第四節
カードゥ魔法学園の学食は非常に広く、充実している。
それはこの学園が基本的には全寮制であり、全生徒が利用する事を前提としているからだ。
メニューも豊富だが、ほとんどの生徒が定食を注文している。
女子生徒に人気のアンオーズ定食と、男子生徒に人気のジン定食だ。
現王妃と現王の名を冠した定食は、安さの割に質量ともに十分という人気定食なのだ。
「あ、こっちこっち!」
ナスカはそのジン定食をトレーに乗せ、シェリン達を探していたが、彼女が大声で呼びかけたのですぐに分かった。
そこには既に黒魔法科の三人が座っている。
「あそこか、いい場所じゃないか」
「そうですわね……」
エメリィは答えながら、少しだけ不安な表情だ。
彼女は普段は淑やかで優しい少女なのだが、どうにも昨日のように、喧嘩をして我を忘れてしまう事もある。
出来ればそんなところを見せたくはない。
だから、その原因となりそうな人には会いたくはない。
だが、ナスカが乗り気であり、またチーム結成自体には彼女自身のメリットもあり、反対する気もない。
先行して歩くナスカについて行くだけだ。
「よう、いい場所だな」
「でしょ、あのね、授業が終わった瞬間にダッシュして来たんだよ」
シェリンが嬉しそうに話す。
「それは学生の姿勢としてどうかと思うが、よくやったぞ」
「えへへへ」
嬉しそうな彼女の隣に、ナスカが座る。
その隣にエメリィが座る。
位置として、シェリン、ナスカ、エメリィの順だ。
そして、シェリンの対面にアール、ナスカの対面にトイネが座っている。
シェリンとアールがアンオーズ定食、トイネがサンドイッチを自分の前に並べている。
ちなみにエメリィは家から持ってきた弁当だ。
もちろんただの弁当とはわけが違うのだが。
「じゃ、いただきまーす」
シェリンが早速食べ始める。
他の人間もそれに続き食べ始める。
ナスカも食べ始めたが、ふと顔を上げて目の前を見る。
「トイネはそれで足りるのか?」
ナスカは、小さなサンドイッチ二枚をもしゃもしゃ食べているトイネを見る。
「うん、これで十分だよ」
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
「むう。分かってるけど、食べられないんだもん」
トイネが少しだけむくれながら言う。
「ま、女の子は背が低くても可愛いって言われるだけだからいいけどな」
「へえ、じゃ、ナスカくんはボクの事、可愛いと思うんだ?」
「努力を怠るな! もっと努力して小さくなるんだ!」
「さっき大きくなれないぞ、とか言ってた人の言う事じゃないよね」
トイネが笑う。
「まあ、せめてミルクでも飲むんだ。やるよ」
ナスカは自分のトレーからミルクのコップを差し出す。
「ナスカくん、昼からミルク飲んでるんだ」
「まあな、ミルクを注文すると『ママのおっぱいしゃぶってな』とか言われて、『俺、母さんいないんだ』とか言い返して微妙な空気になるのを毎日期待してな」
「うーん、何からつっこもうかなあ……」
「あーもう! 学食にそんなこと言う人がいるか! 微妙な空気作ってどうするのよ! そんなことのためにわざわざミルク注文するな!」
それまでナスカを相手にせずに黙っていたアールがこらえきれずに突っ込んだ。
「素晴らしい。さすがは俺の見込んだ奴だ」
「あんたに見込まれた覚えなんてないわよ」
「じゃあ、今見込んだ」
「何よそれ」
ナスカは、トイネの前にミルクを置く。
トイネは少し躊躇しながらも、それに手を付ける。
「白魔法科の奴は上品なお嬢様が多くてな。こういう事を言っても、ただ微笑むだけだったり、困った顔をしたり、苦笑いしたりするんだよな。だから打っても響かないというか」
ナスカが言うと、エメリィが少し申し訳なさそうな顔をする。
ナスカは何の気なしに、一番強硬そうなアールと話すきっかけとして言ったのだが、まさに上品なお嬢様であるエメリィは、自分が責められているように感じたのだ。
「何よ、黒魔法科が下品だって言いたいの?」
「悪い方に取るなよ。ボケる人間からすれば、突っ込まれるのは嬉しい事なんだぞ」
「私はあんたのボケを突っ込むために生きてるんじゃないわよ」
「そんな事はわかってるさ。それじゃ夫婦だからな」
ナスカの軽い一言に、周囲の空気が変わったが彼自身は全く気付かなかった。
「ただ、楽しい演習が出来るなって言いたかっただけだ。同じ演習なら、楽しい方がいいだろ?」
「うんうんっ、楽しい方がいいね」
「そうだね。ボクも楽しいのは好きだね」
「ナスカ様がお好きなら……」
ナスカの言葉に、アール以外の三人が答える。
「……楽しいのがいいのは私もだけど、私が突っ込みを楽しがってやってると思わないでよね」
「ま、それでいいさ。で、せっかく集まったんだからさ、昨日よりもう少し戦力的な自己紹介でもしてみようか。お互い何が出来るかって、必要だと思うんだ」
ナスカは全員に、語りかけるように言う。
「ま、そうだね。全員誰が何を出来るかが分かっていたら、いざという時困らないよね」
トイネがそれを受ける。
「じゃ、言いだした俺からでいいかな。俺は水の属性って昨日も言ったが、正直魔法は何もできない。シャレにならないほど出来ない。ただ、魔法以外の科目には自信がある」
「魔法は出来ないのにそれ以外は自信あるの? 何よそれ」
「ナスカ様は本当に成績は優秀ですわ、魔法以外。社会も、経済も、政治も、兵法も、ほとんど満点に近いですわ」
「……騎士団にでも行けばよかったんじゃない?」
アールが呆れたように言う。
「まあそう言われても仕方がないが、色々と事情があったんでな。とりあえず俺はこんなところだ。じゃ、エメリィ行くか?」
「あ、はい……」
エメリィは少し姿勢をただし、少し息を吸ってから話し始めた。
「私の属性は光です。闇の力に囚われたアンデッド系の者たちを闇から解放する事が出来ます。他には光を強めて熱を発したりする事も出来ますし、呪いからの解放、あと闇を照らす事も出来ますわ」
「あと、予言も出来るんだったっけ?」
「予言なんて出来るの!?」
シェリンの驚く声。
「い、いえ、出来ませんわ……。予言は何十年も修行を積んだ方たちのうち、ほんの一部の方がやっと少し信頼のおける予言が出来る、という程度のもので、私も一応その訓練はしておりますが、予言が出来ると言えるほどではありませんわ……」
エメリィが少し恥ずかしげに答える。
「ふうん……」
アールが役に立たないわねえ、と言いたげだったが、さすがに今日は大喧嘩をしたくはないのだろう、それ以上言わなかった。
だから、エメリィも少しカチンと来たのだろうが、何も言わなかった。
「……後はヒーリングが、肉体的、精神的なものは出来ますわ。毒抜きも出来なくはないですが、こちらは水魔法が本流ですから、それほどでは」
「つまり、猛毒にかかると誰も助けられないってことね」
アールがナスカの方をちらりと見ながら言う。
「……なんですの?」
「事実でしょ?」
「まあ、落ち着けって」
慌てて仲裁に入るナスカ。
喧嘩は本意ではない二人はそれ以上は黙った。
アールは誰も猛毒を解消することは出来ない、と言ったが、実はそうでもない。
シェリンはナスカの教科書で勉強をし、毒抜きくらいは簡単にできるようになったのだ。
それはシェリンが話すなと言っているからここで言う事はない。
そして、ナスカだけが火の魔法が使えるという話になると、必ずどこかで矛盾が生じるので、それも言う事はない。
「とにかく、私はそのくらいですわ」
エメリィはそう言うと、多少憮然としたまま黙る。
「じゃあ、次は誰にする? 順番で言えばトイネでいいのか?」
ナスカが目の前にいるトイネに聞く。
「うん、いいよ」
トイネがにこにこと笑いながら答える。
「ボクは風の魔法だけど、風は使いようによっては何とでもなるから、出来る事を言って行くのは大変かな。かまいたちのように切り裂く事も出来るし、空気のシールドを張る事も出来るし、クッションのように緩衝に使う事も出来るんだ」
「言っとくけど、ほとんどの風属性の生徒はそこまで器用に使いこなせないわよ。トイネだから何でも出来るのよ。確か空も飛べるのよね」
トイネの説明に、アールが補足する。
「へえ、空も飛べるのか。あんまりそういう奴見た事ないな。今度一度見せてくれよ」
「…………」
ナスカの言葉に、トイネが彼をじっと見つめる。
「……?」
「……見たいの?」
「ん? ああ。まあ、無理にとは言わないが」
トイネの、少し怒ったような雰囲気に、ナスカは言葉を濁す。
「飛ぶことは出来るんだけど、下から空気を巻き上げて飛び上がるんだ」
「ほうほう、そうなのか」
「この恰好で、そんな事をしたら、どうなるか分かるよね?」
トイネが自分の胸の辺りを指差す。
彼女の服装は普通の黒魔法科の女子制服だ。
当然スカートであり、下から風が吹いたらどうなるのかは考えるまでもない。
「……見たいの?」
トイネは、再度ナスカに訊いた。
そこには二つの意味がある事は、誰が聞いても分かる。
「見たいな」
だが、ナスカはあっさり答える。
そんな答えを想像もしていなかったトイネは、一瞬とまどう。
「自分の体を宙に浮かせるなんて、落下するリスクを考えると普通は怖くて出来たもんじゃない。それが出来るって事は相当自信があるってことだ。トイネの魔法を一度見てみたくなったな」
「だから、ボクはスカートなんだってば」
からかいで言った事に、全く別の答えを返されて、少し当惑しながら答えるトイネ。
「それだけ自在に風を操れる奴が、自分のスカートの制御が出来ないわけないだろ?」
「……まあ、そうだけど」
トイネは少しむすっとした顔で答える。
彼女は、ナスカが慌てるところを十分に楽しんだ後、その種明かしをしようと思っていたのだ。
「ナスカくんって案外つまんないね」
トイネはむくれたまま、横を向く。
「そんな事ないよ、ナスカは面白いよ? どこがって聞かれたら、分からないけど……えっと、生き様とか?」
シェリンが何一つ根拠が見いだせない言葉でナスカを擁護する。
「シェリン。俺はふざけた奴だけど、滑稽な生き様という意味ではお前には勝てないと思う」
「そ、そうかな……」
シェリンが何故か照れて嬉しそうな表情をする。
「ま、それはそうと、トイネの魔法は、直接攻撃はもとより、相手を吹きとばしたりする事も出来るよな。考えようによっては色々な作戦が立てられるかもしれない」
「そうだね。その時にならないと分からないけど、状況によって使い方を思いつくかもしれないね」
トイネが前を向いて答える。
「よし、じゃあ今後も精進するように」
「あんたこそね」
ナスカの必要以上に偉そうな態度にアールが突っ込む。
「じゃあ、次はアールだ。雷を落とすんだっけ。得意そうだな」
「……なんか引っかかる言い方ね。私は雷属性。そのまんま雷を操る事が出来るわ。場合にもよるとは思うけど、一般的には最も強力な攻撃力を持つ属性ね。ただ……言いたくはないけど、欠点もあるわ」
アールは少しだけ迷ってから口をつぐむ。
彼女はまだ白魔法科の二人には気を許してはいない。
自ら欠点をさらけ出す事がためらわれたのだ。
「欠点って何だ?」
何となくそれを感じたナスカが促す。
「…………」
アールは渋々口を開く。
「……電気だから、通電するのよ」
「あー。そりゃそうか」
「大雨が降ったりしてたら、敵味方関係なく通電する事もあるわ。……もちろん技術があればある程度コントロール出来るけど、私はトイネほどのコントロールは出来ない」
アールはいつもとは違い、少し小さな声で、答える。
「でもまあ、逆に考えれば多くの敵を一撃で倒せるんだな」
「まあ、そうだけど、細心の注意を払わないと味方も攻撃してしまうし、それに音や光が目立つから、隠密には出来ないわよ」
「欠点なんて、どんな魔法にでもあるだろ? そうでなきゃこんなにたくさんの種類の魔法がそれぞれ使われるわけないんだから」
「……そうね」
アールはじっとナスカを見つめる。
ナスカが何を言いたいのか、概ね分かっているが、それでも聞きたかったのだ。
「分かったのは雷属性は攻撃に特化していて、多数の敵にも攻撃で来て、音と光が格好いいって事だ。それだけでいいだろ?」
ナスカの言葉に、アールは「あんたが聞いて来たんじゃないの」と小声でつぶやいたが、それ以上は何も言わなかった。
「えーっと、最後はシェリンだが、そろそろ申請の準備もあるからいいや」
「どうして!? 私もやる! 私も意外と凄いの!」
シェリンが勢いよく立ちあがる。
「まあ、どうしてもって言うならやってもいいけど、俺はそれを聞いて『それがどうした』としか言わないぞ?」
「う、うん。あのね、私は火の属性だけど、それは苦手なの。勉強も大体全部苦手でよく分からないの。でもね、料理は得意!」
「それがどうした」
「ひどい!」
宣言通りの事を言われて、それはそれで涙目になるシェリン。
「ま、シェリンがこの中でどう役に立つかはやってみないと分からない。意外と役に立つかもしれないしな」
ナスカはシェリンが水属性で、水の魔法をある程度使える事を知っている。
それはこの中でも大いに役に立つはずだと理解している。
問題はそれを他人に知らせずにどう使うか、だが。
それはそれとして、シェリンは役に立つ事を知っているぞ、と暗に伝えて安心させたかったのだ。
「う、うん。おなかがすいた時にきっと役に立つよ!」
だが、シェリンは見当違いの理解をし、更に安心した。
「あ、あとハチミツが好き!」
「それがどうした」
「ひどい!」
シェリンは全く同じ返答に、全く同じように涙目になる。
「分かった分かった。また今度料理とハチミツを食わせてくれ」
「あ、今でもいいよ」
「いや、食後にハチミツは食べない主義だ……あと、そのデザートにハチミツはいかがなものかと思う」
アンオーズ定食が女子生徒に人気の理由の一つに、デザートが付いている事がある。
今日はゼリーの中にフルーツが入っているもののようだ。
シェリンはそのデザートになみなみとハチミツを注いでいる。
「え? おいしいよ?」
シェリンはそれをおいしそうに食べている。
ナスカは食べていないため、その味を知らないので、合うかどうかは分からない。
だが、同じものを食べたはずのアールが微妙な顔をしているところを見ると、普通の人間には合わない取り合わせなのだろう。
「……ま、趣味趣向は人それぞれでいいとして」
ナスカはなるべくシェリンの方を見ないようにして、話を切り替える。
「この五人で組む、という事でこれからチームの提出に行くけど、それでいいよな? 本当のところ、それぞれの属性や実力を理解している先生に組んでもらった方がバランスのいいチームが出来ると思う」
ナスカは一呼吸置いて全員を見渡す。
まだデザートを食べているシェリン以外は既に食べ終わり、ナスカの話に耳を傾けている。
「このチームは必ずしもバランスがとれているわけじゃない。それでも、このチームで本当にいいのか?」
ナスカが訊くと、一瞬全員が黙る。
これは最終確認である。
既にこのチームでやる事は決まっている。
だが、今ならまだやり直せる。
「私はやると言った以上やるわよ」
最初に返事をしたのは、意外にもアールだった。
「チームだから、あんたたちだって助けるし、協力だってするわよ」
「ああ、ありがとう、アール」
「でも、だからと言ってあんたたちや黒魔法科を……」
「私もやるっ!」
アールの言葉を遮って、シェリンが叫ぶ。
「わ、私もですわ」
「ボクもいいよ」
エメリィもトイネも雪崩れるように返事をする。
「よし、じゃあ決まりだ。これからよろしく!」
ナスカの声と、それに呼応する声に、食堂の中の生徒たちが注目をした。