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白い黒と黒い白  作者: 真木あーと
第二章 白と黒の交換
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第四節

挿絵(By みてみん)

「くっ、最大の雷激が効かないわ」

「アール下がれ、アンデッドは通常攻撃では四肢を破壊して戦闘不能にするしかない」

「分かってるわよ……!」

 アールが悔しそうに後ろに下がる。

 ここは仮想空間の忘れられた古びた墓地。

 誰かの呪いによるものか、自然発生的なのか、ここにゾンビやゴーストが出る、という『設定』の空間。

 それを全滅させることが今回の課題だ。

 とりあえず墓場に来たところで、腐りかけの肉体で動き回るゾンビが数匹現れたのだ。

 腐りかけた筋肉で歩くため、ふらふらなのだが、何かの魔力か霊力か、転んでも立ち上がり、もの凄い力を持っている。

 更に、どれだけ痛めつけても、四肢さえ無事であれば立ち上がってくる。

「既に『死んでいる』者は殺せませんわ」

 エメリィがつい、と前に出る。

 彼女が手を掲げると、その先に光の珠が現れる。

 それは徐々に光度を増し、視界を奪っていく。

「──還りなさい」

 よく通る声でエメリィが言うと、光は弾ける。

 そして、ゾンビたちはばたばたと倒れ、動かなくなった。

「彼らに必要なのは再び眠らせてあげることですわ──まあ、野蛮な方には分からないことでしょうね」

 振り返るエメリィ。

「な……によ」

 腹が立ったが、何も出来なかった自分にも悔しさがあるためそれ以上何も言えないアール。

「こら、エメリィ、そんな事言うなよ」

「ごめんなさい、言い過ぎましたわ。まあ、今回は私にお任せになって遊んでてくださいまし」

 エメリィが笑う。

 それが更にアールをイラつかせる。

「あー、どうしようもならないかなあ、あいつら」

 ナスカがつぶやく。

 ナスカは、エメリィが妙に浮かれているのは分かっている。

 一応最初の喧嘩は収まって、アールとは仲良くはないが、険悪にならないようにしてきてはいた。

 だが、彼女の頭の中で、白魔法は役立たずと言われた事はずっと残っており、更にこれまでの演習で十分に役に立ったとも言えず、黒魔法科ばかりが目立っていたので、気にはしていたのだ。

 だが、今回彼女が、彼女だけが役に立つという状況になって、妙に浮かれてしまったのだ。

 別にアールが憎いわけではない。

 黒魔法科の連中より役に立っている事が嬉しかったのだ。

 彼女らに役立たず劣等感を抱かせるとは考えてもいなかっただろう。

「凄く格好良かったね、エメリィさん」

「シェリンも凄いと思うぞ、俺は」

「え? そ、そうかな……」

「ああ、まさかハチミツを本気でかけるとは思わなかった」

「うん! あれは大変だったんだよ! 水と違ってねばねばしてるからなかなか飛ばせないし、ちょっと魔法で力入れたけど。でもね、そんな事より! 大切なハチミツをかけるっていう、その葛藤がね……!」

「うん、まあ、ちょっと黙れ」

「ひどい! ナスカから聞いて来たのに」

 半泣きのシェリンに額をぺちぺち叩かれながら、ナスカは何かいい手はないかと考えてみる。

「うーん、どうしようもないのかなあ、何かいい手あるか、トイネ?」

「うん、前提の話もなしにいい手を聞かれても答えようがないよね。今の状況を見ると、シェリンをどうにかする手を考えているようにしか思えないしね」

「その問題は、俺ら程度がどうこう出来るレベルの話じゃない。白黒魔法の最高実力者が手を取り合って協力して、何とか出来るかどうかって話だろう」

「言ってることはよく分からないけど、私を馬鹿にしてるんだよね!」

 シェリンが更に強く額を叩いてくるのを制するナスカ。

「エメリィとアールの話だ。今日のところは特にエメリィだな」

「あー。それはなかなか難しいね」

「やっぱりそうか。あの二人だけの問題じゃないしな。背後に白魔法と黒魔法の対立って言う根深い問題があるからなあ」

「うーん、多分あの二人にとってもう、白魔法黒魔法っていうのは、あまり関係ないと思うよ。というか、関係ないものにしたいと思っていると思うよ」

 トイネは腕を組んで思案しながら言う。

「そうなのか? 事あるごとに魔法のことで喧嘩してると思うんだが」

「それはね、もう無意識だと思うよ。目の前に白や黒の魔法使いがいて、その子たちを認めてはいるんだけど、白や黒の魔法に対する長年の差別心や敵愾心って言うのがあって、口を出てしまうっていうか。偶然このチームで敵愾心を持ってるのはあの二人だけだから目立つけど、普通は全員がそんな状態だったりするからね」

「そうか、そういえばそうだな……」

 このチームはナスカやシェリンのようなイレギュラーがいて、トイネのように兄が精霊を理解しているため、白魔法や黒魔法という考え方がフラットな者がいるため、問題は他のチームよりも少ないのかもしれない。

「でも、俺は『他のチームよりマシだからいい』とは考えないな。もっと仲良くさせる方法を考えないとな」

「そうだね、難しいだろうけど、いつかいい仲間になれるといいね」

「私もエメリィさんと仲良くしたいよ」

「ハチミツかけても仲良くなれないぞ」

「知ってるよ!?」

「まあ、あいつは悪い奴じゃないし、普通に話しかければ普通に仲良くなれるんじゃないか?」

「そんな事ないよ、なんだかちょっと冷たいよ?」

「それはお前が何かやったとしか思えないな」

「何もしてないよ!」

 シェリンは言うが、彼女がエメリィの気に障ることをしていないかといえばそうでもない。

 それは、ナスカと必要以上に仲がいいという事だ。

「ま、あいつは本当にいい奴だから。それはアールも同じだろ?」

「うん、そうだね」

「きっかけがあれば何とかなると思うぞ」

 ナスカが、少し離れたところにいる二人を見つめる。

「みなさま何をしていらっしゃるの? 早く行きませんと、夜が更けますよ?」

 光の珠を灯りににしているエメリィが言う。

「うん、どうも新月みたいだから、真っ暗になるね」

「それはきついな、敵か味方かも区別が付かなくなる」

「見えないからって、変なことしないでよ!」

「うん、やるにしてもアールは『変なこと』の敷居が一番低そうだから後回しになるな」

「何なのよそれ」

「例えばエメリィなら、抱きついて『ママー』って泣き出しても怒らないぞ」

「そ、そんなことされたら、怒り……はしないかも知れませんが、出来ればやめていただけませんか……もし、どうしてもしたいなら構いませんが……」

「シェリンは間違って頭を丸坊主にしても怒らない」

「何をどう間違えたの!? 丸坊主になったら怒るよ!?」

 シェリンが頭を押さえる。

「どうだ!」

「……そのやり取りで、私になんて答えて欲しいのよ」

「そもそも、『暗くて敵も味方も分からない』んだよね? だったら、エメリィさんやシェリンのつもりでアールにそんな事するってこともあるんじゃないの? アールが抱き付かれたり、丸坊主にされたりしたらどうするの?」

 トイネが正論を言う。

「……そりゃ、一番苦しい死に方で殺すでしょうね」

「じゃあ、ツインテール一本だったら?」

「一番苦しい死に方で殺す」

「変わってない!」

「ナスカさま、女にとって髪は命ですのよ。冗談でもそういう事を言うものではありませんわ」

「ああ、悪かったな」

「……別にいいわよ。あんたの冗談なんて、もう慣れてるし」

 アールはふい、と、誰もいない方を向く。

「! あそこに何かいるわ!」

 誰もいない方向。

 新月の闇の中で、何かうごめく物を指差すアール。

「おい、エメリィ、ライト」

「はい!」

 エメリィはその方にライトを向ける。

 そこには何もいなかった。

 いや、半透明の何かがそこにはいたのだ。

「……ゴースト?」

 別名魔法使いの悪霊と呼ばれているのがゴーストだ。

 霊的な存在であり、こちらからは一切触れられない代わりに、向こうからも触れられない。

 ただし、その魔法攻撃は強力だ。

「エメリィ、頼めるか?」

「はい!」

 エメリィが、光の珠を強大化する。

 ふわり、ゴーストはゆっくりと遠ざかる。

「追うぞ、ただし、近づきすぎるな! エメリィのそばにいろ」

「う、うん!」

 四人はエメリィのそばに固まり、逃げるゴーストを追う。

 ゴーストは、ゆっくりと移動し、ナスカたちと距離が離れ過ぎたら止まり、近づきすぎると速度を速めた。

「……まるで、誘導してるみたいだな……一旦止まって様子を……」

「え?」

「あ!」

「わあああぁぁぁぁぁぁ!」

 突然の地面の消失。

 五人は、地面に開いた穴に落ちた。

(いたたたた……これがあいつのトラップか……)

 ナスカはそう言おうとしたが、言えなかった。

 何かによって口がふさがれていたからだ。

 口の中が妙に甘い。

「!」

 ナスカの口の中に、何かが入ってきて、暴れている。

「んっ! んんん!」

 何とかしようにも、頭が後ろから押さえつけられて動かない状態であり、何も出来なかった。

 真っ暗で何も見えない。

「んー! んんーーーーーー」

 ナスカの顔の前で、荒い鼻息が聞こえる。

 彼は意を決して、腕を使って頭を上げてみる。

「ぷはぁっ! はぁっ、はぁっ!」

 口の何かは外に出て、荒い鼻息が荒い息になる。

「お前は、口の中まで甘いんだな」

「うわーん! 初めてだったのに!」

 目の前の泣き声はシェリンのものだった。

 どうも落ちたとき、シェリンの唇とぶつかり、ディープなキスをしてしまったようだ。

 シェリンが直前にハチミツをなめていたのだろう、口の中はハチミツの味がした。

「ナスカ様!? 何を口説き文句を言っているんですか!」

「いや、何でもない。ところで俺の頭の上に乗ってる奴、早く降りてくれないか?」

「きゃぁぁぁっ! な……なんであんたの頭が私のお尻の下にあるのよ!」

「そんな事言われても知るか、とにかく降りて……痛っ! 何するんだよ!」

「うるさいっ! 見るなっ! スケベ! このっ!」

「痛っ! 後頭部殴るな! 暗いし逆向きだから見えないって!」

「うわーーーーーん! 奪われたーーーーー!」

「お前はお前でうるさい!」

 そんな騒動が収まるまでにはしばらくの時間を要した。


「怪我をした奴はいるか? 治すぞ」

「手首と膝を痛めたみたい」

「お前、俺の上に落ちておきながらなんで怪我するんだよ」

「うるさいっ、別に治してなんかいらないわよ」

「まあまあ、そう言うな、治してや……おいシェリン?」

「……仮想のフィールドだから、ノーカウント。うん、ノーカウントだもん、ぐすん」

「わけの分からないこと言ってないでこっちに来い、アールの怪我を治すぞ」

「わけわからなくないもん、大切なことだもん……うわーん!」

 また泣き出したシェリン。

 しょうがないのでナスカは耳打ちする。

「(おちつけ、今やっとお前が役立つときなんだぞ)」

「(ぐすん、責任とってくれる?)」

「(またホットケーキか何かか? 分かった責任取るから泣き止めって)」

「うんっ、わかった!」

「耳元で大声出すなよ!」

「ナスカも出さないで!」

 そうしてやっと、アールの怪我を治した。

 シェリンは妙に浮かれている。

 アールは騒ぎすぎたのか疲れ切っておとなしくなった。

 とっさに風のクッションを利かせたトイネは無事だが、少し疲れていた。

「とにかく、どうにかして、戻ろう。トイネの風魔法は使えるか?」

「使えるけど、五人はきついね……」

 トイネは風の魔法のかなりの使い手だが、それでも重力に反して人を中に浮かせるのは、かなり大変なことだ。

 体力のないトイネには重労働であろう。

「うーん、一人上がってもらってロープで……!」

 強烈な気配を感じる。

「何か来た!」

 空気が変わる。

 何も見えない真の暗闇。

 何かがゆっくりとこちらに近づいてくる。

「ど、どうしよう……」

「落ち着け、エメリィ大丈夫か?」

「はい……あ、あら……!」

 エメリィの慌てる声。

「どうした?」

「ひ、光が、出ません……!」

「!」

 エメリィが何度も光を出そうとしていることは気配で分かるが、実際に光は出ていない。

「何? どうしたのよ! あんたの魔法しかないのよ!?」

「分かりませんわ……! こんなこと初めてで……呪いか何かでしょうか……」

 エメリィの焦りに、アールやエメリィも焦り始める。

「とりあえず、トイネ、あいつらを近づけないようガードしてくれ」

「うん、でもゴーストがいたらどうにもならないよ」

 トイネの風の壁により、ゾンビと思われる者の動きは止まった。

 だが、ここに落としたのがゴーストである以上、ゴーストがいるのは間違いない。

 それが出てくれば終わりだ。

「そうか、精霊がいないんだ!」

 ナスカは結論を出した。

「? よく分かりませんわ」

「何? 何なのよ、何とかなるの!?」

 焦りながら声を上げるアール。

 この世の魔法の多くは精霊を使っている、ということは新しい発見であり、まだ広まり切ってはいない。

 少なくとも学園の授業ではやらないのだ。

 ナスカはトイネの兄であるミトネに聞いていたからこそ知っているだけなのだ。

 ここには今、光の精霊がいない。

 光の珠とは、薄暗い中で光の精霊を集めてこそ出来るのだ。

『暗闇の中でも光を点す』というのが、光魔法使いの好むフレーズだが、完全な闇の中では全く通用しないのだ。

「つまり、光を用意すればいいんだが……」

「な、何かがすり抜けてきたよ!」

「俺の火か……いや」

 ナスカが、目を閉じる。

 何も変わらない、閉じても開いても闇だ。

「アール、あいつらに雷を打ち込め!」

「え? 電撃は効かないわよ?」

「いいんだ! エメリィはその直後に光の珠!」

「え? は、はい!」


 ばしぃ


 アールの電撃が暗闇の中で光る。

 そう、光った。

「珠が、出来ました!」

 エメリィの手の先に、眩い光の珠が生まれる。

「よし、アール、もう一度だ! いや、光が大きくなるまで何度もだ!」

「分かった!」


 ばしぃ

 ばしぃ!


「大きくなりましたわ……って、どうしてナスカ様とシェリン様は腕を組んでらっしゃるんですか!」

 昼のように明るくなった空間で、全てが光の下に映し出された。

 ナスカはそれどころではなかったため、気にもしていなかったが、シェリンはナスカの腕をぎゅっと抱いていた。

「うわっ! 何してんだよシェリン!」

「だって、責任だもん」

「お前の言うことの半分も分からん! 離せ!」

 シェリンはしつこく食い下がってくる。

「と、とりあえず、エメリィ、行け!」

「シェリン様、後で話がありますわっ! 行きます! 還りなさい──」

 光は更に大きくなり、アンデットたちを照らし、そして、徐々に消えて行った。

 そして、強い気配は、全て消えた。

 辺りは再び暗闇に戻る。

「……終わったか?」

「みたいね……」

「ナスカ様? シェリン様? どこですかっ! お話がありますっ」

 ナスカは、エメリィが面倒だったので、黙っていた。

 シェリンも彼女が怖かったので黙っていた。

「シェリン様! あっ、きゃあ!」

「ちょっと、暗いところで騒がないでよ……きゃぁっ!」

 エメリィが、アールを巻き込んで倒れる。

「もう、何してんのよあんた!」

「も、申し訳ありません……」

 エメリィは素直に謝る。

「…………」

「何よ?」

「……そうですわね、シェリン様より先にお話がある方がいました」

「私? ……何の話よ」

「先ほどはありがとうございました。おかげで倒すことが出来ました」

「べ、別にいいわよ、そんな事!」

「野蛮などと言って申し訳ありませんでした」

「……うん、わ、わ、私こそっ、役に立たないとか言って悪かったわねっ」

 アールの声はいつもよりかなり高かった。

「…………」

「…………」

「あのさ、今度……」

 アールが話し始めると同時に、ほのかな灯りが辺りを照らす。

 ナスカが火の魔法を使ったのだ。

「ん? どうした? 二人とも顔が真っ赤だぞ?」

 二人の目に映ったのは、シェリンの後ろをナスカが抱いている、魔法交換スタイル。

 その後、怒り狂ったアールとエメリィから、シェリンを抱えて全力で逃げるナスカの姿があった。

 逃げた先に出口があったのは幸いだっただろう。

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