美少女、クレープを食す
第十一話 美少女、クレープを食す
入学式の前日に、僕は駅前のベンチに座っていた。
母さんに頼まれて、駅前のレンタルショップにDVDを返しに来たのだ。
今の僕は前まで乗っていた自転車に乗れないので、ここまでは歩いてきた。
結果、約一時間も歩く羽目になって、疲れて休憩中だ。
高校に行くにも、この駅まで出ないといけないのに、一時間もかかるとか明日からどうすればいいんだろう……。
するとベンチで休んでいる僕の目の前をバスが通りすぎた。
そうだ、バスを使わせてもらおう! よし、懸念事項が片付いた!
さっさとビデオを返して帰ろう!
僕が立ち上がったところで、何やら甘いいい匂いがしてきた。
「クレープいかがっすかあ」
駅前の狭いスペースにクレープ屋の店舗があった。
店舗と言っても、店の中にお客さんが座る席があるわけでもなく、店員がクレープを受け渡すカウンターしかない。
今日はいい天気なので、周りの歩道の上にテーブルとイスがならべてある。
よし、クレープ食べてから、ビデオ返して帰ろう!
別にクレープが大好物ってわけじゃないんだよ? というか、むしろ食べたことすらないんだけど。
男の時ってソロじゃ絶対買いにいけないでしょ? 今の僕って、見た目だけなら女の子でしょ? 買っても引かれないのがいいよね。
「クレープいかがっすかあ」
それにしても、滅茶苦茶やる気ない店員だな。
あんなんじゃ、お客さんも来ないだろう。まあお客さんがいないから、僕が買いに行くんだけど。
「くださーい」
「はいはい、そこのメニューから適当に選らんでって……歩!?」
「はい?」
メニューを見ていた僕は、突然名前を呼ばれてびっくりしてしまった。
クレープ屋のカウンターから僕を見ている見慣れた男は……。
「良治!? なにしてんの?」
「あー。知り合いのオジサンの手伝いだよ。この時間ちょっと用事あるらしくてな」
「ふーん」
アルバイトしてるのかと思ったけど、僕らはまだ高校入学前だった。
「それより、まさか歩が来てくれるとは思わなかったぜ! これが運命ってやつ? 歩もトキめくだろ?」
「あ、店員さん、苺クレープください」
「ちょっとは話聞いてくれよ! 冗談とはいえ、完全スルーはつらいんダヨ!」
……じゃあ言わなきゃいいのに。
良治は店の奥に引っ込むと、手慣れた手つきでクレープを作り始める。
「へー、うまいんだね」
「まあ店を任される以上、作れませんってのはないだろ」
それもそうか。
良治はあっという間に苺クレープを作ると、僕に渡してきた。
「サービスで俺の愛情を十倍詰め込んどいたわ」
「その愛情は重すぎて受け取れないから、クーリングオフで」
「今日の歩さん、結構辛辣だよね……」
良治を調子に乗らせると、色々と迷惑をこうむるというのが、前のゲーセンで分かったからだ!
この男のペースに巻き込まれてはいけないのだ。
「四百円だよね」
「んー、友情価格で、ただでいいんじゃないか?」
「それはさすがに悪いよ」
「いや、その辺の椅子に座って、ゆっくりと、美味しそうに食っててくれよ」
「?」
ただでもらうのは、良治としては良くても、店を任せたオジサン的にはまずいんじゃないかなー。
……と思いつつ、それでも無料の魅力には抗えず、僕は良治に言われたとおりに椅子に座る。
うーん、いい匂いだ。
ぱくっと一口。
こ、これは! まろやかな生クリームと、あまずっぱい苺、そして濃厚なストロベリーソース!
「おいしい」
口元が自然と笑っていることに気付いた。
これがクレープなのかぁ。凄いものを発見した気分だ! 中村屋の水羊羹も美味しいが、こっちはこっちでまた美味しい。
僕は嬉しくて、椅子に座ったまま足をぱたぱたする。
もう一口。
ううむ。クレープかー。これを食べたことなかったのは、ちょっと人生損してたかもしれない。
十五年で気づけて幸いだ。
僕がちびちび食べてると、徐々にお客さんが増えてきた。
うんうん、いい匂いはお客さんを惹きつけるよね!
閑古鳥のないていた店のテーブルとイスは、いまやお客さんでいっぱいだ。
何故かみんな苺クレープを食べている。苺大人気だな!
僕はクレープの最後の一かけらも残さず、綺麗に食べた。
今日はいい経験だった。女の子になって、はや一週間以上がたっている中、初めてプラス方向の経験をしたよ。
さて、食べ終わったし、そろそろビデオ返しに行こうかなと思っていると、後ろから声をかけられた。
「すみませーん、相席いいですかー?」
「あ、はっひゃい!」
知らない人にいきなり話しかけられたので、声は上ずるわ、噛むわで、何だかよくわからない返事をしてしまった。
ぼっちが身内以外とまともに喋れると思うなよ!
僕のよくわからない返答を、許可とみなしたのか、僕と同じテーブルの椅子に二人の女の子が腰かける。
二人の女の子は、それぞれが対照的だった。
一人は、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる感じの、スタイルのいい女の子だ。身長も僕より十センチくらい高いだろうか。顔も可愛いというよりは綺麗系。黒い髪の毛は長く、後ろで一本に縛っている。ポニーテールだ。
白黒のボーダーのハイネックシャツに、黒いジャンパースカートを着ている。足元のブーツもなかなかオシャレだ。
もう一人の方は、背丈も一人目よりちょっと小さい。それでも僕よりは大きいけど。お世辞にも発育がいいとは言えないスタイルだ。スレンダーな体格と言えばいいのかな。顔は小動物みたいな愛くるしさのある顔をしている。髪の毛は多分肩にかかるくらいのとこまでだろうか。後ろで左右に縛っている。
ピンク色のサロペットを着て、上から水色のカーディガンを羽織っている。脚はグレーのタイツを履いており、肌は見えない。
二人は僕の顔をじっと見つめる。
な、なんだ。女の子に見つめられると、ドキドキしちゃうじゃないか!
自慢じゃないけど、僕は視線合わせるのが苦手なんだぞ。
「あの、何か……?」
「ほっぺにクリームついてるよ?」
ポニーテールの子が左の頬を指さして言う。
「えっ! どこどこ!?」
「とってあげますー」
もう一人の子が、ハンカチで僕の頬を拭う。
「あ、ありがとございます」
僕は照れてしまう。
「あー、この子可愛い! お持ち帰りしたいね、萌香」
「そうだねー。 こんな可愛い妹が欲しかったなあ」
二人は、それぞれが違うクレープを持っていた。ポニーテールの子はチョコクレープだろうか。
萌香と呼ばれた子の方はマンゴーかな。どっちも美味しそうだなあ。
「……ちょっと食べる?」
「へっ? あ、いや、いいよ! 僕そんなつもりじゃ」
じっとクレープを見てたのに気付かれたのが恥ずかしい。
「わー、僕っこだよ! 桜子ちゃん。レアだよレア! しかも全然変じゃない」
「こんな可愛い子が美味しそうにクレープ食べてるんだもん、そりゃ注目あつめるよねー」
なるほど、もう一人の方は桜子というのか。
まあ、もう会うことはないんだろうけど。
「それで、お嬢ちゃん、クレープ食べる?」
「えっと、いいの?」
「うっはー、遠慮してるところが、またすっごい可愛いね! 萌香、私レズになっちゃうかも!」
「待って待って桜子ちゃん! これだとレズって属性より先にロリだよ!」
「あのさ、僕春から高校生なんだけど……。だから、そんなに年かわんないんじゃないかな」
あんまり、「可愛い」だの、「中学生?」だの聞かれるので、ついうっかり言ってしまった。
お嬢ちゃんだの、ロリだのって、僕はこの春から高校生なんだけど!
「えー! ほんとに? 同い年じゃん」
「びっくりだねー。どこの高校行くの?」
まさか同い年とは。しかし高校入学時なのに結構二人とも大人っぽいんだなぁ。
これが同い年となると、確かに鏡で見た自分の姿は幼い。幼いのはわかっちゃいたけど、同い年のサンプルを間近に見ると、やっぱり意識しちゃうなあ。
「えと、美川高校だけど」
「えー! ほんとにほんと!? 私たちと同じ高校じゃん!」
「偶然ってすごいねー桜子ちゃん。でもこんな子がいたら、多分入学式の日は大騒ぎなんじゃないかな、主に男子が」
「なにが?」
「うっはー、萌香どうしよう。この子絶対天然だよ!」
「桜子ちゃん、桜子ちゃん。あんまりはしゃぐとクレープこぼれちゃうよ!」
「はっ、クレープ忘れてた。そういやこれ食べるー?」
「うん」
桜子さんが、僕の目の前にクレープを差し出してきたので、一口いただく。
おおおお、チョコクレープも美味しいなあ。やはりチョコはクリームと合うなあ。
「美味しい?」
「うん、美味しい!」
「ぐはぁ。満面の笑みだよ、萌香。どうしよう、私どうにかしちゃいそうだ」
「待って待って桜子ちゃん! その笑顔独り占めはよくないよ!」
萌香さんは、桜子さんを止めるのが口癖なのか。
「はい、私のも食べるよね?」
萌香さんもクレープを差し出してきたので、僕はそっちも一口いただく。
予想通り、こっちはマンゴーだ! マンゴーのほんのりした甘味がクリームと調和していて、とてもおいしい。
「おいしい?」
「うん、こっちも美味しい!」
「キャーッ! 桜子ちゃん、桜子ちゃん、なんかドキドキしてきたよ!」
女の子は本当に賑やかだなあ。
はっ! あのクレープを二人が食べたら、間接キス!? やばい、どうしよう! 生まれて初めて女の子と間接キスしちゃうよ!
「あ、そういえば、名前聞いてなかったわ。教えてほしいな」
そういやそうだった。桜子さんと萌香さんの名前は一方的に知ってしまったけど、僕の方はなんも言ってなかった。
「えっと、佐倉歩です」
アユムって言えないんだよなあ。同じ高校って言っちゃったから、生徒手帳に書いてあるように言っとかないと、あとで困りそう。
「へー、アユミちゃんね! 覚えた! わたし、相沢 桜子、よろしくね!」
「アユミちゃん、わたしは皆瀬 萌香だよ! 同じクラスに慣れるといいね!」
「そ、そうだね!」
すみません、ぼっちには女の子の相手は無理です! 早急に戦線を離脱したいです。
「ふー終った終った。あれ、歩、仲好さそうじゃん」
「あれ、アユミちゃん、店員の男の子と知り合いなの?」
「はっ、まさか彼氏とか?」
突然僕の後ろに現れた良治に、桜子さんと萌香さんが反応する。
「あはは、彼氏とかないない。良治は中学の時からの友達だよ」
あらぬ疑惑をかけられたので、僕は即座に否定。
余計なことは言うなよ、という目で良治を見やる。
「ま、まあ確かに友達だな」
「桜子さん達は幼馴染か何か?」
「あー、「ちゃん」付けか呼び捨てか、かわいーあだ名で呼んでっ! もしくはお姉ちゃんとか!」
お姉ちゃんはないでしょ、同い年なのに。
「えーと、桜子ちゃん?」
萌香ちゃんが、「桜子ちゃん、桜子ちゃん」と呼びまくってたせいで、「ちゃん」付けが一番しっくりくるようになっていた。
「GOOD!」
「なんで英語なの……」
桜子ちゃんが、恍惚とした表情になっている。
その様子を見た萌香ちゃんが、ずいっと身を乗り出してきた。
「ねーねー、アユミちゃん。私のことも呼んでっ」
「萌香ちゃん?」
「普通に名前を呼ばれただけなのに、トキメキがとまらないわ。アユミちゃんの声、超可愛い」
「はい、歩さん! 俺のことも呼んで!」
女の子二人の勢いに、すっかり空気になりかけている良治。自己主張するかのように、手を高々と挙げて言う。
「良治」
「ッデム! そこは「良治ちゃん♪」だろおおおおおお!」
いいオチになったなあー。
「桜子ちゃん、桜子ちゃん! そろそろ行かないと、映画始まっちゃうよ」
「あ、ほんとだね萌香。もっとアユミちゃんと話してたいんだけど、映画のチケット無駄にできないからそろそろ行くねっ」
「じゃあね、アユミちゃん! また新学期にねー」
二人とも席を立った。そして、軽く手を振ると、この場を去って行った。
賑やかだった二人がいなくなって、急に静かになる。
可愛い二人だったなぁ。友達になれないかなー。
って女の子の友達持っても、僕じゃ上手く話しできなそうだな。だって男の子とだってうまく話せないし。
「で、歩はどうして駅前にきたんだ?」
「あー、忘れてた。母さんからビデオ返してきてって言われてたんだった」
僕はすっかり忘れてた目的を思い出した。相変わらず頼りになるな、良治は。
「歩いてきたのか?」
「そう。帰りはバスかなー」
流石に今から一時間も歩きたくないしね。
バスだと二百円くらいかかるけど、仕方ないね。
「ふーん。俺もうやることないから、後ろに乗っけてってもいいぞ?」
「ホント? たすかるなあー」
「っていうか、明日からも乗っけてってやろうか? 自転車買うまで大変だろ」
なんというイケメン。
これだから良治は友達が多いんだ。僕には決して超えられない壁があるよ。
でもこれで、明日からの僕のお財布にはだいぶ優しくなりそうだ♪
……まあ、ちょっとくらいなら抱き着いてやってもいいかと思ってしまった。
あーでも、やっぱり……うーん、抱きつくのはないな。
今回は新たに2人登場人物を追加しました。
深い理由はあまりないのですが、入学式前に会わせました。先に友達の顔合わせをしておいたほうが、話がスムーズにいくかな、という気持ちです。
女性陣は推しが強力で有無を言わさぬ勢いのある主人公母しかいなかったのですが、こちらの2人は主人公と一緒に楽しんでくれる味方的ポジション…!になってくれることを期待してます。
動き始めるとどうなってしまうのか、わからないですが(笑)。
あまり登場人物を増やしても、回しきれる自信はないので、あと1人くらい増えたら、そんなには増えないと思います。多分。
ということで、次回はようやく高校編に入れます。