第三節
この国は、騎士で有名な国であり、昔から騎士団入りを希望する少年は多かった。
だから、この学園に来て魔法を学ぼうとする学生は、その残り、つまり女子学生のほうが多くなる傾向にあった。
ただ、近年では魔法が高度化し、それを学ぼうとする男子学生も増え、また、女性騎士も増える傾向にあり、男女比は平準化されつつあった。
だが、彼らの世代になって、とある事情で急激に騎士団を志願する少年が増え、魔法を学ぼうとする学生が激減してしまったのである。
現在、この学園は男子生徒よりも女子生徒が圧倒的に多い。
だから、チームを組めば、男子一人女子四人という構成は普通にあることでもある。
だが、そんな一般論は今のナスカには関係なかった。
「えー……とりあえず落ち着いていただき誠にありがとうございました」
ナスカは深々と礼をしてみる。
往来の喧嘩で騒ぎになりそうだったので、必死で近くの教室に連れ込み、座らせて、やっと冷静になったところだ。
ナスカは女同士の喧嘩の仲裁なんてやった事もないが、シェリンはおろおろするだけであり、トイネは静観しているだけなので、彼が動かなければならなかった。
「まあ、色々あるとは思いますが、チームになるわけですし、みんなで仲良く……」
「嫌よ」
限りなくへりくだって話していたナスカの話をあっさり断ったのはアール。
「あんたは駄目だし、あの女も嫌い。あんたたちとチームを組む気はないわ」
「何ですって!?」
「あーもう、落ち着けって!」
ちょっとつつき方を間違えるとすぐに再燃してしまう。
さすがに楽天的なナスカも頭が痛くなってきた。
もうしばらく放置して、好きに喧嘩させて疲れるのを待とうか、と投げやりに思い始めた。
「ねえねえ、あのね」
そんなナスカにこっそりと話しかけて来るのは、隣に座っていたシェリン。
「アールを悪く思わないでね。あの子悪い子じゃないの」
「うーん、あそこまで攻撃的だと、さすがに難しいなあ。でもそれはエメリィも同じか……」
ナスカは喧嘩を続ける二人を眺めながら答える。
「で、でもね、成績の悪い私をかばってくれるし、助けてくれるし、色々教えてくれるの。本当は優しい子なんだよ!」
「へぇ」
ナスカは少しだけアールを見直す。
要するにエメリィと同じなんだろう。
お互いに役に立たない人間をサポートしていて、だからチームを組みたくて、そのチームは役に立たない人間がいるから、それ以外の人間を最高にしたいのだろう。
そうなると話が少し見えて来た。
後は、黙っている小さな少女がどういうスタンスか、だろうか。
「ところで───」
ナスカが少し大きめの声を出すと、喧嘩していた二人も振り返る。
「トイネ、だったっけ? お前はどう思ってるんだ?」
「え? ボク? 何が?」
いきなり話を振られて驚くトイネ。
「いや、チームの構成とか白魔法と黒魔法とかの話」
「うーん、チーム構成はやってみないと分からないよね。学校の授業だけじゃ分からないから演習があるんだし。一年生の成績が悪いから演習が出来ないとも限らないし逆もそうだし」
トイネがあっさりと二人の喧嘩の原因を否定したので、二人は反論も出来なくなった。
「白魔法と黒魔法は、分けてることそれ自体馬鹿馬鹿しいと思ってるよ。同じように元素を使う魔法だからね。単にそれを研究して来た団体と歴史が違うってだけで、今も分かれてるっていうのも変な話だよ。
逆にお互いの歴史を研究すれば新たな事実が出てくるかもしれないのに。
今活躍してる魔法使いたちが完全に分かれていて、結局その弟子たちが研究施設にいて、だから反目しあうんだよね。
外の世界の分断が、研究施設の派閥を生んで、それがこの学園の科を生んで、お互いの科が疎遠になってしまうのも変だよね。
こういう構造は内部からじゃ変えられない。
でも、外の魔法使いの世界はもっとひどいから、外部からも難しい。
かと言って権力のある王様は魔法の事情に疎いからなかなか難しいんだよね」
「……うん」
ナスカはとりあえずそう返事した。
他のみんなも同じ気持ちだろう。
喧嘩をしていた二人も、そんな気すらなくなって呆気に取られている。
「トイネの言いたい事は分かった」
とりあえず、白魔法と黒魔法の反目を馬鹿馬鹿しいと思っている事は分かった。
だったら、説得すべきは喧嘩している二人だけだ。
「俺も、白魔法と黒魔法は同じ原理だし大して変わらないと思ってる、シェリンは違いが分かるか?」
「え? え? 違い? 何か違うの?」
シェリンはナスカが思った通りの反応をする。
「うん。まあ、違いを考えると、そんなにないと思う。でも、いきなりそれを納得して考えを変えろ、と言っても難しいだろう。トイネも言ったけど、大の大人たちからそれが出来ないんだからな」
ナスカは少し息を大きめの呼吸をする。
ここからが重要なところだ。
「でも、とりあえずは嫌な奴、役に立たない奴でいいから、一緒にやってみるのは大事だと思う。実際やってみてもやっぱりそう思うなら、その考えを変える必要がない。でも、それでやっぱりそうでないと分かったら、考えを変えればいいと思うんだ」
ナスカが慎重に言葉を選んで言うと、教室は一瞬しん、と静まる。
「で、ですがナスカ様……」
「エメリィ、お前はいつもは穏やかで優しい奴だろ? ちょっと喧嘩売られただけで、そんなに取り乱したりしなくてもいいんじゃないか?」
「……申し訳ありません」
エメリィは、しゅん、とうな垂れる。
「俺の事を馬鹿にされたのが取り乱した原因だし、お前が優しいのは十分わかってるし、これまでも助けてくれた事をありがたいと思ってる。だから、これは俺のワガママだけど、いつも優しいお前でいて欲しいんだ」
ナスカが言葉を選びながら言うと、エメリィは顔を上げ、徐々に顔が赤くなったかと思うと、再び下を向いた。
「はい……分かりましたわ……」
エメリィは消え入りそうな声で言った。
「さて、アール」
「な、何よ」
ナスカがアールに振ると、アールは少しだけ身構える。
彼女はトイネの言葉で戦意を失っており、また、喧嘩相手のエメリィが大人しくなってしまった事から、今更喧嘩をする気もないが、かと言っていきなり勢いを失うのも何となくできずに、自分でも困っている。
「多分、だけど、お前がチームを組む目的って、シェリンなんじゃないのか?」
「え? そうなの!?」
理解もしていなかった当事者が驚く。
アールは一瞬困った顔をして、シェリンを見、ナスカを見て開き直る。
「そうよ。それがどうしたのよ」
アールはそっぽを向きながら答える。
「やっぱりそうなんだな。シェリンをサポートするためにチームを自分で作りたい。そうなると、シェリン以外に足を引っ張りそうな俺は駄目、黒魔法を馬鹿にするような事を言うエメリィもシェリンと一緒にさせたくない。シェリンの失敗を馬鹿にするかもしれないからな」
「…………」
アールは何も言わない。
それは肯定を意味するものなのだろう。
「お互い不満のあるメンバーってのもあると思う。けど、お互いチームを作りたいって目的は共通だと思う。多分、他にチームを組めるメンバーをお互い知らないんじゃないかな?」
誰も何も言わない。
その事は十分過ぎるほど分かってるからだ。
「とりあえず、その利害のためだけでも手を組まないか? 喧嘩でチームの足を引っ張らなかったら、喧嘩したっていいし、文句言ったっていい。うまく行くかどうかとか、そんな事はやってみないと分からないし、それでも先生にチームを組んでもらうより遥かにマシだと思うんだ」
ナスカはゆっくりと、それぞれの目を見ながら説得する。
静寂。
戸惑い。
ナスカが少し不安に思った頃。
「ボクはいいよ。ナスカくんって面白そうだしね」
トイネがにっこり笑って言う。
「わ、私も! チーム組みたい!」
シェリンがそれに続く。
「……ナスカ様がそうおっしゃるのなら……」
エメリィも賛成してくれる。
これで四人がチームを組む事に賛成した。
残りの一人も賛成せざるを得ない状況だろう。
「分かったわよ! シェリンがいいって言うならいいわよ。でも、言いたい事は言うわよ! いいわね!」
少し怒ったように言うアール。
「ああ、それがチームってもんだろう」
ナスカが言うと、アールはやはり不機嫌そうにしていたが、それ以上何も言わなかった。
「じゃ、これで決まりだね」
「ああ。じゃ、今日はもう終わりにして、明日にでもチームの提出をしよう。昼休みは空いてるか?」
「うん、空いてるよね?」
シェリンが二人に確認し、二人が肯定する。
「じゃ、明日の昼に話し合って提出しよう。とりあえず食堂で」
「分かった。あ! じゃあさ、一緒にご飯食べよ? チームなんだし!」
シェリンがいきなり提案する。
チームを組むことをそれぞれが了承したとはいえ、微妙な空気が漂っている中、シェリンの空気の読めない提案は、均衡を崩す恐れすらあった。
「俺はいいけど……どうかな?」
ナスカはエメリィをちらりと見る。
「……ナスカ様がいいのなら構いませんわ」
少しだけ嫌そうな顔をしているが、肯定自体はした。
「あと、そっちのアールも……」
「いいわよ、好きにすれば?」
「トイネもいい? じゃあ、明日はみんなでご飯を食べましょう!」
シェリンは一人無邪気にそう言った。
ナスカは、今日の喧嘩の続きがないように祈るばかりだった。
※
「今日は、本当に申し訳ありませんでしたわ……」
背後からの声に、ナスカは振り返る。
チーム結成から数分後、黒魔法科の彼女らと別れて、ナスカは最初の目的通り、エメリィを送りに校門に向かっている。
「? 何がだ?」
「先ほどは取り乱してしまい、喧嘩をしてしまいましたし、ナスカ様にも失礼なことを言ってしまいました……」
「ああ、まあ、確かにちょっと困ったけどな」
ナスカが言うと、エメリィは申し訳なさそうにうつむく。
「でも、うぬぼれるなよ。あの程度、俺がお前を普段困らせているレベルの足元にも及ばない。もっと精進するんだ」
「は、はあ……え? あ、いえ、これ以上困らせるわけには……」
「いいんじゃないのか? 女ってのは、少し男を困らせた方が魅力的らしいぞ?」
ナスカが言う。
深い考えのない、軽い言葉だったが、エメリィはそれを重く受け止めた。
「……ナスカ様は、困らせる女性の方がお好きなのですか?」
「困るのはやだなあ、面倒くさいし」
「ですか──ですよね」
「でもまあ───」
ナスカはやはり深い意味もなく、軽い気持ちで言う。
「エメリィなら、仕方がないよな」
「…………!?」
エメリィはやはり、それを必要以上に受け止める。
「エメリィにはずいぶん世話になってるし、かなり困らせてると思うからなあ。多少困らされても仕方がない」
「いえっ、あのっ、わたくしはナスカ様をお世話する立場として……」
顔を真っ赤にしてうろたえるエメリィ。
「それに、今回も俺の事を馬鹿にされたから怒ったんだしな。本当にエメリィには頭が上がらないな」
「……当然のことを、したまでですわ」
エメリィはこれ以上なくうつむいて赤面を隠し、つぶやくような小さな声で言う。
「ま、そんなわけだから気にするな。怒ったエメリィも可愛かったしな」
「…………」
エメリィは更に顔を真っ赤にすると思いきや、大きなため息をついた。
「そう言えば、ナスカ様はそういう方でしたわね……」
「? どんな奴だ、俺?」
ナスカは不思議そうに聞く。
エメリィは、もう一度大きなため息をつく。
大抵の人間は思春期を過ぎると、異性に気を使うようになる。
不用意な発言をしたりしないように言葉を選んだり、変な意味に取られないように考えながら話すようになり、結果慣れるまではぎこちなくなるものだ。
だが、ナスカにはそのようなものはない。
不用意な発言も誤解されそうな発言も平気でして、だから変な事も沢山言うが、どう聞いても愛を囁いているとしか思えない事も平気で言う。
白魔法科ではそれでしょっちゅう女生徒を赤面させている。
普段言っている事が変な事ばかりであるため、そのギャップから本当に恋をしてしまいそうになる女生徒も多少いない事もない。
だから、エメリィはナスカが思っている以上に困らされている。
「何でもありませんわ。ナスカ様は、優しくて、格好よろしくて、背も高くて、大好きですっ!」
「な、何だよいきなり?」
「いつもの仕返しですわ」
そういうとエメリィは足早に校門を抜けて行く。
その向こうには執事と思しき男性が待っていた。
ナスカはその様子を半ば茫然と見つめていた。
「何だったんだ……」
つぶやきながらナスカは校門を背にした。
「あ、あの……」
校内に戻ろうとしていた彼に呼びかける声。
「シェリンか。迷ったのか? 寮はこっちじゃないぞ?」
「違うよっ。寮はそんなに迷わないもん」
「少しは迷うのか。まあいい、どうしたんだ? あの二人はどうした?」
「あの二人はもう寮に戻ったと思うよ……あのね……」
シェリンは、うつむいてもじもじし始めた。
「トイレなら俺に言わなくても行けばいいぞ?」
「違うっ! さっきいっぱい出した!」
「そんな報告はいらん。用件を言え」
「だ、だからね、お願いなんだけど、言わないでってこと」
「お前がトイレでどれだけ出したかなんて、いちいち言うわけがないだろう」
「違うのっ! それは言ってもいいの!」
「それは女子としてどうだろう」
「あ、あのね……私が、本当は白魔法科に行きたかった事、言わないで」
シェリンに懇願される。
彼女にお願いされるのは、これで三回目だ。
「ま、あのアールって奴は白魔法嫌いっぽいしな。そんな事がばれたら、さすがに縁を切られる事はないだろうけど、多少ぎこちなくなるだろうしな」
「う、うん……」
「ま、言わないし言うつもりもない……いや、ハチミツはいらない」
「え? いいの?」
シェリンは出しかけたハチミツをしまう。
「俺だってもうチームメートだからな。団結が崩れるような事はしない」
「うん、ありがとう」
シェリンはにっこり笑う。
「じゃ、寮に帰るか」
「あっ、ちょっとだけ教科書見せてよ。二年生の!」
「あー、じゃ、一旦どこかの教室に行くか」
「うんっ!」
元気よく答えるシェリン。
夕暮近い校舎。
二人の影がその大きな影へと消えて行く。