第一節
大きな閃光が周囲を走り回る。
それは爆発音と共に、一つの目標に集中的にぶつかった。
パーン、という空気を揺るがすような音が響き渡り、ナスカの隣にいたシェリンがびくん、と身を縮める。
「腕を、上げたな、アール」
ナスカはアールの実力を知っているはずだった。
何せ共に戦った仲間だ。
だが、今の魔法はナスカが知っているレベルの破壊力を遥かに上回っていた。
それを撃った本人はと言えば、恍惚の表情で笑っていた。
どちらかと言えばいつも真面目なアールが、ここまで隙の多い表情をしているところを初めて見た。
「そう言えばアールってSだよな」
ナスカは若干引き気味に言う。
「え? そうなの!?」
「ていうか、お前もどっちかというとその対象だろう」
「あれ? そうだったっけ? あ! ナスカもSだ! 私をいつも虐める!」
シェリンはびし、と犯人を追い詰める治安官のようにマスカを指さした。
「違うぞ、お前を虐めるのは俺の義務だ」
「ええっ! そうなんだ!」
「本当はしたくないんだ、だけど、義務だから仕方がなく虐めてるんだよ……! 優しくしたいのに……」
ナスカはしんみりと、少し悔しそうにそう語り始めた。
「そうなんだ……ごめんね、気がつかなくて。ナスカが優しいことは分かったから……」
「ねえ、ナスカくん、その義務は誰に課せられたの?」
「そりゃあ、自分だけどさ」
「そうなんだ……可哀想に、自分に課せられ……あれ? 自分に? 自分に……」
シェリンは腕を組んで考え始めた。
「あっ! 結局自分がしたいからやってるだけ!?」
「そうだな、よく気がついた」
「ひどい自分義務!」
シェリンはナスカの額をぺしぺし叩く。
「……あんたたち、何してんの?」
とっくに我に返っていたアールが、呆れながらナスカたちを振り返った。
「いや、シェリンがMだって話をしてたんだよ」
「そんな話してないよ!?」
「でも、Mだろ?」
「違うよ!?」
「でもいつも虐められててもついて来るし」
「それは……色々あるの!」
シェリンは少し顔を赤く染めてぷい、とそっぽを向く。
トイネは少し楽しげに微笑んだ。
「何なのよ全く……」
状況がいまいちつかめていにアールは、ため息をついた。
「アール様の成長は著しいようですわね」
「そう? まあ、授業で感覚まで詳しく教わってるからね。このくらいは普通よ」
満更でもない表情でアールが答える。
ナスカはその言葉に思うところがあった。
アールの成長は学校で授業を受けている者としては当たり前の事らしい。
そばにいるので分かるがエメリィも確かに成長しているのが分かる。
それに比べ、自分はどうだろう。
前に急成長したことがあったが、それ以降あまり成長はない。
理由は簡単だ、ナスカは授業を受けていない。
いや、学校があるときには毎日授業には出席しているが、それは火の魔法ではなく、水の魔法の講義だ。
ナスカはこの前まで、自分は誰にも引けを取らないくらいの実力があると思っていた。
それはあるはエメリィだけではなく、黒魔法科の学年トップである、トイネとも、同レベルだと思っていたし、それはおおよそ間違った見解ではなかった。
だが、成長期の彼らの実力は日に日に向上していき、練習すら困難なナスカは自然にその場で足踏みをすることになる。
それが焦りを生んだ。
「よし、シェリン、魔法を使うぞ!」
「嫌」
シェリンは先程までの会話ですっかり機嫌を損ねており、ぷい、とそっぽを向いたままだ。
「それでもだ!」
「え? きゃっ!」
ナスカはシェリンの腕を強引に引っ張った。
「ナスカ様!?」
「そこにいてくれ」
ナスカはそう言い残すと、シェリンを連れたまま、森の奥へと歩いていった。
普段は誰よりも明るく、そして優しいナスカの態度に、三人は身動きが取れなかった。
「ねえ、ちょっと……な、何?」
シェリンは少し怒りつつ、だが、ナスカの様子を窺いつつ、そう聞いた。
ナスカはシェリンがそう言うまで黙って歩いていたが、立ち止まって振り返った。
「あー……悪い。何か、頭に血が上ってた」
振り返ったナスカは、いつもの表情だった。
「あ、うん……」
シェリンもそう素直に謝られると怒ることもできず、微妙な返事しか出来なかった。
もう一度ナスカを見るが、目の前にいるのは、いつもの、ふざけてない時のナスカだ。
少しだけ安心するシェリン。
「……何かあったの?」
「あー、いやな、大したことじゃないんだけどさ、アールの成長を見てて焦ったんだよ。俺もきちんと授業をうけてれば同じように成長出来てるんだろうな、とか考えてさ」
ナスカはそう打ち明ける。
彼はいつも誰とでもすぐ仲良くなれるが、だが、人にあまり心を開かない。
そういう話になりそうになると、すぐはぐらかすからだ。
だから彼の本心を知る者はあまりいない。
いつも一緒にいるエメリィですら、全てを知っているとは言えないのだ。
「うーん、それは私だって同じだよ? 本当はちゃんと水の魔法の授業受けたいけど、受けてないし」
「そうだな、シェリンも普通に授業受けてれば普通の魔法使いだったんだろうな」
「それは私が普通じゃないって聞こえるけど!」
「そう言ったんだけどさ」
「うわーん!」
シェリンはナスカの額を叩く。
いつの間にか、いつも通りのナスカに戻っていた事に気づいたシェリンは、やはりほっとした。
「まあ、さ」
シェリンはナスカの肩に手を置く。
「ゆっくりやればいいと思うよ? 人は人だし、人生はまだ長いんだからさ」
シェリンはそもそもが優等生ではない。
だが、特に劣等感を感じることもなく、のんびりと自分の速度で進んでいる。
それに比べればナスカは実力があり、それを知らない相手にすら認められていて、贅沢な悩みだろう。
そもそも、半年前まではただの劣等生だったのだ。
シェリンと出会い、ローグと出会ったことにより、魔法の実力を向上させることが出来た、それだけでその前の一年にはなかった幸運なのだ。
「そうだな、そうなんだがな──」
ナスカは真っ直ぐにシェリンを見る。
シェリンは思わずそれを見返し、頬を軽く染める。
ナスカは、見上げるシェリンに優しく語りかけた。
「シェリンのくせに生意気だぞ?」
「うわーん!」
シェリンはナスカの額を高速でぺちぺちと叩いた。
「さ、じゃあ、思いっきり魔法を使ってみるか!」
「帰る」
「落ち着け」
元の場所に戻ろうとするシェリンを、ナスカが引き止める。
「ナスカはなんでそんなひどいこと言って平気なのか分からない! ナスカはもっと私に気を遣うべき!」
「悪かったよ。機嫌直せ?」
「エメリィさんに言われてないの? 女の子には優しくしなさいって!」
「言われてるけどさ、シェリンはエメリィに従うと怒るだろ? だからシェリンにだけはエメリィの教えに従ってないんだよ」
「……え?」
シェリンは動きを止める。
「シェリンが怒るならエメリィの教え通りに優しくするけどさ」
「ううん! 今まで通りでいいっ! 今まで通りがいいっ!」
「でも、ひどい、とか言うし、半泣きになってるじゃないか」
「それでも今までの方がいいのっ!」
シェリンが物凄い勢いで言うので、ナスカは多少それに呑まれた。
「じゃ、そうするか……」
「うんっ!」
シェリンの笑顔。
それはナスカにとって自分は特別だという喜びだった。
それはナスカには少し眩しかった。
「そうか……お前はやっぱりMなんだな」
「違うよ!?」
「でも、そこまで強く虐められることを望んで、喜ぶなんて普通じゃないだろ」
「普通だよ?」
「ま、そんなことより、さっさと大きいの打って帰るか」
「誤解を解いてからっ!」
シェリンがナスカの腕にしがみついて止めるが、ナスカは止まらなかった。
ぼう、と湧き上る炎。
「熱いっ!」
「ほら、火傷するからこっち来い」
ナスカはシェリンを引き寄せる。
シェリンはナスカの胸に引き寄せられ、大人しくなる。
「さ、やるか!」
炎は更に大きくなり、そして密度も濃くなって行った。
「それぇぇぇぇっ!」
ナスカが腕を前に突き出すと、その炎が森へ突撃していき、そして四散する。
爆発音、閃光、爆風。
シェリンが目を開くと、森が燃えていた。
それは明らかに目の前のナスカが使った魔法のせいだろう。
「熱による大気の移動を使ったファイアボールを単独で使う魔法だが、まだまだだな」
ナスカの言葉に、シェリンはまだ呆然としたままだった。
これだけの魔法が使えるのに伸び悩んでいると言っていたナスカ。
シェリンは手足が震えるのを感じた。
「あ、あの、ファイアボールって二度と使わないんじゃ……」
「水と火のファイアボールはな。だが、これは火だけの物だし、あそこまで危険じゃないし」
ナスカは平気な顔をして言う。
だが、この威力は相当な殺傷能力であり、戦争になれば敵の数千を相手に出来る魔法だろう。
「で、でもこんな魔法、人に使ったら──」
「人になんて使わないって。これがあれば魔法の効かないアンデッドだって物理的に倒せるだろ? 他にも広範囲の荒野を開拓したい時なんかにも便利だし」
「あ、うん……」
シェリンは胸をなで下ろす。
冷静に考えれば、ファイアボールを封印するようなナスカが、魔法を戦争の役に立てることなど考えるわけがない。
「ま、これはしばらく誰にも教えないしな」
「そうだね、悪いこと考えるかもしれないしね」
炎に包まれる森を眺めながら、シェリンはつぶやいた。
「じゃ、次はシェリンの出番だ」
「え? 私?」
「あれを、消してくれ」
ナスカは、目の前の森の火事を指さす。
「え? ええっ!?」
「じゃ、早速やってくれ」
「無理っ! 無理だよあんなの!」
「大丈夫、お前なら出来る!」
「私には出来ない!」
「出来るまで帰さない」
「うわーん!」
シェリンは泣きながら、延々と消火作業を続ける羽目になった。
全てを消火し切ったとき、ぐったりとして、ナスカに背負られて帰ることになった。




