美少女、部室で時間をつぶす
第二十五話 美少女、部室で時間をつぶす
週明けの月曜の放課後、僕ら料理同好会の五人は、部室を訪問していた。
本当は先週のうちに見ておくつもりだったんだけど、新入生歓迎会が思った以上に疲れたので、今日にお預けになっていたのだ。
本来同好会には部室は提供されない。
しかしながら、料理作るのには荷物が多いだろうから、という顧問の最上先生のお目こぼしで料理同好会には一部屋与えられていた。部室棟ではないんだけどね。
特別教室棟の中にある家庭科室。ここが主に料理同好会の戦場だ。そして、その奥にある家庭科準備室。ここには調理実習に使う包丁などが置いてある。僕らの部室はこの準備室…というわけでもなかった。家庭科準備室は包丁などが置いてあるから、部室として使わせるには危ない。さらに、授業でも使うからここに私物をおいてもらっては、先生も困るのだ。しかも家庭科室からしか入れないので、使いにくいときたものだ。
では、僕らの部室とはというと、部屋はそのさらに奥にある。廊下からも入れるし、家庭科準備室にも直結しているという便利な部屋だが、何のために作られたのかよくわからない。部屋の名前もなく、元々は物置と呼ばれていたようだ。
そこを最上先生が折角だからってことで、料理同好会に使わせるよう便宜を図ってくれたという。これが料理同好会部室誕生秘話だ。
鍵を開けて中に入ると、思いのほか整理されていた。
そりゃそうだ。三月までは先輩がいたのだから。
中は大体六畳くらいかな。案外狭い。あっ、でも冷蔵庫がある。部室らしい長机と椅子が置いてある。
「こりゃ結構窮屈そうだなぁ」
吉川君が中を覗きこむ。
「狭いから、歩と同じ空気が存分に吸えると考えれば、これも悪くない」
「そうだな」
真顔で気持ち悪いこと言わないでほしい。
「男子って、アユミちゃんの空気吸うのも努力しないとダメなんて、大変なんだね、すーはー。」
「そうね…すーはー」
真顔で男の子に同情しないでっ! あと耳元で深呼吸しないでっ!
部室の中に入ると、備品は冷蔵庫と…あと食器棚くらいしかない。
食器棚もほぼ空っぽで、何故か少女漫画が立ててあったりする。
「殺風景だねー、なんか持ってくる?」
「うーん、テレビとか持ってくるのはどうだ?」
「マジでもってくるなら、ゲーム機とか置いちゃうか?」
「うん、それいいな。部室に入り浸れそう」
テレビなんてどこから持ってくるんだよ。
って言うか部室でゲームしてましたーって見つかったら、一発でアウトになって部活停止になる気がするよ。
しいて言えば携帯ゲーム機で遊ぶくらいかなー。それはそれで楽しそう! 中学校の時、僕も四人プレイのゲームに入れればなあって思ってたよ。
あ、そうだ折角冷蔵庫があるんだし、水羊羹を持って来よう♪ 毎日学校で冷えた水羊羹が食べられるなんて、幸せすぎるっ! たとえコンビニのやっすいのでも、毎日食べられれば満足だよ!
「おーい、歩。何よだれ垂らしてんだ?」
「た、垂れてない!」
良治が僕の顔を覗き込む。
いや、垂れてた!? 慌てて口元を拭う。やっぱり垂れてないじゃん! くっそー、どきっとしちゃったじゃないか。
「どうせ水羊羹冷やして食べようとか思ってたんだろ?」
「ど、どうしてわかったの!?」
「ははは、歩は可愛いなあ」
良治は僕の頭をぽんぽん叩く。ぐ…馬鹿にして…!
僕らは椅子に座ってこの部室をどう改造するかを相談する。料理を作る時だけ使うなら、何もなくていいんだけど、やはり高校生活を楽しむには部室でだらける時間も必要だと思うんだ!
「ティーカップと、ポットがあればお茶できるよね!」
「いいアイディアね萌香。知らないうちにティーカップをアユミちゃんのと交換すれば間接キスもできるって寸法ね」
「萌香ちゃん…」
「えっ!? 今の流れで私が引かれるの!? どう見ても桜子ちゃんがヨコシマだと思うんだけど!」
「いやー、皆瀬さん、邪悪だわー」
「ああ、人の子とは思えないな」
「うわーん! 私なんかいじらないで、アユミちゃんをいじろうよー!」
なんで桜子ちゃんも良治も吉川君も「それもそうだ」って顔してこっち見るんだよ! 萌香ちゃんいじっててよ!
でもティーカップと電気ポットはあるといいよね。部室でお茶飲むなんて、なんか優雅じゃん!
「殺風景だからぬいぐるみでも置く?」
萌香ちゃんが部室の中をぐるっと見回す。
学校の部屋だから壁は白一色だし、カーテンもクリーム色。殆ど色はないし、確かに殺風景だ。
可愛らしいぬいぐるみが置いてあるだけで、癒し分は補充できそう。色鮮やかな奴だったら、きっと部屋の明るさも増す気がする。
「ぬいぐるみかぁ」
「そそ、私の家にいっぱいあったの見たでしょ? 一個くらい持ってこようかなーって」
「確かにいっぱいあったけど、汚れちゃうんじゃないかな」
僕は棚や床をじっと見つめる。学校って毎日掃除しても、謎の勢いでほこりがでるよね!
あの無限のほこりは何処から生まれるのか…。
「ちょ、ちょっと待って萌香! な、なんでアユミちゃんが萌香の家にぬいぐるみいっぱいあること知ってるの?」
「ふっふっふー♪ アユミちゃんは私の家に遊びにきたのだっ!」
「「「な、なんだってー」」」
いやそんなに驚くことでもないでしょ。三人そろって言わなくてもいいじゃん。
「まさか…親友と思っていた萌香に先を越されるなんて…、ショック」
「惜しかったんだよー、もうちょっとで脱がせたんだけどね!」
「!? 萌香ちゃん! それは恥ずかしいよう」
思い出すと恥ずかしい。いきなり年下の女の子に襲い掛かられて、抵抗もできずに服を脱がされるというか剥がれかけたんだ。
「こ、この反応! まさか本当の話!? も、萌香…詳しく!」
事実は事実なんだけど、そこだけ言わないでほしかったなぁ。萌香ちゃん、誤解を招くだけだよ!
「も、萌香! アユミちゃんにコスプレさせる気だったの!? 私がいないのに!?」
なんで桜子ちゃんがいることが必須みたいな言い方なんだろう。僕は誰がいてもコスプレはしたくないよ。
この前のは上手く逃げ切れたからよかったけど…。はあ、藍香ちゃんには勢いでメアドとかメッセンジャーのIDとか教えちゃったし、また行くことになるんだろうなあ。って言うか毎日お誘いきてるしなあ。
「どうでもいいけど、コスプレっていうとポップな感じがするけど、コスチュームプレイって言うと、なんかエロくね?」
本当にどうでもいいよ! 良治はちょっと黙ってて!
吉川君もなんで真剣に「確かに」とかつぶやいてるんだよ!
「歩、次恥ずかしい恰好するときは、俺もぜひ呼んでくれ」
「俺も頼むよ! 佐倉さん」
あんたら呼ぶわけないだろ! 下心しか見えないよ!
「アユミちゃん、次は私の家に来てよ! お姉が見たいって言ってて」
「桜子ちゃん、お姉ちゃんがいるの?」
「そうだよアユミちゃん! 桜子ちゃんのお姉ちゃんの芳乃さんはすごいよ! モデルやってるの、モデル!」
も、モデル!? 桜子ちゃんもスタイルいいわけだなー。胸もでかいし。うーん、うらやま…しくはないよ。
まあでもあれだよねー。男でも女でも身長は欲しいよねー。うん、羨ましいな…。
「相川芳乃のことか? 女の子に人気の美人ファッションモデルだな! まさか身内の姉妹とはね」
「そうなんだ。良治、よく知ってるね」
「そりゃもう、女の子見たさに女性ファッション誌も買ってるからな」
涙ぐましいだろ…そこまで行くと。
良治をじっと見つめる。カッコイイ顔立ちしてるんだから、そんなモン買ってまで女探ししなくてもいいだろ。
でも良治に彼女出来たことないんだよねー。不思議…いや性格を知ったらむしろ当然か。
「おいおい、俺は美人も好きだが、ロリロリしてるほうが好きだぜ? 安心しろよ」
「節操ないんだね」
「ホント、歩は俺に容赦ないよな。まあそのサディスティックなところも、萌えポイントの一つだからいくらでもやってくれて構わないぞ?」
タフな男だな。
この何を言ってもダメージなしな感じが妙に安心できる。サンドバッグ的な意味で。
「…それで桜子ちゃんのお姉ちゃんが、アユミちゃんに会いたいって言ってたの?」
「そりゃもう! 私がその可愛さと肌触りと揉み心地を余すことなく説明したからね」
最後のいらないだろ! なんでそういう恥ずかしい要素を拡散しちゃうかなぁ…。
桜子ちゃんのお姉ちゃんの中の僕の像は一体どうなってしまってるんだろうか。よくわからないけど、女の子に胸を揉ます痴女になってないか心配だ。
そしてもう一個心配なのは、この桜子ちゃんの姉っていうところだったりする。
「でも、お姉は家族から見ても綺麗だけど、アユミちゃんにはかなわないかなー」
そんなことはないんじゃないかなー。見たことはないけど、モデルさんなんだし。
でもモデルになるほど綺麗な女の人か…。しかもそのモデルさんと生で会える!
やっぱり男の子としては気になりますよネッ!
「僕も桜子ちゃんのお姉さん見てみたいかなー」
「ホント? じゃあうち来る? 今からこれからすぐに!」
「う、うん。今から?」
「桜子ちゃん! 落ち着いて! 今から行っても殆ど遊べないでしょ」
「そ、そうね。私としたことが、アユミちゃんを家に招待したいがために取り乱したわ」
そんなに喜んでくれるんだ。何だかちょっと嬉しい。
…だが待ってほしい。手放しで喜ぶわけにはいかないんだよなあ。
なんだかんだで、桜子ちゃんはかなりのセクハラ魔人だからだ。同性だからという勢いで、割とトンデモナイ域まで到達している気がする。
桜子ちゃんの家というダンジョンに乗り込むには、十分な装備をしていかなければなるまい。ス、スタンガンくらいいるかな…。
萌香ちゃんと、その妹の藍香ちゃんの性格の似方を見て、桜子ちゃんとそのお姉さんの性格も似てるんじゃないかと想像している。ダブル桜子ちゃんのセクハラとか耐えられないぞっ!
やっぱやめとけばよかったかな。でも今更どうする…!
僕は良治をちらっと見る。ナントカシテと視線を送る。良治はぐっと親指を立てる。
「動画よろしく」
そうじゃねー。なんでこういうときに察し悪いんだよ!
まあ諦めるか…。女の子に抱き着かれたり、撫でられたり、も、揉まれたりするのも悪くないよ。
…嘘です! やっぱポジティブに考えても無理―。
そもそも女の子同士でも、あんなふうにも、揉むのとか普通じゃないよ…ね。
「アユミちゃん、芳乃さんが桜子ちゃんみたいなセクハラしてくるか気になってるんでしょ」
図星。よくお分かりで。
「私はそんなセクハラしないじゃん」
「「「「えっ」」」」
「なんでそんなに意外そうなの…」
「相川…自覚ないんか。流石の俺もそれは引くわ」
「まさか吉川君ごときにまで言われるなんて…」
セクハラとは本人に自覚がなくても相手がそう感じる場合があります。
皆様気を付けましょう。
「でも芳乃さんは、すっごい常識人だよ!」
なんだ、そうなのか。じゃあむしろ今ここにいるより安全な気がしてきた!
「私みたいに! 超常識人」
にこやかにほほ笑む萌香ちゃん。
やっぱり危険な気がしてきた!
そんなこんなで、結局今週末に行くことになってしまった。
お姉さんの芳乃さんがいい人であることを神様に願おう。
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駅から自宅までの帰り道。
良治の自転車の荷台に座る僕。
「なあ、歩」
「何?」
「いや…お前が女になってから、うちに来たことないなーって思ってな。前は三日おきくらいに来てただろ?」
「あーそうだね。まあ僕良治くらいしか友達いなかったしね。」
「今度うちに来ないか?」
「うん、いいけど。どうしたの急に」
「いや、なんでもないかな。久しぶりに歩と遊びたくなったかな」
「そう? そう言ってくれると何か嬉しいね」
それっきり良治は黙ってしまった。
どうしたんだろ。変な奴だなぁ。
吉川君の影が薄い?
だからこその体育祭実行委員なんです。きっと活躍してくれる…ように書ければいいんですけどね。