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美少女、体育祭に挑む②

第三十四話 美少女、体育祭に挑む②




 まだ午前中のプログラムが半分終わった程度なのに僕は疲れていた。

 僕はチームごとの観戦エリアの中の一角、実行委員用の席で水筒のお茶をちびちびとすする。冷たい麦茶が喉を潤す。

 応援団というものを侮っていたよ……。まさかこんなにハードだとは……。

 応援団は、選手が入場する際には、入場ゲート付近で激励する。入場が始まり次第、自チームのエリアに戻り、そこで応援をする。

 つまるところずっと動きっぱなし、立ちっぱなしなのだ。

 流石にそれだと応援団の体力が持たないので、こうして休憩をちょくちょくはさんでいる。僕は特に体力がないから、頻繁に休憩させてもらっている。


「あれ、姫ちゃん、おやすみー?」


「はっ、はひっ」


 まったりしているところに急に話しかけられて、僕はびくっと体を震わせる。

 姫君と裏で呼ばれているのは知っているけど、最近は「姫ちゃん」になっているようだ。まあどちらにせよ、お姫様要素が微塵もない庶民なのに、その呼び方で呼ばれるのはご勘弁願いたい。


「慌てちゃって可愛いなあー。お菓子食べる?」


「あ、ありがとうございます」


 わー、お菓子だー。

 何故か僕が休憩していると、先輩たちがやたらと話しかけに来る。

 疲れてるから休んでいるのに、こう頻繁に話しかけられると休まることがないよう。チームの応援でもしていればいいのに。

 でもお菓子をくれるから、結構嬉しかったりもする。

 わぁ、お菓子だあ。……別にお菓子につられてるわけじゃないんだよ? だってすぐには食べないから。


「あれ、お菓子食べない? 嫌いだった?」


 しょんぼりする先輩たち。


「お菓子は好きです。でも今食べちゃうとお昼ご飯食べられなくなるので」


 女の子になってからの僕は、胃が小さくなってしまったようで、ご飯の量が随分と減った。

 お菓子をパクパク食べてしまうと、ご飯が食べられなくなってしまうので、自重が必要だ。

 しかしこうやって断ると、何故か「可愛い」とか頭を撫でられたりする。現状を認識した上で、的確にペース配分を考えているオトナの思考だというのに、この子ども扱いは何なのだろうか。しかも年齢にして一個か二個しか変わらないのに……。

 

「アユミさん、御機嫌よう。久しぶりに顔が見られて嬉しいわ」


 出た……。三井生徒会長。今日も今日とて美しい黒髪と抜群のプロポーション、体操服だというのに他の女子より麗しく見える。パッと見だけみれば本当に綺麗な人だ。


「こ、こんにちは」


 彼女がまじまじと僕を眺めているので、委縮してしまう僕。


「そのコスチュームは私を誘っているのかしら。そうよね? ちょっと保健室まで行きましょうか、行きましょう。今すぐにも」


「へ? 別に具合は悪くないんで、大丈夫ですよ?」

 

「ああ、もうなんて純粋なのかしら。ハァ……ハァ……汚したい……汚したいわっ。この無邪気な子を私色に染めたい」


 あ……あの。

 なんだかすごい危険なにおいがする。ここにいたらまずい。何か取り返しがつかないことになるかも。


「ぼ、僕、応援団の仕事があるのでっ」


 がたんと音を立てて立ち上がると、僕は三井会長の横を通りぬけようとする。

 が、望叶わず! 後ろから彼女に抱きしめられてしまう。

 柔らかい胸の感触を楽しむ……あれ、思ったよりわくわくしないな。疲れてるからかな。前だったら抱き着かれただけでもドキドキだったのに。

 僕の反応がイマイチだったのを良しとしなかったのか、三井会長はゆっくりと左手を僕の顔の位置まで持ってきて、そして優しく唇に触れる。そしてそのまま唇を指でなぞる。


「んっ……」


 三井会長の細く白い指が僕の唇の上をゆっくりと這う。

 

「んんっ……」


 なんかおかしな気もちになってくる。抱きしめられたときは何ともなかったのに、妙にドキドキしてきてしまう。


「本当に素晴らしい衣装ね。可愛いらしいし、色遣いも明るくて貴女に合ってるわ。そして何よりエロイ。ああ、我慢できなくなりそうだわ」


 右手が僕のお腹のあたりを撫で始める。

 くすぐったくて僕は身をよじる。しかし三井会長は逃がしてくれない。

 逃がしてくれないどころか、胸元から手を入れようとしてくるんだけどっ! 

 この人、公衆の面前でもお構いなしなの!? ってそうでした、前々からそうでした!

 三井会長は僕の耳元に息を吹きかけると、唇をいじっていた指を徐々に口の中に割り込ませてくる。


「んぅ……」


「あーっ! また来てるっ! 残念系美女! 離しなさいっ」


 萌香ちゃんがやってきて、三井会長を僕から引っぺがしてくれた。

 なんていいタイミング! 僕は三井会長の前から逃げ出すと、、すぐに萌香ちゃんの後ろに隠れる。

 名残惜しそうに僕を見つめる三井会長。なんでそんなに艶っぽい顔してるんですか。ああ、僕の口の中に入った指を舐めてる。ばっちいのにいいのかな……。


「いいところでしたのに」


「生徒会長は何しに体育祭に来てるんですかっ」


「私ですか? 女子の透けブラと、半そでから見えるワキと汗ばんだ体を見に来ていますが?」


 しれっとした顔で、堂々と語る三井会長。目が点になって、一言も返せない萌香ちゃんと僕。

 いやいやいや! それ完全に発想がスケベオヤジそのものだからっ! せめて一かけらでもいいから運動しに来てよっ!


「ああ、運動も好きですよ? ……そういえば午前の最後は女子のチーム代表リレーでしたね。私も出場するのですが、応援してくれますか? アユミさん」


「はっはい。頑張ってくださいね」


 萌香ちゃんの後ろからちょっとだけ横にずれて、僕は三井会長にお決まりの応援文句を言う。

 応援するときは必ず笑顔で、頑張ってという気持ちをこめるのだ。どんな人が相手でも。


「ふふふ、そうやって可愛らしい応援をしてもらえると、こそばゆいですね」


 そう言って可憐にほほ笑む三井会長。

 ああ、この人は普通にしてるとこんなに絵になるのに、どうして中身がああなってしまったのだろうか。天は二物を与えずとは言うけど、三井会長には容姿とか運動能力とか色々与えすぎちゃったから、全部ちゃらにするくらい内面をマイナスにしたのだろうか。

 三井会長はゆっくりと僕に近づく。警戒する僕と萌香ちゃん。彼女は僕の横まで歩を進めると、そこで止まる。

 

「必ず、一位になるので、見ていてくださいね」


 そう言うと、三井会長は僕に顔を近づける。そのまま彼女の唇が僕のほっぺたに軽く触れ、そしてすぐ離れる。

 僕は驚いた顔で、彼女を見つめる。こっ、これは……キス!?

 僕のほっぺたには、まだ彼女の唇の感触が残る。凄い勢いで、顔が熱くなっていく。多分、今僕の顔ってゆでたこみたいになってるんだろうなぁ。

 ええええ! ぼ、僕初めてだったのにっ。どどどどうしよう! あ、どうもできないかっ。初めては好きな人とが良かったのに。あ、同性だからノーカン!? あれ、僕は男だよね。異性じゃん! ほっぺだからノーカンか! 


「ちょっ、ちょっと! な、何をしてるの!」


 萌香ちゃんが騒ぎ始める。


「何って、キスですが?」


「見ればわかりますっ!」


「ならいいじゃないですか」


「よ、よくないっ!」


 三井会長と萌香ちゃんがやりあっている。

 僕はそんな様子を眺めながら、今自分に起きたこと、ちょっとだけクールダウンした頭で整理していた。

 キスされたのがショックだったかというと、確かにショックだった。

 では嫌だったかというと、それはどうなんだろう。驚きはしたけど、まあ……ほっぺだったし。

 これが口へのキスだったら、好きな人とが良かったと泣いてしまっていたかもしれないけど、そうではなかったし。

 うん、ほっぺだったから、ファーストキスには入らないってことにしよう。そうしよう。


「それでは御機嫌よう。また来るわね」


 そう言って、三井会長はひらひらと手を振り、この場を後にした。

 本当に自分主体で生きてるんだなぁ。


「アユミちゃん! 顔を洗いにいこっ! エタノールで消毒しなきゃっ」


「え、なんで?」


「キスされたでしょーっ! ひょ、ひょっとして嬉しかったの!?」


「そういうわけじゃないけど……そこまでしなくてもいいかなって」


「むむむ……! それなら私もキスするっ! していい?」


 そんなに期待した目で見ないでほしいんだけど……。

 面と向かってキスしてもいいって言われると、どう答えていいのやらわからないよ。

 そ、そりゃ萌香ちゃんは可愛いし、してもらうのが嫌かというとそうではないけど……。みんながいる前でそんな恥ずかしいことできないよ。

 それにここで許してしまえば、今後もことあるごとにされそうで、それはなんだか微妙かも。


「できれば、遠慮してほしいかなっ」


「むきー! あの女には許したのにっ!」


 別に許可してキスされたわけじゃないんだけどな……。

 その後萌香ちゃんを宥めるのには結構骨が折れた。




 一年生の女子百メートル走が終わった。

 僕の順位は当然ビリだった。ふふふ、まあこんなもんだよね。

 全員合わせてもすぐ終わってしまう競技のために、わざわざ体操服に着替え、そしてこれが終わればまたあの恥ずかしい衣装に着替える。

 ああ、面倒くさいな……。もうこのまま体操服でいいんじゃないか。

 その旨を先輩の実行委員の方々に言ってみたら、「絶対ダメ」と泣きながら言われたので、僕はまたあの恥ずかしい衣装を着ているのだ。

 

 もうすぐ午前中のプログラムはすべて終わる。

 午前中の最後の目玉は女子の代表リレーだ。

 各チームの一年生から三年生まで、各年次で二名ずつ選抜し、合計六人でリレーする。

 入場ゲートで出場選手を送り出した僕は、自分のチームの応援エリアに戻る。

 三年生の女子の代表には、あの三井会長がいる。ちなみに桜子ちゃんも一年女子の代表の一人だ。桜子ちゃんがトップバッターで、三井会長がアンカーとなっている。

 我らがA組の赤チームは、午前のここまでで総合三位。ビリ争いをするのでは? とすら思われていたから、思った以上に健闘している。一位はB組青チーム。こことは結構なポイント差がある。しかし二位のE組とのポイント差は少ない。このリレーで一位を取れば逆転は可能で、午後に向けていい状態で足をかけることができる。

 三井会長は絶対一位になると言っていたが、リレーとはチームプレイ。果たして一位になれるのだろうか。

 桜子ちゃんがスタートのためにトラックに入る様子が見える。流石に緊張した面持ちだ。あ、僕の方を見て手を振ってくれた。僕も思わず手を振りかえす。


 パァン! とスタートの合図の破裂音が場内に響く。

 トップバッターの各選手は一斉にスタートを切る。桜子ちゃんは、三コース目。

 第一走者から第五走者までは二百メートルを走り、アンカーのみ四百メートルを走る。第一走者は指定されたレーンを走り、それ以降は自由となる。

 桜子ちゃんは、今二位だ! 凄い速い! 本人は「もう運動部じゃないし大丈夫かなぁ」と言ってたけど、全然平気だよ!

 そしてそのまま二位で次の人にバトンを渡す。

 役目を終えた桜子ちゃんは、また僕の方を向いて、両手を合わせる。「ごめんね」って言ってるのかな。二位は十分すぎるくらい立派な成績だと思うよ。


 第二走者の子が走っている。この子も一年A組の子だ。徐々に三位に詰められてきているけど、なんとか二位のままバトンをつないだ。一位との差が少し開いている。

 僕が走ってるわけでもないのに、何だか胸が熱くなってきた。やっぱり、運動できるのっていいなあ。うらやましい。中学三年間を帰宅部で過ごした男時代の僕が恨めしい。いくら運動音痴でも、頑張ればマシになったんじゃないかなあ。悔やんでも仕方ないか。

 今はせめて応援だけでも頑張ろう。僕は応援団だし、懸命に応援する。


 第三走者も二位をキープしていた。しかし、第四走者に渡す際にバトンを渡し損ね大きくタイムロスをしてしまう赤組。ここで一気に抜かれてしまい、四位まで転落する。

 赤組の応援席も落胆したムードになる。第四走者が懸命に走るも四位のままだ。一位、二位、三位が団子になってる状態なので、まだ可能性はあるはず。


 第五走者にバトンは移る。

 僕の隣で観戦している萌香ちゃんもリレーに釘づけだ。ちなみに僕の席は実行委員席なので、本当は萌香ちゃんの席はここじゃなかったりする。

 各チームの第五走者で、順位が多少変動する。一位の青チーム(B組)と二位の黄色チーム(C組)が三位の白チーム(E組)をやや引き離す。そして僕らの赤組が三位を捕えアウトコースから一気に抜く。

 あきらめムードだった赤組内も三位に上がったことで、少し希望が宿ったのかまた盛り上がりを見せる。第五走者ももう間もなく終わる。残るはアンカーのみ。赤チームの第五走者、三年生の先輩も速かった。順位こそひとつあげただけだったが、一位、二位への距離を詰めることができた。

 三井会長がトラックに出る。


「が、頑張ってー!」


 僕は多分今日一番大きな声で応援をした。体育祭の雰囲気や、熱くなってきたテンションが後押しし、恥ずかしさを気にせず応援できた。

 聞こえたかどうかはわからないけど、三井会長はこちらをちらっと窺う。いつになく真剣な表情をしているように見える。

 青色、黄色が順にバトンを渡し、次いで間もなく赤がアンカーにバトンを渡す。第五走者の先輩の速度を殺さず、自身の速度も殺さない素晴らしいバトントスだ。


「速い……」


 隣にいた萌香ちゃんが思わず口に出す。

 三井会長は怒涛の勢いで二位に迫る。明らかに一位と二位の走る速さと違う次元の速さだ。二位をあっさり抜き去る。残すところ二百メートル。もう一位は目と鼻の先だ。

 懸命に追いつかれまいとする一位青チーム。

 僕らの応援席の隣に陣を取るB組――青チーム陣営の応援も最高潮になる。青チーム実行委員扮するメイドさんたちもひらひらと舞いながら応援を盛り上げている。

 しかし三井会長は既に一位と並走していた。そのまま一気にアウトコースから青チームを抜く。青チームのアンカーは必死の表情で赤を追う。対する赤のアンカー三井会長はちらりと後ろを窺うと、一気に引き離す。

 そのまま赤が一位でゴールし、青は二着となった。

 三井会長はゴールテープを切ると、僕らの応援席に向かってグーに握った手を挙げた。

 赤チームの応援席は本日最高の盛り上がりを見せるのだった。

 あの人、本当にすごい人だったんだなぁ……。僕は盛り上がる応援席の中で、冷めやらぬ興奮の中そんなことを考えていた。



 

「どうでしたか?」


 応援席に戻ってくるなり、三井会長は微笑みながら僕の前にやってきた。


「かっこよかったです!」


 僕は正直に答える。アンカーで三位から一位になるなんて、本当にかっこいいと思う。

 僕の言葉を聞くと、彼女はニコニコしながら僕の頭を撫でる。

 

「じゃあ、ご褒美にデートしてくれないかしら?」


「それはダメですっ」


「あら、残念」


 三井会長は本当に残念そうな顔をする。

 いやいやいや、それとこれとは話が別だからっ。

 三井会長が他に何に出場するのかは知らないけど、勝つたびにご褒美上げてたら、何回も何かをあげることになりそうだし……。


「リレーなのに必ず一位になるって宣言して、本当になっちゃうのが凄いですね」


「あら、私はチームの女の子は絶対に信頼してますし、私自身は言ったことは必ずやるだけです。特に変わったことはしてませんわ」


 か、かっこいい。こんなことを素で言える女性になりたい。チームの女の子は…って女の子限定なのがアレだけど……。

 いやいやいや、僕が女性になってどうすんだ。

 僕は慌ててかぶりを振って自分の思考を否定する。

 でも本当にかっこよかったなぁ。

 

 

 女子代表リレーの頑張りがあって、午前の部終了という折り返し地点で赤組は二位につけた。

久々に登場の生徒会長。

そして生徒会長が色々な面でぶっちぎる回でした。

後半のリレーパートが普通になりすぎたのが何とも。スポーツ描写で魅せるのは難易度高いですね……。


2013/09/21 あろうことかタイトルを間違っていたのを修正しました(汗

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