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第8話。外れスキル【超回復】で最強の騎士に勝つ

 ヴァレリアは、顔を見る見る紅潮させた。

 しかも、拳を握り締めて、なにやらワナワナと身体を震わせている。


 建前の関係だと反論されたのに、強引にお前の夫になる男だ、なんて言ったから、もしかして怒っているのか? 

 賭けは失敗か? 現実は、ゲームみたいにうまくいかないのか……?


 だが、もはや賽は投げられた。

 俺はヴァレリアを説得すべく一方的にまくし立てる。


「まずは俺と一緒に飯を食おう! その様子じゃ、ろくに食べちゃいないんだろう? 厨房のおっちゃんの絶品料理を堪能させてやるからさ!」

「……どうやら自分の立場がわかっていないようね」


 ヴァレリアが指を鳴らすと、御者が彼女を馬車のタラップに座らせた。


「あなたを夫などとは、私は認めていないわ。大人しくそこをどかないなら、痛い目を見るわよ」


 御者は無言で、鞘から剣を引き抜く。

 その堂に入った立ち姿を見て、この男がかなりの剣の達人であることに気づいた。


「このガウェインは、シュヴァルツ・リッターの騎士隊長。私のもっとも忠実なる家臣にして、Aランクのアンデッドモンスター【死霊騎士】(デスナイト)よ」

 

 ヴァレリアは、得意そうに胸を反らして言い放った。


 デスナイトだって?

 それは軍隊1個中隊、約200人の兵士に相当する強さの魔物だ。


 しかも、生前は最強クラスの騎士となれば、その強さは規格外。おそらく、一騎当千クラスの怪物に違いない。


「あなたは外れスキルを授かって、前線にも出してもらえない落ちこぼれでしょう? とても勝ち目は無いわ。退きなさい」

「ゼノン坊ちゃま、いけまん!」


 戻ってきたフェリクスが、血相を変えて俺とガウェインの間に割って入った。

 俺の力じゃ勝てないと、青ざめたその顔が雄弁に物語っていた。


「フェリクス、大丈夫だ。下がっていろ」

「何をおっしゃいますか!」


 フェリクスが絶叫した。


「デスナイトはただのアンデッドではございません! 生前の剣技を失わぬばかりか、不死となり、より強力な存在と化しているのです!」

「……もちろん、知っている」


 俺はフェリクスをかわして、ガウェインの前に出た。


「だけど、俺は退かない。もう一度言う。俺はヴァレリアに死んで欲しくない」


 先程、外しまくった恥ずかしい台詞を言ったおかげで、俺は肝が据わった。

 今度は、乙女ゲームの猿真似じゃない。これは、俺の心からの言葉だ。


「お前は、俺が必ず救ってみせる。だから大人しく明日まで休んでいろ!」

「……ッ!」


 ヴァレリアは美しいアメジストの瞳を見開き、衝撃を受けた様子だった。

 

 腕っぷしに訴えるというなら、俺にとっては、むしろ好都合だ。

 荒っぽいグレイヴァン辺境伯家では、喧嘩騒ぎは日常茶飯事だからな。

 

 女の子を説得するより、無骨に男同士で剣で語り合う方が、俺の性に合っている。


「……ふんっ、もし、私が婚約者のあなたに手心を加えると考えているなら、甘いわよ。ガウェイン、力尽くで排除しなさい!」

「お退きください、ゼノン坊ちゃま!」


 フェリクスは、なおも俺を止めようとする。完全に俺が負けると思っているようだった。


 だが、俺はこのゲームの戦闘パートを極めた男だ。『君恋』マスターを自認する俺は、デスナイトの弱点を知っていた。

 Aランク以下のモンスターには何かしら弱点があるものだ。


 俺は手袋を外して、ガウェインに投げつけた。

 これは騎士の正当なる決闘の申し込みの作法だ。


「正気なの!?」


 ヴァレリアは唖然とした。


「フェリクス、立会人を頼む。これより俺はヴァレリア・アスフォデル公爵令嬢の騎士ガウェインに決闘を挑む!」

「ぼ、坊ちゃま……!」


 決闘に横槍を入れるのは戦士の名折れだ。フェリクスは唇を噛み締めて、後に下がった。


「力尽くっていうなら望むところだ。ヴァレリア、俺が勝ったら、大人しく明日まで休んでもらうぞ。それで、いいな?」

「……自殺行為よ。あなたは自分が何をしたか、わかっているの!?」

「俺が聖女と同じ【癒しの奇跡】を使えると言っても信じないだろう?  なら、見せてやる、この身をもって!」


 俺は剣を大上段に構えた。

 防御を捨てて攻撃にのみ特化したグレイヴァン流剣術『天の構え』だ。


 何万回と繰り返したこの構えを取ると、不思議なほど心が落ち着くのを感じた。

 この世界の俺は、剣にすべてを捧げてきた『剣聖の息子』なんだ。今まで積み上げてきた努力は、決して俺を裏切らないと信じられた。


 それに……

 朝飯のおかげで、失った血が多少戻ってきたのか、この身体に、かつてない力が漲っているのを感じていた。


 【超回復】(オーバーヒール)は、傷ついた身体をより強く作り変えるスキルだ。


 ヒールの修業で、内臓の自傷行為を繰り返した結果、俺の心肺機能は飛躍的に上昇しているようだった。


 今なら、かつてない最高の一撃が放てると確信できた。 

 

「これは俺とガウェインの正当なる決闘だ。死んでも文句は言わないし、誰にも言わせない。お前もそれで良いだろ、ガウェイン!?」

「お待ちなさい! 私はあたなの命を奪うつもりは……!」


 ヴァレリアの制止を、ガウェインの殺気が遮った。

 騎士が決闘を申し込まれて退くなど、有り得ない。


 困惑するヴァレリアは、少し脅せば俺が引っ込むと考えていたようだった。


 甘いな。俺は、破滅の運命を必ず覆すと決めているんだ。

 それに勝算も十分に有る。


「俺は帝国軍に勝つ。そのために、ヴァレリアに俺を認めさせる!」

「……ッ!」


 ヴァレリアは雷に撃たれたように身を硬直させた。


「俺はヴァレリアに俺の味方に──運命共同体になってもらいたいんだ!」


 俺とヴァレリアは、帝国軍に負ければ破滅する者同士、まさに運命共同体と言えた。そんな俺たちが協力し合わなくてどうするんだ。


「運命共同体(夫婦)? そ、そうまでして、私に夫であることを認めさせたいと……?」


 彼女は何か呟いていたが、小声で良く聞き取れなかった。


「さあ、来いガウェイン!」


 俺の開始宣言と同時に、ガウェインの巨体が爆ぜた。


 音さえ置き去りにするかのような神速の踏み込み。シュヴァルツ・リッターの騎士隊長の肩書きは伊達じゃないな。


 だけど俺は臆さない。

 ただ一点、奴の首筋に剣を振り下ろすことのみに全力を尽くす。


 モンスターには弱点部位というのが存在していた。デスナイトの場合は、首筋だった。ここに攻撃を叩き込めば、大ダメージを与えられるようにゲームが設計されているんだ。


 もっとも、強力なモンスターの弱点部位を狙うのは、至難の技だが……


「坊ちゃま!?」


 フェリクスの悲鳴。

 俺とガウェインの剣が交差した。


 右肩に、焼けるような激痛が走った。骨まで断たれるおぞましい感触とともに、鮮血が飛ぶ。


「ハァッ!」


 だが、俺は痛みを無視して、渾身の一撃を叩き込んだ。


 そう、今の俺は【超回復】(オーバーヒール)による再生能力を持っている。


 この再生能力は、ヒールの魔法を使わなくて俺自身に自動で効果が発動する常時発動型(パッシブ)であり、吐血するほどの内臓の傷をたちどころに癒してしまうほど、強力だ。


 故に、肉を切らせて骨を断つ、捨て身の戦法が可能となった。


 ゴッ、と鈍い音がして、ガウェインの首が宙を舞う。

 弱点部位に、俺の攻撃がカウンター気味にヒットしたのだ。


「えっ!?」


 ヴァレリアの呆然とした声が聞こえる。


「……俺の勝ちだぁ!」


 首を失って倒れたガウェインに、俺は剣の切っ先を突き付けた。不死であるガウェインはまだ立とうとしたが、その動きを完全に封じる。


 首を斬って倒した上にここまでやれば、誰の目にも勝敗は明らかだ。


「しょ、勝者、ゼノン坊ちゃま……!」


 フェリクスが震える声で、俺の勝利を告げた。

 際どい勝負だった。

 俺は剣を杖代わりに、その場に膝をつく。


「なぜ、動けるの!? 肩の傷が……!」


 ヴァレリアが、驚愕に目を剥く。


  無理もない。肉を断たれ、骨まで砕かれたはずの俺の右肩の出血は、すでに止まっていた。

 しかも淡い光が傷口から漏れ、見る見るうちに怪我が塞がっていくのだから。


「……アンデッド以上の再生能力!? あ、あなたは、一体!?」


 俺は苦痛に耐えながら、笑ってみせた。


「これが、俺のスキル【超回復】(オーバーヒール)の力だ!」

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