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白い黒と黒い白  作者: 真木あーと
第四章 白と黒の合体
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第三節

挿絵(By みてみん)

 野営を張った場所から、少しだけ登り、なだらかな傾斜になった場所にたどり着いた。

「この辺りがイエティのよく出没する場所のようです」

 傾斜に木々が生い茂る場所。

「いるか?」

「見当たらないね。寝てるのかな?」

「特に夜行性とは聞いたことないけど」

 五人は注意深く周囲を見渡しながら、移動する。

「イエティは大抵の魔法は通用するから大丈夫だろうけど、ある程度の頭脳もあるから、潜んでる可能性もあるよ。注意したほうがいいね」

「大きさは、人より少し大きいくらいだったよな?」

「そうだね。力が強くて、雪道の移動では人はかなわないみたいだね」

 斜面の奥側に回りこむと、そこには森林が広がっていた。

 山の斜面とは思えないほどの大きな森。

「ん? 何だこれ」

 ナスカはそこに切り倒された木々を見つけた。

「木が折れてるね」

 一本二本ではない。

 何本もの木が、奥まで一直線に折られていた。

「昨日の吹雪でしょうか?」

「いや、吹雪でこんな一直線に折れるか? 何か生き物が木をなぎ倒して進んで行ったような気がするんだが」

「そうなるとやっぱりイエティでしょうね」

「だと思うけど……にしては倒れてる木々の幅が広くないか? そもそもイエティは木々をなぎ倒すほど大きくないだろ?」

 ナスカの言うとおり、その森は確かに木々が生い茂ってはいるが、密集しているわけではない。

 人が歩いていれば木を避けなければならないが、別にそれほど大変というわけでもない。

 むしろいちいち木々を倒して歩く方がよほど体力を使うだろう。

「えっと、どういうこと?」

「つまり、イエティが荒れてなぎ倒したか、余程慌てていたか、それとも、別の巨大な生き物か」

 ナスカが言うと、空気が凍る。

 木々をなぎ倒して進む生き物。

 それはイエティ退治どころではない事態だ。

「この先に行ってみるか? 場合によってはイエティかもしれないが」

「…………」

「…………」

 誰も答えられなかった。

 何せここは現実の雪山。

 強い相手と戦って命を落とす危険性もあるのだ。

「……あんたはどう思うのよ?」

 アールは、自身それが卑怯だと分かっているが、ナスカに判断を預けた。

「俺は行かない方がいいと思う。万が一の可能性でもあるなら、まずは他の可能性を探った方がいい。他を探していなかったらここに戻ってくればいいだろう」

「──そうね。それがいいと思うわ」

 アールと、他の三人もほっとした表情をする。

 昨日の吹雪でも命の危険性を味わった。

 それは、四人の心の中に本人達は気が付かないまでも、死への恐怖心を生んだのだ。

 ナスカはどちらかというと全く逆の考えではある。

 死の危険を乗り越えるというスリルを好み、それにわくわくしてしまうという極めて男性的な思考を持っているのだが、ナスカ自身、それが彼女らの意思ではないことを知っている。

 ナスカの好奇心は奥へと行きたくて仕方がないのだが、それがチーム全体の意思ではない、と感じ、行かないことにしたのだ。

 だが、彼の好奇心とわくわく感は、すぐに、大いに満たされることになる。


 ドゥゥン


 地響き。

 木々が揺れて雪を落とす。

 なぎ倒された木々の道から、怪物が現れた。

「……イエティ? いや……!」

 その怪物は、彼らが教えられたイエティとほぼ同じ姿をしていた。

「で、でも、人間よりちょっと大きいだけって言ってなかったっけ」

 その姿は、人の倍、いや、それ以上ある巨人だった。


 ドゥゥン


 歩を進める度に、地面が揺れる。

 声が、出せなかった。

 一歩も動けなかった。

 五人は、ナスカを含め、その場に立ち尽くしていた。

『…………!』

 巨人が、ナスカたちを認識した。

『……オオオオォォォォォッ!』

 少なくとも、味方と認識した者には上げないであろう雄叫び。

 その、あまりの大きさに、エメリィとシェリンが尻餅をつく。

「逃げるぞ!」

 ナスカが言うと、アールとトイネは坂を走り降りる。

 ナスカもそれに続こうと思ったが、エメリィとシェリンが動かない。

「どうした! 危ないぞ」

「腰が……力が出ません」

 エメリィが慌てているのは分かるのだが、立とうとしても立てない状態に陥っていた。

「わ、わ、わわわっ」

 シェリンはパニックになって、立てないまま、転がって逃げようとしていた。

「ナスカ様、私にかまわずお逃げになってください!」


 ドゥゥン


 一歩一歩近づいてくる巨人イエティ。

 ナスカに恐怖がないわけでもない。

 今すぐにでも逃げ出したい。

「そんな事出来るわけないだろう」

 だが、彼女らを置いていくわけには行かない。

 ナスカは、エメリィを背負う。

「しっかり捕まってろ」

 ナスカはエメリィを背負ったままシェリンの元へ。

 一人なら何とかなるが、二人を背負うことは難しい。

 だが、もう時間はない。

「シェリン!」

「え? わわっ!」

 ナスカはシェリンを前から抱きしめて持ち上げる。

 見る限り、ナスカとシェリンが抱きしめあって、シェリンが足を浮かせている状態になっている。

 本来なら、お姫様だっこにすれば一番なのだが、ナスカもかなり焦っており、そこまで考えが至らなかった。

「逃げるぞ!」

 二人を背負い、ナスカが走る。


 ドゥゥン……ドゥゥゥン……


 巨人イエティが追ってくる。

 その速度は本来のイエティよりは緩慢だが、雪上を二人背負って走るナスカが引き離せない程度の速さはあった。

「くっ、どうする! ……うわっ!」

 雪の斜面。

 ナスカは足を取られて転倒する。

「きゃぁぁぁっ!」

 そのまま斜面を転がり、雪の深い場所に落ちた。

「痛てて……大丈夫か?」

「な、なんとか……」

 シェリンの声がすぐそばから聞こえる。

 ナスカとシェリンは抱き合ったまま転げ落ちたので、二人で雪に埋まった。

「エメリィは?」

 背中にエメリィがいない。

「どこだ、エメリィ!」

「あ、あそこ!」

 エメリィは、二人が落ちた手前の、まだ雪が深くない場所で寝転がっていた。

「エメリィ!」

 反応がない。

 気絶しているのかもしれない。

 巨人が迫っている。

 エメリィの後ろには、巨人がいるのだ。

「くっ!」

 ナスカは迷わず魔法を使った。

 火を巨人の顔にぶつける。

『アアアアァァァァァァ!』

 巨人は顔を背ける。

 手は抜いていない。

 効いてはいる。

 だが、大きなダメージではない。

『オオオオォォォォォォッ!』

 巨人は、よりいきり立ってナスカを睨む。

「まずい! シェリンはここにいろ」

 ナスカは自分がターゲットになったことで、少なくともエメリィやシェリンが安全になったと判断して、逃げようと思った。

「だ、大丈夫! ついて行く」

 議論をする暇はなかった。

 ナスカは深い雪を抜け、エメリィとは逆方向に走る。

 シェリンはそれに続く。

 シェリンもパニック状態は抜けたとは言え、まだ冷静ではないだろう。

 残った方が安全だったのだが、ナスカと離れることに恐怖を感じたのだ。


 ドゥゥゥゥゥゥゥン!


 背後からの轟音。

『ヴォォォォォォ!』

 巨人が、先ほどナスカたちが落ちた雪深い場所に落ちた。

 体重が重いだけあって、腰まで埋まっている。

 しばらくは登って来れないだろう。

「逃げるチャンス……いや、エメリィがいる。俺たちの代わりにエメリィが襲われるかもしれない……」

 戻って、エメリィを背負ってまたこちらに来る。

 それが出来ないわけではないが、場合によってはすぐに巨人が上がってくる可能性もある。

 リスクが高すぎる。

 ナスカは、辺りを見回す。

 少し離れたところに、小さな丘がある。

 丘というよりもこちらから見れば崖のようであり、一旦斜面を登らなければその上にはたどり着けない。

「よし、あそこに行くぞ」

「う、うん」

 ナスカはシェリンの手を取り、丘へと走った。

「ど、どうするの? ここに来ても追ってくるでしょ?」

 巨人は、こちらへの威嚇をやめてはいない。

 抜けたら、一直線にこちらに来るだろう。

「まあな、だから、倒すしかない」

「倒せるの? さっきの魔法ほとんど効かなかったよ?」

「俺だけでは無理だな。お前にも協力してもらうぞ」

「え? わ、私?」

 急に振られたシェリンが驚く。

「水玉を、作ってくれ。一番大きなのを!」

「え? あ、ああ、うん……」

 ファイアボール。

 赤の魔法使いの長年の研究成果。

 ナスカは、それを使うつもりだった。

 この場を何とかするにはそれしかないだろう。

 だが、まだ一度も使った事はない。

 練習すらしていないのだ。

「じゃ、じゃあ……あれ?」

 シェリンが水玉を作ろうとする。

 だが、そこに水玉は生まれなかった。

「どうして? あれ? どうしよう! わわっ!」

 シェリンがパニックになりかける。

「何故だ? 精霊がいない? いや」

 闇に光の精霊がいなかったように、ここに水の精霊がいない、というわけではない。

 雪は、それ自身が水そのものだからだ。

 そして、水魔法使いなら、凍る世界でも水玉を作るのは容易なことだ。

「落ち着け、多分お前が落ち着いてないからだ。とりあえず落ち着け」

 ナスカは、シェリンがまだパニック状態であると判断した。

「え? うん、あ、わ!」

 シェリンもそれを理解したようだが、だからと言って落ち着くことは出来なかった。


 ドゥゥン


 巨人が今にも穴を抜けようとしている。

 ナスカも少し焦る。

「あ、あのっ!」

 シェリンが叫ぶような声で言う。

「なんだ!」

「だ、抱きしめてっ、ぎゅっと! 多分それで落ち着くから!」

「!」

 ナスカは思考が停止した。

 こんな時に一体何を言い出すんだよ、そう言いたかった。

 だが、考える暇はない。

 そんな時間はなかった。

「分かった!」

 シェリンを力を込めて抱きしめた。

「ん……!」

 勢いでシェリンの肺が押され、白い吐息が出る。

 シェリンの荒い息。

 高速の鼓動。

 お互い厚着ではあるが、それらが伝わってきた。

 多分、シェリンもナスカのそれを感じているだろう。

 シェリンは最近はいつもそばにいて、演習の中で一緒に転んだり、抱いて助けたり、昨日などは裸で絡みあったりもした。

 だが、それらの時に感じた様々な感情とは違う。

 シェリンの全ての理解出来、シェリンに全てを理解されたような、そんな感情が芽生えた。

 それは決して不快な感情ではない。

 巨人の地響きと雄叫び。

 その中でも、何も怖くなかった。

 呼吸や鼓動の共有は確かに一人でないことを確認でき、落ち着くことが出来た。

 シェリンの言うとおり、呼吸はすぐに収まり、鼓動も少しだけ遅くなった。

「うん、もう大丈夫」

 シェリンは落ち着きを取り戻した顔で笑う。

 そして、手のひらを開く。

 今度はちゃんと水玉が生まれた。

 今まで見たこともないくらい大きな水玉が、宙に浮いていた。


 ドゥゥン……ドゥゥゥン……


 巨人は既に穴を抜け出し、丘に向かって歩き出した。

「よし、炎で覆うぞ」

 ナスカは、その水玉を、自らの炎で覆う。

 大きな火の玉がそこに生まれる。

『アアアアァァァァァァッ!』

 威嚇。

 だが、ナスカもシェリンももう怖くはない。

 息を合わせて、その火の玉を飛ばす。

 それは崖を下り、巨人イエティの元へと進んでいった。

「今だ!」

 ナスカの合図。

 シェリンが念を込めると、水玉が気体と化した。


 ドオオオォォォォォォォン!


 爆発。

 いや、それはそんなレベルのものではなかった。

 慌ててシェリンの頭をつかみ伏せさせた。

 爆風が丘を登って来る。

 芯まで冷えるような寒気の中、火傷するほどの熱気が襲いかかる。

 丘の上から爆破地点までは、かなりの距離がある。

 それでもかなりの熱風が二人を襲う。

 防寒対策の服が熱を防いでくれなければ、火傷をしていたかもしれない。

「…………」

 爆発は一瞬で終わり、熱気はすぐに冷気に戻る。

 しばらく身を伏せていたナスカは、ゆっくりと身を起す。

 丘の向こう側の巨人を確認する。

「……! これは……」

 ナスカは絶句した。

 そこには、巨人はいなかった。

 雪もなかった。

 爆発が巨人も、雪も、地面すらもごっそりと奪い、ぽっかりと大きな穴が開いていた。

「も、もう大丈夫……? ええっ!?」

 シェリンも起き上がって驚く。

 想像を絶する威力。

 それを自分達で引き起こしたのだと思うと、戸惑いしかなかった。

 大地をも吹き飛ばす威力。

 それは、何を意味するのか。

「いや……」

 ナスカは首を振った。

「あ、エメリィ! あいつ大丈夫か?」

 ナスカは慌てて丘を走り降りる。

「エメリィ! いるか?」

 エメリィを置き去りにした辺り。

 爆発で窪んだ場所を過ぎ、まだ雪が残っている辺り。

 そこに雪にまみれたエメリィがまだ倒れていた。

「ふう……」

 ナスカは眠るエメリィの髪の雪を落とし、背負った。

 そのまま、大穴の方へと戻る。

 そこには音を聞きつけたアールとトイネも来ていた。

「なにがあったのよ! あの巨人は? これ、巨人がやったの!?」

 ナスカはアールに質問攻めにされる。

「いや、まあ、落ち着けるところに戻ろう。一応課題はクリアしたことになるから、麓に戻ってから話そうか」

 ナスカは、そう言うと、山を降り始めた。

 アールは、何か言いたそうだったが、黙ってそれに従った。

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