表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

茜色を見上げながら〔3〕

「ごめんね、沙理奈ちゃん。怖い思いさせちゃって」

 華憐は申し訳なさそうに、苦笑いをした。

「大丈夫です。……華憐さんは、よくああいうのに絡まれるの?」

「そうね~。さすがに住宅街歩いてて絡まれたのは初めてだけど、駅前とかだとしょっちゅうかな」

 沙理奈は納得した。確かに、華憐ほどの美しい女性なら、寄ってくる男はごまんといるだろう。

 再び帰り道へと歩き出しながら、華憐は続ける。

「たいていの奴らは、磯菱の娘って言えば逃げ出すんだけどね~。ホントはこんな手使いたくないんだけど、ムカつく奴らが多過ぎるから利用させてもらってるんだ。ってゆーか、どっか遠くの街の高校に進学すれば良かったなー。失敗失敗」

 華憐は、深く溜め息をついた。

「この街……嫌いなんですか?」

「この街ってゆーか、父親が嫌い。アタシの父親、磯菱グループの社長が、ね」

 華憐の表情が少し、険しくなった。

「あんまり語りたくないんだけど、とにかく嫌な奴でさ。あまりにも嫌過ぎて、中学生の頃から一人暮らしを始めたの。でも……ミスったー! こんな街、残るんじゃなかったなー」

「何か、残りたい理由でもあったんですか?」

 その質問に、華憐は何故か、頬を染めた。

「……えっとね、猛っていたじゃん? あの子供っぽい子」

「探偵さん……ですね」

「そう。アタシ、アイツのことが好きだったの」

 至極あっさりと、華憐は言った。

「ええ!? そうなんですか!? でも……『だった』?」

「そう。過去の話なんだよね。この街の高校に入学して、しばらくしてから知ったんだ。猛にはもう、彼女がいるってこと」

 失恋の話を語っているのに、華憐の顔は晴れやかだった。どうやら、未練はないらしい。

「アタシが中学生のとき、さっきみたいな輩に絡まれている所を、たまたま通りかかった猛に助けられたの。それで、一目惚れ。その後、猛は名刺を出してきて、『三崎探偵事務所を経営してます! 三崎猛という者です! よろしかったらご利用下さい!』って言ってきたのよ。まだ中学生のクセにね。実際事務所なんかなくて、ただ探偵を名乗ってただけだし」

 どうやら、その想い出がよっぽど愉快だったらしい。華憐は声をあげて笑い出した。

「何でも、小さい頃から推理小説とか読んで、探偵に憧れてたらしいのよね~。探偵って職業に誇りを持っているみたいだし。実際は地味な仕事ばかりなのにね~。当時から色々と優秀な子で、人捜しとか人物調査とか浮気調査とか得意だったんだけど、所詮中学生だから、全然儲からなかったらしいよ」

「そうだったんですか……。そういえば、元執事って言ってけど、それは?」

「そうそう! 猛ったら家事とかそーいったことも得意だからさ、アタシの執事にしようと思ったんだよね~。一人暮らし始めてから、家事とか大変だったからさ」

 まあ、猛を側に置いときたい口実だったんだけどね。と、華憐は照れ臭そうに付け足した。

「めちゃくちゃ頼み込んだら、一週間って期限付きでやってくれたの。猛に『お嬢様』って呼ばせて、ホント楽しかったな~」

「……確かに、それは面白そうだわ」

 二人は共に、クスクスと笑った。

「まあ今は、探偵と依頼主の関係だね~。しょーもないこととか真面目なこととか、とにかく、アタシが一番、三崎探偵事務所を利用してるかな。常連さんって感じ。まあ、単なる友達、とも言えるね」

 友達、という表現は、沙理奈にはしっくりきた。喫茶店での二人のやり取りが、そういった感じだったからだ。おそらく、沙理奈に対しても、華憐は友達として接しているのだろう。沙理奈には、そんな華憐が不快ではなく、むしろ心地良かった。

(奈々お姉ちゃんに、似てるな……)

 沙理奈は、華憐を自分の従姉妹いとこに重ねてみた。見た目はまったく似ていないが、気さくな性格がそっくりなのだ。だからだろうか、華憐とは会ったばかりなのに、親しく話せる。

(気が少し……楽になったかしら)

 兄が死んでから今まで、泣かなかった日はなかった。


 誰を怨めばいいのか。

 倉崎という明確な対象を提示され、彼をひたすら呪った。襲撃に失敗してからも、呪った。再襲撃の計画をたてる前に倉崎に遭遇してしまったときは、化けて出てやることを望んだ。


 誰を怨めばいいのか。

 それが今日、分からなくなった。

 あらためて考えれば、兄の死には謎が多過ぎる。なにより、倉崎が頭を下げて謝ってきたのだ。気勢を、削がれてしまった。


 ――そうだ。

 自分には、やらなければならないことがある。

 実際自分に出来ることは、ちっぽけなことだけかもしれない。けど、兄の友達、そのまた友達が、協力してくれている。自分が怨んでいる相手も……とりあえずは、協力してくれている。


 兄の無念を晴らす。

 それが沙理奈にとっての、全てだった。


(この世界は、私から大切なモノばっかり奪ってくる。だったら、私は……)


 精一杯、抵抗するしかないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ