とある喫茶店での話し合い〔2〕
「アタシの名前は、磯菱華憐。17歳の高校2年生よ」
倉崎に向けて、彼女はそう名乗った。
抜群のスタイルを誇る彼女がまだ高校生だということに倉崎は驚いたが、なるほど、言われてみれば、その顔にはいくばくかの幼さが滲んでいる。
しかしそれよりも、気になることがあった。
「磯菱、だと?」
倉崎は、その名字に聞き覚えがあった。いや、この国に住んでいる者なら、その名称に誰しもが共通の連想をしたことだろう。
「そう。キミが今思った通り、あの磯菱グループよ。アタシは磯菱グループ会長の娘、いわゆる社長令嬢ってわけ」
自らの素性を躊躇いもなく明かした華憐。しかしその口ぶりは、金持ちのお嬢様なら少なからず抱いているであろう傲慢も優越感も見せず、むしろ淡々としていた。
日本最大、世界でも5本の指に入るほどの大財閥、『磯菱グループ』。今から6年前、人口流出と商工業の荒廃に喘いでいたこの街――狐原市の再生に名乗りを上げたコンツェルングループだ。
僅か3年で街を建て直した、この街の救世主とも言える存在なのだが、無視できない問題が二つある。
一つ目は、磯菱グループによる商工業の独占。
この街にかつて存在していた中小企業はほとんど買収され、新たに参入してきた企業もほとんどが磯菱グループの傘下。狐原市は、磯菱グループには逆らえない、磯菱の王国となってしまったのだ。
とはいっても、この街の経済は活性化し教育施設や公共基盤も充実したので、不平不満を言う者は少ない。
二つ目は、治安の悪化。
実際には磯菱グループと関連性が証明されているわけではないのだが、磯菱グループが参入してからというもの、この街にはいくつもの不良グループが乱立して横暴を働くようになったのだ。
犯罪発生件数は6年間右肩上がり、薬物や銃刀も取引されている。若年層の不良だけでなく、近年では暴力団組織の介入も目立つ。
倉崎は、磯菱と治安悪化の関連性についてはまったく知らないのだが、この街に引っ越して三ヶ月で、磯菱関連の企業が軒を連ねている実態、明らかな治安の悪さについては気付いていた。
「んで、なんで磯菱グループのお嬢様が、このガキに協力するとかほざいてんだ? このガキの知り合いかなんかか?」
「ううん、沙理奈ちゃんのお兄ちゃんの知り合い。沙理奈ちゃんの事は、お兄ちゃん――翔が見せてくれた写真で見たことがあるだけで、今回が初対面よね。最初見たときは思い出せなかったけど」
そう言って華憐は、隣に座っている少女に同意を求めた。少女は小さく頷きながら、ピーチティーに砂糖を追加している。
どうやらこの少女は、沙理奈という名前らしいと、倉崎は理解した。兄の名前が夢川翔だったから、夢川沙理奈か。
「翔は中学時代の後輩で、それなりに親交あったから、アタシとしても放って置けなかったの。それに……」
彼女はそこで一拍置くと、
「翔の死は、自殺じゃない。少なくとも、アタシはそう確信している」
碧い瞳に意志を宿し、はっきりとそう言った。
「……どうしてそう言い切れるんだ?」
「アタシは、翔が自殺するような男には思えないの」
「自殺する奴の友達は、たいていそう言うもんだ」
「どうしてそう言い切れる?」
先程の倉崎の言葉を使って、彼女は淡泊に切り返した。
「……………」
倉崎は言葉に詰まる。
実際、彼も自殺かどうか疑わしく思っているので、反論はしない。
「まあ、そういうのはアタシの主観に過ぎないからいいとして……、調度アタシ、自分で独自に調べようと思っていたの。この街の警察は役にたたないからね。そしたらたまたまさっき、沙理奈ちゃんとキミに会ったじゃない。キミが引ったくりをソニックみたいなスピードで追い掛けてる間、沙理奈ちゃんから大体の事情は聞いといたわ」
「……つか、お前は俺のこと知ってんのか? さっきから随分と馴れ馴れしいがよ」
そういえば、引ったくりにハンドバッグを奪われヒステリー化していた彼女は、倉崎を発見するなり歓喜し、倉崎にバッグの奪還を要請した。猛スピードで爆走るオートバイを自転車で追い掛けるなど、普通の人間では絶対にできないようなことを、彼女は彼に頼んだ。彼が人間を超越した能力を持っているということを知らなければ、そのようなことは頼めないはずだ。沙理奈はほとんど、その場の勢いで命令していたようだが。
「初対面だけど、キミは有名人だからね~。それと、馴れ馴れしいのは性格よ、せ、い、か、く」
彼女はニヤニヤと笑ってみせ、
「あ、あと、『お前』とか『磯菱』とかじゃなくて、『華憐』って呼んでくれる? 名字で呼ばれるのも好きじゃないし」
「断る」
「呼んでくれなきゃ、キミのこと名前で呼ぶよ?」
子悪魔のような笑顔でそう言われ、倉崎はほんの少し、嫌な汗をかいた。
「……ちっ、分かった分かった。華憐な華憐」
3秒ほど逡巡した後開き直り、しぶしぶ彼女の要望に応えてやることに決めた。
「……そんなくだらないこと話してないで、華憐さん……、どうやって調べるっていうんですか……?」
沙理奈が、若干不機嫌そうに、おずおずと口を開いた。すると華憐は、待ってましたとばかりに、
「お姉さんに任せて! アタシには優秀な執事が付いてるから、人捜しならおてのものよ!」
(執事? ……ああそういや、こいつは磯菱グループのお嬢様だったな)
「倉崎クンもドチートな人外のバケモノで破壊神だけど、」
「誰が人外だ」
「うちの執事もチート具合じゃ負けないんだから!」
そう言って彼女は胸を張った。胸が大き過ぎてブルンブルンと揺れ、周りの座席の客が一斉に目を見張ったが、倉崎はそのような脂肪の固まりには興味を示さなかった。むしろ呆れている。
「とりあえず、沙理奈ちゃんに翔の遺書を渡したってゆー男を捜し出せばいいのよね?」
彼女はハンドバッグの中から水色の携帯電話を取り出すと、何者かに電話をかけはじめた。
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