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God Meets Girl.

 あれから一週間後――

 倉崎は再び、廃ビル沿いの路地を歩いていた。うだるような暑さから逃れるように、スタスタと自宅のアパートを目指す。

 今日の学校もひたすら退屈だった。こうして下校しているほうが、風景が見れる分まだ面白い。

 もっとも、いくら退屈だからといって、不良に絡まれたいとはちっとも思っていない。彼はケンカに快楽を見出す性質は持ち合わせていないのだ。

 もし仮に、彼が三度の飯よりケンカが好きなバリバリの不良少年だったのなら――

 今頃この街には、彼にケンカを売る不良など一人も残っていないだろう。ケンカ相手など破壊され尽くしているに決まっている。高校入学からわずか三ヶ月で、だ。それほどまでに、彼の強さは人間離れしているのだから。

 そんな破壊神が歩きながら考えていることといえば――

 今日の夕飯のおかずである。

 一人暮らしをしている彼には食事を作ってくれる親はいないが、三食コンビニ弁当という不健全な食生活はしていない。昼食以外はすべて自炊している。

 昼食も、朝早くから自分で弁当を作って学校に持っていくのが面倒くさいだけで、休みの日は基本的に自炊だ。

(エビフライは一昨日喰ったし……、今日はハンバーグにすっか。ソースはケチャップか、それともデミグラか……)

 意外に子供舌な破壊神が、そんな風に思案していたところ……

「死ね!!」

 ――背後から、甲高い声。

 その声とほぼ同時に、彼の後ろから何者かが突進してきた。

 殺意のこもった怒号。口先だけでないことは明確である。が――

 彼はそれを、振り向かずにかわした。

 ビニール袋が風に飛ばされるように、ふわりと。

 その程度の芸当は、彼にとっては無意識下のうちに行える範疇のものだった。

 彼は幼い頃からケンカを売られてきたが、当然その中には「不意打ち」というものも入っている。角を曲がったら鉄パイプ、ドアを開けたら金属バットなど、何回経験したシチュエーションだかわからない。

 故に彼は、ただ歩いているときでさえ無意識のうちに警戒を張り巡らし、無意識のうちに襲撃に対応するよう、無意識のうちにインプットしていたのである。

 そして、無意識のうちに反撃するようにも。

 ――いつも通りに、目の前をうろつく蝿を叩くだけ。

 それは今回も例外ではない。

 突進をかわされ前につんのめった襲撃者の顔面に、容赦のない右ストレートを……

「――っ!」

 すんでのところで、彼は拳を止めた。

 自らの意識でか反射的にかは微妙なところだが、拳は止められた。

 彼の拳からわずか3センチのところでギュッと目を閉じている襲撃者は……

 どう見積もっても小学生くらいにしか見えない、小さな小さな少女だった。

 年の頃は10~12才といったところか。ウェーブのかかったふわりとした栗色のロングヘアーをしている少女は、ロリータ調の服に身を包んでいて、西洋人形と見間違うような可愛いらしい外見をしている。

 破壊神なら触れただけで壊れてしまいそうな、細枝のような少女の腕。その先には――

 鈍色にびいろの、ナイフ。

 左右均整の形状で両側に刃の付いたダガーナイフが、少女の右手に握られていた。

「――刃渡り5.5センチ以上の剣は国内じゃ銃刀法違犯なんだがな。お前、何のつもりだ?」

 少女が握っているナイフは、明らかに刃渡り5.5センチを超えていた。少なくとも刃渡り10センチはある。この年頃の少女が持つには、あまりにも似合わない武器だった。

 もっとも、子供に似合う武器などあるのかは不明だが。

「うるさい! 私はお前を殺す!」

 少女は慌てて後ろに下がり倉崎から間合いを取った。そして、ダガーナイフの先端を倉崎に向ける。そのナイフも少女の体も、哀れみを覚えるくらいにガタガタと震えていた。

「殺す? ――ったく何わけわからねえ宣言してんだよ。どんな決意だっつーの。だいたいなんで俺が殺されなきゃならねえ」

 もっともな疑問だった。不良ならともかく、このような幼い少女に刃を向けられる覚えなど彼にはない。

 彼の質問対し、少女は怒りで震えながら、ゆっくりと口を開いた。

「……お前が……、お前がお兄ちゃんを殺したんだ! だから私がお前を殺す! そう決めたの!」

(お前がお兄ちゃんを殺した? ……何を言ってるんだこのガキは)

 倉崎は逡巡した。具体的な心辺りはないが、返り討ちにした不良共の中にもしかして死者がでていたのかもしれない。今まで考えたことはなかったが、それは十分有り得る話だった。

 彼の拳は、棒立ちの状態からの体重を込めないパンチですら、人の骨にヒビを入れることができるほどの強度を誇るのだ。その拳はもはや、少女が握るダガーナイフ以上の凶器に等しい。そんなものをほぼ毎日人に向けていたら、死人の一人や二人でていてもおかしくはないのではないか。

(まあとりあえず……)

 バチンッ!

 倉崎は一瞬で間合いを詰め、目にも留まらぬ速さで少女の手首をはたいた。

 はたいたといっても、彼は人差し指の第一間接付近で掠らせるくらいのことしかしていないのだが、それで充分だった。

「痛っ!!」

 ガラガラと、ナイフが少女の手から離れて地面を転がる。倉崎はそれを、少女が拾えぬように左足で踏み付けた。

「ガキがこんなもの人に向けんじゃねえ。危ねえだろうが」

 倉崎にとっては、素人丸出しのへっぴり腰で構えられたナイフなど少しも怖くはない。過ぎた武器は自らへ返ってくる、危ないのはむしろお前の方だ、と彼は言いたいのだ。

 手をはたかれ武器を失った少女は、その場に崩れ落ちうずくまった。赤く腫れ上がった右手首を左手で押さえている。

「……ううっ、痛いよ……」

 痛いで済むのなら幸運だと思うべきだろう。破壊神にナイフを向けておきながら、まだ意識を保っているのだから。

 今まで破壊神を襲撃した人間は、たいてい気絶するほどの反撃を喰らっているのだし、破壊神襲撃の代償としては安価なものである。

「……ったく仕方ねえ。おい、俺が誰を殺したって?」

 事と次第によっては、彼は刑務所に行くことになるのかもしれないのだから、とりあえず少女から話を聞き出そうと考えた。

 少女はキリリと倉崎を見上げ、怨みのこもった目で睨み、

「お前がお兄ちゃんを殺したんだ! お前が、お前が……、ヒ、ヒック……グスン……」

 とうとう少女は泣き出した。涙がボロボロと地面に零れ、鳴咽混じりの声になる。

「お前がお兄ちゃんを……グスン……見捨て……たから……、お兄ちゃんは……ヒック」

(見捨てた? 殴り殺したとかじゃなく、見捨てただと? それこそ覚えが……はっ!?)

 覚えはあった。

 一週間前、今彼が立っているのと同じ場所で……

 彼は一人の少年を、見捨てた。

 救世主を見つけたかのような顔をした、あの少年を。

 悲痛な叫びを上げていた、あの少年を。

「お前が、虐められていたお兄ちゃんを見殺しにしたから……、お兄ちゃんは自殺したの! 全部……、全部お前が悪いんだ!」

(自殺……だと?)

 少女の瞳に宿るのは、圧倒的な実力差を見せ付けた破壊神に対する恐怖すら超える、全てを燃やし尽くさんばかりの、黒い炎。怒りと憎悪と悲しみを掛け合わせた負の感情の塊が、メラメラと燃え上がっている。

「……もしかしてお前、一週間前ここでカツアゲされてた野郎の妹か何かか?」

「そうよ! この……、ひ、人殺し!」

「……アイツは、自殺したのか?」

「お前が見捨てたからね! お前が……お前のせいで……」

 少女が吐き出す言葉は、倉崎を少なからず動揺させた。お前は間接的に人を殺したのだとという糾弾は、変化に乏しい彼の顔を曇らせるくらいの効果はあったようだ。

「……ちょっと待て。「見捨てたから」? ……それはどういうことだ、詳しく説明しろ」

 虐めを受けていたからならわかるのだが、見捨てたから、というのは一体どういうことなのだろうか。彼はうずくまる少女に疑問を投げ掛けてみた。

「お兄ちゃんは! ……破壊神のことを、ヒーローのように思っていたんだ。なのに……お前がお兄ちゃんを見捨てたりするから……、お兄ちゃんは、唯一の希望を亡くして……」

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