表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い黒と黒い白  作者: 真木あーと
第四章 白と黒の合体
13/26

第二節

挿絵(By みてみん)

 雪山は、彼らを暖かく迎え入れてはくれなかった。

 麓に付いたころにはそうでもなかったのだが、中腹まで登り、体力のなくなってきた頃、吹雪に見舞われた。

「これは……ちょっとやばいな……!」

 ホワイトアウト寸前の視界。

 五人はそれぞれが見えなくなる状態で、誰かがいなくなっても気づかないかもしれないような状態となった。

「みんないるか! いたらこの周りに来てくれ!」

 大声で叫ぶが、他の四人には聞こえるか聞こえないかの声だった。

 集まった四人を確認する。

 全員かなり厳しい表情だ。

 これ以上進むことは困難だろう。

「しょうがない、適当な場所を探して早いけどテントを張ろう」

「え? 今なんて言った?」

「テントを張るぞ!」

「分かった!」

 ナスカは風向きから、雪の積もりにくい場所を探し、テントを張った。

 吹雪の中で、雪上へテントを張るということは非常に難しいが、何とか時間をかけて、テントを張った。

「ふう……ようやく一息つけたが……」

 ナスカはテントの中に座り込む。

 五人入ると窮屈だが、今はその方がよかった。

 テントの中は、風がないだけで寒さは変わらない。

 どうにか人の体温で少し暖かい程度なのだ。

「ここをイエティに襲われたら終わりだな」

 既に何人かは戦闘不能、視界も悪く、体力も限界。

 こんな中、雪山に慣れているイエティが襲ってきたらひとたまりもないだろう。

「みんな、無事か?」

「なんとか……」

「私は大丈夫よ」

「手足の感覚が少しありませんが……大丈夫です」

「…………」

「? トイネ?」

 返事のなかったトイネに呼びかけるナスカ。

 トイネは、薄暗いテントの中でも分かるくらい疲弊していた。

 体力もなく、身体も小さいことから体温も冷えやすいのだろう。

 かなりぐったりとしていた。

「大丈夫か? とりあえず休め……いや、休んでいいのか?」

「どういうこと?」

「寝ると人間の体温調節機能が機能しにくくなると聞いた事がある。つまり、この寒い中で寝れば、そのまま冷たくなってしまう可能性がある」

「ええっ!? じゃあ、ずっと起きてなきゃ駄目なの?」

「俺もよく知らないが、そうなんじゃないか? さすがにこの事態は先生も想定外だろう」

 この雪山は季節によっては吹雪もあるが、この季節には吹雪になることはほとんどない。

 吹雪での演習は魔法学園ではなく、騎士団による雪の行軍演習の領域なのだ。

「……寝れないのかぁ」

 テントの中が絶望に包まれる。

 五人全員疲労の極地にあり、出来れば今すぐにも眠りに付きたい位なのだ。

 このまま一晩起きたままとなると、かなり厳しい。

「いえ、確か、裸で抱き合えば体温温存できるはずよ」

 アールの一言にテント内が止まった。

「あ、私は体内に電流流して熱の温存できるからやらないわよ」

「……その電流とやらは他人には使えないのか?」

「出来ないわけじゃないけど、電流が流れ続ける状態に雷属性以外の人間が耐えられるとも思えないわよ? 試してみる?」

「いや、いい。シェリンはどうだ?」

「ええっ!? わ、私はいいよ、びりびりするの嫌だし」

「そうね、少なくとも眠れる状態じゃないと思うわ」

 言った本人の離脱。

 シェリンやエメリィが微妙な顔でみんなの顔を見回した。

 最後にはじっとナスカを見た。

「──仕方がありませんわ」

 意を決した表情のエメリィ。

「う、うん、背に腹は変えられないよね!」

 全く同じ表情のシェリン。

「さ、ナスカ様、お脱ぎになって」

「ちょっと待て、俺はいい! 起きてるから!」

「そういうわけには行きませんわ。体力は温存しませんと」

「そうだよ、何があるか分からないよ!」

 シェリンやエメリィに迫られるナスカ。

 狭いテントの中では逃げ場がない。

「さ、お脱ぎになって」

「いや、自分で脱げるって! 脱がないけど」

「さっさと脱がないと死んじゃうよ!」

「脱いだら寒くて死ぬって!」

「だから、暖め合うんですのよ!」

 一人一人なら問題はないが、二人がかりで来られるとどうしようもなく、ナスカは雪山用の防寒具を脱がされた。

「分かった! じゃあ薄着! これならいいだろ」

「えーーー……」

「……分かりました」

 心底残念そうな顔をするエメリィ。

 開放されたナスカはそそくさと服を脱ぐ。

 薄着、と一言で言うが、普段着ている服の中の服であり、つまりは下着だ。

 神経が比較的太いナスカをもってしても、多少は恥ずかしい。

 ナスカはさっと毛布に潜り込む。

 するとそこには先客がいた。

「あ、あんまり見ないでね……その、だ、だ、抱き合うんだっけ……?」

 既に下着姿のシェリンが恥ずかしそうにナスカの右腕を抱く。

「ナスカ様、私を暖めてくださいまし」

 左側からは、ナスカの後に毛布にエメリィが抱きついてくる。

「いや……お前ら……」

 ナスカは言葉を失う。

 彼は白魔法科という女ばかりのクラスにおり、女子と話をしたり、触れ合ったりすることには大分慣れている。

 だが、彼のこれまでの人生に、下着姿の少女二人に両脇から抱きつかれるという経験はなかった。

 少女の息遣い、柔らかな肢体、甘い体臭、暖かい体温。

 健康な青少年で、なんとも思わない者はいないだろう。

 ナスカは白魔法使いで、敬虔な信者でもある父に育てられ、エメリィに女性の扱いを教え込まれてきた。

 彼の中で女性をみだりに性の対象として見ることは悪であり、許されざる行為なのだ。

 そんな彼がひどく罪悪感に駆られつつあった。

 自分がよく知っている女の子が下着姿で抱きついてきているという現状は、彼にとって必要以上に意識してしまうのは仕方がない。

 だが、彼自身がそれを許さなかった。

「お前らちょっと離れていただけませんか……?」

「離れたら暖め合えませんわ」

「うん、寒いよ。まだ寒いよもっと暖め合わないと!」

 二人は先ほどより強くしっかりと抱きしめてきた。

「いや、もうなんかね、今まで色々悪かったよ。お前ら凄いよ、凄いから離れてください……」

「駄目! 死んじゃうよ?」

「あら、ナスカ様、急に腰を曲げて、いかがされましたか?」

「わ、悪いけどっ! お、男にはね、どうしようもないことがあるんだ……。それ以上言ったら、このままテントから走り去るからな」

「駄目です! 行かせませんわ!」

 エメリィは腕だけでなく、首に絡み付いてきた。

「わ、私も行かせないよ!」

 シェリンは胴に絡みつく。

「やめろ! 色々やめろ! 行かないからやめてくれ!」

「本当に行きませんか?」

「分からないよ、ナスカはすぐ人を騙すもん!」

 二人は全く離れてくれなかった。

「お前ら……!」

 ナスカは気づいてしまった。

 この二人はナスカをからかっているのだ。

 普段ナスカにからかわれたり、主導権を握られて振り回されたりしている仕返しをしているのだ。

 そうなるともうどうしようもない。

 ナスカが騒げば騒ぐほど、二人が喜ぶのだ。

「分かった。好きにしろ。だがトイネの事も忘れるな。トイネが一番重症なんだぞ」

 ナスカは二人と、離れてニヤニヤ笑っているアールを避け、トイネに光を求めた。

「……ボク?」

 ナスカの右の右。

 シェリンの向こう側からトイネの声が聞こえた。

「シェリンはトイネと暖め合うといいと思うぞ。うん、それがいい」

 とりあえず一人でも減らそうとナスカはそうけしかけた。

「えーーー?」

 シェリンの不満そうな顔。

 がっしりとつかんだ腕を、彼女は離しそうになかった。

「トイネが冷たくなったらどうするんだ!」

「大丈夫、だよ」

 トイネは疲労に震える声で言う。

「体温は、筋肉が多い人が一番高いんだよ。だから、ナスカくんにくっつくのが一番だと思うよ」

 誰よりも空気の読めるトイネ。

 更に言えば、誰よりも人をからかうのが好きなトイネ。

「だ、だが、俺はもう塞がってるぞ」

「大丈夫」

 トイネはのそのそとシェリンを越え、ナスカのところまで移動する。

 そして、ナスカの上に馬乗りになり、そのまま胸の上に頭を下ろした。

 つまり、ナスカの胴の上に乗ったのだ。

「何してんだトイネ!?」

「右も左も塞がってたから、上に乗ってみたよ」

 力ない声で、それでもにこやかにトイネが言う。

「みたよ、じゃねえ! お前、これはまずいだろ!」

「なにが? 暖め合ってるだけだよ?」

 トイネの未成熟な肢体がナスカの胴にぴったりとくっつき、胸の辺りに頬が触れ、吐息が妙にこそばゆい。

挿絵(By みてみん)

「重い、かな?」

 トイネが聞く。

「……羽のように軽い」

 ナスカにはそう答える以外の選択肢がなかった。

「ずるいよトイネ!」

「トイネ様! ナスカ様がお苦しいでしょうから下りて下さいまし! か、代わりに私が……!」

 左右の喧騒をよそに、トイネは動く様子がなかった。

 ナスカはもうどうしようもないと思い、出来る限り早く眠ることにした。

「ねえ、ナスカくん」

「……何だ? 喋ると胸がこそばゆいんだが」

「足に何か固いものが当たるんだけど、どうにかならない?」

「どうにもならないです! ごめんなさい!」

 半泣きの声のナスカ。

「!? お、お前もしかして、下着着てないんじゃ?」

「あれ? 裸になるんじゃなかったっけ?」

 ナスカの上に乗っかるトイネ。

 彼女は何一つその身につけていなかった。

「違う違う! 薄着になるって言ったじゃないか!」

「そうだったっけ? もういいよ、眠いからこのままで」

「待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇっ!」

 ナスカはトイネをどうにかしようとするが、トイネは既にぐったりとしており、なるべくなら触れる事を極力避けたいナスカにはどうする事も出来なかった。

 そして、トイネの蛮勇を知ってしまった左右の二人。

「トイネだけにそんな格好させていられないよっ!」

「私も脱ぎます! その方がより暖かくなりますから!」

 対抗する二人。

「待て! 頼むから待て!」

 ナスカの言葉は完全に無視され、左右の少女たちは身につけている布の全てを取り去った。

「さ、後はナスカ様だけですわ」

「ちょっと待て!」

「うん、一人だけずるいよ、さあ!」

 左右から迫られ、下着に手をかけられるナスカ。

「やめろ! 本当にやめてくださいっ!」

「駄目ですわ。命にかかわる事ですのよ!」

「早く! もうみんな脱いでるんだよ」

「ごめんなさい! 明日からいい子にするから許して!」

 ナスカが叫ぶ。

 三人と、離れたところにいるアールが、にやり、と微笑んだ。

「あ、悪魔がいる……!」

「あらまあ、悪魔なら私が追い返してあげますわ」

「いや、お前ら自身がだな!」

 吹雪より騒がしいテント内。

 だがそれも、しばらくすると、疲労もあってか静かになる。

 いつの間にか吹雪が止み、静寂だけが訪れた。


「ひどい目にあった」

 色々な物を失った翌日の朝、ナスカは銀世界の中でつぶやいた。

 雪は夜のうちに止み、雪の反射で眩しいくらいの朝だ。

 まだ寒くはあるが、耐えられないほどではない。

 シェリンが料理をしようと奮闘しているが、雪上ではなかなか難しいようだ。

 アールは外に出て周囲を見回っていた。

 エメリィとトイネはまだテントの中にいるが、既に起きているので大丈夫だろう。

 二日連続での野営は二人ならずとも精神的にダメージがある。

 シェリンにしても明るく振る舞ってはいるが、疲れているのは分かる。

 ナスカは他に比べてマシというだけで、やはり辛い。

 そんな中で、一人平気そうな人間がいる。

「アールはこういうの慣れてるのか? 結構平気そうだが」

「私? ああ、まあね。遊牧民出身だから、こういう寝泊まりはある程度慣れてるわね」

「へえ、そうなんだ。ああ、遊牧民って地方で黒魔法覚えて伝承してる人が多いらしいな」

 黒魔法は地方の貴族が兵力を高めるために魔法使いに研究させて発展させてきたという歴史がある。

 遊牧民というのはそもそも存在する人種ではなく、それを望む人や定住出来なくなった人間を引き込んで来る事もある。

 それらの中に地方で黒魔法を習得した者がおり、それがその遊牧民の中で広がり、伝承して来たという事がよくあるのだ。

 それらは本来の黒魔法とは別に遊牧民の生活に特化して発展して来た。

 兵力としてよりも、自らの身を守り生活の役に立つ魔法なのだ。

 アールの、体を暖める魔法などというものはまさにそれだろう。

「そうね、ま、私はそれをやめたわけだけど、生まれた時からの生活は染み付いてるわね」

 生活に密着した魔法。

 アールが白魔法を役に立たない貴族の道楽と言った意味が分かる気がする。

 彼女がこれからどんな魔法を学び、研究して行くのかは分からないが、おそらく人々の生活に直結し、役立てるものではないだろうか。

「さて、今日も頑張るか。今日中に終わらせて麓には戻りたいな」

「そうね、トイネやエメリィは限界が近そうよね」

「ねえ、ご飯出来たよ!」

 シェリンが元気に呼びかける。

「分かった、行く。アール、悪いけどテントの中呼んで来てくれ。俺は……入らない方がいい。いや、入りたくない」

 昨日トラウマになりそうな事態に陥ったテントの中にはもう入りたくなかった。

「はいはい、分かったわ」

 アールが笑う。

 ナスカは逃げるようにシェリンの待つ方へと向かい、アールはやれやれ、とテントの中へ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ