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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
二学期の始まり、変化の始まり
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美少女、文化祭を終える

第一○一話 美少女、文化祭を終える




 目覚ましの音で目が覚める。

 僕はゆっくりと手を伸ばし、目覚まし時計を止める。

 部屋の中はひんやりとしていて、布団から出たくない誘惑に苛まれた。

 昨日の夜はなかなか眠れなかったからなあ……。良治と恋人関係になれたことを実感したら、興奮しちゃってなかなか寝付けなかったのだ。今ですら昨日の出来事を思い出すと顔が真っ赤になってしまうほどだ。

 僕はぺしぺしと自分のを頬をはたいて気合を入れなおす。

 こんなゆるみきった状態じゃ、また劇でセリフ忘れちゃいそうだし。それにまだ家族にも友達にも秘密なんだから、何も知らない人が見たら意味もなく浮かれてるようなアブナイ人だ。

 秘密になんてしなくてもいいんだけど、なんていうか……報告するのも恥ずかしくて言い出せないんだよね。

 とりあえずは、聞かれるまで言わなくてもいいかなって思っている。

 


 準備を終えた僕は家の外に出る。

 良治は既に自転車とめて待っていた。


「お、おはよ。良治」


 顔を見るとかーっと血が昇ってきて緊張してしまう。

 付き合い始めたっていうことを意識しすぎちゃって、まともに顔が見られないよ。


「おう。おはようアユミ」


 僕がポンコツになっている一方で、良治はいつも通り素知らぬ顔で挨拶をしてきた。

 ひょっとして恥ずかしがってるのは僕だけ!? なんで良治はあんなに平気そうなの? と内心疑問に思っていると、突然ガチャンと音をさせて、良治が停めていた自転車を道路に倒していた。

 あ……実は動揺してる?

 何だかちょっと勝ったような気分になった僕は少しにやけてしまう。


「いや、だって無理だろ! まともに顔見られんわ! 意識しだすと止まんねー」


 良治は慌てて自転車を起こしていた。今度はスクールバッグを地面に落としたりと、いつも何でもないようにしている良治が、明らかに壊れかかっていた。

 良治は制服についた砂埃を払うと、コホンと一つ咳払いをする。


「それじゃあ、行こうか。お姫様?」


「いや、僕って町娘の役だから」


「めっちゃクサイセリフ言ったら真顔で返されちまった……」


 なんか知らないけど落ち込む良治をスルーして、僕は自転車の荷台に腰掛ける。


「そんじゃ行くか」


「うん」


 良治の制服を掴む。

 ん、そうだ。折角だし……。

 僕は良治の体に手を回し、ぎゅっと掴んでみた。


「あの……アユミさん?」


「なに?」


「滅茶苦茶テンションあがってきたー!」


 そう叫ぶと良治は一気に加速をする。朝のひんやりとした空気を切って進む僕ら。何でもない事だけど、二人でいられることがとても嬉しい。






***********



 学校に着いてからも終始機嫌のいい僕。

 萌香ちゃんや桜子ちゃんは、ニコニコしながら僕を見ていた。あれはなんていうか、もう察してそう。ちょっと恥ずかいけど、後で二人には報告しよう。

 

 そんな機嫌のよかった僕も、ミスコンの時間が近づいてくると段々と緊張してきた。

 劇は二回目だから何とかなりそうな気がしたけど、その前に立ちふさがるミスコン。これが非常に厄介だ。

 良治との関係がはっきりと変わったことで、心の中でもやもやしていたのはなくなったものの、僕が緊張しやすくって内向的だってことまでは変わらない。

 うぅ……なんでこんなのに応募してしまったんだ。あの時の僕を羽交い絞めにして止めたい。なんて言っている間に、ミスコンまであと三十分を切ってしまった。そろそろ会場に向かわないと。


「アユミちゃん! がんばってね!」


 萌香ちゃんがニコやかに応援してくれる。

 クラスメイトもそのあとに続いて、「がんばれ!」とか「絶対勝てる!」と応援の言葉を言ってくれた。


「う、うん」


 クラス全体からの熱いまなざしを受けると、とてもガンバレマセンなどと言っていられる雰囲気ではなかった。

 もう腹をくくるしかない。


「大丈夫! アユミちゃんだったら絶対トップよ。それに負けちゃっても何かあるわけでもないんだから、気にしなくていいわ」


 桜子ちゃんの言葉に僕は頷く。

 必ず勝たなきゃいけないわけでもないんだし、気楽に行こう。それにステージ上ではミスコン自体は軽くインタビューとコメント言うくらいなんだし、きっと大丈夫だ。




***********


 体育館の中は異様な熱気が渦巻いていた。

 ミスコン参加者はそろっているようで、生徒会長の三井先輩も既にいた。

 学年が違うせいでなかなか会う機会はない人だけど、その破天荒というかはっきりした性格の偉業は下級生の間でも結構話題になったりしている。


「あら、アユミさん。お久しぶりね」


 まさか名前を覚えてもらっているとは思わなかったので、僕はびっくりしてしまった。


「私は可愛い子の名前は決して忘れないわ。そう、決して忘れないのよ」


「あ……はい。三井先輩、お久しぶりです」


 三井先輩は相変わらずの性格だったけど、僕はとりあえず挨拶をしておく。

 ちなみに、美川高校では文化祭が終わったタイミングで生徒会長は引き継がれる。だからまだ三井先輩は生徒会長なのだ。

 ミスコン参加者は例年より少なく、一年生に至っては僕しかいない。事前に分かっていたことではあるけど、なんでこうなってしまったのか。こんなんなら僕も出なくていいんじゃって思ってしまう。


「一年生が貴女しかいない事に戸惑っているのかしら?」


「ふぇ!?」


 なんで心に思ってることがわかるんだろう。僕の周りの人エスパーみたいな人多くない!? そんなに僕って顔に出るのかなあ。


「ふふふ。顔に出ててわかりやすいわ。

 でもね、一年生が出ないのは当然のことよ? だって、貴女が出るんですもの」


「え、ええー?」


「アユミさんが出るのに、勝てっこない。勝てっこないのに出てくるのはバカタレちゃんだけですわ」


 いや、バカタレちゃんって相変わらず地味に口悪いですね。っていうか、その理論だと三井先輩もバカタレちゃんになってしまうような気がするんだけど……。

 二年生や三年生の先輩方がじろりと僕らを見ている。そりゃそうだよ。いきなりバカタレちゃんとか言うんだもの。その視線に少し怖くなって僕は首をぶんぶんと横に振る。

 僕は何も思ってません! 勝てるなんて不届きなこと思ってません!

 今ここに集まってる先輩はみんな綺麗で、僕よりもスタイルもいいし、勝てる要素なんて一つもないのだ。


「そりゃ可愛い系の子が出たところで、アユミさんの前に立つだけで爆死するんですから。無理ですわ」


 ナチュラルに心読んでくるよね。

 いいところの御嬢さんっていう話だけど、読心術でも修めているのかな……。


「ねえ、アユミさん」


 三井先輩が急に真面目な顔をして僕の顎を少し持ち上げた。


「今日の貴女、とてもいい顔をしているわ。私でも羨ましくなるくらいに、ね」

 

 顎をクイってやるなんて、少女漫画でくらいしか見たことなかったのに。

 まさか同性の先輩にやられるなんて思ってもみなかったよ。僕は硬直してしまって、何の反応も返せない。

 三井先輩はそのまま僕に顔を近づけて――。

 

「ああ……。なんて言うことでしょう。これは悪い虫がついてしまった匂いね」


 と、心底がっかりした様子で声に出した。

 そんなに良治の匂いするの!? 朝の自転車くらいで?


「こんなことなら、私が先に手を出してしまえば良かったわ」


 はぁとため息をつく三井先輩。なんていうか本当に残念な人だ。黙っていれば滅茶苦茶に美人なうえに成績優秀な大和撫子なのに。

 

「ふふふ、なんてね。今日はどちらが勝つかわからないわね。楽しみよ」


 それだけ言うと三井先輩は僕の傍から離れていった。




「それではエントリーナンバー八番、佐倉歩さんに登場してもらいまーす」


 アナウンスに従って、ステージの上に上がる僕。

 会場は大きな拍手に包まれた。

 やばい。劇とはまた違った緊張が……。そもそも何をしゃべるのかわかってないのだから、劇以上に厄介だったのでは!? よくよく考えてみたら前のナンバーの人とか、明らかにしゃべること考えてた風だったし! ノープランって僕だけなんじゃ!?


「佐倉さん、すごい歓声ですねー。どうですか? ステージ上に立ってみて」


「は、はひ! すごく緊張してマス」


 声が震えそうになるのを、何とか踏ん張った。変なイントネーションになってしまったのが恥ずかしい。

 観客席からは「がんばれー」とか声が聞こえてくる。可哀想な子みたいな感じになってて、本当に恥ずかしいです。恥ずかしすぎて死んでしまいそうです。ああ、ここで死んだら劇は誰がやるんだろうなあ……。


「とても緊張してるのが初々しくていいですね! では何個か聞いていきますね」


 インタビュアーの人は二年生の女子だ。文化祭実行委員の腕章をつけている。


「ではまず一つ目。佐倉さんが得意なことはなんですか?」


 と、自己紹介じみたインタビューから始まる。

 幸いなことに難しい事を聞かれたりはしないので、緊張していた僕も少しずつ空気に慣れてきた。

 好きな食べ物や、毎日の日課だったり、最近はまってること、欲しいものと、ちょっとしたプライベートな内容を答えていく。エントリーした際に答えたようなものもあったりするので、そんなに苦もなく答えられた。

 インタビュアーの人がカンペをめくるのをちらっと見ると、恐らくあと数回の答えだけでインタビューがおわるみたいだ。

 ここまで無事答えられてよかったよ。あとは何事もなく終わればいいな。


「佐倉さんは、文化祭では劇の主役もされてるようですね。主役には立候補ですか?」


「えっと……。立候補じゃなかったです」


「では推薦ですか。主役をやろうと思った切欠とかあれば教えてください」


「そうですね……」


 僕は少し考える。

 初めは嫌だった。僕は人前に出たりするのが得意じゃなかったから。周りに流されてばかりで、自分から何かをするってことがなかった。

 でも、みんなが役をくれて応援してくれたから頑張ろうって思った。

 自分も変われるか持って思った。だから劇の主役を頑張ろうって思ったんだ。

 そうインタビュアーの問いに答えた。


「なるほど。では最後の質問です。昨日一回劇をやってみてどうでしたか? 変われましたか?」


 そうだ。色々あったけど、僕は劇を楽しんでいた。練習もそうだし、本番もだ。

 だからインタビュアーの最後の問いに対しては満面の笑みで答えられる。

 

「……はいっ! ちょっと失敗しちゃいましたけど、まるで自分じゃないみたいに楽しく演じられたと思います!」


 するとインタビュアーの先輩は少しだけ目を見開いて硬直してしまった。

 どうしたんだろうと思って顔を見つめていると、はっとした様子でカンペに目を落とした。


「あ、ありがとうございました! では佐倉さん戻ってください!」


 最後の言葉が終わると、観客席から大きな拍手が沸き起こった。




「良かったぞ、アユミ」


 参加者全員のインタビューが終わったので、舞台裏から体育館の観客席に向かう僕に、良治から声がかかった。


「えへへ、そうかな」


 一仕事終わった安心感から、僕の口元は思わず緩んでしまう。

 ミスコンの結果は十四時に発表だ。それまでの間は、お昼を食べたり劇の宣伝をしたりと大忙しだ。


「アユミちゃん、アユミちゃん! お昼行こうよ!」


 良治と同じように待ち構えていた萌香ちゃんや桜子ちゃん、そしてもちろん良治も一緒にお昼に向かった。





***********



 泣いても笑っても結果が出てしまう十四時。

 僕は他の参加者と一緒に再びステージの上にいた。自分が選ばれることはないんだろうなってわかっていながらも、緊張してしまう。


「それでは、結果を発表します……」


 順々に呼ばれていく先輩方。

 あれ、まだ僕が呼ばれないぞ!? と思っている間に、残すところ三人になってしまった。

 そしてまた呼ばれる僕以外の人。

 残るは三井先輩と僕だけ。


「二位は、三井響子さんです!」


 わっと観客席から上がる声。先輩が二位ってことは……。


「一位は、佐倉歩さんでした!」


 えええええ!? 僕は驚きすぎて固まってしまった。

 いやもう、心臓が飛び出るかと思った。実は飛び出てないっていうのが錯覚で、心臓どこっていう状態なのかもしれない。


「いやあ、驚きの結果ですね」


 ホントだよ! 文化祭実行委員だけじゃなくて僕もびっくりだよ!?


「それでは、一位となった佐倉さんには前に出てきてもらいましょーう!」


 会場が大きな拍手に包まれる。

 僕は嬉しさを感じるよりも、圧倒的な恥ずかしさを感じていた。いまだに信じられないくらいだ。


「佐倉さん、優勝おめでとうございます!」


「あ、ありがとうございましゅ!?」


 想いっきり舌を噛んでしまった。


「優勝した気分はどうでしょうか!」


「その……信じられないっていうのが正直なとこです……」


 今も信じてないくらいだけどね! 何かのドッキリじゃないかと未だに思ってるよ。


「なんと佐倉さんだけで五割以上の得票数だったと聞いてます。凄まじいですね! それでは最後に佐倉さんからコメントをお願いします!」


 こうなるなんて全く思ってなかったから、コメントなんて当然考えてない。

 アドリブなんて僕には一番できない事を要求するなんて……。でもなんか言わなきゃ。考えろ考えろ考えろ――!


「えと……。票を入れてくれた方、ありがとうございました……。その、本当に僕でよかったのかなって思うんですけど……嬉しいです。本当にありがとうございました!」


 言葉を出すことでようやく実感がわいてきたのか、僕は自然と笑顔になっていた。

 会場から再び大きな拍手が巻き起こる。

 文化祭、いい思い出がいっぱいだ。


「あ、そうだ。この後僕のクラスの劇なので、ぜひ見に来てくださいね!」


 みんなが言ってた宣伝も忘れずにしておいた。

 何故か拍手はより一層大きくなった。





***********



 ミスコンの後の劇は、文化祭一日目よりも多くのお客さんが入った。

 僕も今度はセリフを忘れることもなかったし、転んでしまうこともなかった。

 一年A組は、出し物の部で一位を獲得。

 クラスのみんなは大喜びだった。僕のミスコンの結果がいい方向に影響したのかはわからないけど、それでもみんなで力を合わせた結果が認められて、とても嬉しかった。


 こうして波乱万丈だった一年目の文化祭は幕を閉じた。

 きっと明日からはいつもの生活が待っている。それはきっととても楽しい日々になるはず……。

次回で本編は最後になる見込みです。

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