美少女、体育祭に挑む①
第三十三話 美少女、体育祭に挑む①
これほど雨が降ればいいのにと願ったことはなかった。
しかしその祈りは届かず、今日は快晴。
五月末のすがすがしい空気と、からっとした日差しがさんさんと降り注ぐ。今日は絶好の体育祭日和だ。
ああ、まったく……どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
体育祭実行委員の僕は前日までの準備にも追われていた。
体育祭で使用する備品のチェックをしたり、会場設営をしたりとで大忙しだった。僕も備品のチェックや、選手の入場門の設営を行ったりしていた。
でも何故か僕が作業を始めると、みんなが凄い手伝ってくれて、作業がすぐ終わってしまうのだった。
そして、そうした準備の一環でご対面することになったのが、当日の応援団の衣装だった。
まさかこんなのを着ることには……。昨日の僕は愕然としてしまった。
僕は憂鬱な気持ちで家を出る。実行委員は早出必須と言われたので、今日はバスで駅まで向かう。
バスに乗り、運賃を払う。ここ美川市はそこそこ都会のため、料金は一律二百円の先払いのバスとなっている。
太陽が憎い太陽が憎い太陽が憎い……。バスのシートに座って窓の外を眺めながら、僕は何度も太陽を呪っていた。
電車を下車し、学校までの道のりを歩く。足取りが重い。
一歩近づくごとに、胃が痛くなってくる。
だが無情にも学校に到着してしまう。
そして自分のチームの色―A組は赤だが―の待機席の状態をチェックする。東吾や二年、三年の実行委員もすでに登校しており、一緒にチェックを済ます。
準備は万端だ。あとは開会式後にアレに着替えるのだ……。
「アユちゃん、大丈夫? 気分悪いん?」
「うん、気分最悪」
「マジで? 無理そうだったらすぐ言ってね。救護テントに連れて行くから」
……優しくされると罪悪感があるんだよね。
結局のところ、僕は体育祭で実行委員……というか僕が着るために作られた服が着たくないだけなのだ。ええ本当に、それだけなのだ。
そりゃ運動が苦手で、僕が出る種目では惨憺たる事になるのはわかってるさ。でも運動が苦手なのは今更だし、男の子時代でも体育祭でいい成績を残したことなかったし、そっちは恥ずかしいとか最早感じない。
女子百メートル走ではほぼびり確定。女子障害物競争もほぼびり確定。女子二人三脚でも、練習ではペアの萌香ちゃんの足を文字通り引っ張りまくってた。ぶっちゃけ僕のできる種目なんて、開幕直後のラジオ体操くらいだよ。
僕自身が全く得点に絡めない以上、せめて応援団として頑張らねばならないのに、このテンションの低さだよ。
チームに申し訳なくないのか、と言われるとぐうの音も出ない。
だから本当は逃げたくて逃げたくて仕方ないけど、無理って言って救護テントに逃げ込むことなどできないのだ。
******
校長先生や来賓のありがたくも全く要らない話を聞き終え、開会式は終わった。
みんながラジオ体操に向かっている間に、僕は更衣室に向かう。
実はラジオ体操は参加すらできなかったりするのだ。つまるところ僕の活躍できる種目など、この体育祭には存在しないのだ。
女子更衣室でダークマターを手に持つ僕。
赤組の先輩女子はさっさと着替えて行ってしまった。ほかの子の服は実は案外普通なのだ。
さっさと行ってしまったのは、きっと僕が恥ずかしそうにしていたので、気を利かせてくれたのだろう。まあ恥ずかしいは恥ずかしいんだけど、着替えがっていうよりは着替える服が恥ずかしいんだけどね。
ダークマターを持つ手に力を込める。
もうやるっきゃない。ここまで来たら逃げられない。もうすぐラジオ体操も終わってしまうし、いつまでもここにはいられない。
僕は意を決して上着を脱ぐのだった。
******
「お、お待たせしました……」
僕は赤組の実行委員が集まっているところに、こそこそと混じる。
「う、うおおおおおおおお!」
東吾が僕を見て雄たけびをあげる。
な、なんなの……。東吾、人語を忘れちゃったの?
や、やばい。男子の実行委員も女子の実行委員も僕をじっと見つめている。は、恥ずかしい……。僕は元々小さい身長がさらに小さくなるんじゃないかってくらいに、縮こまってしまう。
「か、かわいい……」「私、女の子に恋しちゃうかもって思ったの初めて」」「え、えろい……」「犯罪的じゃないか……何だろう、この背徳感は」
次々と感想を述べる先輩方。そんなにジロジロ見られると、本当に居づらい。
今の僕の服装は、ノースリーブスのチアトップスと、プリーツスカートとなっている。
ここでのポイントはまず、チアトップスだ。他の女の子のトップスはスカートの上に少しかかるくらいまでの丈がある。一方僕のトップスは何故か胸の下くらいまでしか丈がなく、おへそが丸出しになっている。さらに大きく開いたVネックになっており、胸元や背中が大胆に開いている。下手すりゃ胸元とか見えるんじゃないか……。
こんな服、学校で着てもいいの……? 着たくもない服着た挙句、怒られるとかしょんぼり感が倍増するんだけど……。
加えて嫌なポイントはプリーツスカートだ。折り曲げてる制服スカートよりさらに丈が短い。ひざ上十五センチくらいなんじゃないか。つまるところ、激しく動けば見えてしまいそうということだ。
チアなんだから、アンダースコートとか履いてるだろ、と思うでしょ。いや、履いてますよそりゃ。パンツ丸出しって、流石に退場ものだよ! 一発退場だよ。
でもアンダースコートがまた嫌なのっ! パンツ丸出しよりはそりゃましだけど、だってこれ、ハイレグのブルマだよ! ありえないでしょっ! うわー動きやすいっすねえ。そりゃそうだよ! これなら見せてもいいよね、ってそんなわけあるかーっ!
見せて恥ずかしいものを、スカートの下にわざわざ着用し直すのは意味があるんでしょうか……。いいえ、あるわけがない。
男の子として生を受け、ひょんなことから女の子になり、ブラを着用したりビキニを着たり、色々ありました。
そして今回ブルマを着用するにあたって、ほとんど恥ずかしい恰好はコンプリートしたんじゃないかなっ。
って全然嬉しくなーい!
「こっ、これは皆の前に出したら凄そうね」
「世界記録が出るかもしれんな……」
そんなにすごい連中なの!? 赤組の面々は一体……。
ラジオ体操が終わり、生徒がぞろぞろともどってくる。
なんていうか、もうすでに気だるそうで覇気がない連中が多い。これで勝てるのだろうか。
「あんまりやる気ないのかな」
「元々運動が苦手な子も多いし、そんなもんだよ。でも優勝するには、勝ってもらわないとダメ! だから私たちが応援団で応援するの! 特に佐倉さんが応援するのよ? 団長だから!」
僕がぼそっと呟いた言葉に、先輩が反応する。
そうでした、僕が応援団長でした。どうして一年生の僕が先輩を差し置いて団長をやる羽目になるのやら……。
「ラジオ体操の次は、一年生男子の百メートル走よ? 応援に行ってきてっ」
「えっ、僕一人でですか?」
「男子の競技だしね、女子の応援のがいいと思うから。一年生だし、先輩が行くと萎縮しちゃいそうだしね」
それももっともな話か。男が競技開始前に、男に応援されてテンションが上がるかと言うと言うと……無理かな。
でも、できれば女の先輩と一緒に行きたかったよ。
別に女の子がいいとか、そういうのじゃなくて、単純に視線を分散できるというか……。同じ……ではないけどチアガールの恰好してるんだし。
「ほら、行ってらっしゃい」
先輩が僕をせかす。
あーもう、行けばいいんでしょ行けばっ。東吾や先輩たちに見送られて、僕は男子百メートル参加者の集まる入場ゲートに向かう。
「あーだりーなー。」
「どうせ勝てないしなー。B組足速いの多いし」
一年の五月末の時期、盛り上がる体育祭なのに既にこの体たらく。確かに下馬評ではB組有利とされている。陸上部とかも多いし、サッカー部の有力選手も多いと聞いた。
一方一年A組は、個々の運動能力は低いとされている。ちなみに二年、三年とも似たようなものとも言われている。
尚、三年A組には残念系美女として名高い生徒会長もいる。この人だけは別格で、個人競技ならどの競技でも勝てる大本命とされている。まさに文武両道の最強の女子だ。これでセクハラ大好きで中身がおじさんみたいじゃなければなぁ。
一年男子百メートル走は、あまり期待されていないので、出場選手もあまりやる気はない。
なぜこの競技を? と聞かれたら「自分の番が二十秒足らずで終わるから」と答えるような勢いだ。
僕はそんなやる気のないA組男子の下へと向かって声をかける。
「あっ、あのっ! 頑張ってねっ!」
自分の恰好も恥ずかしい上に、こんなに人が集まってるところで声をかけるのも恥ずかしいので、もじもじしてしまう。
おまけに文末に行くにかけて声はどんどん小さくなってしまった。
それでも参加者の男子は僕の存在に気づいてくれたようだ。
「えっ!? 佐倉さん!?」「まじで!? 応援に来てくれたの!?」
一年A組男子で、百メートル走に出場する選手が僕の周りに集まり始める。
「うわっ、佐倉さん、凄い可愛いね」
「あ、ありがとう」
そんなにまじまじと僕を見ないでほしいな……。恥ずか死んでしまいそうだよ。
「あっあの! 俺にも「頑張って」って言ってくれる?」
「へ!? が、がんばってクダサイ」
「うっひょおおおやる気出てきた!!」
そ、そう。そりゃよかったね。
「「アキラ君頑張って!」 って言ってほしいな!」
「ア、アキラ君、頑張って!」
「いい…凄くイイ!」
彼とはほとんど会話したことがない。あまり親しくないのに名前で呼んでしまうのは、馴れ馴れしくてちょっと気が引けた。でもまあ喜んでくれてるのでよしとしよう。
「おい、アキラおめー、名前入れてもらうとかやりすぎだぞ!」
「普段モブのくせに! お前屋上! 後で屋上だから! いや、やっぱ今ボコるわ!」
な、なんか乱闘に発展している。
レース前に五体満足じゃなくなりそうじゃん! ちょっと待って待って!
ボロボロにされたアキラ君。しかし彼は満足そうだった。
「だ、大丈夫?」
「全然平気! おかげで佐倉さんに気にかけてもらえたし。おい、お前らボコってくれてありがとなっ」
「ち、ちくしょおおおお! アキラめ、転んでもただでは起きないやつ……」
なんか平気そうだから良かった。
みんな仲がいいんだなぁ。
「歩、俺にも「良治、愛してる! チューしてあげる」って言ってくれ」
「あ、良治も出るんだ。頑張ってね」
「……あ、ああ。スルーか……。まあいいか! 応援されたしっ」
ポジティブだなぁ。
その場のノリとかに乗せて、うまく恥ずかしいセリフを言わせたかったんだろうけど、そんな手にはのらないよ!
入場門付近で異様な盛り上がりを見せるA組陣営を見て、他の組の子も「なんだなんだ」とこちらを注目する。
実は応援団が入場門付近で応援するのは、結構恒例のようで他の陣営にも体育祭実行委員扮する応援団が来ていた。B組は……メイド服か。あっちも大変だなあ。C組は……あっ普通の学ラン。僕もあれがよかったなあ。DとEは…見えないや。
「ま、マジかよ。A組の応援って姫君か」「うらやましいな、くそっ」「ああ、憎しみや嫉妬で人が殺せたなら……」
徐々にざわつき始める他のクラスの陣営。
「さ、佐倉さん可愛い……」「流石に姫君は格が違うわね。A組応援団には勝てないわ」「むしろ私が応援されたい」
そして何故か何もしてないのにガックリしている他クラスの応援団。
何があったんだろ……。やっぱり公衆の面前でメイド服とかそういうの着るのが辛いのかな……。わかるよ。
僕だってこの恰好、家族に見られたらと思うと……本当にいやだぁ……。
水着を買いに行った後だって酷かったんだよ。
ママはというと、今すぐ写真撮るからすぐ着替えてきてって言って聞かなかった。頑なに断っていると、「写真を撮らせてくれないなら、アユミちゃんのパンツとブラを要に渡す」と脅されて仕方なく撮らせるような仕打ちを受けた僕。
要ときたら、ここで脱いで着替えて等と意味不明なことを言い始めるし。お兄ちゃんがまだお兄ちゃんだった頃は、あんなに可愛かった要が、いやらしすぎる小学五年生になって僕は泣きそうだよ。
父さんは黙って諭吉さんを五枚くらい渡そうとしてくるし。意味わかんないよっ。女の子にお金渡すのは危険な香りがするからやめてほしいよ!
そんな家族が今日も来る予定です。
見られたら終わりだ……。ごはん時は体操着に着替えて、お昼を一緒に食べるときはそれでやり過ごそう。
なんとか士気を上げることに成功し、一年A組の出場者はトラックに入場していった。
そして凄まじい頑張りを見せて、百メートルで稼いだポイントはB組に次いで二位となった。ビリ争いすらありうる場面で、このスタートは幸先がいい。
僕は、応援したことが役に立ったのがちょっと嬉しかった。
裏方としてなら貢献できそうっ!
毎日多くの方に読んで頂けているようでとても感謝していますっ!
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ここまで読んで頂いてありがとうございました。まだまだ拙い文章ですが、今後も読んで頂けると嬉しいです。
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