美少女、委員会に入る
第十四話 美少女、委員会に入る
春の陽気がぽかぽかと暖かい。
玄関の前で待つ僕も暖かい日差しを受けて伸びをする。
間もなくして良治が到着した。背丈の関係で、自分の自転車には乗れないので、良治の自転車に乗っけて行ってもらう約束だ。
良治には悪いので、早く何とかしないとなーとは思っている。
「うっす、歩」
「おはよう」
「相変わらず小さくて、超絶に可愛いな!」
「そいつはどーも」
僕は、良治の自転車の後ろに跨り、サドルに掴まる。
「歩、俺の体に、もっと密着! 密着!」
「いやいや、それはないから。早くいってくれよ」
「くそっ! 歩の好感度が足りないってことか! もっと彼氏力が必要なのか!」
「彼氏じゃないでしょ! そもそも」
「いや、自転車で二人乗り、しかも女の子がぎゅって抱きしめてくれるっていうのは、全国の青少年諸君の夢だと思うのだよ」
「夢ってのは叶わないから夢なんだよ」
「身もふたもねえ! くそおおおおおおお!」
良治は自転車をこぎ始める。この親友の男は「くそおおおお!」って掛け声出さないと走れないのか。
駅前の駐輪場に自転車を停め、電車に乗る。幸いこの美川高校の方向は、市街地に向かう通勤ルートと逆の位置にあるので、電車はすいている。
高校の最寄駅から学校までの道のりは、初日と違い、父兄がいないため、道は昨日と比べてすいているように思えた。
今日も今日とてジロジロ見られてる気はしたけど、初日と比べたら何となく楽になったような気がする。
余り気にしなくなってきたのか。
学校に到着し、昇降口へ向かう。
下駄箱を開けると、中からバサバサとこぼれ落ちる物あり。
「? なんだこれ」
「ラブレターじゃね?」
「まっさかー」
と言ったはいいが、拾い上げてみると明らかにラブレターの様相をしている。
カミソリとかが入ってるってことはなさそうだ。しかし昨日の今日でいきなり入ってるとは…。
「おやおや~♪ アユミちゃんモッテモテだねー」
僕は、後ろから突如声をかけられて。びくっとして振り返る。
萌香ちゃんと桜子ちゃんがそこにいた。
「でもこの時代にラブレターとはねー。呼び出して告るとかしないのかなー」
と、これは桜子ちゃん。僕もラブレターはフィクションの存在かと思っていたけど、だからと言って呼び出しは勘弁してほしい。
「待って! 待って! アユミちゃんは呼び出されたら、多分ノーと言えないでそのまま付き合うことになっちゃうよ!」
「じゃあ、歩が告られるときは保護者同伴だな!」
「なるほど! つまり私たちね!」
いやいや、だれが保護者なんだよ。
でも呼び出しされたら、一人は心細いからついてきてほしいかな。あ、でも呼び出した側的にはなんで複数で来るのって、思うかな。
「それでアユミちゃん、それどうするの?」
「えっと、お断りの返事を出すかな?」
「えー、いちいち返してたら大変だよ! 捨てちゃえば?」
「良治、男から見てラブレターを捨てられたらどう?」
「泣くな」
「じゃあ、やっぱ返事は返さないとダメかなー」
「でも、告白失敗でも泣くな」
「じゃあ、どうしろっていうの…」
とりあえず、その手紙を僕は鞄の中にしまった。
うん、まあ捨てるのはないよね。男子と付き合うとか、僕には考えられないので、ラブレターをくれた人には悪いが断ろう。
そもそもこれ、僕宛てなのかな。昨日の今日で下駄箱の場所とか、調べられない気がするんだけど。
教室に入ると、昨日と同じでかなりの視線を感じた。
「お、おはよう、ございます…?」
僕は頑張って挨拶をした。
すると、みんな「おはよー」と返してくれた。昨日の自己紹介がちょっと荒れ気味だったので、不安だったけど、杞憂だったようだ。
****************
山中先生が入ってきて、入学二日目のホームルームが始まった。
「今日は、二日目なんでー、だれが何の委員会に入るか決める」
委員会か。どうせ大したことしないんだろうけど、入れば面倒が増えるからいやだなあ。
「学級委員もまだいないから、進行は適当に決めんぞ。ンじゃ目が合ったから吉川やってくれ」
哀れな…。ぼっちスキルの高い僕は、こういう時決して顔を上げない。
吉川君は、渋々ながらも教壇に立った。
「あー、それでは、委員会を決めようと思います。って、せんせー、何の委員会があるんですか?」
「忘れてたわ。この紙に書いてあるから、黒板に書いてくれ。書くのは女子のがいいな、相川ー、書記頼むわ」
桜子ちゃんが席を立つ。今のは目を合わせてすらいなかった。面倒だから名簿の一番上を選んだに違いない。
どんな委員会があるのだろうか。
黒板に書かれたきれいな字を目で追う。
クラス委員。男女一名。
体育祭実行委員。男女一名。
文化祭実行委員。男女一名。
体育委員。男女一名。
保健委員。男女一名。
美化委員。男女一名。
図書委員。男女一名。
…あれ、これだけ? これはラッキー。これだけしかならなくていいなら、十分に回避可能だ。
一クラス四十名程度いるんだ。たった十四人の生贄でいいなら、誰かがやってくれる!
僕の得意なスキルその一。他力本願。
このスキルは、誰かの中に眠る「しょうがねえな…」という気持ちに賭ける防御スキルである。この耐久レースに負けた人間が面倒事をこなすことになるのだ!
…要するに何もしないで座ってるだけのスキルである。
「それじゃあ、クラス委員やりたい人いますかー?」
当然のごとく、無言である。
面倒事を進んでやりたい人間なんていない。
この沈黙、司会をやってる吉川君はかなりつらいと思う。でもごめん、僕はクラス委員やりたくないです。
「じゃあ推薦っていますかー?」
会って二日目で誰が推薦できるのだろうか。
「はーい、佐倉さんがいいでーす」
は? 一瞬何が起きたのかわからなかった。
黒板に書かれる僕の名前。なんで…えーと! ごめん、その男子名前覚えてないや! なんで僕を推薦するんだよ!
「ちょ、ちょっと待って! なんで僕なの!」
「クラスの顔だから、いいかなって」
「うん」「なるほど」「うちのクラスの代表なら佐倉さんよね」「可愛いから前に立ってほしい」
次々に頷くクラスメイト達。
「えええー、ちょっと待って! なんでみんなそんなに団結してるの!」
「他に推薦いませんか?」
吉川君が打ち切ろうとする。まずい、このままじゃ僕はクラス委員という、委員会の中で最高に面倒くさいところに組み込まれてしまう!
「はーい、アユミちゃんは、保健委員のがいいと思いまーす!」
でかしたぞ、萌香ちゃん! ってちがーう! そこは他の人を推薦してよ!
「だってほら、具合悪くなったら、アユミちゃんと一緒に保健室いけるんでしょ!」
「うおおおおおお! そっちの方がいい!」「盲点だった」「なるほど賢い」「毎時間具合悪くなっちゃいたい」
なんでそんなにノリがいいんだよ!
何故か謎の団結力を見せるクラス。すると、良治が手を挙げて勢いよく立ち上がる。
おう、言ってやってくれ、良治!
「そんな一瞬に賭けていいのか? 俺は、歩には文化祭実行委員とかを推す。なぜなら、二人きりで作業する時間が多いからだっ!」
「おおおお!」「独占できる時間で勝負か」「一番仲良くなれそうだな!」「あいつ、わかってやがる!」
これがフレンドリーファイアってやつですか。
「ちょっと待って! なんで僕にやらせる委員会を決めようって話になってるの!」
僕は何もやりたくないんだけどっ! とも言いたかったけど、推薦されてるのに、言ってしまうのは良くないと思って、そこは飲み込んだ。
「違うんだ、佐倉さん」
「? 違うって何が?」
多分タ行あたりの名前の人が、僕に向かって語りかける。あああ、自己紹介ちゃんと聞いておけばよかった!
「佐倉さんにやらせたいんじゃなくて、佐倉さんと一緒にやりたいから、先に決めてるんだ」
面倒事を押しつけてるわけではないんだ…。よかったあ。
ううん、それじゃあまあいいか…。
…って結局それじゃあ委員会はいらないとダメじゃーん。
あーだこーだ、クラス中が騒がしくなっているが、山中先生は全く気にせず本を読んでいる。
ガラッ! という音がして、教室の入り口が突如開いた。
「話は聞かせてもらいました。佐倉さんは生徒会に来てもらいます!」
暫くの間全員の頭にクエスチョンマークが浮かんでいたけど、やがてそれが生徒会長だということに気付く。
「で、でたー! アユミちゃんにセクハラした残念系生徒会長!」
萌香ちゃんが大きな声を上げる。なんできたの、生徒会長!
山中先生は、生徒会長をちらっと見て、
「おーい、三井ー。お前朝からいなかったから担任が欠席にしてたぞー」
とだけ言った。全く動揺していない。大したタマだなあ…。
「出席日数より大事なものがありますわ」
なんで無駄にかっこいいンだよ!
かっこいいこと言ってるけど、有体に言えば他クラスの女子――この場合は僕になってしまうが――のお尻追っかけてるだけでしょ。
本当に残念な人だな! 生徒会長なのに、すすんでサボりかっ!
「アユミちゃんを生徒会って、なんでまた。新入生をいきなり入れても仕方ないんじゃ」
「生徒会というと難しい仕事を想像されてるかもしれませんが、クッソつまらない雑用しかありませんわ」
クッソつまらないとか言っちゃったよ、この人!
それを聞いて入りたいと思う人っているのかな。
「では、アユミさん、生徒会に行きましょう?」
いやいやいや、おかしいでしょ。生徒会って入りますって入れるものじゃないんじゃないの?
どうせみんな信任しかしないけど、一応名目的に選挙があるもんでしょ!
生徒会長が僕の手を取ろうとすると、桜子ちゃんが間に入って阻止をする。
「いくら生徒会長って言っても、強引なんじゃないですか? アユミちゃん嫌がってるじゃん」
「そーだそーだ!」「横暴だぞ!」
クラスメイトが一気に批判を浴びせる。僕が生徒会に入りたくないっていうのをわかって、守ってくれてるんだ。
これが友情ってものなんだね。
しかし、批判を浴びせられている生徒会長本人と言えば、全くどこ吹く風だ。
「生徒会長だから、というよりも私だから強引なんですが?」
「なお悪いでしょ!」
「ですが、みなさん、アユミさんを生徒会長に入れたくない様子。それでは仕方ありませんね、かくなる上は…」
はっ、まさか生徒会の強権か何かを発動させる!? 僕のせいでクラスがやばい。
生徒会長は一歩後ろに下がると、その場で膝をつき、さらに腰を落とした。そして上体を前に倒し…ってこれは…、
「アユミさんを私に下さい」
「ど、土下座ァー!」
クラス全員が固まってしまった。
「こ、こいつはすごい。なんてきれいな土下座なんだっ!」
吉川君が驚きの声を上げる。確かにその佇まいは素晴らしく、心のこもっている様子がヒシヒシと伝わってくる。非の打ちどころのない土下座だった。
「せ、生徒会長、プライドとかなんかないんですかっ」
僕と生徒会長の間に入っていた桜子ちゃんも、戸惑いを隠せない。
「くだらない矜持なぞ、真に欲する物の前では無価値です」
なんで、無駄にかっこいいんだよ! 実際やってるのって、嫌がる僕に対してダダこねて生徒会に入れようとしてるだけじゃん!
クラス全体が、「生徒会長に土下座までさせてしまった」という、罪悪感に見舞われる。
「この先制攻撃、思った以上に効くぜ」
吉川君がコメントをする。僕たちは一体だれと戦ってるのか。
すると、満を持して良治が僕の隣にやってきた。
そしてそのまま、膝をつき…、って土下座ァー!
「生徒会長、お引き取り下さい」
なぜ入学二日目から、生徒会長と、親友の土下座を見る羽目になってしまったのか。
「土下座には土下座で勝負か。多川め、やりやがる」
吉川君は「へへっ」と笑って親指を立てていた。少年漫画っぽいキャラを演出してるけど、目の前でやってるのはただの土下座だ。 生徒会長と、良治は暫く微動だにしなかった。
ん…? よく見ると、二人とも土下座をしながらチラチラ僕の方を見ている。何?
「あーっ! この二人、土下座しながらアユミちゃんのパンツ見てる!」
な、なに!? 土下座はフェイクでただ単に僕のスカートの中を覗いてただけ!? 最低だよ二人とも!
「ふふふ、ばれてしまっては仕方ありませんね。今日はイイモノも見られましたし、引き上げることにします」
生徒会長は優雅に立ち上がると、僕の頭をひと撫でした。
「それに、正直に言いますと、生徒会とかどうでもいいのです。貴女が私の傍に来ればね。クッソつまらない生徒会へ誘ったのは、ただ私がいる組織だからです。では御機嫌よう」
それだけ言うと生徒会長は教室から出て行った。
生徒会、二回も「クッソつまらない」呼ばわりされてたけど、大丈夫なの…。
良治も僕の隣に立ちあがる。
僕はじろりと良治の顔をにらむ。
「俺は生徒会長がやってるのを見て、このビッグウェーブに乗るしかないと思ってやっただけだ」
良治め、覚えてろよ。
もう一度睨みつけようと思ったら、既に隣に良治はいなかった。
彼は男子連中に教室の隅まで連れて行かれていた。
「何色だった」「羨ましい奴め」「嫉妬で人が殺せたら…!」などなど、あんまり聞きたくない話がポツポツ聞こえてくる。
はー、もう恥ずかしいなあ!
まさか入学して二日目で、ラブレターもらったり、土下座みたり、パンツ見られたりするとは思わなかったよ。
「んで、オマエラー。早く委員会決めろー」
山中先生が本を読みながら言う。もっとクラスに興味持ってくださいよ!
結局のところ、僕は体育祭実行委員になってしまった。
もうこんな状態になってしまって、何もやらないとか拒否できるような空気じゃなかったんだよ。
ペアになったのは、今日の司会をしていた吉川君だ。
体育祭の実行委員の男子枠は、すさまじい程の立候補が上がった。みんなそんなに体育祭やりたいのかなー。男子二枠でいいんじゃないかなと思った。
当選した吉川君は盛大にガッツポーズ。そしてその他の落選者の怒りを買って廊下に連れ出されていった。
みんな体育会系なんだなあ。上手くやっていけるのか少し心配だ。
ちなみに吉川君が体育祭実行委員になったので、当然クラス委員には別の人がなった。桜子ちゃんは女子の枠でクラス委員になった。
あとで聞いた話では、生徒会長は三井 響子というらしい。
なぜあのスーパー残念系美女が生徒会長なのだろうか。この学校の不思議の一つである。