美少女、制服を装備する
第十話 美少女、制服を装備する
春休みも残すところ数日となった。
僕はというと、母さんの手伝いで炊事洗濯家事全般をこなす毎日を過ごしていた。
僕が手伝うことで暇になった母さんは、一体何をしているのかというと、お菓子を作ったり、編み物の練習をしたりしていた。
あれ……なんか普通逆じゃない?
僕が主婦で、母さんが乙女になってるんだけど。
まあ、お菓子は美味しくいただいているので、特に文句はないんだけど、何かストンと腹に落ちてこない漠然とした不満がある。
そんな乙女な母さんも、料理のしごきは本当に凄まじかった。僕を料理人にでもする気なのだろうか。
でも、そのおかげで、そこそこ料理の腕も上がった! これは素直に嬉しい。僕は今まで趣味も持ってなかったので、やることができたってだけでも人生を有意義に生きている気がする。
女の子になってしまって、母さんに強要されたことがきっかけとしても、何か上達していくというのはいいことだ。
そんな近況の僕は、今日も今日とて洗濯物を外に干していた。今日は、天気予報でも現在進行形でもいい天気なので、二階のベランダに干している。
すると、インターホンがなる音が聞こえた。
「はーい」と部屋の中から返事をする母さん。インターホンなんだから、別に部屋で大きな声出さなくても、聞こえると思うんだ。何度かそう言ったんだけど、でもなぜか一向に直らない。
暫くすると、「アユミちゃーん、降りてきてー」と母さんの声が聞こえた。
やれやれ。僕はちゃっちゃと残りの洗濯物を干すと、母さんの声の元に降りていく。
「何? ママ」
もう母さんをママと呼ぶのも慣れてしまった。呼び方を間違えると「おしりペンペン」らしいが、幸い一度も受けていない。
今でも、高校生にもなるのに「ママ」かよ、とは思っているが、慣れてしまうと恥ずかしさもあまりない。
ちなみに父さんは「父さん」のままだ。なぜなら「パパ」と呼ぶと、何でも言うことを聞いてくれてしまうので、危険なのだ。
「アユミちゃん、これなーんだ?」
そういって、母さんは段ボールの中からブレザーとスカートを出す。
「制服?」
「ピンポーン! じゃあ誰のかな?」
「えっ、まさかママが着るの?」
「ママが若いって言ってるのかしら。でも残念、これは貴女のよ」
「は?」
一瞬何のことかわからなかった。
が、わかってしまえば何のことはない。僕が女の子だからか!
って違う! いや、女だけど! 違わないけど! でも違う!
「こんなん、いつ買ったの!? 制服って僕が男の時に採寸したよね!」
「うん、そうなんだけど。なんか女の子の制服注文したことになってたのよね♪」
「そこ、ちょっとは疑問を持とうよ!」
「まあいいじゃない、手間が省けたから」
実は僕が男の時でも、女の制服注文してたんじゃないだろうね。
なんか母さんならやりかねないから怖いよ。
「さて、アユミちゃん。制服がきました。貴女のすべきことは?」
「うーん。ハンガーにかけてクローゼットにしまう?」
「それはそれで正論なんだけど。ママ、着てみてほしいなあ」
なら初めからそう言ってくれ。
服を出しっぱなしにしてたら、散々小言言うくせに。
まあ、初めから言ってくれたとしても、着るかどうかは別問題だ。
「入学式で着るんだから、別に今着なくてもいいでしょ」
わざわざ着てみて、母さんとかの肉親に披露するっていうのが恥ずかしい。
あと、女物の制服っていうファクターが加わることによって、親に見せること以上に自分が恥ずかしい。
そしてさらに言うと、着替えるのが面倒くさい。
この三点が揃っている以上、僕はてこでも動かないぞ!
「だって、アユミちゃんが実際に試着して買ったわけじゃないでしょ? サイズとかあってなかったらどうするの?」
「いや、サイズを気にする前に、頼んでもないのに女子用の制服が仕立てられたことに疑問を持ってよ……」
「まあ、そこはそれよ」
どこのどれなんですか。
「そうねぇ、着てくれたら、中村屋の水羊羹買ってきてあげるわ。しかも十個セットの」
「ほんと!?」
中村屋というのは、近所にある和菓子屋さんだ。
ここの水羊羹は本当に美味しい。小さいころに一回食べたら大好物になってしまった。
でも和菓子屋さんの手作りの水羊羹なので、サイズは小さいのに一個三百円もする。
一方でコンビニの水羊羹なら、そこそこの美味しさで、中村屋の水羊羹よりサイズも大きく百二十円だ。
自分で買うならコストを見て、コンビニで買うしかない。
中村屋の水羊羹は、三百円程度のお値段なのに、誰かに買ってもらうしかないという特別なものなのだ。
しかも十個セットとなれば三千円分…。
ただ服を着るだけで、十個もらえる。
ちょろいって言わないで! 誰にでも好きなものはあるよね。
「その言葉、嘘はないよね!」
「ママが嘘をついたことあるかしら?」
これがまた、あるから困るところなんですが。
前に、スカート履いたらパソコン買ってくれるとか言っておいて、一向に買うそぶりもないんですが。
しかし、目の前でニコニコしてる母さんを見ると、なんか断れない。
僕は制服を受け取ると、二階の自分の部屋に上がった。
はー。なんかこうして女子の制服持ってると、やらかした気分になるな。
別に誰のでもなく、僕のってなってるけど、凄い他人の物って感じがする。
やだなあ。なんか盗ってきたような心境。
うわー、ブラウスまであるよー。靴もある。
女になった後買った靴とサイズが合ってるのが不思議だ。一体いつ買ったことになってるんだ。
部屋のベッドの上に制服を広げて、僕はそんなことを思っていた。
春から通う、「県立美川高校」は女子のパンツルックは認めていないので、このままいけば僕は女子制服を着る羽目になる。
男子制服が注文されてたら、女子制服を注文しないといけなかったので、確かに手間は省けた。謎は多いけど。
ここまで来たら女子制服を着るかというのは、僕の心の問題になる。
もう入学式まで数日しかないんだし、覚悟を決めなければならない。
毎日女物のスカートやら、ショートパンツやらを履いて生活しておいて、今更感もある。
よし、何も考えずに着るか。男はあきらめも肝心だ!
女子用の制服って言っても、別段普通に着るだけだった。
紺色のブレザーに、赤紫色のリボン、スカートはリボンと同じ赤紫色と濃紺のチェック柄のプリーツスカートだ。
特に可愛らしいわけでも、デザイン的に目立つわけでもない制服だと思う。まあ県立高校だし、こんなもんだろう。
スカートはぎりぎりひざ下くらいまでの丈がある。
これならいつも履いてるスカートのが短いし、むしろ安心できるなっ。
いつも履いてるってあたりで、なんか悲しくなってきた。
さて、それじゃ母さんに見せて、水羊羹買ってもらおう!
「うんうん、サイズはあってるみたいね。 とっても可愛いわよ」
母さんは僕をまじまじ見ながら言う。
「それじゃあ、水羊羹買ってきてね。僕もう着替えるから」
と言って居間から自分の部屋へ戻ろうとする僕。しかし戻ることは叶わなかった。
「ちょっとまったぁ! そのままでもとっても可愛いんだけど、一つNGポイントがあります!」
僕の肩をむんずと掴んで、母さんが言う。
NGって言われても何のことやらさっぱり。なんか間違ったのかな。
「それは、ズバリ、スカートの丈よ」
「普通に履いたらこうなったんだけど」
「そう、履くだけじゃそうなるの! でももっと短くしないとダメね! でないと男の子をメロメロにできないわ!」
「全くもってメロメロにする必要はないんだけど?」
「折角、こんな凄い綺麗で食べちゃいたくなるくらいいい太ももがあるんだから、ここは見せないと全人類が泣くわ!」
「ちょっ、ママ! 太ももを撫でまわさないで! くすぐったいって」
僕の太ももで全人類の涙腺がやばい。
って、そんなわけあるかー!
「ああ、いけないわ、このすべすべな感触。ママ、ちょっとつまみ食いしてもいいかしら?」
「つまみ食いってなに!?」
「なでる、なめる、しゃぶる?」
へ、変態だー!
お巡りさん、この人です。
「ま、それはさておき、兎に角女子高校生的オシャレなスカート丈にしないとダメね!」
「短くったって、これ以上どうすりゃいいのさ。切るの?」
「スカートは、上の部分を折りなさい。そうねー、まあ二、三回折れば十分かしらね。適当にやったらプリーツが綺麗にならないから、自分でやるときは気を付けてね。」
そう言って母さんは僕のスカートの上の方を、丁寧に内側に折り曲げていく。
「冬服の場合は、折り曲げたら上からこのベルトをしなさい。どうせ上着着るから見えないから」
母さんは、僕のスカートの上からゴムベルトを締める。
三回折ってベルトで固定した結果、ひざ下まであったスカートはひざ上十センチ弱という感じになった。
女子高生って大変なんだな。
「夏服のスカートは切るか、折って縫うかって感じだけど、それは追々やりましょ♪」
はあ。夏服着るまでには男に戻っていたいけどね。
どうやって女になったのかわからないから、戻る方法も当然わからないんだよね。
「うん。いいわねー! これこそ女子高生! アユミちゃん最高よ! あぁ、もうめちゃめちゃにしたい。」
テンション上がったのか、母さんが僕に抱き着いてくる。
はぁはぁと荒い息遣いで、僕の頭を撫でまわす。
この姿になって、人に頭を撫でられることが多くなった。大体なすがままにしてる。
だって、撫でられると気持ちいいし。
「この可愛さは、やばいわね。今度防犯ブザー買いに行きましょ! 変質者が見たら絶対襲うわ!」
その防犯ブザーは家族にも適用できるのかな。
変質者は主に佐倉家内部に存在している気がする。
母さんは、頭を撫で終えて満足したのか、今度は僕の顔をじっと見つめる。
今度はなんだ……。
「はっ! 高校生なんだから、お化粧も必要かしら!」
「化粧!? そんなの絶対しないから!」
「うーん、まあアユミちゃんなら、まだお化粧はいらなそうかしらねー。BBクリームやグロス、チークくらいはしてもいい気はするけど。素のままで超可愛いから大丈夫よ!」
僕の知らない単語が出てきた。なんとかクリームとか、グロスとかなんだそれは。グロスって言ったら、ポ○モンしか思いつかないんだけど。
化粧なんて覚えた日には、また一歩変な階段を上がってしまいそうだよ! もう上がらなくていいよ、そんな階段は!
僕の顔が童顔――良治や、要が言うには中学入学くらいって言っても通るらしい――だったおかげで、化粧は免れたようだ。
子供っぽい顔というのは複雑な心境だけど、化粧をしなくていいのは良かった。
僕は自分でお弁当作ることになってる上に、朝ごはんも休みが明けても継続して作ることになっている。それだけでも朝六時前起きになりそうなのに、さらに化粧までさせられたら、朝五時起きだよ! おじいちゃんじゃあるまいし、そんな時間に起きられないよ。
あちこち触られまくって、僕の精神は疲れ切っていた。
母さんの抱きつき――というよりは絡み付きだけど――から逃れると、僕はリビングから飛び出そうとした。
もう勘弁してほしい。
しかし、まわりこまれてしまった!
「ふっふっふっふー。ママからは逃げられないわよ」
どんな大魔王なんだよ! 動き機敏すぎるでしょ!
「要くーん、お姉ちゃんが凄い可愛いわよー」
母さんは、なかまをよんだ!
ガタタッと、階上で音がする。そんなに見たいの、要……。お兄ちゃんは、要の変貌ぶりが心配だよ。
なんで制服くらいでこんなに大騒ぎになってるのやら。
四月になれば、どこでも見かけるでしょ。
「あとはパパね」
「えええ、父さん仕事中でしょ! こんなどうでもいいことで電話するの!?」
「パパ、早退してくるって」
「連携早! こんなことで早退すんの!? 父さんの会社大丈夫なの!?」
「パパは入学式の日、朝早くに出社することになってるから、アユミちゃんの晴れ舞台が見られないのよ」
「それって、別に今日会社早退する理由にならないよね! あとで見ればいいだけじゃん!」
「あゆねーちゃんの制服姿いただき!」
突如として居間に乱入してきた要。その手にはスマートフォンが。しまった、撮られた!
「これ壁紙にしよう!」
「や、やめようよ。実の兄弟が壁紙ってちょっとおかしいと思うよ」
「大丈夫、好きなアイドルって言っても、多分納得されるから」
それは無理があるでしょ!
そういう、ばれたときに得しない嘘ってやめてほしいんだけどなあ。
母さんはというと、早速メールで送ってもらってるし! ああ、家族内で拡散されていく……。
「それに、ずっとあゆねーちゃんの傍にいたいから」
そんな風に言われると照れるだろっ!
……実兄弟に言われるセリフじゃない気がするけど。
「帰ったぞ」
居間の入口から父さんが顔を出す。
父さん早いよ!! どうやって帰ってきてるんだよ。
「アユミ。パパは嬉しいぞ。立派になって」
立派になったって、むしろ十五年間生きてきた分がパーになっただけじゃなく、縮んだ挙句性別も変わってるんだけど……。
しかし、何故か感動している父さんには何も言えなかった。
「ねえねえ、あゆねーちゃん。スカートもっと短くしようよ! そっちのが色っぽいじゃん」
小学生の弟をこんなふうに教育した親の顔が見たい。
あ、目の前にいるんだった。しかも僕と同じ親だ。
僕が男の子だった時は、こんなんじゃなかったのに。
「要! お前は何もわかっていない」「そうね、要君、それは零点よ」
父さんと母さんが要をしかりつける。流石父さんと母さんだ。躾けるところは、きちっと躾ける!
「スカートの丈というのは、短ければいいというものではないんだ。スカートの下から見える太もものエリアと脚の細さのバランス、そこが調和した時が聖域となるのだ」
前言撤回。この筋肉質のおっさんは、真顔で何を言い始めてるんだ。
「そうよ、要君。短くてエロいのがいい。これじゃ二流なのよ。そこでは真のトキメキは得られないわ」
なるほど、この親じゃ要がああなっちゃったのも仕方ないよね。
「そっか……。父さん、母さん、俺……間違ってたよ!」
無理やり良い話方向にまとめないでほしい。
僕の制服姿について、この三人が談義を始めたので、僕はその隙をついて、そそくさと居間から退散して、自分の部屋に逃げ込むのだった。
なんか今日は疲れたな。まだ朝なのに。
僕は制服姿のまま、ベッドに雪崩れ込んだ。
ゲームセンターの回の良治視点をやるかも。
と前回のあとがきに書きましたが、うそになってしまいました。
闇に葬ることにします。
制服着るだけで、こんなに書くことになるなんて。
ちょっと無駄が多いような気も…。
あと一回くらい、何かイベントを挟んで、入学します。




