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God Meets Girl.〔2〕

 市内の高校で生徒が飛び降り自殺をした、という話を一週間前から倉崎は聞いていた。テレビや新聞で、ではない。クラスメイトが会話しているのを聞いて知ったのだ。

 彼はテレビも持っていなければ新聞も購読していないので、世間のニュースには疎い。

 故に、彼は自殺したという少年の顔も名前も知らなかったのだが……

「おい、ヒーローってのはどういうことなんだよ。俺はそんなもんになったつもりは一度もねえんだけどな」

 とは言っても、英雄視されるのはこれが初めてではない。

 今まで彼が倒した不良の中には、大勢の人間から怨みを買っていたり周りに害を振り撒く極悪人もいたので、一般市民の中には彼に感謝している者も少なからずいた。

 まあ、直接感謝を言ってくる人間は小数だったし、通行の邪魔を取り除いたというだけの認識しかない倉崎は、不良を倒したことを感謝されても嬉しく感じたことはなかったのだが。

「お兄ちゃんは……お前が不良絡まれている女の子を助けていたのを見て、お前に憧れていたのに……。それに、お前は不良にしか手を出さない正義の味方なんでしょ!? なのに、何でお前はお兄ちゃんを助けてくれなかったのよ……」

(女の子を助けた? ……ああ、そんなこともあったっけな。成り行きだけどよ)

 今まで倉崎が英雄視されることがあったその理由は、実はもう一つある。倉崎は、自分に攻撃してきた相手にしか暴力を振るわないからだ。

 彼は、暴力を振るうことに罪悪感がない。だが、暴力に快楽を見出だす趣向も持ち合わせていない。彼はあくまで正統防衛をしてきただけなのだが、そのほとんどの相手が不良共だった、というだけの話なのだ。

(―――ったく、どいつもこいつも何勘違いしてんだか)

「……いいか小娘。俺は、正義の味方なんかじゃねえ。通行の邪魔をしてくる小石を退けてきただけだ。てめえの兄貴とやらにヒーロー扱いされるほど立派じゃねえんだよ。

 この間だってそうだ。てめえの兄貴をカツアゲしてた野郎は、別に俺に絡んできたわけじゃねえ。だから助ける義理もぶっ飛ばす理由もなかったんだよ。それくらい分かれ」

 地面にへたりこんでいる少女に向けて、彼は容赦のない言葉を投げ落とした。

「なっ――何よこの嘘つき! 偽善者!」

「嘘ついた覚えもねえ。てめえらが勝手に勘違いしてただけだっつーの。だいたい俺が偽善者なら、今ここでてめえに謝ってるわ」

(――おかしい)

「だったら謝りなさいよ! お兄ちゃんの遺骨の前まで行って、土下座して頭地面に打ち付けて謝りなさいよ!」

「ざけんなクソガキ。てめえの兄貴が勝手に勘違いして、勝手にカツアゲされて、勝手に自殺しただけじゃねえか。んな勝手な都合に無関係な俺を巻き込むんじゃねえ」

(――何でだ?)

「酷い……。お兄ちゃんを……お兄ちゃんを返せ!」

「返せも何も、奪った覚えがねえ。兄貴を虐めていた野郎共に言うんだな」

(――俺は何で、こんなにコイツに話し掛けてんだ? 俺は何で、こんなにイライラしてんだ……?)

 そもそも、暴力を振るうことに罪悪感を感じることがないはずの彼が、自分を刺しにきた相手を殴り飛ばしていないことが不思議なのだ。彼は殴る寸前で拳を止めたし、ナイフを叩き落としたのだって少女の身を案じてのものだった。

 通行の邪魔をするものがいれば取り除くだけ。たまたま今回は、兄貴の自殺がどうのこうのと言われたので、多少話を聞こうと思っただけなのだが……

(俺が甘いのは、相手がガキだからか? 破壊神と呼ばれてようが、所詮俺も人の子か……)

 とりあえず倉崎は、そうやって自分を納得させようとしたのだが……

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……。何で死んじゃったの……? 会いたいよ……」

 少女の目から、大粒の涙。

 アスファルトの上に水溜まりができてしまうんじゃないかというくらい、ボロボロと零れ落ちる。

 ――チクり。

 何かが、倉崎の胸に刺さった。

 それは、今彼が踏み付けているナイフよりも鋭利で――

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 ――グサリ。

 彼が今まで経験したことのないような痛みだった。

(くっだらねえ……)

 彼はそれを認めなかった。

 認めたくなかった。

 認めたらきっと、後悔することになるだろうから。

「いつまでも泣いてんじゃねえぞ、クソガキ。こんなもんで俺を殺せると思うなよ」

 彼は踏み付けていたナイフを拾い上げ――

 ボキン。

 刀身をへし折った。

 これで会話は終わりだ、とでも言うように。

「二度と俺の前に現れるんじゃねえ。それから、人を失う痛みを知ってるなら人を殺そうとすんじゃねえ、クソガキが」

 彼は二つに分断されたナイフを通学鞄に放り込み、

「次人を殺そうとしたら、容赦なく壊す」

 逃げるようにその場立ち去って行くのだった。



 ――やはり、何かがおかしい。

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