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白馬に乗った破壊神

「協力……してくれるっていうの?」

「そう考えて良い」

 しばらく互いに睨み合ったまま(といっても倉崎は少女と目を合わせていただけなのだが、傍から見ると睨んでいるようにしか見えない)、二人は沈黙した。

 ジリジリと照り付ける太陽。今日も相変わらずの真夏日だ。

 少女の額に、じわりと汗が滲んでゆく。倉崎も、不良共なんかよりよっぽどしつこく襲い掛かってくる夏空に眉をひそめた。

 ミーンミンミンミーン……

 蝉の鳴き声が鳴り響き、近くから聞こえてくるバイクのエンジン音と混ざり静寂を埋めた。

 少女の汗が頬を伝い、アスファルトへと落ちる。それと同時に、少女は口を開た。

「わ、私は……」

 ブォォォン!!

 突如、空気を切り裂く轟音が少女の背後から鳴り響き、少女の言葉を掻き消した。

 少女が驚いて振り返ると――

 20メートルほど向こうの角から出てきた大型のバイクが一台、猛スピードでこちらに向かってきた。

 運転手はフルフェイスのヘルメットを被っていて顔が見えないが、がっしりとした体格から男だとわかる。肩にはなぜか女物のハンドバッグがかけられていて、遠心力で後ろへとなびいていた。

 廃ビル沿いのこの路地は、車道と歩道の区別がなく狭い。当然のごとく、二人がこのまま突っ立っていたら轢かれる。

 慌てて道を空けた二人の横を、廃棄ガスを撒き散らしながらバイクが駆け抜けて行った。

「待て、待てぇぇぇ!」

 さらにその直後、バイクが走ってきた方向から叫び声がした。

 見ると、こちらへ向かって若い女性が一人、文字通りの『必死』を体全体で体現するかのようにママチャリを漕いでいた。

 ブォォォン……

 バイクは倉崎が少女と再会する直前に曲がった角を曲がり、大通りへと去って行った。

「待て……つってんだろクソヤロォォォがぁぁぁ! ……『アレ』がないとアタシは……」

 状況から察するに、女性は先程の男を追っていたようだ。だが相手はバイク。ママチャリで追いつけるはずもない。

 女性は倉崎のすぐ近くでママチャリを停め、追うのを諦めがっくりと肩を落とした。しかし、何かに気付いたのか直ぐさま顔を上げると、

「そうだ! 警察警察……って、ケータイがない!? バッグの中じゃん! ああもう、アタシのバカバカバカ! 何でポケットに入れないのかな!?」

 すぐに落胆し、ゴシゴシと頭を掻きむしった。

(なんだぁ、この馬鹿みたいな金髪は……)

 キーキーと金切り声をあげているこの女性は、顔こそ日本人だが、見事なロング金髪に見事な巨乳、スリムかつダイナマイトな体型の、日本人離れなプロポーションをしていた。

 街を歩けばモデルのスカウトなどいくらやってくるのかわからない。事実、自身が身に付けているブランド物のTシャツやブランド物のジーンズの魅力を完璧に引き出していた。

 彼女とすれ違った男なら10人中9人は確実に振り向くだろう。残りの一人はよそ見をしていて彼女に気付いていないやつだ。それほどまでに完璧な美人なのだが――

「死ね死ね死ねぇ! 脳髄ぶちまけて死ねぇぇぇ!」

 残念なことに、その顔は憤怒と後悔でヒステリックに歪んでいた。

 金髪の女性はママチャリを降りると、胸部の二つの塊をゆっさゆっさと揺らしながら悔しそうに地団駄を踏み始めた。顔の血管は浮き出て、目は血走っている。もう色々と台なしである。

「ああもう、よりによって『アレ』が入っているときに…………ってああ! 破壊神じゃん破壊神! やば、超ラッキー!」

 女性はいつかの少年のように、倉崎の存在を視認するやいなや水を得た魚のように生き生きとしだした。

「ちょっとちょっと、さっきのバイク野郎追っかけてアタシのバッグ取り返してよ! 引ったくりなの引ったくりぃ! ああもう、ム・カ・つ・くぅぅぅ!」

「……誰だお前?」

 彼はこの女性に見覚えがなかった。

 このような目立つ外見の女性と関わったならば、他人にあまり関心のない彼でさえさすがに覚えているだろうが、記憶の片隅をつついてみてもこの女性に関するメモリーは何一つ出てこない。

「細かい話は後! とにかくアイツを追って!」

「だが断る」

「ほら自転車貸すから、頑張って!」

 倉崎の拒絶を華麗にスルーして、彼女は自分が漕いでいたママチャリを押し付けた。

「……おい女、俺は断るって言ったんだが……」

「追い掛けなさいよ!」

 そう怒鳴ったのは、先程まで倉崎と対峙していた少女だった。倉崎の顔を真っすぐ見つめ、強い口調で命令してくる。

「はあ? 何でお前が……」

「いいから! とっとと追い掛けなさいって言ってるのよウスノロ! お前日本語わからないの?」

「そうよそうよ! 良いこと言うじゃないのキミ! ほらほら、早くして、ね、お願いっ!」

 女性は顔の前で両手をバシッと合わせ、ギュッと目をつむった。

「いや、追い掛けろと言われてもな……」

(コレでかよおい)

 押し付けられたのは、白銀に煌めく二輪の自転車。高級品なのだろうか、洗練されたボディをしている。

 ()()()()()()()だ。

 ギアが10段階もついていて、マックスギアでおもいっきり漕げばかなりのスピードが出るだろう。そのスピードで漕いでもビクともしなそうな、威風堂々とした体躯をしている。

 ()()()()()()()だ。

 猛スピードで走り去って行ったバイクを追うなど、常識的に考えて不可能である。

「追い掛けなさい、さもないとアンタにこれ以上何も教えてあげないわよ」

(……ったく、どいつもこいつも……。何で俺がそんなことしなきゃならねえ)

 倉崎は、自分が面倒だと思ったことには関わらない。それが自分に危害を加えたり自分の利益になるようなことなら別だが、見ず知らずの他人のわけのわからない頼みに応える理由はない。

 少女に関わろうと思ったのも、単なる暇潰し代わりだったはずだ。今すぐ別の暇潰しを探しに行ったって構わないのに。

「キリキリ動きなさいよ昼行灯ひるあんどん!」

 何で少女がそこまで必死になるのだろう。倉崎にはわからない。この金髪と知り合いなのだろうか、だから助けてやりたいのだろうか、それとも……

「……ったく、仕方ねえ」

 彼はママチャリに跨がると、ゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。

 ふとももの筋肉が躍動し、ママチャリに息吹いぶきを注ぎ込む。

 彼は一気にギアを10まで上げると、バイクが走り去った方向へ、()()()()()()()()()()()()()()()、駆け抜けて行った。

 その瞬間、辺りに気流が生まれ、少女のスカートを押し上げピンク色の下着を露出させた。

 だが少女は、それに気付く余裕もないほど、破壊神の姿に目を奪われていた。

 破壊神は、常識すらも見事に壊してみせたのだ。

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