童顔探偵
「というわけで、これがアタシの執事です」
「違います!」
華憐の紹介をはっきりと否定したのは、10分ほど前に彼女が電話で話していた男性だった。倉崎たちが座っているテーブルの横で、姿勢正しく直立している。
「この街で、三崎探偵事務所を経営させて頂いてます、三崎猛という者です。お二方とも、どうぞよろしくお願いします!」
爽やかな笑顔と、明朗快活な声で、倉崎と沙理奈に向けて深いお辞儀をした、黒のスーツ姿の彼は、まだあどけなさの残る――有り体に言えば童顔の、若い男だった。
倉崎が抱いた第一印象は、『スーツ似合わねえな、こいつ』。
身長はさほど低くないのだが、まがり間違っても成人はしてはいないだろうと、倉崎も沙理奈も即座にそう思った。容姿は非常に恵まれているものの、中学生だと言われれば納得してしまうだろう。
「アハッ、ガキっぽいって思ったでしょ二人とも。ちなみに猛はアタシと同年代。属性はこき使われるのが大好きなマゾ、職業は執事よ」
「さっき探偵って名乗ったじゃないですか! あとマゾではありません!」
華憐と同年代ということは、倉崎の一つ年上ということになるが、むしろ倉崎のほうが猛より年上に見えた。
「まあ細かい話は置いといて、ささっ、座って座って」
「分かりましたよもう……、倉崎さんすみません、失礼します」
華憐の勝手な紹介に不機嫌そうな顔を浮かべたが、すぐに打ち消すと、再び爽やかな笑顔を浮かべて倉崎の隣に座った。
「……お前、俺のこと知ってんのか?」
まだ倉崎と沙理奈のことは紹介していないはずだが、猛は倉崎の名前を口にした。しかも、倉崎のことを怖がることなく隣に座ったということは、倉崎は噂通りの凶悪な不良ではない、ということも知っているのではないだろうか。
「はい! 倉崎さんは有名人ですから」
ニコニコと、誰にでも受けが良さそうな万能スマイルを向けて、彼はさりげなく答えた。
(……ったく、どいつもこいつも、何が有名人だ。俺の首に賞金でもかかってんのか?)
WANTEDと書かれたビラに自分の顔写真が映っているのを想像して、倉崎は顔をしかめた。あまりいい気分はしない。
「なるほど。つまり、沙理奈さんに翔さんの遺書を渡してきたという、翔さんの友人を名乗る男の居場所を捜し出す、というのが御依頼の概要ですね」
猛は大方の事情を聞き終え、メモを取っていた手帳を一旦テーブルの上に置いた。その顔は真剣そのもので、普段からその顔だったら中学生には間違われないだろう。
「そうよ。今日中にお願いね」
「無茶言わないで下さいよ! せめて二日は下さい」
二日で出来るのかよ、と倉崎は思った。
(つか、この歳で『探偵』ねえ……)
胡散臭いことこの上ないが、腕は確かなのだろうか。
「それでは沙理奈さん、その人の特徴を教えてもらえますか? 絵に起こしてみますので」
そう言って猛は、サラリーマンが使っているような黒のビジネスバッグから、筆箱とA4サイズのスケッチブックを取り出した。
「すごい……まるで、実物を見ながら描いたようだわ……」
沙理奈が、目を見開いて感嘆した。倉崎も、実物は見たことがないから似ているかどうかの判別はつかないが、猛が描いた人物画の秀逸さには素直に感心した。それほどまでに、猛の描いた絵は上手く、写実的で、写真と見まがうほどの精密さだった。
「こんな感じで、よろしいでしょうか?」
「はい。……顔も体型も服装も、そっくりです」
「相変わらずキミって器用よね~。執事辞めて画家にでもなったら?」
「だから僕は執事じゃありません! 探偵です!」
猛が描いたのは、背がすらりと伸びたスレンダーな男性だった。ワックスでさりげなく癖付けされた、ミディアムショートの髪。職業はモデルや俳優です、と言われれば納得してしまいそうな、甘いマスクの整った顔。グレイのYシャツと黒のデニムもセンスが良く、長身痩躯な彼の体型にマッチしていた。
「へ~、かなりの良い男じゃない。猛がティーンズ誌の読者モデルなら、こいつは男性ファッション誌のモデルってとこね」
「……それ、僕が子供っぽいって言ってるんですか? 見るからに中学生って言ってるんですか?」
「沙理奈ちゃん、こいつのこと、他に何か知らない?」
「質問に答えて下さい!」