美少女、平穏な生活を歩む(終)
最終話 美少女、平穏な生活を歩む
文化祭の片づけもひと段落すると、学校の雰囲気は落ち着きを取り戻した。
劇の練習がなくなってしまうと、練習がなかった間は放課後に何をしていたのだろうと考えてしまう。
あの非日常は、今思えばとても楽しく、僕の生活を大きく変えるものだったと思う。こうして日常生活に戻った後も、その変化は残っている。
放課後になり僕は部室へ向かう。
そう言えば劇の練習中は料理同好会の活動もほとんどしていなかったなあ。久しぶりに活動を提案してみようかな。今年はクラスの出し物を優先しちゃったけど、来年は同好会での参加もしてみたいなあ。
なんて思っている内に部室の前に到着していた。
鍵がかかってるかな? と思ったけど、既に鍵は空いていた。
中に入ると、良治が机に向かってぐだっていた。
「もう来てたんだ。部室行くなら一緒に行こうよ」
「なんかクラスの女子と話してたから、邪魔しちゃ悪いかなって思ってな」
「気にしないでもいいのに」
文化祭は僕に色々なものを残した。
もちろん良治との関係もそうだけど。
クラスのみんなと少しだけ仲良くなれた気がしたんだ。なんだかんだ言って、一学期は料理同好会のメンバーとばっかり話していたけど、文化祭の練習を切欠にいろんな人と仲良くなった。
中学時代にぼっちだった僕には考えられないほどの進歩だ。まあ、友達のほとんどは女子なんだけどね。それは当たり前と言うかなんていうか。今更女子と付き合いにくいなんてことはないんだけど、僕は女の子になれてるんだろうかって、不安に思うことも時々ある。
「みんなはまだかな?」
「吉川は用事があるって帰ったな。相沢とかはよくわからん」
「クラスにはいなかったから、帰ったのかなあ」
となると、部室で良治と二人きりなわけだ。緊張というよりは、なんだか少し嬉しい。
僕は机の上に突っ伏している良治の隣に座る。
「……うぉ!?」
僕が座ったと同時に良治が飛び起きた。
「どうしたの?」
「いや、思ってたより近いなって」
「ダメかな?」
「むしろどんとこいだ。ぶっちゃけ膝の上にきてもいいぞ!」
「それはやだ」
と言いつつも、実はちょっといいかもなんて思ったりもしていた。
でも膝の上に乗っかったら、より一層子ども扱いされそうな気がしたので、すんでのところで振り切った結果の回答だ。
「折角二人きりなんだし……」
と言い、良治が寄ってくる。
え!? ちょ、ちょっと待って! 何しようとしてるの!
「クリスマスの予定でも立てようぜ」
と、机の上には色んな場所のイルミネーションが特集された雑誌だった。
なんだ……良治が寄ってきたのは二人で雑誌が見やすいようにするためってだけかぁ。
「クリスマスって、結構気が早いと思うんだけど」
「まあそうなんだけどな。でもこういうのって、準備してるときから結構楽しいだろ?」
「そうだね」
文化祭もそうだったし、ね。イベントごとは準備してる時から既に始まっているのだ。
「……で、どこか行きたいとことか、行ってみたいところってあるか?」
「うーん」
そう言いながら、僕は雑誌をぺらぺらとめくる。
どこのイルミネーションも綺麗だし、行ってみたいなあとも思う。でもどれがって言うのもなかなか決められない。
「僕は良治と一緒ならどこでもいいよ」
「ぐっはぁ。可愛すぎかよ!」
そういうと良治は僕の頭をぐりぐりと撫でる。
「待って! 髪の毛がくしゃくしゃになるから!」
そんな風に良治とじゃれてるところで、入口の扉がガラッと開いた。
「おつかれー!」「こんにちは」
入ってきたのは萌香ちゃんと桜子ちゃんだった。二人は僕と良治の様子を見て扉を閉めた。
「ちょ、二人ともなんで帰るの!?」
僕は慌てて入口まで行くと、扉を開けて二人を呼び戻す。
「あはは。なんかお邪魔になりそうだったから、気を利かせてみました!」
「いやいやいや! 邪魔なんてことないからね」
見られたのはちょっと恥ずかしいけど、萌香ちゃんたちを追い返してまで二人きりでいたいわけじゃない。
それに二人になりたかったら、わざわざ学校じゃなくても……ね。
あああぁぁ、違う。なんでこんな関係ない事を考えてるの!
「表情がころころ変わってて可愛いわね」
そう言って桜子ちゃんがぎゅって抱きしめてきた。
「桜子ちゃん、桜子ちゃん! 良治君が怒るよ!」
「そうだった! ごめんね多川君。アユミちゃんは取らないからね」
最近この二人は僕と良治をまとめてからかうようになった。
あの後、萌香ちゃんが「どうなったの!?」と突撃して来て、蒼井君とのことや、そのあと良治と付き合い始めたことを報告する羽目になった。
それを聞いた萌香ちゃんや桜子ちゃんが、まるで自分の事のように喜んでくれたのが嬉しかった。
まあ、喜んだ後に「ホントに、やっと付き合い始めたのね」と、桜子ちゃんから一言いただきましたが。
ちなみに、クラスや家族にはまだ内緒なんだけど、……もう気づかれてそうな気もしている。
「はぁ……。俺をからかっても仕方ないだろ? アユミをもっといじって、まったりしようぜ?」
「そうね」「そうしよう♪」
「え……。ちょっと待って! なんでそうなるの!?」
二人にがっちりと両腕を掴まれ、そのまま部室の椅子に着席させられる僕。
「あら、イルミネーション? ということはクリスマスのデートの話をしてたのね。確かに一人じゃ行けないわよねー」
ぺらぺらとページをめくる桜子ちゃん。
「クリスマスって言うと、美味しいケーキとかも食べたいよね!」
と、これは萌香ちゃん。
「萌香はスイーツばっかりね。だから寸胴なのよ? あと胸もないし」
「待って! 待って! わたし太ってないからね!? あと、全然関係ないでしょ、胸は!」
でもケーキかぁ……。確かにクリスマスと言ったら、ケーキは欲しい。
「あ、そうだ。今度部活でケーキ作ってみる?」
「それはいいわね。先生と相談してみましょ」
僕の提案に、桜子ちゃんも萌香ちゃんも頷く。
「良治はいい?」
「俺と吉川はどうせ食べるだけだから、なんでもOKだ!」
わかってはいたけど、ちょっとは手伝おうよ……。
なんだかんだ言って、片づけるときは手伝ってくれるんだけど、料理の時も一緒にやったほうが楽しいのになあ。
「アユミがエプロンつけるの手伝ってやろうか?」
「いやいやいや! 一人で結べるから!」
「じゃあ、私がつけてあげる!」
「萌香ちゃん聞いてた? 一人で結べるって!」
そんなこんなでワイワイしていると、部室の扉がまた開いた。
「ういーっす」
そう言うなり、東吾が部屋の中に入ってきた。
「あれ、吉川? 用事があったんじゃないのか?」
「ちょっとお菓子を買出しに行ってきたんだ」
そう言うと、東吾はぶら下げたスーパーの袋を見せてくれた。なるほどポテトチップスにポテトチップスにポテトチップス……ってポテトチップスしかないじゃん!?
「おお! でも行くなら言ってくれれば俺もついていったんだが」
良治の言葉に僕も頷く。みんなで行けば良かったのに。そうすればポテトチップスだけなんていうことにはならなかったはず。
「ふふん。二人の時間を作ってやろうっていう俺の粋な計らいだよ。チクショウ、涙が出てくるぜ」
あはは……。なんだか気を使ってもらったみたいで。でも本当に涙を流しているのは、ちょっと引いてしまうよ東吾……。
そしてそこで僕はぴんときた。
あれ、ひょっとして桜子ちゃんや萌香ちゃんが遅れてきたのも実は……。
ちらっと萌香ちゃんを見ると、露骨に目をそらした。桜子ちゃんはあやしい口笛を吹いている。
「も、もー! みんなしてからかって!!」
「だってラブラブなアユミちゃん可愛いから! 可愛いのが悪い、反則です!」
「そうよ! アユミちゃんが幸せオーラ出してるとみんな幸せになるから仕方ないのよ!」
「アユちゃんの幸せ俺にもくれー。ってか多川俺と交代してくれぇ」
えぇ!? なんで僕が悪いことになってるの!? 色々ついていけないよ。
「まあまあ、アユミ。こうしてからかわれている内が華ってもんだよ」
と、良治が言う。いやいやいや! なんか完全に安全地帯から物申してるけど、良治も渦中の人なんだからね!?
同好会のメンバーが全員そろった部室は今日も賑やかだ。どんなケーキを作ろうかとか、期末テストをどうしようかとか、そういう取り留めもない話をしていると、ああ日常生活が戻ってきたんだなって実感する。
女の子になってしまった原因はわからないままだけど、今思うと僕が生まれ変わるために神様がくれたチャンスだったのかもしれない。
そして僕はそのチャンスを掴めた……と思っている。
色々な友達ができて、良治と恋人同士になれた。体育祭でも文化祭でも、以前の僕とは考えられないような立場で頑張れたし、アルバイトもやっている。
女の子になったことは単なる切欠に過ぎないけど、それでもそのおかげで今僕は幸せだ。
ある日突然女の子になった僕の生活は、きっとこれからも幸せが続いていくのだろう。
できればその幸せな道のりを歩く隣には――。
僕は良治を見つめる。するとそれに気づいたのか、彼はにやりと笑う。
隣には、良治がいてくれたらいいな。
本作は今回で完結です。
四年間(ほぼ五年に近いですが)も更新していなかったのにブクマを残してくださっていた方、復帰後に感想欄やメッセージでコメントしてくださった方、そして今までのお話を読んでくださった方、本当にありがとうございました!
作品を通しての後書きは活動報告にでも書くようにします。
最後に、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。