美少女、遊びに行く【桜子の家編】
第二十七話 美少女、遊びに行く【桜子の家編】
休日のお昼すぎ、僕はとある駅付近のカフェにいた。
学校の最寄駅でもなく、地元の駅でもない、今まで下車したことのない駅だ。
しかも基本引きこもりの僕が、こんなオシャレな(?)カフェで一人コーヒーを飲んでいる。
苦い…。オレンジジュースとかにしておけばよかったかな…。
入ったことないから、メニュー見ないでコーヒーって言っちゃったんだよ。レジ前で決めかねるのって、プレッシャーが凄くて…。
なんで僕みたいなビギナーがこんなところにいるのかというと、単なる待ち合わせです、はい。
土曜日の今日は、桜子ちゃんの家にお呼ばれしたのだ。
本当は萌香ちゃんも来てくれるとよかったんだけど、今日は用事があるから無理とのことだ。
うーん、桜子ちゃんの家にソロでって言うのは怖いな…。
僕はイマイチ好きになれないコーヒーを、無意味にストローでかき混ぜながら、店の外を伺う。
道行く人が僕の方をチラチラ見ている。最近は視線に対してそんなに過剰に反応しなくなった。言うなれば慣れてしまったのだ。
「ごめんねー、アユミちゃん。待った?」
不意に後ろから声をかけられて、僕はびくっとした。
窓の外は見ていたのに、いつの間に店内へ! 忍者かっ!
…単純に僕の窓の前は通らないで、別の道から来ただけでした。
「あれ、コーヒー飲まないの?」
「うん、ちょっと苦手だったから」
「ふーん、いらないなら飲んでいい? 走ってきたから暑くて」
僕は黙ってコーヒーを差し出す。
桜子ちゃんは一気にコーヒーを飲みほした。コーヒーって一気飲みするような飲み物じゃないんじゃ…。
「うーん、生き返るわ! アユミちゃんのエキスも入ってるしね」
僕はだし何かかっ!
と、ここでうっかり間接キスさせちゃったことに気付く。
…気づいたけど特になんでもないか。桜子ちゃんはむしろ狙ってやった感しかない。この子は本当に全く…!
そして気づけば僕の手を握っている。
こんなに積極的に絡んでくる女の子、正直な話僕はどう対処していいのかわかんないんだよね。だからされるがままである。
「ああ…本当に私服姿のアユミちゃん可愛いわ…。きゅんきゅんくるわね…。これは家族の人も大変でしょうね」
そんなに手を優しく握ったり開いたりしないでほしいんだけど…。
あと、うちの場合大変なのは家族じゃなくて僕です。
毎日のように風呂に一緒に入ろうとせがんでくる、謎のスケベさを誇る弟。小学五年生でこれとかお兄ちゃん悲しいよ。
やたらと僕を乙女にしようと頑張るママ。この前洗濯物のパンツを見て喜んでた辺りを見ると、この人もどうしようもない。
えっと、父さんは…。あー最近遅いらしいから、僕寝てるわー。
「本当は家で二人きりが良かったんだけどね。今日はお姉がいるのよ」
桜子ちゃんのお姉さんは芳乃さんという。萌香ちゃんから聞きました。
モデルをやっていて、ファッション誌とかでは人気があるとのこと。これは良治談。
綺麗な人なら会ってみたいよね。人気のモデルさんなんて、サインもらおうか…! そういう感じじゃないのかなあ。
やがて僕らは桜子ちゃんのマンションの前に着く。
そして僕はその建物の七階の桜子ちゃんの家まで案内される。
「ただいまー」「お、おじゃまします」
桜子ちゃんが中に上がると、僕もおずおずと中に上がらせてもらう。
萌香ちゃんの家に行ったことがあるとはいえ、やっぱり女の子の家に上がるのはドキドキする。
桜子ちゃんにリビングルームに案内された僕は、リビングのソファに腰かけていた女の人と目が合う。
おお…。思わず声が漏れそうになった。桜子ちゃんも綺麗だとは思うけど、この人はさらに際立って見える。顔のパーツなんかは桜子ちゃんだって負けてないが、この人は綺麗に見せるという能力が凄い高い、そんなふうに感じる。
軽く肩までかかる黒い髪は、毛先にウェーブがかかっており、とても柔らかそうだ。桜子ちゃんと同様、おっぱ…胸も大きいし、身長も高そうだ。タイトなデニムのスカートに、Tシャツというラフな格好なのに、とても映える。
「まぁ…」
そのソファの人物は、左手を口元に当てて、一言そういった。
「あなたが噂のアユミさん?」
彼女は僕をまっすぐ見つめる。うう…、見つめられるとなんか緊張しちゃうよ。僕は無言のままこくりと頷く。
さながら蛇ににらまれたマングースみたいだ。
「お姉、アユミちゃんが怖がってるよ」
「あら、桜子。私何もしてないでしょ?」
まあ、そうなんだけど。何もしてないんだよなあ。何でこんなに緊張してしまうのか。
「アユミさん、こんにちは。私は芳乃。桜子の姉よ、よろしくね」
なんか、凄いまともな人な気がする! なんというか、会話が成立しそう!
「それにしてもすごいわね。本当に可愛らしいわ。桜子って変だし、最近レズ方面に走ってて余計変だし、周り見えてないし、てっきり盛ってるかと思ったけど…」
身内には凄い手厳しいようです。桜子ちゃんは「なによう」と言ってそっぽを向いてる。
桜子ちゃんは、こんなに美人な姉がいて、よく他の女の子に目が行くな…。
「そうだ、水羊羹でも食べる? 桜子が買ってきてるのよ」
なぬ、水羊羹!?
「た、たべます!」
「あー! 私がアユミちゃんにあげて喜んでもらおうと思ったのに!」
芳乃さんが水羊羹を持ってきて、ソファの前のテーブルに置き、自分はソファに座る。そして僕にも座るように促す。
こ、この水羊羹は、中村屋の一つ三百円の水羊羹! ありがとう、桜子ちゃんと心の中でお礼を言いながら、僕も芳乃さんの隣に座る。
「ちょ、ちょっとお姉! 私がアユミちゃんの隣に座ろうと思ったのに!」
「桜子、あなたガツガツしすぎよ。アユミさんが怖がるから、部屋に行ってなさい」
「わ、私が遊ぼうって呼んだのに…」
「桜子ちゃんも一緒に食べようよ?」
「そ、そうよね! ちょっと狭いけど、隣良いかな!」
僕はちょっとだけ芳乃さんに寄る。なんか凄いいい匂いがする。水羊羹の匂い…じゃないよね。
「はい、どうぞ。アユミさん」
芳乃さんはテーブルの上にある水羊羹を取ってくれた。うーん、なんて優しい人なんだろうか。
この人と比べて僕の家族の変な人の多いことよ…。
「今だ! アユミちゃんが夢中のうちに…!」
桜子ちゃんが僕の体に抱き着こうとする。うーん、隣に座らせたのはまずかったかな。
と思ったけど、芳乃さんに頭をチョップされて、動きが止まる桜子ちゃん。
「人が食べてる時にそういうことはしないの」
「うぐ…。お姉がいないときに連れてくるべきだった…」
「アユミさん、おいしい?」
「うん!」
芳乃さんは嬉しそうに微笑む。ああ、いいなあ。こういうお姉さんが欲しかったなあ。
「ああ、いいわねー。こんなに可愛い妹が欲しかったわ」
あれ、どっちも思ってるなら、もうそれでいいじゃん? お姉さんになってもらおうかなっ。
って、それって桜子ちゃん可哀想じゃん! って思って、チョップされてからおとなしい桜子ちゃんを見やる。
スカートから見える僕の太ももをガン見してましたー。全然可哀想じゃねー。
「アユミちゃん、食べたら私の部屋に行こう?」
「えっ…」
ぶっちゃけた話ちょっとどうしようか迷ってしまった。
正直芳乃さんの傍にいたほうが安全な気がしてならないんだけど…。
「ほらー。変なとこばっか見てるから、アユミさんが二人きりになりたくないって言ってるわよ」
「ガーン…! ショック…そんなことないよね、アユミちゃん」
「あ、あの! えっと…変なことしない?」
「~♪」
何でそっぽ向いて口笛ふいてんのー!
「私は嘘は嫌いなの!」
全然威張れることじゃないでしょ! 要は部屋に連れ込んで変なことしますって宣言してるだけじゃん!
ふっと、僕の頭を優しく撫でる芳乃さんの手。
「気にしなくていいのよ、アユミさん。こんな子に誘われて、わざわざ来てくれてありがとね」
凄い優しく頭を撫でられて、凄く気持ちがいい。
やっぱり芳乃さんはいいなあ。優しいし、水羊羹くれるし。
「くうう…悔しいけど、お姉とアユミちゃんが一緒にいると凄く絵になってるわ…」
僕は水羊羹を食べ終えて、空いた容器をテーブルの上に戻す。
ごちそうさまでした。
「おいしかった?」
芳乃さんがにこにこしながら訪ねる。僕は大きく頷いた。
桜子ちゃんはというと、「水羊羹私が買ったのに…」とつぶやいてしょんぼりしている。
「桜子ちゃん、ありがとう」
僕はそんな桜子ちゃんににっこり微笑んで見せた。
すると、桜子ちゃんの顔がパァアと明るくなった。うーん、笑顔は武器になるなっ! って女の子の笑顔って別に女の子に武器になるわけじゃない気が…。
「ふーむ」
そんな僕の顔を、芳乃さんはじっと見つめる。
えっと、顔が近いんですけど。
「そうだ、アユミさん、お化粧しない?」
「へ?」
「アユミさんはお化粧なしでもすっごい可愛いけど、軽くお化粧するともっと可愛くなるわ」
いやー、化粧はちょっとご勘弁願いたいですね。
男の子としての防衛ラインがまた一つ崩れそうな気がして。いや、女子トイレは入るわ、スカートははくわ、ブラジャーつけるわで、今更感漂ってるのはわかってるんだよ。
でもさ、そこはほら、なんだろうね…。まだわずかに女の子に抵抗してる自分カッコイイじゃなくて、自分男の子! って思えるわけじゃない? 女子トイレはもうさ、女の子の体なんだからどうしようもないし、スカートは制服でどうせ履かなきゃいけないから今更だし、ブラジャーはそもそもノーブラで歩いてるほうがおかしいしで、辛うじて言い訳ができるさ。
でもお化粧って、無理じゃないかなーと僕思うの…。いや、社会人になって働いている女性がお化粧しないとか言うのは身だしなみ? 的に問題かもしれないけどさ、僕まだ高校なりたてだし…。そのね…。
っていうかお化粧道具もうひろげられてるし…!
「まずは乳液を…っと。お化粧の下地を作らないとね」
なるほど。母さんの言ってた、チークだの、グロスだの、BBクリームだのってのはこういう使い方するんだー。
できればしらないままでいたかったなあ…。
******
「完成!」
「うわー! アユミちゃんやばい可愛いわ!」
うへえこんなに時間かかるのかってくらい、時間をかけて僕の顔面お絵かきは終わったようだ。
色々やり方を教えてもらって、自分でやらされたりもしました。はっきり言って拷問だった。
こんなのを毎朝やっていくのか…電車に乗ってるOLさんとかは。大したものだなあ。
「アユミちゃん、鏡もってきたよー」
そう言って、桜子ちゃんが鏡を僕の前に差し出す。
鏡に映る少女は、本当に目を見張るほど可愛かった。一瞬自分だってことすら忘れてしまいそうだった。
「これが…僕?」
「そうよ、アユミさん、どうかしら?」
凄い…。こんなに変わるもんなんだ。
正直化粧なめてた…。化粧なんかしない、無駄だと思ってたけど…ここまで見た目の印象がかわるんじゃ、そりゃみんなするわ…。
「はー! 可愛すぎるわ! お姉、カメラってどこだっけ!」
「ふふふ、びっくりした?」
「は、はい…」
「アユミさんも女の子だから、お化粧はちゃんと覚えなきゃだめよ? また教えてあげようか」
え、それはちょっと…。
…少し、ほんの少しだけ興味が出てしまったのが悔しい。女の子として容姿を磨こうとか、今まで思ったこともなかったけど、化粧をしておめかしした自分の姿を見て、少しだけ、ほんの少しだけ、いいなぁと思ってしまった。
可愛くなりたい…わけじゃないと思うんだけど…、うん。
「ねえ、アユミさん。今度ファッション誌の撮影に行くとき、一緒に行ってみない?」
「え…? 見学に?」
「違うわ、一緒に写真撮ってもらいましょ。アユミさんなら多分行っても拒否されないわ」
芳乃さんと一緒に、ってことは…。
ファッション誌の!?
「無理無理無理です! 僕、そんな写真なんて」
「そう? 興味はない?」
「な、ないですっ!」
女の子で写真撮られた挙句に全国公開とか、最早黒歴史どころではないよ!
…うっ、インターネットの学校の非公式サイトを思い出す。あそこも顔が完全に映ってるわけじゃないけど、僕の写真あるんだよな…。インターネット=全国ネットって感じだから、一歩間違えばあっちのがひどい。
「本当に興味ないかしら? 私はアユミさんと写真撮ってみたいわ」
う、芳乃さんにそう言われると、ちょっと心が動いてしまう。
だって綺麗なお姉さんだし! こんなに普通の女の人って僕の周りにいないし! …これ萌香ちゃんとか桜子ちゃんに聞かれたら、なんて言われるかなあ…。
結局僕は、ぜひ一緒に撮りたいという芳乃さんに根負けして、頷いてしまったのだった。
なんか最近流されてしまうこと多いな…。どうなることやら…。
思いのほかまったりとした感じで終わった桜子の家でした。