並木道を歩きながら
「えっと……、詳しいことは、何も……。『僕は翔くんの友達で、彼からこれを預かったんだ。妹の沙理奈ちゃんに渡してくれと頼まれたから、渡しに来たよ』としか。自分のことは何も話してくれませんでした」
もっと色々聞いておけばよかったと、沙理奈は悔やむような顔をした。
「なるほど……」
猛は5秒ほど目を閉じると、
「では僕は、早速今から、捜索を開始しますね! その人が市内に住んでいるんなら、明後日の夕方には、居場所とプロフィールを報告出来ると思います!」
筆箱とスケッチブックを鞄にしまいながら、頼もしくそう言った。
「オーケー。さっすがアタシの執事ね。期待してるわよ」
「だから僕は探偵です!」
ウインクをしてみせた華憐に、猛は子供っぽく頬を膨らませた。
「あの……」
沙理奈が、おずおずと口を開く。
「どうかしましたか?」
「よろしく……お願いします……。私、どうしても知りたいんです……、なんで、お兄ちゃんは死んじゃったのかを……」
その声はか細く、震えてもいた。だが、使命感にも似た決意が、確かに、滲み出ていた。その目も、消し切れない悲しみを浮かべてはいるものの、それを乗り越え兄のために行動しようと、気丈だった。
このままでは、終われない。ケリをつけなければ、兄は報われない。必ず、仇を、打つ。
口には出さなくても少女が思っていることは、倉崎の視覚と聴覚を通して、痛い程リアルに伝わってきた。
――くだらねえ。
もし、自分を殺すように仕向けた奴が存在するなら、腹立たしいからぶっ飛ばそう。そのために、とりあえずは協力してやろう。と、彼はそう思っておくことにした。
四人が喫茶店を後にしたときには、時刻はすでに夜の6時を回っていた。まだ空は明るいものの、日も徐々に沈み始めている。
倉崎、沙理奈、華憐の三人は、途中で猛と別れた後、並木道を歩きながら、それぞれの家へと向かっていた。歩道の左右両側に桜の樹が直線状に植えられただけの、アスファルトによる舗装もされていない、素朴で閑静な通り。街の再開発により建物が増え、さらには不良グループの横暴などによって治安が悪いと言われるこの街では、喧騒を忘れてのどかになれる、貴重なスポットになっているのだ。
三人とも途中まで帰路が一緒なので、フリルのスカートを揺らしながら前を歩く沙理奈の後ろに、けだるそうに歩を進める倉崎、前カゴにハンドバッグを入れたママチャリを、両手で押しながら歩く華憐、といった構図になっている。
「つかよ、警察に頼るっていう選択肢は考えてねえのか?」
いまさら思い浮かんだもっともな疑問を、倉崎は二人に投げかけてみた。とはいっても、翔が遺した遺書に倉崎の名前が入っている以上、警察に届け出れば彼も警察の取り調べを受けることになるのは免れないわけだから、警察に関わるのを避けたい彼としては、警察に届け出たいなどと微塵も思っていない。一般人の自分達だけで事件を解決しようとする、どこぞの推理小説のような展開に、単純に疑問を抱いただけだ。
「お前バカ? 脳みそちゃんと機能してるの?」
「ぁあ?」
沙理奈が振り返らずに、毒を吐いた。年下の少女にこうもあっさりと馬鹿にされ、倉崎は僅かに顔をヒクヒクさせる。
「もしよ、もし……もし仮に、お兄ちゃんが本当に、私にお前を殺させようとして、遺書を書いたりナイフを仕込んだりしたんなら……、警察に話せるわけないじゃない。お兄ちゃんの悪い噂が……世の中に広まっちゃうじゃないの」
沙理奈は不安げな表情を見せた。
「確かに、兄貴がそんなゲス野郎だなんて、世間様には知られたくねえよな」
「お兄ちゃんはゲス野郎なんかじゃない!」
沙理奈は後ろに体を反転させ立ち止まり、倉崎を睨みつけた。
「いや、お前さっき『仮に』っつったろ。仮の話だよ仮の」
倉崎は呆れ、ボリボリと自分の後頭部を掻いた。こいつは少なからず、ブラザーコンプレックスの気があるのではないか、とも思った。
「そもそも、この街の警察は役立たずでムカつくからね~」
華憐が溜め息混じりに愚痴る。
「通り魔が6人も人切り裂いて、放火魔が家3つも燃やしてるのよ? 最初の事件発生から一ヶ月以上も経ってるのに、警察は何やってるわけ? ホント、役立たずのクズよね~」
「今時の警察なんて、みんな役立たずのクズだろ」
倉崎は、全国の警察官全員に悪態をつくかのように、そう言った。
「組織にしても個人にしても、不祥事起こしすぎだっての。2008年から2010年の間に、不正経理が発覚した県警は6つもあるらしいぜ。笑えるよな」
彼はちっとも笑わずに、むしろしかめっつらに近い顔になった。
「6つ!? 47都道府県の8分の1じゃない! そんなにあるとか、ホント呆れるわ~」
「た、確かに……」
華憐と沙理奈も同調する。
けだるそうに歩きながら、倉崎は続けた。
「それによ、お前らニュース観てるんなら分かるだろ? 警官のセクハラ事件や窃盗、飲酒運転に轢き逃げ。そんなの山ほど聞いてきたじゃねえか。奴らは事件解決するどころか、自分で事件こさえて話題にされてるんだぜ。もはやギャグだよギャグ。警察なんつークズ共は、全員世の中から消えちまえばいいんだよ」
「でも……」
沙理奈が僅かに後ろを振り返りながら、口を開いた。
「お兄ちゃんが言ってたんだけど、『どんな組織も完璧にはなりえないから、たくさん人がいれば悪いことをする人も出て来る。マスコミはそういうのを論って、個人の悪事をあたかも組織全体が悪いように報道するんだ』って。――確かに、警察なのにクズで腐ってて、そんな最低鬼畜野郎もいるってことは、私もよーく知ってるわ。痛いほどにね。けど、お兄ちゃんの言うことも良く分かる気がするの」
「……お前の兄貴は、立派なんだな」
「え!?」
何の気無しに、彼は呟いていた。
「な、何よお前! と、突然な、何言い出すのよ……」
自分の大好きな兄を褒められ、一瞬嬉しそうな顔を浮かべた沙理奈。しかし、相手が倉崎――かつて兄を見捨てた男――だからか、すぐにツンツンとした顔にすげ替えた。
「だがよ、やっぱり組織自体が腐ってんじゃねえの? 警察ってのは。いっそのこと街で自警団でも作って、治安の維持はそっちに任せたほうが上手くいくんじゃねえのか?」
「それは無理よ」
華憐が、きっぱりと否定した。
「だってこの街の――」
「あっ!」
華憐が最後まで言い終える前に、沙理奈が一本の桜の樹を見上げ、何かに気付いたような声を上げていた。