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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
二学期の始まり、変化の始まり
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美少女、翻弄される

第九十九話 美少女、翻弄される




 文化祭一日目が終わる。

 陽はすっかり短くなり、あたりは薄暗い。

 文化祭の喧騒も薄れ、校舎に残る生徒たちの数もまばらだった。

 そんな人気の少ない校舎を僕は突き進む。緊張から、お腹の上あたりがきゅうきゅうと痛む。


「まだ、決まったわけじゃないじゃない。……けど」


 蒼井君からの言われた場所へ向かう僕は呟く。

 何事もなく一日の苦労をねぎらってくれて、それで終わる可能性だってある。

 いや、それはないかな……。


「蒼井君……」


 彼のことは嫌いじゃない。むしろ異性として見ればとても好きな方だ。

 優しくしてくれるし、紳士だし、良治と違ってエッチじゃないし。本当に僕にはもったいないくらいだった。

 でも、それでも僕はやっぱり良治が好きだ。

 

 今日これから会っても、今までのように蒼井君と友達でいられるなら……関係が変わらないなら良いのに。そう願ってしまう。

 でもきっとそうはならない。

 僕と蒼井君は女と男で。蒼井君が僕に好意を持ってくれているのもわかっていて。そして、今日恐らく……。


 メッセージで告げられた場所――学校の昇降口に彼はいた。


「あ……」


 普通に声をかければいいのに、上手くしゃべれなかった。


「佐倉さん。ごめんね、呼び出しちゃって」


 そう言って微笑む彼は、いつものように優しい表情を見せた。


「ちょっとだけ、移動してもいい?」


 昇降口を通る生徒たちに見られるのが嫌だったのか、蒼井君はそう提案した。

 僕もあんまり人に見られたくないので、賛成する。

 靴をはきかえ、少しばかり校舎の裏手へ進む。


「このあたりならいいかな」


「……うん」


 蒼井君が立ち止まると、僕も合わせて止まる。二人の間に沈黙が訪れる。


「佐倉さん」


「は、はい」


 思わず声が裏返ってしまった。彼はそんな僕の様子を見てくすりと笑う。


「今日の劇、すごく良かったよ」


「あ……ありがとう」


 こうやって、面と向かって褒められると少し照れくさかった。

 と同時に、良治と事故でキスしてしまったことを思い出して、体温が上がっていく。

 ……ダメだ。こんな時に変なこと考えちゃ。


「衣装もすごく良かったし、佐倉さんが本当に楽しそうにやっているのがわかって……。俺も楽しかったよ」


「あはは。楽しくできるようになるまで本当に苦労したんだ。僕、ああいう前に立って何かするのって苦手だったから……」


「そうだね。だから佐倉さんが舞台の上で輝いてるのを見て、凄いなって思ったよ」


 劇の話が続く。蒼井君がとても楽しんでくれたみたいで、嬉しかった。

 矢崎さんや、芳乃さん、藍香ちゃん、うちの家族も楽しんでくれたかな。


「……あのさ、佐倉さん」


 蒼井君の声が変化する。

 その声色に僕はドキリとする。飛び上がったりしなかった自分を褒めたいくらいだ。

 僕は彼の言葉の続きを待つ。


「俺は……舞台の上で笑顔で演じている佐倉さんを見て思ったんだ。俺は佐倉さんが好きだって。佐倉さんの一番になりたい」


「蒼井君……」


 僕は彼の眼を見る。その眼差しはとても力強く、真剣だった。

 ああ、こんなに僕のことを想ってくれているのに、僕は……。


「ごめんなさい……」


「そっか……」


 僕の言葉に彼は寂しそうに微笑んだ。

 二人の間は余りにも静かで、激しく鼓動する心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思えるほどだった。


「本当はね、こうなるってわかってたんだ」


 やがて彼はぽつりぽつりと話し始めた。


「佐倉さんは、多川君……だったかな。彼が好き?」


 僕は目を見開いた。


「ははは、その反応だけで十分わかったよ。彼と会ったのは今日が初めてだったけど、さ。俺と一緒にいるときとは違うなって思って……。

 それで気づいちゃったんだ」


「そう……なんだ」


 蒼井君はあの時何を思っていたのかな。

 僕は……彼を傷つけてしまっていたのだろうか。


「俺はさ、結構ずるいんだ」


「え……?」


「佐倉さん、まだ彼とは付き合ってないんでしょ?」


「ふぇ!? あ、うん」


「だからさ、それなら先に告白してしまえって思っちゃったんだ。

 このまま気持ちを伝えられないで終わるのも嫌だって思った。本当は、何もしないでいて、変わらない関係が続けられればそれでいいかなって思いもしたんだけど、やっぱり我慢できなくて……」


「うん……ごめんなさい……」


「謝らないで。それに、そんな泣きそうな顔しないで……。佐倉さんは笑顔が可愛いんだから」


「ごめん……」


 彼の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 その気持ちを受け入れない自分が酷く醜く思えた。相手が真剣ならそれだけ、その想いを受け入れられないことが辛い。


「ははは……。振られちゃったけど、それでもどこか満足したような気がする」


 彼はそういうと、空を仰いだ。少しだけ声が震えていた。


「佐倉さん。俺がこんなこと言うのも変だけど、佐倉さんも頑張ってね」


「蒼井君――」


 彼になんて言えばいいのだろう。どんなことを言えばいいのだろう。

 こんな時、自分の口下手さが恨めしい。


「ごめん。今日は帰るよ。佐倉さんが困ったら連絡くれたら、いつでも力になるから……!

 それじゃあ、またね」


 彼は制服の袖でぐいっと顔をこすると、僕に向かっていつもの優しい笑顔を見せた。

 そしてそのまま昇降口の方へと駆けていった。

 

 僕はその場で一人になる。

 ああ、こんなにも辛い事なんだ……。

 女の子になったばっかりの頃、告白されたのを断ったりしたときは、こんな気持ちにはならなかったのに。

 

 

 変わろうとしても、それが受け入れられるかはわからない。

 僕が良治に告白しても、それが受け入れられるかはわからない。

 僕と蒼井君の関係は……壊れてしまった。彼は優しいから、僕が望めば友人として遊んでくれるかもしれない。でもそんな器用な付き合いは、きっと僕にはできないだろう。僕がもっと大人だったら、友人として関係を続けられたのだろうか。


「あれ……」


 頬を涙が伝う。

 あはは……。自分で振っておきながら、こんな風に泣くなんて情けないな。

 そうは思っても涙は止まらなかった。




 しばらくの間、校舎の陰で一人泣いていたけど、涙が枯れてくると心が少し楽になった。

 蒼井君には最後まで応援されてしまった。

 僕も、彼と同じように勇気を出さなきゃいけない。断られてしまうかもしれないし、良治と顔を合わせるのが辛くなってしまうかもしれない。でも、僕は、良治の恋人になりたい!

 

 

 

 昇降口に戻るころには、既に辺りは真っ暗になっていた。

 電灯の明かりが寂しげに見える。

 僕は慌てて教室に戻り、更衣室で手早く着替えると荷物を持って昇降口へとUターンする。

 メッセンジャーアプリを見ると、教室にも更衣室にも誰もいない。萌香ちゃんや桜子ちゃんも流石に帰ったようだ。僕も急いで帰らないと……! 明日もまだ文化祭は続くし、劇もある。

 そう思い、昇降口までダッシュをする。

 靴に履き替え外へ飛び出すと、校門まで急ぐ。

 真っ暗な中を一人で帰るのは少し怖いかもしれない。そういや、いつも良治と一緒だったしね。


「アユミ」


「って良治!? なんでこんなとこに?」


「なんでって、待ってたんだよ。メッセージ入れておいたのに返事なかったしな」


「あ……ほんとだ」


 会話のログが少し流れてしまっていたから見落としていたようだ。


「アユミ、お前……どうしたんだ? 泣いてたのか……?」


「えっ!? い、いや、そんなことナイヨ?」


「目が腫れてるし……。何かされたのか!?」


「いやいやいや! 大丈夫だから! 良治には関係ないから!」


 あんまり追求しないでほしい僕は、ちょっと大きな声を出してしまった。


「お、おう……。俺には関係ない……か」


「良治?」


「いや、なんでもない。そんなことよりさっさと帰ろうぜ」


「うん」


 二人で駅までの道を歩く。

 なんだかちょっとだけ気まずくて、良治とは今日の劇の話ができない。その話題を出したら、今日のキスのことに話が行きそうで……。

 本当は、セリフを忘れてた時に助けてくれたお礼が言いたい。言いたいんだけど、踏ん切りがつかない。

 でも、こんなことじゃダメなんだ。僕も勇気を出さなきゃ。


「ね、ねえ良治!」


「どした?」


「その……今日はありがとう。セリフ忘れちゃったときに助けてくれて」


「ああー。あの時は焦ったなあ。どうしたんだって思っちゃったよ!」


「あそこで良治が助けてくれなかったら、台無しになっちゃってた」


「はっはっは。大いに感謝してくれ。そして俺にまた飯でも作ってくれ」


 良治は大げさにふんぞり返る。その様子がおかしくて僕も思わず笑ってしまう。


「あはは。いいよ、ご飯くらい」


「マジか! 言ってみるもんだな!」


 良治はガッツポーズをする。そんなに喜んでもらえるなら、いつでもつくってあげるんだけどね。


「あと……そのゴメン」


「ん? 何がだ?」


 良治は首をかしげる。


「あ、あの……。その、キ、キ、キスしちゃって」


 だめだ、良治の顔が見られない。恥ずかしすぎる!


「ああ……。それは、大丈夫だ! 全然気にしてないからなっ!」


「そ、そう?」


「ああ! ぜんっぜん気にしてないから」


 そっかあ……。気にしてないなら良かったかな?

 でも、全然気にしてないって言われると、ちょっと切ない。やっぱり良治にとっては、僕なんてそんなものなのかな……。


「僕は気にしてるのに……」


「アユミ……」


 僕はぼそりと呟いた。

 小説の難聴系主人公みたいにはいかず、良治にもしっかりと聞こえていたようだ。

 蒼井君とのこともあって、僕の中で何かが弾けそうになる。


「僕は、気にしてるの! だって、ファーストキスだったんだよ!? それなのに良治はそんな何でもなさそうで!」


「悪い」


 違う。こんなことを言いたいわけでも、良治を責めたいわけでもないのに。そもそもセリフが出てこなかったのも僕が悪いし、転びそうになったのも僕のせいだ。そこに良治が悪いことなんてないのに。

 でも一度決壊した何かは留まること知らない勢いで溢れだす。


「僕は良治のことで悩んでるのに……! 良治はいつも飄々としてて。ずるいよ……良治は……。いつも何でもなさそうにして!」


「なっ!?」


 良治は一瞬言葉に詰まっが、すぐに言葉を続ける。


「悪かった。俺が無神経なせいで、アユミを傷つけちゃってたんだな。こんなに嫌われるまでわかんないなんて……」


「あ……違っ! 良治の事嫌いなわけないじゃない! 大好きだよ!」


「え……?」


「あっ……!」


 言っちゃった。……どうしよう。

 

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