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とある喫茶店での話し合い

 やがて、つかの間の安堵は終わりを迎えた。

 鮫島の左側を併走する倉崎が、鮫島の鞄に向けて手を伸ばした瞬間、彼は自分の死期が近づいたような感覚に、心の底から震え上がった。

「来るんじゃねえ!」

 鮫島は、自身が着ているジャケットのポケットから金色のライターを取り出し、倉崎の頭部目掛けておもいっきり投げ付けた。この速度下では正確に狙いを付けるのは難しいのだが、鮫島と倉崎の距離が近かったこともあり、ライターは倉崎の側頭部に命中し鈍い音をたてた。

 が、倉崎は動じない。

 まったく意に介さず、鮫島の鞄へと手を伸ばしてゆく――

「鞄……返せって……言ってんだろォが!」

「ひいっ!」

 初めて聞いた、倉崎の怒鳴り声。洞窟の奥に住む魔物が咆哮したような、低くドスの聞いた声が空気を震わす。

 ――さらに、見てしまった。

 倉崎の、それだけで人一人殺せるのではないかと思ってしまう、鋭く睨みつけてくる、眼を。

 かつて鮫島が味わったことのある、人を人とも見ていない、道端の小石やそこら辺を飛び交う虫ケラ程度にしか彼を見ていない、眼差しを。

「来るなぁぁぁ!」

 鮫島は、辛うじて『鞄を返せ』という言葉を理解し、金髪の女性から奪ったハンドバッグを倉崎の顔面目掛けて投げ付けた。

「死ねよぉぉぉ!! バケモノォォォ!!」

 ――魂核から叫んだ願いは、フルフェイスヘルメットの中で反響するだけ。

 倉崎はいとも簡単に、片手でハンドバッグを受け止めてみせた。

(あっ……死んだ…………)

 ハンドバッグの10センチほど向こう側から見える、倉崎の――冷酷な――眼――

 ――その瞬間、鮫島は自分の死期を悟った。




「……で、なんでこんなことになってんだ?」

 引ったくり犯からハンドバッグを取り返した倉崎は、

「それはこっちのセリフだわ! なんでお前、あの引ったくり取っ捕まえなかったのよ!」

 かつて倉崎を殺害しようとした、栗色の髪をした少女と、

「う~ん、アタシ的には、バッグ返ってきたから良かったしマジ感謝なんだけど、ぶっ飛ばせるならぶっ飛ばして欲しかったかな~、なんて。あの野郎マジムカついたし。まあ今となってはどーでもいいんだけどね~。ホント、返ってきて良かったぁぁぁ!」

 ハンドバッグの持ち主である、金髪碧眼のグラマラス女性と、

「お前は『バッグを取り返して』しか命令してこなかっただろうが。それにガキ、なんでお前がいちいち口出してくんだよ」

 三人一緒に、とある喫茶店の店内で、お茶していた。



 鮫島からバッグを取り返した倉崎は、鮫島を追い掛けることを止めた。彼にとってはあくまで、『ハンドバッグを取り返すこと』が目的であり、『引ったくり犯』を捕まえることが目的ではなかったのだ。鮫島がその事に気付いていれば、ハンドバッグをすぐに差し出していれば、あのようなデッドヒートを繰り広げることもなく、鮫島は無事に帰ることができたのである。

 そして、任務を完了した倉崎は、出発地点へと戻っていく途中で二人に再会した。その直後、話したいことがあるからと、半ば強引に喫茶店へ連れて行かれたのである。


 こうして三人は、アンティークで小洒落た内装の店内の、1番奥にある四人掛けの座席に、少女と女性が隣同士、その向かい側に倉崎といった配置で座ることとなった。


「はあ!? あのまま犯人ほっといたら、また被害者出るかも知れないでしょ? アイツ多分、この前ニュースでやってた引ったくり犯だと思うし」

 カップに注がれたピーチティーをちびちびとすすりながら、呆れ返った顔をする少女。倉崎のことを頭の悪い男だなと、本気で思っているような口調だ。

「あ、そういえば、そんなニュース見た見た! ――って、だったらやっぱりぶっ殺しといたほうが良かったじゃん! ねえねえ破壊神、バイクのナンバープレートとか覚えてない? 通報してやる!」

 溢れんばかりの乳を、これでもかとばかりにテーブルの上に乗せて身を乗り出し、向かいの席に座っている倉崎に語りかける金髪女性。馴れ馴れしい口調で、まるで友人に話し掛けるときのようだ。もっとも、倉崎は彼女のことを知らないが。

「覚えてねえ。追い掛けるだけで必死だったっつーの」

「はあ!? お前本っ当に使えない男だわ! 犯人もナンバープレートも見逃すなんて」

「バッグは取り返したが」

「黙れ天パ」

「て、天……!?」

 頬を引き攣らせる倉崎と、手に口を当て笑いを堪える女性。だが、その二人とは対象的に、少女の表情は、徐々に曇っていった。

「……人を救える力があるなら…………使いなさいよ……」

 そう言って、少女は目を伏せた。

 手を膝の上で握りしめ、小さく体を震わし、悔しそうに唇を噛むその姿は――

 引ったくり事件とは関係ない、『何か』を考えているように見える。


 倉崎は、解ってしまった。


 何故少女が、バイクを追い掛けろと必死になったのかを。

「――おい、ガキ……」

「ま、まあまあまあ。とりあえずさ、自己紹介しようよ自己紹介! これから協力して、沙理奈さりなちゃんのお兄さんの自殺の真相を突き止めるんだからさっ!」

 不穏な空気を感じ取った彼女は、偶然にも倉崎のセリフを遮るような形で、慌てて話題を転換した。

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