謎の遺書、遺書の謎
「詳しく聞かせてもらおうか。じゃないと……」
「……じゃないと?」
「とりあえずお前をシバく」
その瞬間、少女の顔からサーっと血の気が引いていった。
「はあ!? お前、しょしょしょ、小学生相手に何、何考えてるのよ!」
辛うじて虚勢を張ってはいるものの、少女はガタガタと震え始めた。
破壊神だということを除いても、相手は高校生の男子である。年の離れた小学生の女子では太刀打ちできるはずもない。逃げようにも、脚力が違い過ぎて難しいだろう。確実に捕まる。
「し、仕方ないわね。お前が謝ったら教えてあげても良いわよ」
だが少女には、意地があった。
頑固になるだけの、理由があった。
が、
「すまなかった」
倉崎にはなかった。
「……ええ!?」
彼は謝った。しかも、頭を下げて。
「とりあえず、お前の兄貴がカツアゲされてたときに助けなかったのは謝る。だがよ、お前の兄貴が死んだ理由はどうしても納得できねえんだ。だから、何か知ってるなら聞かせてくれねえか?」
卑怯だな、お前。
彼は心の中で、自分自身を揶揄した。
(すまないなんて思っちゃいねえ。けど、頭下げるだけでいいなら安上がりだ。 面倒くさいことに首突っ込んじまったが、俺みてえな暇人には調度良い娯楽になりそうだからそのまま突っ込み続けてやるだけだ。別にこのガキの力になってやりたいわけじゃねえ)
たまたま道端に漫画雑誌が落ちてるから、とりあえずページをめくってみるか。つまらなかったらすぐに捨て置けばいい。
そのようなノリで首を突っ込んでみただけなのだと、彼は思い込んでいた。
一方少女は、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしていた。倉崎が頭を下げて謝るなど、彼女は微塵も想定していなかったのだから。
「お前何なのよ……。この前は、無関係な俺を巻き込むなとか言ってたくせに……」
「気が変わった。話、聞かせてくれねえか?」
「しょ、しょうがないわね……、お前みたいな極悪非道日陰男は、これで悔い改めなさい!」
悔しそうに歯ぎしりして、倉崎の目つきの悪さにも負けないくらいの眼光を放つと、少女は事の顛末を語り始めた。
「――なるほど。俺のことを英雄扱いしていたお前の兄貴は、一週間前に校舎から落ちて死んだ。その次の日、お前は兄貴の友人を名乗る男から、兄貴がお前に宛てて書いたっつー「遺書」を受け取った、と」
「そうよ。この「遺書」のことは誰にも言うなって書いてあったから……」
遺書の中身はこうだった。
――学校では日常的に虐めを受け、精神的に限界の状態だったという少年は、いつか破壊神が自分を助けてくれると信じて生きてきた。
だが、自分の憧れで尊敬の対象で心の寄り所だった破壊神は、目の前でカツアゲの被害に遭っていた自分を見捨てた。
誰も自分を助けてくれない。
正義の味方にすら、自分は嫌われている。
僕なんか死ねば良い。
破壊神なんか死ねば良い。
僕は自分で死ぬから、誰か破壊神を殺してくれ。お願いだ。
そう書き連ねて、絶望した少年は自ら死を選んだ。
遺書を入れた封筒の中に、倉崎の顔写真と倉崎の住所を書いたメモと、鞘に納められたダガーナイフを入れて――
「はぁぁぁぁぁっ」
倉崎は、かつてないほど大きなため息をついた。生じた脱力感のまま、肩を落とす。
「お前、馬鹿だろ」
「なっ! 何ですって! このク、ククククソ野郎!」
「女がクソとかいう言葉使ってんじゃねえよ、下品だろうが。つか、お前は本当に馬鹿だな。お前を指す代名詞を「馬鹿」にしたいくらいに馬鹿だわ」
散々「馬鹿」を馬鹿にした後、彼は一呼吸置いて、
「一般論的に言えば、兄貴が自分の妹に人殺しなんかさせるわけねえだろうが」
「あっ……!」
自分が書いたテストの答案が実は解答欄が一つづつズレていた、ということに気付いたときのような顔を、少女は浮かべていた。
単純なミスほど気付きにくい。
兄が死んだことがショックで冷静でいられなかった少女は、兄の遺書の内容を鵜呑みにしてしまっていたのだ。
「で、でも、確かにお兄ちゃんの字だったもん! ちょっと震えていたけど、絶対にお兄ちゃんが書いたやつなんだから!」
「んなこと知るか。それよりも、お前の兄貴は妹にナイフ渡して人殺しを誘導させるようなやつなのか? 遺書を兄貴本人が書いたとしても、怪しいのは遺書を渡してきた兄貴の友人とやらだろ」
「確かにそうだわ……」
「それによ、お前の兄貴が虐めを受けていたっていうのは事実なのか? カツアゲしてた野郎は、お前の兄貴に絡んだのはあれが初めてだって言うし、奴らに聞いてもお前の兄貴が虐めを受けていたっつー話は聞いたことがないらしいし、ニュース記事だって虐めのことなんて書いてなかったぞ」
「バ、バレないように虐めていたとかじゃないの?」
「まあそうだとしても、だ。「誰か破壊神を殺してくれ」「この遺書のことは誰にも言うな」っつーのはなんか矛盾してねえか? 誰かっつーかお前に俺を殺させたいようにしか思えねえぞ、これ。とんだゲス野郎だな」
「お兄ちゃんはゲス野郎なんかじゃない!」
「なら、決まりだ」
彼は片手でボリボリと側頭部を掻き、
「兄貴の友人とやらを取っ捕まえて吐かせる、それしかねえだろ」