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白い黒と黒い白  作者: 真木あーと
第五章 白と黒の退屈
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第三節

挿絵(By みてみん)

「ここどこ……?」

 シェリンのあまりの問いに、ナスカは呆れる。

「お前は今まで何聞いてたんだよ」

「え? おいしいハチミツ料理の作り方とか」

 シェリンは中空を見上げ、今喋っていた内容を思い出していた。

「確かにお前一人で熱く語ってたけどな、そうじゃなくて、ここ何日かの話だ。俺たちはどこに来たんだ?」

「それが分からないから聞いてるんだよ」

「質問が悪かったかな。俺たちの目的地はどこだ?」

「それくらい知ってるよ、マーグでしょ? エメリィさんの別荘があるんだよ」

 凄いでしょ、と言わんばかりにシェリンが胸を張る。

「そうだな。それを話した俺に教えるとか、そんな事はもはやつっこみもしないが」

「うんうん。で、それがどうしたの?」

「ここがそのマーグだ」

「ええっ!?」

 シェリンが驚く。

「いや、どうしてそんなに驚くんだよ? 目的地に着いただけだろ?」

「うん……でも、何にもないよ……?」

「そりゃあ、田舎だからな」

 シェリンは辺りを見回して、四方に走り回る。

「どこ見ても森ばっかり!」

「それが田舎ってもんだろう」

 シェリンをもの知らずだと知っているナスカにしても、彼女の態度はあまりにもものを知らなさ過ぎた。

「シェリンは城下町を出たことがほとんどないんだよね、多分」

 状況を察したトイネが聞く。

「え? うん。この前の雪山が初めてかな」

「へえ……」

 この世には一生を一つの町だけで過ごす人間も珍しくはない。

 町と町の間が遠く離れていて、その町を出るだけでもおおごとということも往々にしてあるからだ。

 とは言え、発展した交通と、その中心にある城下町は例外と言ってもいい。

 あらゆる町と街道でつながっていて、魔法を使った移動装置もあるため、少なくとも町を出ること自体、そう難しい事ではない。

 だがシェリンはそんな城下町すら出たことがほとんどないのだ。

「まあ、何だ。お前のそのもの知らずさは、経験の乏しさに原因があるようだな」

「そんな事ないよ? 色々経験してるよ? 主に失敗だけど」

「うん、まあ、失敗はいい経験だな。だが今はそれが言いたいわけじゃないんだ」

 ナスカは完全に馬鹿にした目と、優しい口調でそう言った。

「よく分からないけど、多分馬鹿にされてる!」

「どうして分かったんだ、こんなに優しい声で言ったのに」

「目が完全に見下してた! 馬鹿にしてた! ナスカはもっと私に気遣いを!」

 半泣きでまくし立てるシェリン。

「分かった分かった。経験の乏しい箱入りのお嬢様のお世話でもしてやるから、さっさと寝ろ」

「うん……あれ? え? 今のは馬鹿にしてるのか優しくしてるのかどっち?」

「もちろん優しくしてるさ」

 ナスカがいい笑顔で言う。

「そっか……じゃ、寝る!」

「お待ちくださいまし、寝るには早すぎませんこと?」

 ナスカのからかいを傍観していたエメリィも、いきなり寝ると言われて慌てる。

 もちろん寝室は準備できているはずが、それにしてもまだ昼も過ぎていない時間に寝ると言われると困る。

「で、でも、ナスカが寝ろって……」

「シェリン、それは嘘だ」

「嘘ってどこからどこまでが?」

「お嬢様の世話をするというところから、優しくしているってとこまでだ」

「ほとんど全部!」

 シェリンはナスカの額をぺしぺし叩く。

「まあ、落ち着け。お前が騙されるのって、今に始まったことじゃないだろ?」

「あ、そっか……もっと悪い!」

 一瞬納得しかけたシェリンだが、全く解決になっていない事に気づき、より強くナスカの額を叩く。

「まあ、落ち着け。食事してから温泉にでも行って来い。確か媚薬効果があるんだったよな?」

「……美肌効果ですわ」

「へえ、そんなのあるんだ」

 それまで黙っていたアールがそこに反応した。

「美肌効果って何?」

「説明を拒否する」

「どうして!?」

 美肌の意味を聞いて一瞬で拒否されたシェリンが泣きそうな顔になる。

「読んで字のごとく以上何も言いようがないからだ」

「そこを何とか! お馬鹿で可愛い女の子に優しく教えるつもりで!」

 半泣きで少し贅沢な懇願をするシェリン。

「しょうがないなあ。ここの温泉はね? お肌を綺麗にするんでちゅよー」

「設定が子供すぎる!」

「お馬鹿で可愛い女の子だろ?」

「おーとーなーのーじょーせーいーーっ!」

 駄々をこねる勢いで叫ぶシェリン。

 大人を女の子とは言わないだろう、と思ったが面倒になってきたので適当に流すことにした。

「はいはい。ここは君の綺麗な肌がより綺麗になるんだよ。これ以上君が美しくなったら、俺は困るけどね」

 とても投げやりな口調であさっての方向を向きながらナスカが言う。

「もっと心を込めて!」

「そろそろ疲れてきたから、愉快な漫才は後にして、中に入らない?」

 シェリンの要求を、トイネが遮る。

「う、うん。じゃあ、ナスカは後でちゃんと言う! わかった?」

 そう言いながらシェリンは中へと入っていった。

「面倒くさいなあ……」

 ぶつぶつぼやきながら、ため息をつくナスカ。

「女性は殿方から見れば面倒くさいものですわ」

 ホストなのに外に残っているエメリィが笑う。

「けど、エメリィを面倒だと思ったことはないぞ? いや、会ったときは面倒だったが、この一年くらいは全く面倒じゃないな」

「それは、喜んでいいのでしょうか?」

 照れるような、困ったような表情をするエメリィ。

「いや、褒めてるつもりだが」

「ですが、殿方は面倒で手のかかる女性の方が……このお話は前にしましたわね」

「そうだったっけ? そう言えばしたような気がするな」

 ナスカは詳しくは覚えていなかったし、そんな話をした覚えもない。

 実際ははっきりそんな話をしたわけでもなく、ナスカはシェリンのような手のかかる女の子の方が好きなのかという話になっただけだ。

 だが、それを嫉妬と受け取ったナスカが言った一言をエメリィは忘れてはいない。

「エメリィは綺麗だし、頭もいいし、よく気が付くし、どこに負ける要素があるんだ?」

 それはエメリィにはかなり強力な励みになり、結局三人を招き入れることを承諾するに至ったのだ。

 それはナスカにとっては何気ない一言であり、それはエメリィも理解していた。

 だから、それ以上は何も言わなかった。

「とりあえず、中に入りましょう。皆様とお父様がお待ちですわ」

「お、おじさんいるのか?」

「ええ。お忙しい方ですから明日には帰りますが」

「そうか。じゃあ、今晩にも歓迎会だな、俺の」

「……それは、歓迎する側が行うものですわ。確かにお父様ならやると思いますが」

 エメリィが頬に手を置き、ため息を交えて言う。

 ナスカはドアをくぐり、入り口のホールに入る。

 そこは大きな広間となっており、左右に従者が並んでいる。

「さ、奥へ参りましょう。どなたか案内を」

 呆然と立ち尽くしていた三人の背後から、エメリィが声をかける。

 従者の先頭にいたメイドが彼らの前に来て、一礼をする。

「ではこちらへ」

 メイドの案内で、三人はやっと歩き出す。

 ホールからはいくつもの廊下が伸びているが、そのうち左方の廊下を抜ける。

 先頭のメイドの後、彼ら五人が続き、その後ろに更に数人のメイドが続くという長い行列。

「あれ? 去年と部屋が違うんだな」

「ええ、去年はナスカ様だけでしたから家族の部屋の一つにご案内いたしましたが、今年は皆さんもいらっしゃるので、客間の方へご案内いたします」

 一番後ろにいるエメリィがナスカの問いに答える。

「そうなのか。じゃ、エメリィだけ離れてしまうんだな」

「でしたら、ナスカ様もこちらに来られますか?」

 広い家とはいえ、別に歩いて何分もかかる距離ではない。

 別にどこでも構わないのだが、エメリィがこう言うということは、来て欲しいということだ。

「あー、まあ、こっち女ばかりだし、俺がうろついてると落ち着かないだろうから、そうするかな」

「かしこまりました。それではそのように準備して」

 エメリィが後ろのメイドに言う。

「かしこまりました。これから向かわれますか?」

「いいえ、まずは彼女たちへ部屋をご案内してからですわ」

 エメリィがそう言うと、メイドの一人が立ち止りその場で頭を下げる。

 そのまま元の方へと戻っていった。

「こちら四部屋がお客様の部屋となっております」

 後ろの話を聞いていなかったのか、先頭のメイドは並んだ四部屋を紹介する。

「よし、奥からトイネ、シェリン、アールの順番だ」

「何仕切ってんのよ。別にこっちで勝手に決めるわよ」

 アールはそう言いつつも、彼女を含めてみんなナスカが言った順に部屋に入ろうとしていた。

「荷物を置いていただいて、次に居間を案内いたしますわ」

「うん、わかった」

 一番荷物の重かったシェリンが、一番最初に出てきた。

 その後、アールやトイネも出てきて、居間へと向かう。

「それでは私たちも荷物を置いてきますわ」

 そう言って、エメリィはナスカと共に、またメイドに案内され、奥の方へと向かった。

「部屋は去年と同じでいいんだよな?」

 ナスカが歩きながら聞く。

「いえ、先ほど確認しましたが、その二つ隣ですわ。急なことで準備できているお部屋がそこしかありませんでしたの」

「へえ、あれ? エメリィの部屋は俺の三つ隣だったよな?」

「そうですわね」

「ってことは、エメリィの隣か」

 ナスカは一応納得するものの、別荘で部屋が準備できていないってどういうことだろう、などと考えていた。

 奥の廊下は客室よりは廊下の装飾がない。

 だが、ドアとドアの間は客間よりも長かった。

「こちらが私のお部屋です。何かありましたら、いつでもお呼びください」

 エメリィはそう言って部屋のドアを開く。

 それはナスカが割り当てられた部屋と、かなり離れていた。

「わかった。じゃ、荷物だけ置いてまた戻るか」

 ナスカは自分の部屋に入る。

 そこはかなりの広さで、部屋の向こうに何があるのかわからないくらい遠かった。

「相変わらず広いなあ、エメリィの別荘」

 広すぎて外にいるような気にすらなるほどの広さだ。

 広いくせに暗いということはなく、室内も自然光だけで明るくなるよう工夫されている。

「どうせエメリィは着替えたりして待たされるんだ、部屋を見て回ってやろう」

 ナスカはその部屋の奥へと足を踏み入れた。

 部屋と言っても、1フロアではない。

 ドアの向こうにもフロアがあり、いくつかのフロアをまとめて一つの部屋と呼んでいるのだ。

「へえ、こっちは空が見える部屋か。夜に星見るのにいいなあ。お、こっちは狭いぞ。本でも読む部屋か」

 ナスカはうろうろとしながら部屋を散策していた。

 すると、部屋の奥の、さらに奥にもう一つのドアを発見した。

「あれ? ここからもう一つ向こうがあるのか? そんなにここ広かったっけ?」

 そう思いながらその部屋を開ける。

 そこにはまた部屋があり、その向こうにも更にドアがある。

「えーっと? あれ? エメリィの部屋ってこんなに遠かったっけ? どんな構造になってるんだよここ?」

 そう呟きながらも、更にドアを開く。

「え?」

「え?」

 ナスカは目の前にエメリィが現れたことに、一瞬きょとんとしてしまった。

 それは向こうも同じようで、二人でじっとお互いを不思議そうに見つめあった。

挿絵(By みてみん)

 そこはドレスルーム。

 エメリィは服を着替えている最中で、ほぼ下着姿だった。

「きゃぁぁぁっ!?」

「わ、悪いっ!」

 ナスカは慌ててドアから出ていく。

「え? あれ? 間違えた!」

 あまりにも動転していたため、入ってきたドアと別のドアから出てしまったのだ。

 元の部屋に戻るには、エメリィのドレスルームを通らなければならないようだ。

「何でこんなことに?」

「その……こちらは家族のお部屋ですから、奥ではつながっているんですわ。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした……」

「あー、いや、俺が勝手に部屋を見回ってたのも悪いんだ。悪かったな」

 ナスカは、心を落ち着けようとするが、なかなか落ち着かなかった。

 彼は女性の姿を見て性的にものを考えることは悪だと父やエメリィに教え込まれているため、普段は飄々としているところはあるが、このような状況にはとても弱いのだ。

「お待たせいたしました」

 少し恥ずかしげに、エメリィがドアの向こうから出てくる。

「……じゃ、行くか」

「ええ」

 気恥ずかしげにナスカが言うので、エメリィも何も言わず、それに従った。

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