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美少女、ゴールデンウィークを楽しむ?

第二十八話 美少女、ゴールデンウィークを楽しむ?




 ゴールデンウィークも中盤となっている今日この頃、なんで僕はまたしてもこんなところに来てしまっているのか。

 以前女の子になったばかりの時にやってきた大型ショッピングモール「ママポート」に、僕は再び来ていた。

 以前と違うのは同伴しているメンバーだ。桜子ちゃんに萌香ちゃん、そして萌香ちゃんの妹の藍香ちゃんと一緒に来ている。

 僕の家からは車で結構な時間をかけていったが、実は直通バスが駅から出ているということで、このメンバーだけでもやってこれたのだ。

 事の発端は、部活動での話だった。



    ******



「そろそろ暑くなってきたよねー」


 ボールに入ったバターをつぶしながら、萌香ちゃんが呟く。

 今日は初めての部活動ということで、クッキーでも作ろうかという話になった。女の子陣がキャッキャウフフしてる中、良治および東吾は部室で携帯ゲームをしているという体たらくである。

 本人ら曰く、食べ専らしいが、部活入ったんだからなんか作れよとはちょっと思った。でも材料代はちゃんと割り勘で払ったので、とりあえず捨て置くことにした。お金は大事なのだ。

 特にお菓子の材料って、余ると滅多に使わない物が多かったりするからね。クッキーの材料は種類少ないし、よく使うものが多いので潰しが効くのだ。ただしバニラエッセンス、おまえはだめだ…。


「そうだね。そろそろプールでも行きたくなってくるよね」


 桜子ちゃんがボールに砂糖を加えながら答える。

 プールねー。ゴールデンウィーク前の今の時期ですら気温が三十度近くまで上がることがあるし、気持ちはわからないでもない。


「でもこの辺りにプールなんてあったっけ?」


「あれ、アユミちゃん知らない? ちょっと遠いけど、電車で行けば大きなレジャーランドがあるよっ」


「そうなんだ」


 中学の時から外出と言えば殆ど自転車の範囲だったからなー。

 電車を使って遊びに行くようなことはしてなかったから、本当の近場以外殆ど知らない。


「じゃあ、今度行ってみようよ」


「そうね。みんなで行くのも面白いかもねー」


 萌香ちゃんの誘いに桜子ちゃんが乗る。

 でも僕は重要なことに気付いてしまった。


「でもプールって水着じゃん…?」


 何を当たり前のことを、という二人の視線を受ける僕。そうだよ! 当たり前の話だよ! 水着を着るのが嫌なんだよ。

 そもそも水着なんて持ってないし、買うつもりもない。


「僕は水着がないから遠慮しとくよ」


 一瞬二人の目がきらんと光ったように見えた。

 

「じゃあ、買いに行こう♪」


「ええ、買いに行きましょう、是非に!!」


「な、なんで!? 二人で行って来ればいいじゃん! 僕そもそもプールはちょっと…」


「なんでよーっ! 水着姿のアユミちゃんみたいー!」


 僕がプールに行きたくない理由は二つある。

 まず第一に泳げないこと。人間は浮くようにはできてないんだよ…。犬かきですらできない僕は、まさにカナヅチオブカナヅチなのであった。

 そして第二に、水着を着ることだ。だって、僕は今女の子なんだよ! まず女の子の水着を着るのが敷居が高い。あんな恥ずかしいカッコで外に出るとか、みんなおかしいよ! 何で下着で外うろつくのがNGで、水着ならみられてもオッケーなんだよ。その精神は何処からきてる物なの…。

 

「ねぇ、アユミちゃん、だめ?」


 そんなにうるっとした瞳で見てもダメなものはダメです。

 僕は最近女子に耐性がついてきたのだ。そう、体育の前の更衣室などでも散々おもちゃにされた挙句、見ちゃダメそうなものまで見ちゃったりしたせいで。これ、仮に万が一男に戻れても、その時はその時で社会的に死ぬんじゃないかなって最近思うようになってきた。


「ダ・メ」


 僕はにっこり笑って答える。

 見る見るうちに凹んでいく萌香ちゃん。悪いけど、僕にも譲れない尊厳というものがあるのだ。


「アユミちゃん、ひょっとして泳げない?」


 ドキッ。桜子ちゃんの言葉に、卵黄を入れたボールを混ぜる手が止まる。


「そうなんだー。かわいー。ねえねえ、一緒に泳ぐ練習しようよ?」


「い、いいっ! 泳ぐ練習はいいっ」


「そう? 水泳の授業で評価1とかになっちゃうけど大丈夫?」


「ほ、ほんとに!? 水泳の授業とかあるのっ!?」


 し、知らんかった! ただでさえ運動音痴なのに、水泳の授業とかあったら僕の体育の成績が絶望的だよ。

 いくらダメでも五段階で1とか2を取っちゃった日には、ママに怒られる上に、お小遣いも減りそう。

 

「う、うん。あるわよね、萌香?」


「えーと…、あるあるっ!」


「そ、そうなんだ…。どうしよう」


「だ、だから、一緒に泳ぐ練習すればいいと思うよ?」


「で、でも僕ホントに呑み込み悪いし、大変だと思うよ?」


「アユミちゃんと一緒に行けるだけでもうれしいから、全然平気だよ」


 ドン、と小さな胸を叩く萌香ちゃん。あっ、この場合の小さな胸というのはペチャパイとかそういう意味合いではなくてですねっ。

 ここまで言ってくれるなんて、友情が身に染みるよ。


「わ、わかった。今度一緒に練習に行こう」


 僕はそうやって頷くのだった。


「じゃあ、ゴールデンウィーク中に水着買って行こうよ!」


 ゴールデンウィークか。もうほとんど目と鼻の先だな…。桜子ちゃんの提案に、僕は頭の中でカレンダーを思い浮かべる。

 そういや毎年のゴールデンウィークは、普段より長く寝られる日が長く続いてるだけってだけだったなあ。そう考えると、仮に水着を買うような話でも、毎年よりは楽しくなる…のかなあ。



    ******

 

 そんなわけで、僕はこのママポートに来ているのだった。


「ところで、なんで藍香ちゃんも来てるの?」


「アユちゃんが水着選ぶって聞いたら、いてもたってもいられなくなって来ちゃった!」


「そんな大層なイベントではないと思うんだけど…」


「大層なイベントだよっ! アユミちゃん! 過激な水着を見て真っ赤になるアユミちゃんを想像しただけで、ご飯がすすんじゃうよ!」


「そうね、萌香が着るとただの貧弱なおこちゃまなのに、アユミちゃんが着ると神になるわよね」


「そ、そうだよ…。なんかちょっと傷ついちゃったけど、そうなんだよ! うわーん、桜子ちゃんがひどいー」


「おねーちゃんの場合、ただ単に貧層だもんねー」


「藍香だって大して変わんないでしょ!」


「ざんねーん! おねーちゃんより胸大きいもーん」


「ぐぬぬ…」


 萌香ちゃん、胸のサイズで妹に負けてるのか…。可哀想に…。


「うわーん! アユミちゃんに可哀想な子を見る目で見られたー!」


 最近の萌香ちゃんはヤラレキャラが定着しつつあると思う。


「まあ、萌香が可哀想なのは前々からの話だから置いといて、アユミちゃんの水着を見に行こうね」


 桜子ちゃんが手をつないでくる。この辺もいつもの話なので、最近では特に気にしなくなってしまった。

 

 

 お店に着くと、そこは色鮮やかな水着がたくさんある場所でした。

 下着買う時も入りにくかったけど、ここもまた入りにくい雰囲気を醸し出している。見た目殆ど下着と変わんないじゃんか。一体いつの時代の人が、こんなのを着て水に入ろうと思ったのか。その時代に行って問い詰めたいよ。

 そしてなんで僕が女性水着を選ぶことになってるんだろう。その場のノリで来てしまったけれど、店に来て後悔してしまう。そもそも僕の人生、男だった期間の方が長いのだ。適応してきてしまったとは言え、明らかな女性向けのものには抵抗がある。

 …しかし世の中には抵抗しても意味がないこともある。

 自分では水着を全く探す気すらないのに、僕のカゴの中には水着がやたらと入れ込まれている。

 目の前で嬉々としてあれがいいこれがいいと話している女の子三人はもう止められない。というかこの三人は本当に僕の水着選ぶためだけに来たのだろうか。自分のはいいのかな。

 

「アユミちゃん、これどうかなっ♪」


「それは、水着じゃないでしょっ! 紐じゃん!」


「いいと思ったんだけどな~」

 

 紐は水着って言わないんだよ、萌香ちゃん。紐をハンガーにかけて値札はったやつ出てきて謝って!

 …いや、あれが水着だってことは知ってるんだよ? 水着と認めたくないよ。

 

「直接的なエロに走るから、おねーちゃんはダメなの。アユちゃんにはズバリこれっ!」


 自信満々に藍香ちゃんは手に持っている水着を差し出す。

 出されてきたのは白いスクール水着。なんでスクール水着が置いてあるんだろ、学校指定でもないのに。

 しかも白って、なんかマニアックというか背徳感があるよね。


「それもいやだなあ。だって水着着るの学校だけじゃないんでしょ? っていうかうちの学校指定の水着とかないでしょ? スクール水着はわざわざ着なくてもいいんじゃないかな」


「ぐぐぐ、絶対萌えるのに…」


「じゃあこれね。これなら可愛さも引き立つし、完璧よ」


 うわー。フリフリだー。キャラのプリントすらあるー。

 ってそれ、高校生の水着じゃないよね! 対象年齢十歳未満だよ! 桜子ちゃんは僕を何歳だと思ってるんだ。


「それも却下! って言うか僕でもそんな小さいの着られないよっ」


「そ、そうかな。まあピチピチだったらそれはそれで」


 これは自分で選んだ方がいいかな。うん。

 なんか水着の事とかほとんど知らないけど、そっちの方が普通のが選べる気がしてきた。


「待って! 待って! アユミちゃん! 私たち、アユミちゃんのサイズ知らないから! 仕方ないのっ」


「サイズ知らなくても、三人ともデザインからしておかしいでしょっ」


「うぐっ、でもサイズ教えてくれないと選べないのも事実よ! さぁ早く、スリーサイズを言いなさい」


 じりじりと迫ってくる三人。僕は後ろに下がる。


「い、いやだよ。だって恥ずかしいじゃん…」


「はうー。アユミちゃんすっごい可愛い。今時こんなに恥じらう乙女なんて滅多にいないよ♪」


「おねーちゃんには恥もないもんね。強いて言えばその貧しい胸が恥だよね」


 ずいぶんと酷い言い方だなあ。

 外見的に藍香ちゃんと萌香ちゃんでそんなに差があると思えないのだけど。わずか数センチの差でも大きいのかな。


「藍香、私だって怒るんだからねっ。胸の大きさはアユミちゃんだって殆ど変わんないんだから、多分!」


 僕は以前の身体測定時に文字通り揉みくちゃにされたことを思い出した。うわー、とんでもないことしてたなあ…。

 あんだけ僕の体は弄ばれたのに、僕はというと二人の胸に触ることすらできなかったよ。くっそー、今思えばやられたらやり返すべきだった! うん、まあそんな大それたことできないんだけど…。


「萌香、アユミちゃんのと萌香のじゃ神々しさが違うのよ?」


 神々しさってなんなの! 胸に着ける形容詞じゃないよね?

 あと、怖いんで、そのワキワキしている手を下げてもらえないかな…。


「ぐっ…。それは否定できないけど…」


 そこで納得しちゃうんだ…。

 萌香ちゃんはぐっとこぶしを握り締めて、悔しそうに俯く。

 

「でもおねーちゃんとあんまり変わらないサイズっていうなら、選びやすいよねー。おねーちゃんと似たサイズを選べば大体あってるでしょ?」


「そうね、じゃあ萌香のスリーサイズで我慢しましょうか」


「ええええ! 本当に私に振るの!?」


 萌香ちゃん、僕のために犠牲になってください。ナムサン。

 僕は心の中で合掌する。

 

「だってアユちゃん、嫌がってるじゃん。可哀想じゃん?」


「わ、私だって嫌なんだけどなっ」


「萌香はなんていうか、そういうキャラじゃない?」


「うわーん、アユミちゃーん! みんながいじめるー」


 抱き着いてくる萌香ちゃん。僕は頭を撫でてあげる。

 あっ、初めてだよ! 撫でられるんじゃなくて撫でたのは。いっそこのまま萌香ちゃんと逃げてしまおうか…。


「あっ、萌香ー。別に言わなくてもいいよー。藍香ちゃんが教えてくれたから」


「うわーん、身内が一番ひどいっ。実の妹とは思えない悪行だよ」


 可哀想だなあ…。と思ったけど、そのスリーサイズを知られることで、僕の水着選びが再開するので、僕の方が可哀想な結果になるのであった。




 いったい何着試着したのだろうか。

 水着の試着って下着の上からなんだね。初めて知ったよ。男の時は試着なんてしたことなかったしね。

 知らないまま終わってくれて一向に構わない知識が増えただけだよ。

 疲れた…。

 

 渾身の一着と息巻く萌香ちゃんと桜子ちゃん、一方で藍香ちゃんも譲らない一着があると言って憚らない。この両陣営が譲らないせいで、何着も何着も試着する羽目になった。

 で、結局出た結論は…二着とも買うだ。


「じゃあ、二着目のは私がアユちゃんに買ってあげるからっ!」


 とまで言わせた謎の情熱。でも年下の藍香ちゃんに払わせるわけにもいかないので、結局僕が二着とも買うことにした。

 白いビキニにスカートがついてるのが桜子ちゃんと萌香ちゃんのチョイス。うん、可愛いよね。僕が着るのじゃ無ければなあ…。

 一方で、藍香ちゃんの選んだのはピンク色のドット柄のビキニで、パレオスカートがついている。

 どっちも似たようなのなんだから、一着でいいじゃんと思ってしまったが、譲れない何かがあるようだ。自分の水着じゃないんだから、そこまで意気込まなくても…。


「この水着を着て恥じらうアユミちゃん…。もうそれを想像しただけでも私だめだわ…」


「桜子ちゃんは最近本当にダメになったよねー。アユミちゃんのことになると、ほんと壊れちゃってるよ」


「でもアユちゃん、ぽーっとしてる感じだから、気を付けないとすぐナンパされちゃうよー」


 女物の水着を着て、ナンパされて、ひと夏のアバンチュール。

 おぞましい想像をしてしまった。

 僕が男の人とキャッキャウフフしてる様子なんて…。


「と、とりあえずこれ買ってくるね!」


 僕はその場から逃げるようにしてレジに向かった。

 …あ、結構高いんだぁ…。これじゃまだ自転車買えないよ…。

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