美少女、入学する②
第十三話 美少女、入学する②
新入生の僕らは、昇降口で靴を上履きに履き替えると、教室へ向かう。
入学式の前に軽くホームルームがあって、そこから体育館に向かうことになるようだ。
僕、良治、桜子ちゃん、萌香ちゃんの四人は校舎一階の一番奥の一年A組を目指す。
「いい? アユミちゃん! 生徒会長みたいな変な人には、絶対ついて言っちゃダメだからねっ!」
「う、うん」
萌香ちゃんはまだ言っていた。
「萌香ー、いい加減しつこいと、アユミちゃんに嫌われんぞー」
「わ、わかってるよっ! でも、あんな風に堂々と抱き着くなんて、羨ましいじゃない!」
僕としては、女の子に抱きしめられるのは役得な気がしていいんだけどね!
生徒会長も、抱き着くだけだったら「ラッキー」って思ってました。すみません。そんなこと思ってる僕よりも、なお残念な人だったけど。
萌香ちゃんは可愛いし、桜子ちゃんも綺麗だし、抱き着くだけならウェルカムだよ!
「もしも俺が抱き着いたら、どうする? 歩」
「うーん、とりあえず絶交するかな」
「歩、嘘だからな? もしも、の話だから」
「わかってるよ、そんなに心配しなくても」
廊下を四人で並んで歩く。
「ところで、なんで良治君は、アユミちゃんのことをアユムって呼ぶの?」
桜子ちゃんが疑問を投げかけてきた。
そういえばそうだ。普段から呼ばれ慣れてるから、アユムって呼ばれてても全然気にしてなかった!
良治だけずっと、アユムって呼んでるんだよね。本当はそっちが正しいんだけど…。何故か生徒手帳も住民票も何もかもアユミで登録されていたのだ。
「あー、それなあ。小さいころに読み間違って、そのままなんだよ。歩も昔は髪の毛短くてね。一瞬男の子かと思って、アユムって呼んじゃったんだわ」
さて、どうしたもんかと考えている僕を横目に、すらすらと答えた良治。
これがコミュニケーション能力というやつか。微妙に真実が混じってるあたりが、上手いと思う。
現実はどうだったっけな。髪の毛が短かったのは、まあそうだ。
でも良治は僕のことを女の子だと間違って話しかけてきたのだ。しかも、その時間違った名前が「アユミ」だったりして、ちょうど正反対の状態だった。
まあ、それが良治と話し始めるきっかけになったんだけど。
良治の説明で桜子ちゃんは大体納得したようだ。
そんなことを話ているうちにクラスの前まで来ていた。すでに結構多くの新入生があつまってるようで、中は騒がしい。
教室の引き戸を開けて僕は中に入る。
するとどうでしょう。
あれだけ騒がしかった教室が、一気に静かになって、すべての視線が僕に集中する。
こ、怖い。どうしてこうなるんだろう。
僕はそのまま黙って引き戸を締めた。
「ちょっ。閉めてどうすんだよ」
「だって、入った瞬間静かになるんだもん! あの中を進むなんて無理無理無理無理」
「じゃあ私の後ろにいるといいよ!」
萌香ちゃんの提案。なるほど、誰かの後ろにいれば大丈夫かな。
僕はその提案に乗ることにして、萌香ちゃんの後ろに回って、萌香ちゃんのブレザーの裾を掴んだ。
「これはどうでしょうかね、相沢さん。今のはなかなかポイントが高いと思いますが?」
「ええ、とてもいいですね、良治君。特に狙ってもない、自然な感じで裾を掴んだあたりが、絶妙なポイントと言えましょう」
何の解説だよ。
裾を掴んだのは失敗だったってことか。ほんとに何も考えてなかったんだけど…。
これからは何か行動する前に、ちょっと未来を予測してから行動しようと僕は思った。
「じゃあいくよ? アユミちゃん」
「うん」
萌香ちゃんが教室の引き戸を開ける。
一瞬萌香ちゃんに視線は集まったが、すぐにみんな会話に戻る。
なんで僕の時と反応が違うんだよ! 僕にもそれでいいよ!
あんなに全員で黙って見つめてくるなんて、まさか威圧してきた?
ひょっとして、僕って入学早々いじめられてるんじゃ。
って、まさか流石にそれはないか。クラスメイトで知り合いは恐らくゼロだし。一秒たりとも会ってないクラスメイトに、いきなりいじめられるのはないだろう。
じゃあ一体なぜ…。思考を巡らせようとしたけど、萌香ちゃんが先に進もうとするので、僕も追従する。
色々考えるところはあるけど、おかげさまで無事席までついたよ。
「アユミちゃん、アユミちゃん、一個だけアドバイスしてあげる! あのね…」
椅子に座った僕に、萌香ちゃんがアドバイスと称して、僕に耳打ちしていく。
なんだかよくわからないが、ジロジロ見られたら、精いっぱい笑顔を作って見返してあげればオーケーらしい。
不気味な気がするけど、笑顔見せるだけならタダなので、あとでやってみよう。
萌香ちゃんは、それだけ言うと、自分の席へと行ってしまった。
隣の男子がチラチラ見てるような気がしたので、早速笑顔を作って微笑みかけてみた。
「!」
隣の子は、一瞬びくっとして、それから瞬く間に顔が真っ赤になり、僕から眼を逸らせた。
おお、これはすごい。効果は抜群のようだ!
僕は調子に乗って、見てくる人がいるたびに微笑みかけるのだった。
だんだん見てくる人が増えてきて大変になってきた。僕のほうに顔を向けてきた人に笑顔を返すと見た人はなんだか満足げな顔をして、顔を戻す。
っていうか、なんでこんなに見てくるんだよ! もう笑い疲れたよ!
面倒くさくなった僕は、机につっぷすというボッチスタイルに徹することにして、逃げ出した。
暫くして、教室の前の入口が開き、中年のおじさんが入ってきた。あれが先生かな。
うちの父さん程じゃないけど、結構ガタイがいい。普段着なれていないのか、スーツが余り似合ってないし、ネクタイも曲がっていた。
「あー、席についてくれー。」
教壇の前に立つと、先生と思われるおじさんはそう言った。
「私がこのクラスの担任の山中だ。担当科目は数学。喋りたいことはあったが忘れちまったわ。入学式行くから全員廊下に並んでくれー」
ホームルームらしきものは五秒程度で終わった。
教室に集める必要あったんだろうか、
入学式自体は退屈なものだった。
校長の長い話を聞き、来賓の長い話を聞き…。ずっと座っているだけの簡単な作業だった。
僕の前の席の男子は、あからさまに寝ている。こんなつまらない話じゃ無理もない。
隣の席の男子は、目立たないようにこっそりと、スマートフォンをいじっている。
僕はというと、毎日早寝早起きをしているせいか、全く眠くない。携帯もスマートフォンも持ってないので、今日の夕ご飯は何を作ろうか、などと考えていた。
式自体は四十分ほどで終わり、僕らは再び教室に戻る。
山中先生が再び教壇に立ち、僕らを見まわす。
「うーす。入学式おつかれ。ぶっちゃけ今日は特にやることも連絡もないからなー。とりあえず自己紹介してもらうかー」
この一言で、自己紹介が始まることとなった。
僕は自己紹介が苦手だ。自己紹介っていうか、人前で話すこと全般が苦手だ。
中学の時なんて困ったものだよ。運動もしてないし、趣味も特になかったから、話すことがないんだもの。それは今もあんまり変わらないか…。
はあ、どうしよ。
一番目は…桜子ちゃんだ。そういえば苗字が「相沢」だったね。
「相沢 桜子です――」
桜子ちゃんは、一番目ということもあって、結構緊張しているようだ。
「今一番好きなものは、佐倉アユミちゃんです」
ふーん。
「って、ええ!?」
僕は思わず立ち上がってしまった。突然名前が呼ばれて、つい反射的に。
「あ、あの子がアユミちゃんです」
と言って、僕の方を見て微笑む桜子ちゃん。
クラスの視線が一気に僕に集まる。あまりにも恥ずかしいので、僕は無言で座る。物凄い勢いで体温が上がるのがわかる。
あー、恥ずかしい。
クラスメイトは、「なるほど」「あの子しょうがないな」とか言って笑っている。
入学初日から、いきなりやらかして目立つとか、最悪のスタートだよ。桜子ちゃん恨むよ!
桜子ちゃんから先の自己紹介は、正直なところ全く頭に入ってなかった。恥ずかしくて頭がグツグツしていたのが引いてきたところで、自分の番が近づく緊張が僕を苛む。
ガタッ! 目の前で音がして、前の席の子が座った。
いつの間にここまで来てたんだよ! って言うか全く聞いてなくてごめんね、前の人。
僕は席を立つ。
やばい。みんな見てる。何言えばいいんだっけ! これが頭真っ白ってやつか。
「あ、えっと。佐倉歩です。よろしくお願いします」
「…」
クラスに静寂が訪れる。
「あー、佐倉? それだけか?」
えっ、それ以外に何かしゃべることあるの!?
何にも考えてねえ!
「じゃ、じゃあ何か質問ありますかっ!」
これだぁー! 自分でしゃべることがないなら、聞いてしまえばいいんだぁー!
「…」
しかし斬新すぎる自己紹介は、観客の心には届かないようだ。
この居たたまれない雰囲気に、僕の心はもう泣いていた。っていうか、本当に泣きそうだった。
「はーい! 佐倉さんには趣味ってありますか?」
「うぇっ!? そ、それはえーと…料理?」
突然静寂を破って質問がされたので、変な声が出た。質問をしたのは良治だ。
きっと、あんまりにも困ってる僕を見て、助け舟を出してくれたんだろう! これが友達ってやつかっ! イケメンすぎる。
なんで「料理?」疑問形なんだよ! って心の中でセルフツッコミを入れる僕。でもまあ趣味というか、ほぼ母さんに強要されて、なし崩し的にやってるけど、やってみたら案外楽しいという感じで…えーと誰に言い訳してるんだ?
「おおー!」「俺に弁当作ってくれー」などなど、一気にクラスがざわつき始める。
良治の質問を皮切りに、一気にクラスメイトたちは質問をしてくるようになった。
「佐倉さんはー、部活とかやってましたか!?」
「えっと、特にやってなかった…です」
高校では部活入ったほうがいいかなあ。
やっぱり、部活からくる友達って重要な気がするんだよね。中学時代帰宅部を通していた身としては…。
「彼氏いますかー?」
「へっ? いないよそんなの!」
なんで、僕に彼氏がいるんだよ! 彼女だろ! いやそれもおかしいか。
どうすりゃいいんだよ。っていうか、会って数時間の子に聞くことじゃないだろっ! 打ち解けるの早すぎるぞ。
「うおおおおー! 野郎ども、勝鬨をあげるぞー」
「アユミちゃん! 私にもチャンスあるかな?」
そして何故か異常に盛り上がる教室。そしてどさくさに紛れて何か言い始める桜子ちゃん。
どういう意味のチャンスなのかよくわからないけど、女の子は好きだよ?
しかしそれに答える間もなく、矢継ぎ早に質問が寄せられる。
「何か好きな音楽はある?」「好きなタイプは?」「昨日何食べた?」「部活何に入るのー?」「料理って何が作れるの?」
最早歯止めが効かなくなるクラスメイトたち。
僕は一つ一つ答えていくけど、答えるたびに複数の質問が生まれてくるので、最早処理しきれなくなってきた。
当初からは想像もつかない程に盛り上がってしまって、僕は立ったまま途方に暮れていた。
僕は困った顔で、山中先生に助けを求める。
「あー、なんだ。佐倉も困ってるようだから、残りの質問はあとにしろ」
先生がそう言うと、「えー」と言いながらも質問会は終わった。山中先生グッジョブ。
再び席に着いた僕は、精神的な疲労で完全にダウンしていた。 つまるところ、後半の人の自己紹介も全く聞いてなかった。ごめんね。
入学初日は、自己紹介と、今後のスケジュールの連絡だけで終了となった。
良治たちと校門に行くと、待ちわびていた母さんが僕に抱き着いてきた。
「マ、ママ! 今日は友達がいるからっ。恥ずかしいからっ」
「あら、友達ができたの!? よかったわねぇ」
母さんと桜子ちゃん達は挨拶をしている。
良治は、とっくの昔から母さんと顔見知りなので、桜子ちゃん達の挨拶する様子を、ちょっと離れた場所から眺めていた。
僕はそんな良治に近づく。
「良治」
「なんだ?」
「今日は、その、ありがとね」
なんだかんだで、自己紹介が上手くいった(?)のは良治のおかげだ。
あのまま沈黙して終了だったら、本当に僕は泣いてたかもしれない。
「ああ、気にするなよ。お礼だったらほっぺにチューくらいでいいぞ?」
「これがなきゃ、もっとイケメンなんだけどなあ…」
僕もこれが冗談だってわかってるので、軽く流す。
「それじゃあ折角だから、お友達も一緒に撮りましょうか♪」
挨拶と軽いおしゃべりが終わったのか、母さんが僕を呼ぶ。
こうして僕と、良治と、桜子ちゃん、萌香ちゃんは一緒に写真を撮ったのだ。
撮った写真を、デジタルカメラのプレビューで見ると、僕は結構いい顔をしていた。いい思い出になりそうだ。
なんだかんだで、いい入学初日だったな…。
僕はこれからの学校生活を思い描くと、少しわくわくしてきた。
入学初日の後篇です。
書きだめていないで毎日書いてるので、行き当たりばったりなのが否めない。
一学期はイベントが盛りだくさんであるので、一個ずつ楽しんで、丁寧に書ければいいなと思っています。
行き当たりばったりなので、冗長になってしまったりしそうなのが怖いところですが…。
8/31 誤字を修正しました。もうちょっとちゃんと見直すようにします・x・