美少女、委員会の帰りに
第二十六話 美少女、委員会の帰りに
金曜日の午後は、体育祭実行委員としての初めての委員会活動だった。
放課後に三年生の教室に集まって、体育祭当日までの作業を分担するらしい。
僕は僕と同じく体育祭実行委員となった吉川君と一緒に、三年生の教室へ出向く。
教室の戸を開けると、先に集まっていた人たちは一斉に僕に視線を浴びせる。
「本当に姫君が実行委員なんだ!」「グッジョブ!一年生」
その姫君って言うのは、本当に定着してしまってるんですかね…。外で姫君とか呼ばれたら完全に痛い子なので、できればやめてほしい。
暫くして、体育祭の実行委員が全員集まった。
この美川高校は、五月末に体育祭がある。よって新入生も入学して早々にいきなり体育祭の準備を始めることになるのだ。そして体育祭の実行委員についても同様に、早期に準備に着手することになる。
「体育祭は、一年生から三年生までを縦割りして、五チームで対抗します。ポイントが一番高かったチームが優勝です」
そうなんだー。ふんふんと頷く僕やその他の一年生。一年生から三年生までAからE組の五クラスずつある。一、二、三年のA組で一チームとするようだ。
「なお、実行委員は各チームの応援団も兼ねますので、頑張って応援してくださいね。応援合戦にもポイントがあって、結構美味しい点数がもらえるので、責任重大です」
応援合戦? フレーフレー的な? あれでポイントもらえるの? 一生懸命度合とか?
よくわかんないけど、あんまり人前に出たくないなあ。でも実行委員って一チームに六人しかいないしなあ。
前日までの作業の分担が終わると、各チームで応援合戦の話し合いをすることとなった。ちなみに僕の前日までの作業は、体育祭で使う備品のチェックと、当日の会場設営の手伝いだった。
「応援団長は、姫ぎ…佐倉さんがいいかなと思うんだけど、どうかな」
は? 名前も知らない先輩の突然の提案に目が点になる。
「「「「異議なし」」」」
は? なんだこれは! 既に根回し済みですか!? これが大人の会議だよ、陰謀だよ!
ってさりげなく吉川君も賛成してるよ! 身内かと思ったら敵でした。裏切りと陰謀渦巻く学校ドラマの始まりか!
「ちょ、ちょっと待って…ください! 応援団長ってチームの代表みたいなのでしょ!? 僕無理ですー」
「大丈夫だって! 佐倉さんが応援すればそれだけで応援合戦一位間違いなし!」
そこで無意味にプッシュすんのやめてよ吉川君。僕は順位の事なんて言ってないよ!
「そ、そもそも応援団長っていうか、応援合戦自体が何やるのかわからないし…」
「去年の体育祭だと、女子はメイド服着てダンスしてたよ」
「絶対に嫌です」
二年生の女の先輩が教えてくれたが、秒で拒絶反応を示す僕。
メイド服着てダンスするののどこが応援なんだよ。聞けば応援合戦というのは、体育祭のプログラムの一つで、各チームが応援団主体でダンスなどの出し物をするものらしい。
全然応援関係ねー。有名無実化してるぞ!
「大丈夫、メイド服なんて使い古されたネタはしないから」
「確かにメイド服の佐倉さんは見てみたいけど、そういう色物よりストレートに行きたい」
「たとえばどんな衣装?」
「体操着にブルマかな」
「ストレートに下半身狙いできたね。それはまずいっしょー。ブルマは煽情的過ぎて、応援どころじゃなくなっちゃうだろ」
「じゃあチャイナ服とか?」
「うーん! それも捨てがたいけどねー」
「普通にキャラクターのコスプレとかでもよさそう」
何故だか盛り上がっている先輩方。
いつの間にか僕に着せる衣装の話になっている。
この兆候は危険だ! なし崩し的に応援団長をやらされる可能性が高い。
僕は吉川君の目を見る。何赤くなってんの! 先輩に囲まれて緊張してるの!? 頼みは同じクラスの彼だけだよ! ナントカシテクダサイ。
「先輩…!」
僕の祈りが通じたのか、吉川君は動いた。流石できる男!
「俺はチアガールがいいと思います」
期待外れだよ! もう帰っていいよ!
「なるほど…。応援でチアガールとなると超ど真ん中ストレートだけど、逆にありかもしれん。おもに脇とミニスカートのエロス的な意味で」
凄い納得されてるよ! ちょっと待とうよ。
「じゃあ佐倉さんの衣装はチアガールで、エロ可愛い感じにしましょう」
しかも余計なオプション形容詞がついたよ! もうおわりだぁ…。
「あの、どうしても着ないとダメですか?」
僕は弱弱しくつぶやく。
「うん。それがみんなの望みだから」
あーあ、朝起きたら学校爆発してないかなー…。
その後も、応援合戦の内容についてワイワイ話してたけど、僕は右の耳から左の耳へ抜けていた。
そしてそれがいけなかったと、僕は後日気づくことになる。
*******
気が付いたら、日も暮れて夜になっていた。
応援合戦の内容については、結局あーだこーだ揉めていたようで、先輩方が案を作ってくるらしい。
それで今日のところはお開きとなった。
僕と吉川君は、昇降口から校舎の外に出る。
夜の学校は、薄気味悪いくらい静かだ。部活動をやっていた人も殆ど下校した後のようで、人気が全くない。
「なんかちょっと怖いね」
「そう? なんなら手をつなぐ?」
「いや、それはいい」
暗くて表情はわからなかったけど、肩をすくめている様子はわかった。
ぐうー。
不意に僕のお腹が鳴る。
周りが静かだから、凄いよく聞こえた。これ絶対聞こえてるよね! 自分の意思じゃ止められないとはいえ恥ずかしい。
「駅前でなんか食べてく?」
吉川君が僕に尋ねる。
「うーん、そうしようかな」
僕はスマートフォンを取り出して、母さんにメールを送る。「遅くなっちゃうので軽く食べて帰ります」…と。
僕たちは並んで歩きだす。
「あれ? そういや吉川君って駅方面だっけ? いつも校門で僕らと反対方向行くよね」
「ああ。俺の家結構近いから徒歩で来てるよ」
「それじゃあ駅前までって結構面倒だよね」
「いいよ、気にしないで。暗いし送ってくついでってことで」
駅までは割とすぐだから、気を遣わなくてもいいんだけどなあ。まあこういうさり気ない気遣いができるのが、友人が多くなる秘訣なんだろうなあ。ぼくにはとてもできない。
朝とは違い、誰も歩いていない駅から学校までの道のりを僕らは歩く。
駅前のハンバーガーショップで、僕らは丁度あいていた席を陣取れた。
「ふふふ…この視線、たまんねえ。うらやましさと、嫉妬が混じった野郎の視線。こんなに愉悦に浸れるとは思わなかったぜ」
何言ってるんだ? って顔で吉川君を眺める僕。
「佐倉さんみたいな超絶可愛い子と二人できてる俺に嫉妬してるやつらの視線が心地いいのさ」
「ああ、そうなんだ」
「佐倉さんって、可愛いとか言われても嬉しくない感じ?」
「…えっと」
よくわかったなあ。いや、あんだけ露骨に毎回嫌そうな顔をしてたら誰でもわかるか。
「ふーん、そうなんだ。あれだけ言われれば鬱陶しくもなるか。女の子でも可愛いって言われるの好きじゃないって人もいるしね」
女の子…か。
吉川君の言葉に心がちくりとする。
僕って女の子なんだよね。
心の中で僕は男だと思っていても、当たり前の話だけど他の人から見れば女の子なんだ。
この目の前の男の子は、女の僕しか知らないんだよな。いや、吉川君だけじゃなく、桜子ちゃんも萌香ちゃんも、僕が高校に入ってから仲良くなった人は、みんな男の僕を知らない。
みんないい人なのは間違いない。でも僕が男だったら果たして仲良くしてくれただろうか。
女の子になって、容姿が凄く良くなったと思う。努めて客観的に見たとしても、だ。だからみんな僕に話しかけてきて、僕と友達になってくれるんじゃないだろうか。
結局僕は女の子になってからも性格は変わってない…と思う。僕が男のままだったら見向きすらされてなかったかもしれない。
良治は昔と変わらず友達でいてくれてる。でもそれは果たして僕が男の時と、女になってからで同じ関係なのだろうか。気にしないと本人は言ってたけど、ある日突然友人が女になったら気にならないわけがない。自分自身が女になったら、否が応でも何らかの形で受け入れる必要は出てくる。でも他者の場合は単純に気持ち悪いのではないか。
毎朝自転車に乗せてもらってるし、色々気にかけてくれてるのはわかる。でも僕ってはっきり言って重荷になってるんじゃないだろうか。
母さんたちだって、ああやって可愛がってはくれてるけど、男が女になるっていう有りえない事象に対して、何も思ってないわけはいないよな…。
「佐倉さん、どうしたの? 俺変なこと言っちゃったかな」
「えっ? いやいや、そんなことないよ」
変なことを考えてたせいか、顔に出ていたようだ。
僕は慌てて笑顔を作る。どうしてもぎこちなくなってしまった。
初めて夜まで学校にいて、さびしい雰囲気に当てられてしまったのか。
頭の中の切り替えができない。一度ネガティブになると、歯止めが効かない。今まで考えないようにしてきたけど、一度考えてしまうと止まらない。
「やっぱり具合悪い? なんか無理してる感じするけど」
「…大丈夫だって」
吉川君の目は明らかに「大丈夫じゃないだろ」って色をしている。
少し気まずい沈黙。
僕はの頭の中は、まとまっていないよくわからない考えがぐるぐると渦巻いている
「なんか悩んでんの? 相川とか皆瀬とかにそうだ―」
「ねえ」
吉川君の言葉を遮る。
「吉川君は僕が女だからとか、外見とか、そういうので友達になってくれたの?」
「へ?」
思わず言ってしまった。そして言った後に「しまった」と思った。僕だって目の前に座った女の子にこんな答えにくいこと言われたら、絶句するだろうな。
何でいきなりこんなこと聞いちゃうかな、僕は。
「ごめん、今のなしでっ。なんか変なこと考えてた」
「うーん、ぶっちゃけた話、初めは可愛い子の近くに行けてラッキーと思ってたよ」
なしでって言ったのに答える吉川君。
「まだ付き合いは短いけど、一緒にいると面白いし、面白いから可愛さも引き立つというか。まあ顔だけじゃ友達にはなれないでしょ」
「ほんとに?」
「うん。みんなそうなんじゃね? 反応とか性格とかが可愛いから一緒につるみたいんだろ」
「そっかぁ」
ちょっと心のもやもやが取れた気がした。
男の時から性格が変わってないのに、性格が可愛いって言われたのはちょっとショックではあったけど…。彼に悪気はないのはわかってるから素直に褒め言葉なんだと受け取った。
吉川君は良治や友達と一緒の時は色々いじってきたりするけど、こうして二人きりだと極めて普通の男の子みたいだ。そう言えば、料理同好会でつるんでる時も、一歩引いてるというか、そんな感じはする。いや、他の連中が一歩どころか数歩前にいるせいで、目立ってないのか。
「それに仮に違ったとしても、まだ二週間くらいだろ? 高校始まってから。あんま気にすることないと思うけどな。外見だけで友達になりにきた奴ならその内消えてくと思うし」
そうかな…。そうかも。
確かにまだ二週間。ちょっと急ぎすぎた気もする。
今知っている人が僕の全てではないだろうし、そこまで悩まなくてもいいのかもなあ。確かにうわべだけの友達なら長くはもたないだろう。
みんなが最後まで一緒にいたいと思ってくれるなら嬉しいけどね。
「それにしても、佐倉さんも悩んだりするんだな」
「僕ってそんなに悩みないように見えるかな」
「いやいや、そういうんじゃなくて。容姿も抜群だし、見た目とかそういうので悩んだりってないのかと思ってたよ」
「僕だって色々思うことはあるんだよっ」
「悪い悪い。誰だって悩みくらいはあるわな」
少し気が晴れた。慌てても仕方がないよね。
「ごめん、なんかいろいろありがとう。つまんない話してごめんね」
「気にすんなって。佐倉さんの悩みの相談を受けるとか、自慢できるレベルの話だからね」
どこの世界に人の悩み聞いてドヤ顔するやつがいるんだよ。
でもまあ、いい奴だよな…。
僕は考え事や話に夢中で放置していたフライドポテトを一つつまんで食べる。
冷めてる割に、いつもよりおいしいような感じがして、思わず笑みが零れる。
僕の対面に座っている彼は、僕をじっと見ていた。不意に視線が合うと、彼は眼を逸らせた。
「あのさ、吉川君」
「ふぁい!?」
視線を逸らしたすぐあとに話しかけられたせいか、吉川君は変な声を上げた。
「名前で呼んでもいい?」
吉川君は驚いて目を丸くしている。
まずかったかな…。良治や桜子ちゃん達は名前で呼んでいるのに、吉川君だけ苗字呼びっていうのもどうかなって思って言っただけで他意はない。
「ぜ、是非ともお願いしますっ」
「え、あ、うん」
まずくはなかったようだ。まずくはなかったようだけど、想定外の勢いで返答されたので逆に戸惑ってしまった。
「セ、折角だから呼んでくれないか!」
「うん、いいけど。えと…東吾…君?」
「うほおおおおおお! 俺今死んでもいい! でも死にたくない!」
どっちなんだよ。
「じゃ、じゃあ俺も佐倉さんのこと名前で呼んでいいっすか? いいっすか?」
「う、うん。別にいいけど」
「あ…あゆちゃん」
それは名前じゃないだろ、と思ったけど、特に嫌でもないので止めなかった。
「それでもいいよ」
「俺、人生で初めていい日だったなあって思えたよ」
そんなにか。
一緒にご飯食べるだけで、そう思ってもらえるなんて嬉しい話だ。
それからは、ハンバーガーを食べながら、学校の話とか、良治や桜子ちゃん達の話をしておしゃべりを楽しんだ。
*******
駅で東吾君と別れ、僕は電車に乗った。
吊革につかまりながら今日話した内容を思い浮かべる。あれ…今だから思うけど、凄い恥ずかしいこと聞いちゃったんじゃ…。うわああああ。あんな女々しい相談しちゃうとか、何考えてるんだよ僕…。
顔が熱くなる。ま、まあいっか! うん! 仲良くもなれたし!
女の子になってもうすぐ一か月。朝目が覚めると男に戻ってるという妄想もしたけど、そんなことは結局起きていない。
僕はこのまま女の子として成人するのだろうか。
恋人は? 男? 女?
そして結婚するのだろうか。新婦側で…?。ってそんなのありえないっ! 無理無理。変なことを想像するのはやめよう。
そうだ、何もかもまだ急がなくていいよね。
歩さんだって、いろいろ思うところはあります。
今回は歩さんのちょっと弱い部分と、東吾君のナイスガイっぷりが書けて満足してます。