くだらないこと
夢川翔、15歳。
市内の高校に通う高校1年生。
校舎の屋上から転落して死亡、遺書等は見つかっていない。
状況からして自殺の可能性が高いが、警察は事故と事件の両面で捜査中。
――これが、倉崎がケータイのニュースサイトを通して得た情報である。
事件現場となった高校が、倉崎の自宅からさほど遠くないところにあったのは意外だった。自分の世間知らずの程度に、流石に呆れもした。
(この街の治安はどうかしてる。わざわざここで一人暮らしするんじゃなかったか……)
倉崎がパッと見てみた限りでも、この街周辺ではここ一週間でニュースに取り上げられるような事件が四つも起きていた。
連続通り魔事件、連続放火事件、引ったくり事件、そして転落死事件。
通り魔事件は、夜中人気のない道で老若男女問わず刃物で切り付けるといったやり口らしく、犯人はまだ捜査中。すでに6人が犠牲となっている。
連続放火事件は、これまた夜中に犯行が行われ、一軒家が三棟被害に遭っている。こちらも、犯人はまだ捜査中。
引ったくり事件は、夕方歩道を歩いていた四十代の主婦が、車道を走り抜けたバイクに鞄を引ったくられたという概要だった。こちらも、犯人はまだ捜査中。
そして転落死事件――
こちらはまだ、自殺と確定されたわけではない。
状況は限りなく自殺に近いが、自殺をする決定的な理由が見つからないからだ。
(どういうことだ? 虐めが原因じゃなかったのか?)
少年が虐めを受けていたなどということは、倉崎が読んだ記事には書いていなかった。てっきり虐めを苦に自殺したのだと考えていた彼に取っては予想外のことである。
とすると、昨日の少女が言っていた『自分が信じていた破壊神に裏切られたから』という理由が現実味を帯びてきた。
そんな馬鹿な理由は少女の勘違いに過ぎないと思いたかった彼であるが、虐めやカツアゲが直接の原因でないとすると、そう考えるのが打倒であろう。
小学生くらいの少女が、彼が原因だと言い彼をナイフで殺そうとするくらいなのだ。やはり信憑性は高いだろう。
「……だからって何だってんだ。俺には関係ねえだろ」
自分は何もしていない。
故に、何も悪くない。
彼は自分にそう言い訳をしていた。言い訳をしなければならない程には、思い悩んでいた。
「勝手に死んでった奴のことなんか知るかっつーの。あのガキもあのガキだ。逆恨みも良いところじゃねえか。
まあ、あんだけやっとけばもう襲ってこねえだろうがよ……」
そう、自分には関係のない話。
お前が原因だと突き付けられたから少し調べてみただけ。
もうこの話はおしまいだ。これ以上面倒事に巻き込まれるわけにはいかないし、関わりたくもない。
少年に罪悪感など感じていない。悪いことなどしていないのだから。
少女に怒りを抱いているわけでもない。襲撃を受けることなど慣れきっているのだから。
――忘れよう。
――何を?
助けを求めてきた少年の悲痛な叫びも、後にその少年が自殺をしたということも。
兄の敵討ちと言わんばかりに自分をナイフで刺しにきた、幼い少女のことも。
『お兄ちゃん……お兄ちゃん……。何で死んじゃったの……? 会いたいよ……』
――頬を伝って流れ落ちた、少女の涙も。
それを見たとき彼の胸に刺さった、正体不明のナイフのことも……
それはあまりにも馬鹿馬鹿しく、彼にとってはまったく意味を持たないことである。
くだらない。無意味で無価値で無味乾燥。自分には不要なことだ。
「――くっだらねえ」
気がつけば、ハァァァとわざとらしいため息をついていた。
「くっだらねえ。本当にくだらねえよ。
……で、俺は何くだらねえことしてんだ?」
彼が住んでいるアパートの近所の、廃ビル沿いの道。
学校も終わりすんなりと自宅へ帰るはずだった彼は今、家とは逆の方向へと歩いている。
彼は――
先週少年をカツアゲしていた三人組を、後ろから尾行していた。
それはあまりにも馬鹿馬鹿しく、彼にとってはまったく意味を持たないことである。
くだらない。無意味で無価値で無味乾燥。自分には不要なことだ。
――そのはずなのに。