第四節
「やあ、よく来たね、ナスカ君と、三人の淑女達」
エメリィの父であるモールガット卿は、優しく穏やかに彼らを迎えた。
口に髭を蓄えた、優しそうな容貌。
だが、それでいてどこか威厳のある風格。
これが上級貴族でかつ、敬虔な信者であるモールガット卿という人物だ。
同じ信者でも、教義に反するものを否定し、忌み嫌うナスカの父とは違い、全てを愛せよという教義の基本中の基本を守っていて、信者でない者や、教義に反するものですら、愛すような大らかな人物なのだ。
「まあ、せっかく来たんだから、自分の家のようにゆっくりして行きますのでお気遣いなく」
そして、そんな人物にも平然といつもの口調で話せるのが、ナスカなのだ。
「ナスカ様、そう言っていいのは、ホスト側の人間だけですわよ……」
「ははは、だが、そう言ってもらえるのは嬉しい。ナスカ君は家族みたいなものだからね」
卿はそんなナスカの事をとても気に入っていて、将来ナスカをエメリィと結婚させてモールガット卿を継いでもらおうと考えている。
どうもナスカには自分にない魅力を感じているようなのだが、そのあたりはナスカやエメリィには分からない。
「まあ、見ての通りここは何もない田舎だが、ゆっくりして行ってくれ。ああ、何なら明日からは裏の森を使ってもいい」
「裏の森というと、例のあれ、ですか?」
「うむ、あれだな」
「? ナスカ様がどうしてご存知ですの? 去年はお見せしてないと思いますが」
エメリィが不思議そうに小首をかしげる。
「いや、知らないけどさ」
「……何を答えようと思ってたのですか?」
「知ってる風を装うと、思わず喋るかなと思ってさ」
「知らなくてもお話しいただくところでしたわ」
エメリィは呆れたように頭に手を当てる。
「ははは、相変わらず面白いな、ナスカ君は」
「よく言われます」
「事実ですがっ! ご自覚があるのならもう少し自重を!」
「まあまあ、それで、裏の森は、全てうちの敷地になっていてね。どれだけ魔法を使っても誰にも文句は言われないんだよ」
「へえ、そんな森あったんだ」
ナスカは初めて聞いた森のことに、少しだけ驚いた。
「何で去年は教えてくれなかったんだよ」
ナスカはエメリィに言う。
「で、ですが、去年はナスカ様、魔法がほとんど出来ませんでしたし、行っても余計なコンプレックスを与えてしまうと思いまして……」
エメリィは申し訳なさそうに答える。
「まあ、そうだったかもしれないなあ」
去年のナスカと言えば、無理やり押し付けられた水魔法という属性に対して、全くやる気がなく、むしろ魔法自体が嫌いになりかけていたのだ。
そんな時だからこそ、思いっきり火の魔法が使える森は、絶好のストレス解消の機会だっただろうが、エメリィはそれを知らないのだから、そんな気遣いになるのも仕方がない。
「ま、水や光の魔法ではそれほど使うこともないだろうが、今回は黒魔法のお嬢さん方がいると聞いてたからね。裏の森がちょうどいいのではないかと思ってね」
「あ、はい、ありがとうございます」
アールが三人を代表して礼を言う。
「まあでも、思いっきり魔法使えるのはアールだけじゃないのか? トイネはすぐに疲れるし、シェリンは残念だし」
「残念って何!?」
シェリンが抗議をしようとするが、彼女は卿の威厳になかなか喋れないでいる。
「まあでも、確かに思いっきり魔法が使えるのはありがたいかも知れませんね。なあ、シェリン」
「え? あっ! うん! 魔法使いたいっ……ですっ!」
シェリンが慌てて同意する。
ナスカはシェリンがいればいくらでも魔法が使えるのだ。
「そうか、それでは頑張ってくれ。私は明日には帰ってしまうが、今日は君たちの歓迎のためにささやかだがパーティーを開こうかと思っている」
「ありがとうございます。あ、シェリンの食事には必ずカカス人参を──んぐう」
ナスカの言葉をシェリンは慌てて封じる。
「ほう、シェリンさんはカカス人参が好きなのかい?」
「嫌いです! 親の仇です! 天敵です! ナスカですっ!」
ナスカの口をふさいだまま、シェリンは慌ててそんなことを言う。
「ふむ、ナスカ君か。これは入れないわけにはいかないな」
「嘘です! ナスカじゃありません! えっと……カカス人参です!」
「だろうな」
シェリンは一周して同じ食物に至った。
「えっと、えっと……そう、う○こですっ!」
「……女の子がそんなこと大声で言うもんじゃないぞ?」
「え? え? ……うわーん!」
シェリンは泣きながら走り去ろうとしたが、行き場がないのでアールに抱きついた。
「ま、私は女性の嫌がることはしたくない。今回はカカス人参は出さないでおこう」
卿は穏やかに笑い、そう言って戻っていった。
「ふう、やっぱり偉い人といると疲れるな……」
ナスカがため息をついて肩を落とす。
「……全くの嘘ですわね?」
「うん、貴族相手に何の気遣いもなかったしね」
「ナスカのカカス!」
「本当、そういう性格は逆に尊敬出来るわね」
「いや、言いたいことは分かるけどさ、シェリン以外。俺だって結構気を使ってるんだぞ? 何しろモールガット卿はエメリィの親だし可愛がってるからな。エメリィの扱いが悪いと、怒るかもしれないしな」
「……普段の扱いが悪いという自覚はあるのですね」
エメリィがため息混じりにつぶやく。
「まあな、エメリィと一緒にいると気兼ねしないから、俺も自由勝手に振舞ってるし、扱いがいいとは言えないな」
「そ、そのおっしゃり方は卑怯ですわ!」
ナスカの言葉に、エメリィは少し頬を染める。
「? どういうことだ?」
「知りませんわっ!」
ふい、とエメリィがそっぽを向く。
「ねえ、私は?」
「お前はカカス」
「ひどい!」
シェリンはナスカの額をぺしぺしと叩く。
「自分が言われてひどいと思うことを人に言うな」
「ナスカはひどいからひどいこと言っていいのっ!」
「シェリンはカカスだから優しくしてやろう」
「なんか嫌! 嬉しいけど嫌!」
シェリンが半泣きになる。
「大丈夫か? 疲れたのか? 横になるか?」
「優しさが今は嫌! もっと厳しく!」
「よし、厳しくしよう」
「え?」
「シェリンは今日から毎食カカス人参のみ」
「厳しすぎる!」
「シェリンはわがままだなあ」
「ナスカがひどいだけ!」
シェリンは泣きながらナスカの額を叩く。
「それで、これからどうするのよ?」
そのやりとりを見に見かねたアールが割って入る。
「退廃的に過ごす」
「まだ諦めてませんでしたの!?」
「俺がそう簡単に諦めるとでも──」
「おやめくださいまし」
「分かった、やめようか」
エメリィが止めると、ナスカはあっさりとやめた。
「で、どうすんのよ?」
「裏の森に行くか?」
「うん、ボクは行ってみたいところだね」
「私も、行きたいと思ってたわ」
「じゃ、俺も行くか」
「あ、じゃあ私も──」
「シェリンは温泉だな」
「どうして!?」
「美肌効果があるからな」
「美肌効果って何?」
「お前の頭は帽子の飾りか」
「帽子が飾り!」
「温泉はまた今度にいたしましょう。それでは準備をさせますのでお待ちくださいまし」
ナスカに主導権を握らせたままではいつまで経っても話が進まないと思い、エメリィが主導して仕切り始めた。
このチームは大抵ナスカが仕切ることが多いのでみんな自然とナスカの決定を待っているが、そうなると全く話が進まないこともある。
そういう時は、大抵エメリィが仕切ることが多い。
何故、エメリィかと言えば、エメリィの言うことなら、ナスカも大抵は従うからだ。
「じゃ、そうしましょ」
「そうだね、どのくらい待てばいいの?」
「休憩場所の準備と軽食をお持ちするだけですからすぐですわ」
「そうか……シェリン、ちょっと来い」
「え? う、うん」
ナスカはシェリンを読んで部屋の隅に向かう。
「な、何?」
シェリンが妙に緊張する。
「わかってると思うけど、俺は火の魔法を使いたい。だから、そばにいてくれ」
「そばにいてくれ!?」
シェリンが驚いて叫ぶ。
「馬鹿お前、大声出すな!」
シェリンの声は、部屋の中心にいる三人にも十分聞こえる声だった。
「ナスカ様!? 何のお話をしていらっしゃいますの?」
エメリィがこちらに向かって歩いてくる。
「いや、今日俺、寒気がするからさ、誰かにそばにいて欲しいと思ったんだよ」
「それなら私が一緒におります! 暖めても差し上げます!」
エメリィがナスカの片腕に自分の腕を絡める。
「わ、私だって出来るよ! 私の方が暖かいもん!」
シェリンが思いつめた表情で、もう片方の腕を絡め対抗する。
「私ですわ!」
エメリィがナスカを自分の方に引き寄せる。
「私っ!」
シェリンも自分の方へと引っ張る。
「いててっ! お前ら落ち着けっ!」
両腕を引っ張られて、ナスカは苦しそうに叫ぶ。
それでも二人とも収まらなず、、ナスカは大声で説得を始めた。
離れたところで見ていたアールが、ボソリと一言つぶやいた。
「自業自得ね」




