちが同性愛になるんだろうね。難しいところだ。
男の子と付き合うのは、内面的には同性愛だと思うんだよ。内面的にはね。
でも女の子と付き合うのは、見た目的には同性愛なんだよね。つまるところどっちもアウトなんじゃないのかな。
男の子と付き合うというのは、ぶっちゃけ今のところありえないと思ってる。かといって女の子と付き合うっていうのも気が引ける。今の僕はどっちつかずだ。
まあ僕の心境がどうなろうと、良治が僕と付き合うことはないだろう。
だって良治は僕が男だったこと知ってるし……。良治の方から願い下げなんじゃないかな。
「ま、まぁ同性愛はないから大丈夫だよ、多分。そもそも僕なんかじゃ相手は見つからないし」
「えー、嘘嘘。だってあゆ姉ちゃん毎日ラブレター持って帰ってるじゃん。机にしまってあるでしょ? 引く手あまたじゃん」
「な、なんでそれを……」
入学してから結構な頻度でラブレターをもらっている。下駄箱に入れられても読んではいないんだけどね……。読むとちゃんと断らなきゃって思ってしまうし、かといって断るのは気が引ける。だから見なかったことにしてしまおう、でも捨てるのは書いた人に悪い。そんな心境から行き場をなくしたラブレターが机の中にたまっていっているのだ。
「あゆ姉ちゃんが彼氏いなくてよかったあ。好きな人がいたら、僕ショックだったよ。あゆ姉ちゃんと結婚できなくなっちゃう」
「いやいや、僕に彼氏彼女がいるいない問わず、要とは結婚できないよ。弟でしょ」
「れ、恋愛に壁なんてっ!」
壁は壁でも越えられない壁だと思う。
「まあ、ママはアユミちゃんが連れてきた子なら男の子でも女の子でもいいけどね♪ だけど、選ぶときはきちんと自分の気持ちを考えて、正直に決めなさい」
急に真面目な顔になるママ。
自分に正直に、か。肝に銘じておこう。
あっ、いけない。全然お弁当食べてない。僕は時計を見る。もうお昼休みも残りわずかになっている。僕は慌ててお弁当を取り皿に取って食べ始める。
「アユミちゃん。そのまま食べてていいから、ちょっと動かないでね」
そう言ってママは僕の髪に櫛を通す。なんだか気持ちが良くなってくる。
「いっぱい運動するんだものね。髪は縛っておくべきだったわ」
ママは僕の髪の毛を少し引っ張り、それを黒いリボンで止める。初めは右、次に左。
こうして左右に髪の毛をまとめ、ツインテールになった。おお、首の後ろがいつもと違って涼しい。ママは「上出来」と嬉しそうだ。
「あゆ姉ちゃんは、どんな髪型でも似合うんだねっ」
「そ、そう? ありがとう」
こんなに真正面から褒められると、実の弟の言葉とは言え照れてしまう。
僕は再度時計を見る。おっと、そろそろ時間だ。
「ごちそうさま。それじゃあ行ってくるね」
「アユミ。あと何の種目に出るんだ?」
「障害物競争と二人三脚かな」
「アユミちゃん、応援合戦もでしょ? 応援団なんだから」
あー……あの恥ずかしい応援か……。忘れていたかったのに、ママが思い出させてくるとは……。
まあ午後一でやるから、忘れててもすぐ思い出させられてたけどさ。
応援合戦は基本的に応援と名がついていても、全く応援と関係がない。実際には色ごとにチーム一丸となって何かをやるというだけで、大抵はチームごとにダンスするだけで終わる。
一チーム百二十人くらいいるわけで、その中にいれば普通は目立たない。しかし僕は応援団なので、保護者席の真ん前で踊らされるのだ。
この応援合戦、ポイントが入ると聞いていたけど、どうやって順位を競うのかが気になっていた。
どうやら、保護者向けに配っている体育祭プログラムの印刷物に、応援合戦で一番良かった組を記入する用紙が入っているらしく、保護者の票で順位が決まるようだ。
それなら先輩たちの上手なダンスを見せたほうが効果的だと思うんだけど、何故か僕が保護者席の真ん前で踊ることになっている。
ああ……僕間違えずに踊れたことないのに……。本当に大丈夫だろうか……。
「あゆ姉ちゃん、そろそろ時間だよ」
「あ、そうだね。行ってくるね」
「「「がんばって」」」
どうせ僕の順位には期待できないけど、応援されるのはちょっと嬉しかった。今日は応援してばっかりだから尚更心が温まった感じがする。
……よし、午後も頑張ろう。
久しぶりの家族登場。
しかし全く進まない話。
次回で午後は一気に駆け抜けます。多分。