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第9話。ヴァレリアは、ゼノンこそ本物の救世主だと確信する

【公爵令嬢ヴァレリア視点】


 私はアスフォデル公爵の娘ヴァレリア。私は思わず立ち尽くしていた。

 ガウェインを一騎討ちで破ったゼノンの傷が、再生していくのを目の当たりにしたからよ。


 ゼノンの身を覆う輝きは、まさしく聖女の使う【癒しの奇跡】と同じだった。

 いえ、魔法の詠唱もなく傷が癒えるなら、それは聖女以上の力と言えるわ。


「さあ、約束通り、明日まで休んでもらうぞヴァレリア。そしたら、この力でお前を癒してやる!」


 ゼノンが叫ぶ。

 なっ、なんてことなの……


 彼は本気で私の身を案じ、私を守るためにガウェインに戦いを挑んだのだと、思い知った。

 私がゼノンの言葉を信じず、罵倒するようなことを言ったにも関わらずよ。


 我知らず、涙がこぼれそうになる。

 ああっ、神様は……間違ってはおられなかった。


 聖女アリシアとは正反対の正しき心の持ち主に、【癒しの奇跡】をお与えになられた。

 本物の救世主を、この世にお遣わしになられた。

 

 なぜ、もっとゼノンと早く出会えなかったのかという嘆きと。

 ゼノンと出会えた奇跡に対する感動が、私の心を激しく揺るがしていた。


 しかもゼノンは、お父様によって無理やり決められた婚約だというのに、私と本気で運命共同体(夫婦)になりたいと言ってくれていた。

 ゼノンは私を婚約破棄したハロルド王太子殿下とは、まるで異なっていた。


 敗れたガウェインを見下ろして、私は8日前のことを思い出す。

 ……ガウェイン、私たちの望みは、これで叶えられるわよ。


※※※※※※


──8日前の晩、アルビオン王国の王宮。


「アンデッドを使ってこの僕の命を狙うとは不届き千万! ヴァレリア、お前とは婚約破棄だ!」


 私は舞踏会にて、婚約者である16歳のハロルド王太子殿下から、婚約破棄を言い渡された。


 他の大勢の貴族たちの好奇の視線が、一斉に私に突き刺さる。


 こんな公の場で、晒し者にするかのように婚約破棄を言い渡すなんて、信じられない暴挙だった。

 しかも、まるで身に覚えが無いことでよ。


「ハロルド様! 不気味なアンデッドが、この王宮を徘徊していたなんて、怖かったです!」


 聖女アリシアが、人目もはばからずにハロルド殿下に抱き着いた。


 彼女は平民だったが、国王陛下の病を【癒しの奇跡】で治し、陛下の大のお気に入りとなっていた。

 その上、ハロルド殿下からの寵愛も受け、彼から贈られたドレスで美しく着飾っていた。


 私はハロルド殿下から、何か贈り物をされたことなど、一度も無かった。


「おおっ! 怖がらせてすまない、アリシア! だけど、もう安心してくれ。この女は、辺境に流刑にしてやるからな!」


 ハロルド殿下は、聖女アリシアと愛しくてたまらないとばかりに抱き合った。

 二人の態度は、まるで舞台演劇の主役になったかのようだった。

 

 ハロルド殿下が、この私を昔から疎ましく思っていたのは、重々承知していた。

 愛人を作ることも王ならば仕方ないと、聖女アリシアとの浮気も黙認してきたわ。


 ……でも、この不名誉な濡れ衣だけは我慢ならない。


「ハロルド殿下、何の証拠があって私がアンデッドを使って殿下のお命を狙ったなどと、おっしゃるの?」


 扇を広げて、私はハロルド殿下に突きつける。

 なにより、殿下がアンデッドに襲われたことなど初耳だった。


「王宮に不浄なアンデッドが自然発生するものか!? 【死霊使い】(ネクロマンサー)のスキルを持つお前が、召喚してけしかけてきたのだろう!?」

「そのような覚えはありませんわ。王国の剣、アスフォデル公爵家の名にかけて誓います」


 私は凛として告げた。

 どのような窮地にあろうとも、アスフォデル公爵家の娘が、取り乱すなどあってはならないこと。


 内心の動揺は、決して見せなかった。


「それよりも、これは大事件です。いつ、どこで、どのようなアンデッドに襲撃されたのか、詳しくお聞かせください」

「ふざけるな! 見ろこの毒に爛れた傷痕を! アリシアが【癒し奇跡】で救ってくれなかったら、僕はお前の手下に殺されていたところだったんだぞ!」


 ハロルド殿下は激高して、醜い傷痕の浮かんだ右腕を掲げる。


「ハロルド様ぁ、まだ完全に治療できていなくて、ごめんなさい! アリシア、一生懸命がんばって、ハロルド様の美しい腕を取り戻しますから!」


 アリシアはハロルド殿下の腕に触れて【癒しの奇跡】を使った。ハロルド殿下の傷痕が、少し小さくなる。


 その様に私は、違和感を覚えた。

 アリシアは国王陛下の病は、1日で治したのに、なぜハロルド殿下の傷は、すぐに治さないの?


 彼女はハロルド殿下と理由を付けて会い、殿下に気に入られるために、わざと力を抑え、懸命に治療をしているように見せかけているとしか思えなかった。


 アリシアの言動もハロルド殿下に対してと、それ以外の者に対しては露骨に違っていた。特に召使いに対しては見下すような態度を取っていた。


 彼女はハロルド殿下に気に入られるように、殿下の好みの天真爛漫な少女を演じているのだわ。


「あ、アリシア、君はなんて優しくて、素晴らしいんだ! 僕はな、ヴァレリア……お前の穢らわしいアンデッドが僕だけじゃなく、僕の愛しいアリシアまでも傷つけようとしたことが、許せないんだ!」

「……ですから、それは誤解です」


 私は内心、屈辱に震えた。


 『僕の愛しいアリシア』ですって?

 今更ながらに、私への愛情など微塵も無いことを思い知った。


「おっしゃる通り、王宮内にアンデッドが自然発生するなど、あり得ません。何者かが、アンデッドを使ってハロルド殿下を殺めようとしたに違いありません」


 しかし、ハロルド殿下をお守りし、お支えするのが私の使命。これが帝国の仕掛けてきた計略であるかも知れない以上、冷静に対処しなければならない。


「ハロルド殿下を襲った大罪人が野放しになっているとあっては一大事。私が必ず犯人を見つけ出して、断頭台に送ってあげますわ」


 私はお父様から誇り高くあれと、教えられて育った。

 アスフォデル公爵家は、王国を支える最強の剣。


 民のため、平和のため、その力を正しきことに使うべし。例え王家が相手であっても間違いを犯せば諌めて、正道に導くべしと。


 そのため、ハロルド殿下が聖女アリシアの提案を受けて押し進めようとしていた孤児院への有り得ないほど多額の支援政策も中止にさせた。ハロルド殿下はご不満だったようだけど……


 今は、バルザーク帝国がその野心を剥き出しにしてきており、軍事により多くの予算を回さなければ、この国は侵略され、大勢の民が殺され、苦しむことになるからよ。


 孤児たちへの支援も大事だけど、それは帝国軍を撃退してから考えるべきだった。

 たとえ私自身が陰で、戦争したがりの『悪女』などと呼ばれようとも。

 

 今、この瞬間も、そう。

 どのような汚名を被らされようとも、己の使命に殉じ、ハロルド殿下をお支えしなければならない。


「不要だ」

「えっ……?」

「だから不要だと言ったのだ! ヴァレリア、君は僕の従姉妹。おおかた、自分の方が王座にふさわしいなどと思って、凶行に及んだんだろう!?」


 ハロルド殿下は、顔を真っ赤にしてわめき散らした。


「知っているぞ。お前が、陰で僕を王の器ではないと馬鹿にしていることを!」

「なぜ、そのようなことを……?」


 私は愕然とした。

 私はハロルド殿下の力になろうとしたことはあっても、見下したことなど一度も無い。


「心ある者が教えてくれたんだ! お前は昔から、そうだった。魔法も勉強も、僕より全部うまくできて……! 僕がお前と比べられて、どれほど苦しめられて来たと思っているんだ!」


 その時、ハロルド殿下に抱き着いた聖女アリシアが、嘲るように舌を出したのが見えた。

 まさか、アリシアが私の根も葉もない中傷を、ハロルド殿下に吹き込んだというの……?


「お前が中止に追い込んだ孤児院への支援政策も再開させる。帝国の侵略など、かの剣聖グレイヴァン辺境伯に任せておけば問題無いだろ!?」

「お待ちください、ハロルド殿下! 辺境伯にはすぐにでも援軍が必要です。でなれば、この国は……!」

「黙れ! お前は王太子暗殺未遂の大罪で、グレイヴァン辺境伯領に追放だ! そんなに戦争がしたいなら、戦地に行って好きなだけ戦え!」


 罵声と共にハロルド殿下が身を翻した。


※※※※※※


 これが、8日前のことだった。

 この時、私は絶望に打ちのめされた。


 私はハロルド殿下のために、この国のために、懸命に尽くしてきたのだけど、すべては無駄だったのだと。


 ……だけど、今ならこれで、良かったのだと思える。


 なぜなら、辺境に追放されたおかげで、運命の相手であるゼノンと出会えたのだから。

 彼と力を合わせれば、きっとこの国を救うことができる。


 今、私のすべては報われた。

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