第二節
「そういうわけなので、決められるなら、次の休みまでに決めるように。それ以降はこちらで勝手に決めるからな」
困惑のざわめきが広がる教室。
だが、それも仕方がないだろう。
白魔法科二年生の一クラス。
落第しかけたナスカもなんとかこのクラスに籍を置くことが出来た。
二年に上がったところで、特に変わらないつまらない授業が続くのかと思いきや、二年から合同演習というものがあるようだ。
これは、実際に学校外に出て、魔法の実地訓練をしてくるものなのだが、グループを組んで行う。
これがなかなか難しく、大抵の生徒は自分でグループを組むことができない。
なぜなら、条件が厳しいからだ。
・おおよそ5人程度、4人から6人のグループを作る
・グループ人員の属性は全員別でなければならない
・最低一人は白魔法科および黒魔法科双方の人間がいなければならない
一見簡単なようだが、白魔法科と黒魔法科の間にはなんとなく溝があり、普段の接点はない。
元々の知り合いがいるならともかく、大抵は相手の科に友達はいない。
そこには根深い問題があり、なかなか難しいのだ。
元々の対立の歴史なんて、今の学生には関係のないはずではある。
だが、やはり歴史は歴史である。
先生の世代、先生の先生の世代の対立が、この世代へと遺伝してしまっていることも往々にある。
そもそも魔法使いというものは多くが自分の魔法自分の属性が一番だと思っているところがある。
その上、方向性が異なる魔法を使うとなると、もう理解できない人種となるのだ。
ナスカのように、黒魔法の属性を持つのに白魔法科にいるような人間は、白魔法科の人間も黒魔法科の人間も大して変わらないことを知っているが、大抵の人間はそうではないのだ。
交流がないことによって、「嫌われているかも?」と思い込んでいる生徒が多く、それ故に「だったら、こちらも親しく出る必要はないよね」と勝手に思うことも多いのだ。
だが、実際には多くの属性があり、それらが相互協力することで大きなパフォーマンスを発揮することが出来る。
それは口で言っても理解がなかなか難しい、だからこその合同演習なのだ。
チームを自分たちで決められる生徒はほとんどいない。
だから、ほぼ全員先生が決めたチームで演習を行うことになる。
そうなると、相手の科はもちろん、同じ科の友達とも同じチームになれないため、困りどころでもあるのだ。
「うーん、まあでも、別に誰とでもいいしなあ」
ナスカは基本的に人見知りしないため、誰とでもうまくやっていけるので、チーム構成はどうでもよかったりもする。
「どうでもよくありませんわ」
そんなナスカのつぶやきに答える者がいた。
透き通るような白い肌と長く雑じり気のない金髪。
折れそうな細い身体。
見た目も流れる血も、生粋のお嬢様。
「何でだよ、エメリィ」
「……まずは、そろそろその呼び方をやめていただけませんか? 私には枢機卿様からいただいた、エメルフィーという名前があるのです」
「長い上に格好悪い」
ナスカはあっさり言う。
「枢機卿全否定!? ……私の名前ですし、かりそめにでも尊重していただけませんか?」
「いやでも、エメリィの方が可愛いからいいんじゃないか?」
ナスカが言う、特に深い考えのない言葉に、彼がエメリィと呼ぶ少女は一瞬で真っ赤になる。
元々の肌が白いだけにその辺かは一層分かりやすい。
「……ナ、ナスカ様がそうおっしゃるのなら仕方がありませんね」
エメリィは顔を隠すためにナスカに背を向ける。
「で、何がどうでもよくないんだ?」
「……? 何のことですの?」
「いや、さっきどうでもよくない、とか言って現れたじゃないか」
「あ、ああ、そうでしたわね」
エメリィが軽く息を吐く。
「先生にお任せすると、私とナスカ様が一緒のチームにならなくなるかも知れませんわよ。裏から先生に手を回す方法もありますが、ナスカ様はお怒りになりますでしょ?」
「んー、まあ、そうだろうな」
ナスカは軽く返事をする。
ナスカは基本的にいつも軽い性格ではあるが、一度エメリィに切れたことがある。
それは彼女が、金の力で教師を動かそうとした時だ。
ナスカは怒った上で、二度と話しかけるな、と言った。
その時はエメリィが泣いて反省して謝ったことで仲は戻ったのだが、それ以降、それまでちょっとお高く止まっていた感のある彼女が少し接しやすくなった。
更に、それまでも入学前からの知り合いで仲はよかったのだが、その事件以降、いつもナスカについてくるようになった。
簡単に言えば、これまでわがままが通ってきたお嬢様が叱られて、ナスカが気になる存在になったのだ。
「チームが違ってしまえば、ナスカ様のお世話が出来なくなりますわ」
エメリィが困った様子で言う。
「いや、別に世話なんて要らないぞ。まあ、どうしても困ったら、白魔法科の子は優しいから同じチームになった子が助けてくれるだろうし」
「演習は黒魔法科の方も一緒ですのよ! あの人たちは白魔法の悪いところを見つけては大声で笑うのですわよ!」
「いや……まあ、そういう奴もいるかもしれないけどさ」
見てきたかのように言うエメリィに、呆れ気味に言うナスカ。
「それに私はナスカ様のお父様に、ナスカ様をよろしくと頼まれたのです。その責務を全うできなくなりますわよ」
「いや、だから、それは親父の社交辞令みたいなもんだって」
エメリィの父は、上位の貴族であり、また敬虔な信者でもある。
同様に信者であり、また白魔法使いとして名のあるナスカの父と親交が深い。
そして、ナスカの父はナスカを無理やり白魔法科に入れたことからやけにならないかと心配し、エメリィに頼んだところはある。
エメリィは純粋なお嬢様であることもあり、頼まれたことには責任を持ってしまうのだ。
「どうしてもって言うなら、チーム作ればいいけど、知り合いいるのか?」
「黒魔法科になんか、知り合いなんていませんわ」
平然と言うエメリィに、知り合いいないのにどうして見て来たかのような黒魔法科の悪口が言えるんだよ、と突っ込みたくなったが、言っても意味がないので言わなかった。
「ナスカ様はお知り合い、いらっしゃらないんですの?」
「あー、んー、いないことはないけどなあ……」
ナスカはシェリンの顔を思い浮かべる。
「あいつはどうなんだろなあ……」
「お知り合いがいらっしゃいますのね。確かに黒魔法科は殿方も白魔法科よりも多いと聞きますし」
「いや、女だけどな」
ナスカがいうと、エメリィが傍目でも分かるほどに驚く。
「ナ、ナスカ様? その方はどういう関係の方ですの? 親しいんですの? か、可愛い方ですの?」
「どうしたエメリィ、とりあえず落ち着け」
「……は、はい。申し訳ありません……」
エメリィは大きな深呼吸をした。
「そ、それで、その方はどなたですの?」
「んー、シェリンっていう、この前の最終補習で会った子なんだけど」
「最終補習……ということは、黒魔法科最下位の方ですのね」
エメリィは少しだけほっとする。
そんな人間なら自分が太刀打ちできる、と思ったのだろう。
「そんな方は私たちのチームには相応しくありませんわ。せめて足を引っ張らない方でないと」
「いや、俺も最下位なんだがな……」
「ナスカ様は私と一心同体です! だからいいんですの!」
「そんなものになった覚えはないが……ま、知っててちょっと話をしたってだけだから、向こうもいきなりチームを組もうと言われても困ると思うな」
「そうですか……」
エメリィが複雑な顔をする。
黒魔法科の知り合いがいるならチームが組める。しかし、ナスカの知り合いで女生徒というところがあまり気に入らない。
だから、これで良かったのか悪かったのか分からない。
「ま、チームを作りたいって言うなら、また考えよう。他に何かできるかもしれない」
ナスカが立ちあがる。
「今日は帰ろう。校門まで送る」
「はい、ありがとうございます」
エメリィは少しだけ嬉しそうにそう言って、自席に荷物を取りに行く。
カードゥ魔法学園は基本的に全寮制である。
殺傷力の高い事もある魔法使いを、不安定な育成中の状態で外に出せない、演習や夜間講習など夜間に及ぶ授業も多いことからの規則なのだが、あくまで原則だ。
貴族の子等はほとんど寮に入っていないし、特殊な種族の生徒は寮での集団生活を嫌い、やはり寮には入っていない。
エメリィはまさにその貴族の令嬢であり、毎日送り迎え付きで家に帰っている。
「お待たせいたしました」
帰る用意を持って、戻って来るエメリィ。
「じゃ、行くか」
「はいっ」
二人は教室を出る。
廊下は下校する生徒、話しこんでいる生徒が沢山いて賑やかだ。
「あ、ナスカくん、エメルフィーさん、さよなら」
「おう、明日」
「ごきげんよう」
挨拶を交わしながら歩く廊下。
階段を下り、出入り口に向かう二人。
そこは、色々な学年や科の生徒が入り混じる空間。
喧騒も大きいが知り合いも少ない。
「あ、いた!」
そんな中、聞いたことのある元気な声が響く。
一瞬だけの静寂と、視線の集中。
振り返るナスカが見たのは、こちらを指さす少女。
「シェリン? もしかして俺に用か?」
「うん、そう! えっと……ゲレゲレ?」
「……お前はどの科にいても落ちこぼれたと思うぞ?」
「そんなことないっ! ど忘れしただけ! えっと……なんだった?」
思い出そうと試みたものの結局思い出せないシェリン。
「俺は麗しのダンディだ」
「そう! 麗しのダン……あれ? 違う気がする!」
「よく気付いたな、結構頭がいいぞ」
「そ、そうかな……えへへへ……」
褒めてもいないのに照れるシェリン。
「ナスカ様、こちらのユニークなお方はお知り合いですの?」
「あ、そうそう、ナスカ!」
エメリィの問いに、シェリンが割り込む。
「あー、まあ、知り合いのシェリンっていう劣等生だ」
「ひどい!」
「で、こっちはエメリィだ」
「ごきげんよう」
「あ、こんにちは」
挨拶を交わす二人。
だが、ナスカはエメリィが少し不機嫌になっている事が分かっている。
彼女は黒魔法科を良く思っていないからだ、とナスカは思った。
実際は、見知らぬ少女がナスカと仲がいい事を気に入らないのだが。
「あー、とりあえず二人とも悪い奴じゃないから……」
「そんなことより!」
これからエメリィを説得しようとしていたナスカの言葉を遮り、シェリンが言う。
「ねえねえ、合同演習でチーム組まない?」
「へ? ああ……」
「こっちでね、友達三人とチーム作ったんだけど、白魔法科の人が必要だったから、入ってくれると嬉しいな。あ、エメリィさんも一緒に」
一方的に話すシェリン。
エメリィは少し呆気に取られている。
「んー、まあ別にいいぞ。こっちもチーム探してたし」
「ナスカ様!?」
「? 駄目か? さっき探してるって言ってたから」
「いえ……駄目ではありませんが……」
エメリィが複雑な表情を見せる。
「? いいんだよな?」
「……ええ、構いませんわ……」
「ほんと!? じゃ、他の子呼んで来るね」
そう言うと、シェリンは走り去って行った。
「……ナスカ様、あの方とはどういうご関係ですの?」
エメリィが少し不安げに訊く。
「言っただろ、最終補習の時に会ったんだよ」
「……それだけにしては、とても仲がよろしくありません?」
「そうか? まあ、話しやすい奴ではあるな」
ナスカはシェリンの去った方向を見つめながら言う。
エメリィは、何か言おうとしたが、シェリンが戻って来るのが見えたため、言わなかった。
「呼んで来たよ!」
嬉しそうに戻って来るシェリン。
彼女が連れて来たのは黒魔法科の制服を来た二人の女生徒だった。
一人は黒い髪を左右で束ねた少女。
気の強そうな顔で、じっとこちらを睨んでいる。
もう一人は肩にかからない程度の髪に知的な瞳、そして非常に小柄な身長の少女。
「あのね、こっちの人がエメリィさん、でこっちが……えっと、ゲルマン?」
「お前はなにか、俺を忘れる呪いでもかけられてるのか?」
「違うよ! 覚えにくい名前なの!」
「いや、絶対違うと思う」
こんなやり取りの中でも、ちょっとしたピリピリ感が漂っている。
「ま、こっちの紹介はこっちでやるから、そっちの紹介してくれ」
「う、うん……あのね、この子がアールヴァンテ。アールって呼んでるの。雷属性なの」
シェリンは黒髪の少女を紹介する。
アールと呼ばれた少女は、挨拶もせず、ふん、とそっぽを向いた。
「で、でね、この子が……」
「ボクはトーイネルヴィ。長いからトイネって呼んでね。風の属性を専攻してるんだ。よろしくね」
シェリンが紹介する前に、小柄な少女は自ら名乗った。
「あ、あのね、トイネは成績は黒魔法科一番なのよ」
シェリンが負けずに紹介する。
「じゃあ、そっちも紹介してよ」
「ん、ああ、こっちが……たしかエメルフィーだったっけ。長いからエメリィって呼んでる。光属性の魔法を使う」
「よろしくお願いしますわ」
ナスカの紹介に、エメリィが頭を下げる。
「あ! あの技の人?」
突然シェリンがエメリィに尋ねる。
「? 何の事ですの?」
「あの、えーっと、確かフライングえめるフラッシュファイナル」
「……それはおそらく、ナスカ様が私の名前で遊んだだけですわ。私はそんな技なんて持ってません」
そう言いながら、エメリィはナスカを睨む。
「ま、そんな事はともかく。俺がナスカ。まあ、一応水属性って事になってる。シェリンとは最終補習で会った」
ナスカは適当に自分の紹介を終えた。
「で、この五人でチームって事で───」
「ちょっと待ちなさいよ」
突然割って入ったのは、先ほどからずっと黙っていた、黒髪のアール。
「あんた、最終補習受けるような成績最下位の役立たずなんでしょ。なんでこんなのとチームを組まなきゃならないのよ」
アールはナスカを指さして言う。
「あー、まあ言いたい事は分かる……」
「聞き捨てなりませんわね!」
ナスカがやんわり受け流そうとしたところ、エメリィが受けて立ってしまった。
「ナスカ様を悪く言う事は許しませんよ」
「いや、さっきお前、シェリンの事全く同じように言ってたじゃ……」
「ナスカ様は黙っていてくださいまし!」
「…………!」
いつも淑やかなエメリィの大声に、ナスカは黙ってしまう。
「そもそも白魔法なんて金持ちが道楽でやってる役立たずなのに。回復魔法が使えるからまあ、足手まといでも我慢してあげてもいいのに、それが使えないなら必要ないのよ」
アールは見た目通り気の強い少女で、やはり白魔法を嫌っていた。
だが、そう言われて黙っているエメリィではない。
「白魔法は教会で研究されてきた由緒正しいものですわ。黒魔法こそ田舎貴族の道楽にお恵みいただいて生きながらえて来たのではありませんの?」
「何よ!」
「何ですの!」
エメリィとアールが一触即発の状態で対峙している。
こんなところで魔法でも使われたら停学や退学にすらなりかねない。
しょうがないので、ナスカは仲裁に入る事にした。
「まあまあ、ここはワシの顔に免じて引いてはくださらんか」
「何者よあんた!」
「ナスカ様はお黙りくださいまし!」
矛先がナスカに変わっただけだった。