美少女、プールを楽しむ?④
第三十二話 美少女、プールを楽しむ?④
「はい、アユミちゃん、あーん」
「…えっと」
隣にいる萌香ちゃんが、たこ焼きをふーふー冷まして僕に差し出す。
美味しそうな匂いが漂ってくる。お腹がすいている僕としては、是非ともたこ焼きを食べたいところだ。
でも、ちょっと待ってほしい。なんでそこで「あーん」が出てくるのだろうか。
「あのさ、どうしたの急に」
「だ、だってアユミちゃん怪我してるから、大変かなって!」
「怪我したのはヒザなんだけど…」
僕と萌香ちゃんは顔を見合わせる。
そして互いににこりと笑う。
「はい、アユミちゃん、あ~ん」
…ループしてるっ。
萌香ちゃんをもう一度見る。…なんという期待の眼差し。そんなにじっと見つめられると無下に扱うことができないじゃんっ。
「あ、あーん」
僕の口の中にたこ焼きが入る。
程よく暖かいたこ焼きを口の中でゆっくりと崩して食べる。はー、おいしいなあ。
「あああ、もうアユミちゃん可愛すぎるわ。小さな口でぱくってした後にもごもごしてる様子が母性本能をくすぐるというかっ! これが萌えなのかしら」
桜子ちゃんがうっとりした表情で言う。
そんなこと言われても、普通に食べてるだけなんだけどな…。口が小さいのはその通りなんだけどさ。
「…で、良治は何してるの?」
僕は真正面で口を開けている良治に気付いた。
「いや、俺にも歩からの「あーん♪」がまだかなって」
「ないない。絶対やらないからっ」
「あー、さっきの男ら怖かったなあ…。俺でもぶっとばされちゃうかと思ったよ。お礼が欲しいなあ…」
ちらっちらっと僕を伺う良治。
ぐぐぐっ…。
これは卑怯だと思うんだっ! だ、だって、あんな怖い思いをして助けてもらったのを出されると、文句も言えないじゃないか。
でも恥ずかしいし、そもそもやりたくない。
過去に疑似的に「あーん」に近いことをやらかしたこともある。でもあの時は、そういうことに気づかないでやっちゃったっていうか…こうやって意識してやるってなるとやっぱり恥ずかしいし…。
待ってくれアユミちゃん。やっぱり、してあげるべきだと思うよ!
そうだよ、アユミちゃん! むしろこの程度の事でお礼になるなら楽勝ってもんだよ!
アユミちゃん、ファイトー!
おう、アユミちゃん、はやくしろよ。
僕の脳内のアユミちゃん議会は満場一致でGOサインだ。
何故僕の頭の中が僕の意に反したことをしてくるのか。くっそーもう野となれ山となれだっ。
「え、えと…。あ、あーん?」
良治が僕の差し出したたこ焼きを口に頬張る。
あ、熱そうだ。そういや冷ますの忘れてた。
口をパクパクさせ、口の中のたこ焼きを必死に冷ましている良治。しかしその顔は何処か満足げだった。
「あのさ、東吾。口開けても、もうたこ焼きないから…」
「えっ! そんな馬鹿な…」
良治への「あーん」が終わったところで、隣の東吾も口を開けて待機していた。
しかし、もうたこ焼きはない。お好み焼きはあるけど…正直なところ二回目は恥ずかしすぎるので、やりたくはなかった。
がっくりと肩を落とし、歯を食いしばる東吾。
そんなにがっかりしないでよっ!
「
******
食休みも済んだ僕らは、ウォータースライダーの前にやってきていた。
その水の流れる滑り台は、場所によっては浮き輪の上に座って滑ったりするところもあるらしいけど、この施設のそれは直に座って滑るみたいだ。
今日はスライダーも空いてて、すぐに滑れそうだ。
「ねえねえ、二人一緒に滑れるみたいだよっ! ほらっ」
萌香ちゃんの指さす方を見ると、男女のカップルが二人で一緒に滑っていた。
前に女性が座り、その後ろに男性が座って滑っている。ああやって滑るのもいいんだね。あっ今度は女の子同士のペアが滑ってる。
「あ、アユちゃん!」
「ふぁい!?」
ウォータースライダーで滑ってる人を夢中で観察してた僕は、急に名前を呼ばれてびくっとする。
東吾か、驚かさないでほしいなっ。
…勝手に驚いたのは僕なんだけど。
「一緒に滑らない!? さっき「あーん」してもらえなかったし! 俺も多川みたいにお礼が欲しいっ」
「えっ!? い、いいけど」
そんなに「あーん」して欲しかったのか。良治といい東吾といい、男どもときたら。
…いや僕も男だったんだし、気持ちは分からなくはないよ。
確かに「あーん」はロマン溢れるシチュエーションではあるけど、ああいうのってデートとかしてるからこそいいんじゃないかな。僕みたいなのにからかい半分でやってもらっても、そんなに良い物とも思えないんだけど。
そもそもお礼を要求するのが紳士としてどうなのかとちょっと思ってしまったけど、助けてもらった手前何も言えない。
良治にお礼として変なことしたばっかりに、東吾まで言いだしちゃったってことだろう。諸悪の根源は良治か…。
まあでも、一緒にウォータースライダー滑る程度で済むなら、容易い話だよね。恥ずかしさレベルとしては「あーん」より幾分もマシな気がする。
僕と東吾はウォータースライダーの一番上まで上がってきた。
結構な高さががあるなあ。おかげでここまで上がる階段もかなりの段数がありました。
萌香ちゃん達は「次一緒に滑ろう!」と言って聞かなかったが、この階段を何回ものぼるのは辛そうだ。
係員の指示に従い、僕らはスライダーの開始位置に向かう。
まずは僕が座り、その後ろに東吾が座る。東吾の手がぎゅっと僕の肩を掴む。東吾の両足の太ももが、僕の腰に触れる。
あっ、これって結構恥ずかしいかも。「あーん」するよりは楽だと思ってたけど、なんていうかこう…肌と肌が触れ合うのって緊張するよね。
ま、まあ息がかかるような位置で密着してるわけじゃないしっ。顔を見られるわけじゃないしっ。そんなに気にないよっ。
ええ、気にしてませんとも!
…早く滑り始めないかなあ…。
ひとたび滑り始めれば、東吾が後ろにいる感覚なんてほとんどなかった。
お尻の下を流れる水の感覚、風を切る爽快感、それらが僕の感覚を占領し、恥ずかしい思いを紛らわせてくれた。
…まあすべり終わったら、今度は萌香ちゃんと、それが終わったら次は桜子ちゃんと滑る羽目になったんだけどね。
良治も滑りたそうだったけど、東吾と滑ってもらいました。
******
楽しいひと時も終わり、僕らは帰路についていた。
レジャー施設からのシャトルバスで駅まで戻り、そこからは各自のルートで帰宅することになる。
みんな電車で帰るのは同じだが、下車する駅が違うため、一人また一人とお別れしていく。
そして、最終的に僕と良治が残ることになった。地元の最寄駅まではまだもう少しかかりそうだ。心地よい疲れがたまり、思わずうとうとしてしまいそうだ。
「歩、眠いのか?」
「うん…疲れちゃって」
僕は目をこする。凄く眠い。
中学でも帰宅部で、しかもインドア派だった僕は、運動なんて授業の体育くらいしかやってなかったせいで、体力は他の人より圧倒的に少ない。今日みたいにみんなと一緒に遊ぶと、やっぱり差が出ちゃうよなあ。
みんなは最後まで元気だったけど、僕はというと最後は電池切れかけの玩具みたいになってしまっていた。
「なあ、歩」
「なに?」
僕は良治の方を向く。
すると良治と目が合ってしまって、少し気まずかった。まだ人と視線が合うのは苦手だな…。
「歩って女の子っぽくなったよな」
「そう…かな?」
これが冗談半分なノリだったら「ないない」と笑って一蹴してしまうところだ。
しかし良治の表情は至って真面目だった。
「入学式前と今じゃ一か月くらいの差しかないが、それでも明らかに変わったよ。女の体に慣れたってのもあると思うが、それ以上に仕草とかがどんどん女の子になってるよ」
「それは、喜ぶべきことなのかな…?」
僕は良治の顔を見つめて、次の言葉を待つ。
確かにこの一か月で女の子としての生活には、ある程度慣れた。女の子として生活することで、否が応でも慣れさせられた。
女の子の友達もできた。仕草とかが変わってきているというのであれば、それはきっと周辺からの影響が大きい。
「喜ばしいことじゃないか? どんどん可愛くなってるし」
「…可愛さなんて」
要らない。ちょっと前の僕ならそう言っていたかもしれない。
でも今は、可愛さなんてどうでもいいと思う面がある一方で、可愛くなりたいというような気持ちもあるような気がする。
初めは凄い面倒だった女の子用の服選びも、なんだかんだで何を着るのか選ぶのがちょっと楽しくなってきてしまっていたり…。
前は相手が男だからってあんまり気にしなかったことが気になるようになってきたり。
ちょっとずつ考え方が変わってきているのは自分でも感じていた。
改めて考えると、少し怖い。 僕が男だったことが急速に薄れていくような気がして。
「僕ってやっぱり変なのかな。元々男なのに、なんだかんだで適応しちゃってるし、学校生活も楽しんでるし…」
「うーん、まあ普通もうちょっと憂鬱になったりしてそうだし、元気に女の子やってる歩は少し特殊かもな」
やっぱり変なのか、と僕は俯く。
「でもそれってそんなに悪いことか? 憂鬱になるよりは、楽しくやってた方がいいだろ。それに女になっちゃったんだから、どちらにせよ順応していかないと辛いと思うぞ?」
それを聞いて何だか救われた気分になる。
ほっとしたら、また眠くなってきちゃった。僕は重くなった瞼を懸命に開く努力をしながら、目をこする。
起きてるんだか寝てるんだか自分でもわからない。
「歩は――――――たいのか?」
良治が何かを言っている。
でも僕はもう完全におやすみなさい状態だった。
******
気が付くと、僕は良治の背中の上だった。
ま、またしてもおんぶされてしまっている。新入生歓迎会の時以来、二度目だ。
目覚めたばかりだというのに、恥ずかしさのせいで一気に頭が冴えていく。
「お? 起きたか」
良治が背中の僕に声をかける。
「…ごめん」
「いいっていいって、こうして堪能させてもらってるから」
さらに顔が熱くなるのを感じた。
た、堪能って! 良治は僕の太ももの裏をむにむにと揉んだりしている。
「ちょ、ちょっと!」
「んー、残念。やっぱり起きちゃったら終わりだなぁ。降りるか?」
「と、当然っ!」
良治はゆっくりと僕をおろす。
僕が寝ている間に、変なことしてないよね。僕はさっと自分の体を確認し、スカートや服をただす。
「大丈夫だよ、お尻くらいしか触ってないから」
「それが十分アウトだよっ」
「いや、ほんとにいいお尻だよ! マジで、いつまでも触っていたい感じの極上のお尻。あれはもうこの世の神秘としか思えない」
「だから本人の目の前でそういうことは喋るなって言ったでしょっ!」
本当にしょうがない奴っ。
でもここまでおぶって来てくれたのか…。起こしてくれてもよかったのに。
僕らの現在地は…駅から僕の家までの中間地点くらいだ。
良治は結構な時間僕をおぶさっていたわけだ。しかも本当なら自転車で帰るはずの道をおんぶで歩いて帰ってきていたわけだ。
いくら女の子になった僕が軽いからと言っても、駅から徒歩三十分の距離を、人をおぶって帰るのはつらいだろう。そんなにお世話になってしまうのも悪いし、途中で起きてよかった…。
…駅とか電車の中でおんぶされてた時の事は考えないようにしよう…。寝てたからリアルタイムで恥ずかしい思いをしなかったのは幸いだけど、きっと凄い注目されてただろうし、想像するだけでも恥ずかしいなあ…。
「なあ、歩。今日は楽しかったか?」
今日は色々あった。なんか恥ずかしい思いしてばっかだった気がするし、嫌なこともあった。
それでもみんなと一緒に遊んだ今日は楽しかった…と思う。
僕は「うん」と言って頷いた。
連続で1か月更新できたぁ。結構忙しかったりして、できるか怪しかったんですが何とか毎日更新できました。まだがんばります。
プールのお話は今回で終了です。
まだ作中ではゴールデンウィークですが、一学期のメインイベントは残りわずかになっています。
今後も日常生活は続きますが、少しずつ変化を出していきたいなあと思っています。
イベントごとはたくさんあっても、中身がマンネリになってしまうともったいないんですよね。もう一工夫入れたいところです。
全部一人称なので、キャラを増やしても動かしきれないし、難しいところです。
他人の視点でっていう話も当初は考えたりしてましたが、なんとなーく歩視点で貫きたくなってきちゃったりして…頓挫しました(笑) でも歩視点だと、歩の見える範囲でしか物事が動かないので悩ましい。
萌香視点とかだと面白くなりそうな気はしてますが、あまり需要はなさそう…。