第三節
「という夢を見たんだ」
「ナスカ、現実逃避しないで! ちゃんと事実を認めようよ!」
夜になり、モールガット別荘のダイニングには、四人が集まっていた。
目の前には豪華な料理が並べられている。
集まった、ナスカ、シェリン、アール、トイネは、エメリィが来るのを待っていた。
「このままじゃ、冷めてしまうよ……?」
シェリンが不安げに言う。
別にシェリンは食い意地で言ったわけではない。
エメリィが心配なのだが、自分では何も出来ないので、誰か、ナスカに何か動いてもらおうとそう言ったのだ。
「シェリンはこんな時も飯か、食い意地が張ってるな」
「違うよ!?」
「本当に違う人間は違うなんて言わない」
「違うって言うけど、本当に違うのっ!」
「だが、本当に──」
「うるさいっ、そんな場合じゃないでしょうが!」
ナスカとシェリンの掛け合いはアールに一喝された。
「はい、ごめんなさい」
ナスカとシェリンは素直に頭を下げた。
今、二人はアールに頭が上がらない状態だ、
この中で、二人の秘密を知らなかったのは、ここにいないエメリィを除きアールだけだ。
アールは怒りはしたものの、「……まあ、そうかも知れないとは思った事もあるわよ。別に今となっては、誰が黒魔法使いで誰が白魔法使いなんて関係ないわ」などと言って許してはくれた。
だが、それはそれとして、騙していたことを強く怒られた。
ナスカもシェリンもそれは申し訳なく思っていたので、素直に何度も謝った。
アールはそれで済んだ。
おそらく二年の最初ならこうは行かなかったかも知れないが、今では白魔法への偏見もなく、エメリィとも仲がよく、誰が白魔法使いで誰が黒魔法使いなどというのはもうどうでもいいのだろう。
だが、エメリィはそうは行かなかった。
エメリィもアールと同様に、黒魔法への偏見もなくなったはずだったし、アールに対しては認め合い、尊敬の念すら抱いていたはずだ。
だからこそ、ここまでショックを受ける事は、ここにいる誰もが予想外だった。
「やっぱりここはナスカくんが話をしに行くべきだと思うね」
「……そうね、あんたに悪気がなかったとしても、謝るべきだと思う」
「うんうん、ナスカは馬鹿だから謝るといいいよ」
ナスカは腕を組んで考え事をしていたが、軽くため息をついて顔を上げた。
「そうだな、トイネやアールの言うとおり、俺の思いを全部話して騙してたことを謝るべきだよな」
「……あれ? 私は?」
「あいつは白魔法科で劣等生だった俺をずっと世話してくれて、水魔法の使えない俺を支えてくれた。俺はずっとそれを裏切ってたんだ」
ナスカは立ち上がって部屋の出口へと向かう。
「ねえ、私は? 私の言ったことも正しかったよね?」
「冷めるから先に食っててくれ。エメリィと話をしてくる」
「ねえってば!」
「あと、シェリンは俺に謝れ」
「うん、ごめ……ってなんで!?」
ナスカはドアを閉める直前に、一言だけ付け加えていった。
「馬鹿だから、だろ?」
ナスカの閉めたドアの向こうから「うわーん!」と声が聞こえてきたが、気にはしなかった。
ナスカはエメリィの部屋のドアの前で、とりあえずノックをしてみる。
「エメリィ、そろそろ飯なんだけどさ」
中からは何の反応もない。
後でレティの部屋に云々言われるのを覚悟でドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「どうするかなあ、とにかく会わないと話をするもないぞ?」
ナスカは色々と考えていた。
魔法でドアを壊そうかとも思ったが、またケルベスのような対黒魔法装置が働くかもしれないと思うと、躊躇した。
「うーん、どうしようもないなあ」
ナスカは、部屋の前で立ち尽くした。
「ん? そう言えば……」
ナスカは何かを思いつき、自分の部屋に入った。
「こっちからつながってたんだっけ」
ナスカは一度迷い込んだ奥の部屋に入り、エメリィのいる部屋へ向かった。
エメリィの部屋にはそっと入った。
ここに来てまでもナスカは、エメリィを驚かそうとしていたのだ。
「はあ……ナスカ様……ナスカ様……」
エメリィは暗い部屋でソファに深く横たわり、泣くような声でナスカの名前をつぶやいていた。
その様子があまりにも悲愴だったので、ナスカは驚かす事をやめる。
「くらえ! フライングくすぐりシェリンスペシャル!!!!」
「え? きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
エメリィの脇腹に手をいれ、胴を固定しながら、思いっきりくすぐった。
「ほら笑え! とりあえず笑うんだ!!」
「やっ! きゃっ! あっ! ナスっ! やぁぁぁぁっ!」
身体を押さえているので逃げることも出来ないエメリィはくすぐられるしかなかった。
ナスカのくすぐり攻撃はそれなりに長い時間続いた。
「いつも言っておりますでしょうが! 女性には優しく! みだりに手以外には触れない! 嫌がったら止める!」
エメリィは怒りながら、反省の態度で座るナスカの周りを歩いていた。
「うん、いつも聞いてたな」
「でしたら、お守りくださいまし! 全くそのような態度では到底紳士にはなれませんよ!」
「そうだな、俺は女性に優しい紳士になりたいんだ」
「存じておりますわ。ですから──」
「だから、俺は悲嘆に暮れてる女の子を放っておけなかった。後で怒られてもいいから、何とかしたいと思っただけだ」
「ナスカ様……」
エメリィはようやくナスカの真意に気づいた。
「しかも、それが俺の大切な人で、その原因が俺だったとしたら、俺はどんなことがあっても、その子を元気づける」
ナスカは、自分は間違ったことはしていない、といった風でエメリィを見つめる。
エメリィからすれば、間違いだらけなのだが、とてもナスカらしいやり方だということは分かる。
「はあ……分かりました。全く、ナスカ様は……」
エメリィはため息と共にそう言って、ソファに座る。
ナスカは立ち上がって、エメリィの隣に座った。
エメリィはナスカに肩を預けて来るので、ナスカはそれを黙って受ける。
そのまま、エメリィは黙った。
しばらくは、無言が続いた。
「悪かったな、黙ってて」
ナスカは、沈黙に耐え切れず口を開く。
エメリィはナスカの腕を抱き、頭をナスカに預けた。
どう見ても恋人にしか見えないやり取りだが、この二人はいつもこのような事をしているので、大した話ではない。
「まあ、教えていただけなかったのはショックですが……もうどうでもいいですわ、その程度のこと。今ならともかく、昔に教えていただいていたら、ショックでは済まなかったと思いますし」
「じゃあ、他に、何か落ち込むことってあるのか?」
「…………」
エメリィは、少しだけ言うのをためらった。
そして、ぎゅっ、とナスカの腕を強く抱きしめた。
「モールガット家は白魔法の名家です……黒魔法の方とのお付き合いは、いい顔をされません」
「? あのおじさんはそんな人じゃないだろ? それにシェリンはともかく、アールやトイネは一緒に来てるし、交友してるってことは知ってるんだろ?」
「そうですけど、そうではなくって……っ! ああ、もうっ! ナスカ様の馬鹿っ!」
ぽすん、とナスカの胸を叩くエメリィ。
「なんだよ、さっぱり意味が分からないぞ?」
「はあ……もういいですわ。その時が来たらその時にまた……戦いますから!」
決意のような表情をするエメリィ。
ナスカが分からないままに、もう立ち直ったようだ。
「何と戦ううつもりだよ。お前、もう黒魔法には偏見もないはずだろ?」
「別に黒魔法と戦うつもりはありませんわ。もちろん降りかかる火の粉は払います。それが白であろうと黒であろうと、肉親であろうと」
エメリィの言葉の意味を、ナスカは理解出来なかった。
だが、立ち上がりナスカを見るエメリィの瞳には、いつもの光があった。
「さて、それでは皆様の元へまいりましょうか」
「ああ、そうだな。冷めるから、先に食べてもらってるはずだ」
「では急いでまいりましょうか。ナスカ様のお説教はそちらでも出来ますし」
「? 何でおれが説教されるんだよ?」
「レディの部屋への無断侵入、何の言葉もなく身体を触り、嫌がっても止めていただけませんでした。そして、私に隠し事をしていた事もお時間のある限りお説教いたしますわ」
「ちょっと待て、それは一晩くらいかかりそうじゃないか! 説教は甘んじて受けてもいいが、あいつらの前でやるのは勘弁してくれ、特にシェリンの前では!」
ナスカはシェリンの前で叱られるという、最大限の屈辱だけは回避したかった。
シェリンがエメリィの後ろでニヤニヤしていたり、乗じて自分の不満も言ってきたりしても、反省しているはずのナスカは反論も出来ないのだ。
「そうですね、シェリン様の前というのは、ナスカ様のお恥ずかしい事でしょう」
「そうだ、だから、終わってからここで──」
「ですが、その方が深く反省して、二度と同じことをなさいませんわ。この際、四人でナスカ様をお叱りすることにしましょう」
「なんでそうなる!」
「さ、行きますわよ」
エメリィはナスカの腕をぐい、と引っ張る。
ナスカは疲れた顔でそれに続き、エメリィの部屋を出た。




