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第68話。レティシア皇女、ゼノンの配下となった剣聖バルドに捕縛される

【レティシア皇女視点】


「まさか、魔獣ディアボロスを倒してしまうなんて……ああっ! いいわ! もうあなたにゾッコンよ、ゼノン!」


 私はバルザーク帝国の第一皇女、レティシア・バルザーク。

 川辺に天幕を張って作った即席の錬金術工房の中で、私は喜びに打ち震えていた。


 ここから遠隔操作していた魔獣ディアボロスをゼノンに倒されてしまった訳だけど、それが私の恋心にさらなる火をつけた。


 ゼノンという、私をどこまでも夢中にさせる少年。彼の身体を手に入れれば、私の錬金術は、まさに神の領域に達することができる。


「今回は、ここで退くけれど、必ずあなたを手に入れて、細胞の一片まで愛して尽くしてあげるわ」


 補給基地であるダラム城を落とされ、2度も大敗した。研究用に揃えていた貴重な魔獣たちの死体も、使い切ってしまった。

 この損害は大きく、もはや本国に撤退するしかない。


 だけど、【聖女の右腕】が手に入った訳だし、キメラの研究も大幅に進んだわ。錬金術研究の成果としては上々。

 これなら、皇帝陛下も納得されて、いずれまた私に一軍を任せてくれる筈。


「失敗は成功の母。何度でもチャレンジあるのみね」


 そう私が奮起した時だった。


「……いや、おぬしはここで終わりだレティシアよ」

「えっ?」


 天幕に剣聖バルドが、すっと入ってきた。


 その瞬間、天幕内にいた2名の通信魔導師が、奴に斬られて地面に転がった。

 これで私は、本軍に通信魔法で救援を求めることができなくなった。


 あまりに予想外の事態に、さしもの私も動揺を隠せなかった。


「ど、どうやってここへ? あなたは毒に侵されていた筈では……?」


 ゼノンの【癒しの奇跡】では、毒の回復まではできないという話だった。

 だからこそ、聖女アリシアの力が必要なのだというのが、斥候が持ち帰った情報だった。


「貴様が仕掛けた毒矢など、食らってはいなかったということだ」


 剣聖バルドが、鼻を鳴らして剣を構える。


「ゼノンが、錬金術工房を構えるなら木々の多い川辺だと教えてくれてな。いくつか候補地を事前に絞り込んでいた上に、聖女アリシアから得た通信魔法の逆探知情報とやらが、決め手となった。会いたかったぞレティシアよ」

「……まさか」


 それは錬金術と通信魔法について、深い知識が無ければできない芸当だった。

 ゼノンは魔法とは無縁のグレイヴァン辺境伯家の嫡男なのに、なぜ、そんな知識を持っているの?  


 先程の戦いでも、【癒しの奇跡】が、闇属性に強いことを知っていた。かつ、私が手に入れたのが、【癒しの奇跡】の初歩でしかないと言い切った。


 ゼノンの知識の出どころが何なのか? まるで見当が付かなかった。

 この私の理解の及ばない男が、この世にいるなんて……


「それだけでは、ないぞ」


 続いて、フリッツとゲイル、かつて私がキメラ兵にしてあげた剣士二人が、天幕に入ってきた。


「お久しぶりです、皇女殿下」

「ご機嫌、うるわしゅう。本日は引導を渡しに参りました。お覚悟を」


 口調はていねいだが、この二人が私を憎んでいるのは火を見るより明らかだった。全身から抑えきれない怒りのオーラが立ち昇っている。

 

「そう。この場所を突き止められたのは、嗅覚に優れた魔獣とのキメラ兵である、あなたたちのおかげでもあるという訳ね……」


 幻惑結界を張って、この天幕が単なる大岩にしか見えないように偽装しておいた。

 たとえ、この周辺に私がいることがわかっていたとしても、この偽装は見破れない筈だった。


「そうだ。フリッツとゲイルがおる限り、貴様が逃げ延びることはできぬと知れ」

「……さあ、どうかしからね?」


 私は後ろに下がりながら、幻惑の魔法を使おうとした。


 【聖女の右腕】の一部が、私の腰布に入っていた。これさえあれば、私の理想とする錬金術に手が届く。

 ゼノンを倒せるだけの究極のキメラを、今度こそ作れるという自信があった。


 まさにこれからだというのに、こんなところで、殺される訳にいかない。

 とにかく会話を繋いで、魔法を練る時間を稼ぐ。


「しかし、驚いたわ。王国随一の猛将と謳われたあなたが。剣聖バルドともあろう者が、こんな暗殺者めいた行動に出るなんてね?」

「ワシより、ゼノンの方が将として優れておるからな。今のワシは名将ゼノンに使われる一振りの剣という訳だ」


 それは天下の剣聖バルドとは思えぬ言葉だった。

 この男は、自分の剣技こそ至高と信じ、誰よりもプライドが高いと思っていたけれど、まさか息子の方が自分より優れているとアッサリ認めるなんて……


「どういう心境の変化かしらかね?」

「貴様に敗北し続けて学んだことだ。ワシは将の器では無かった。ならば、民のため、より優れた者に舵取りを託すべきであろう? ワシは凡将であっても、暗愚では無いつもりだ」

「ふん、そう……!」


 幻惑の魔法で姿を消そうとした瞬間、私の右腕に焼けるような激痛が走った。


 血しぶきと共に、私の右腕が地面に落ちる。

 剣聖バルドが、私の右腕を斬ったのだ。


「あっ、ああああッ!?」

「少しは、身体を弄ばれた者たちの痛みがわかったか? ほんのささやかだが、これはアルフィンの分だ」 


 私が以前、アルフィンの腕を切り落として見せたことの意趣返しのつもりのようだった。

 痛みにのたうちながら、なんとか這って逃げ出そうとする。


 心の中で念じて、護衛として周囲に配置していたすべてのゴーレムとキメラ、キメラ兵に迎撃を命じた。


「く、来るよ! 私のかわいい子供たち!」

「……残念だが、周囲にいた貴様の護衛はすべて斬らせてもらったぞ。魔法を使うのに夢中になって、気付かなかったようだな」


 剣聖バルドが、私の足を踏みつけた。さらに、フリッツとゲイルが私の身体に縄をかける。


「安心せい、殺しはせぬ。ゼノンと話し合って決めたことでな。貴様には、バルザーク帝国と停戦協定を結ぶための交渉材料になってもらう」

「停戦協定ですって? あ、あなたは私を殺したいほど憎んでいるのだと思っていたわ」


 剣聖バルドは静かに頷いた。


「左様。だが、貴様の利き腕は斬り落とした。これで、もう貴様はまともに錬金術を使うことはできまい? 錬金術に必要な魔力を練るには、左右のバランスが重要だと言うではないか?」


 私は言葉を失った。


「そ、それもゼノンの知識という訳? 彼はどうやってそこまでの魔法の知識を……?」

「さてな。ヴァレリア殿によると、帝国に密かに大量のスパイを送っていたとのことだが……いずれにせよ、これでワシの復讐は成った。停戦協定の条件には、レティシアの腕を治療せぬことも含めるからな。大切なモノを奪われる痛み、貴様も思い知れ!」

「……な、なるほどね」


 ゼノンは回復薬という【癒しの奇跡】を宿した魔法薬を量産していた。

 それを入手すれば、私の右腕の復活は叶うと思ったのだけど……そんなに甘くはなかったわね。


 なにより、せっかく手に入れた【聖女の右腕】を奪われてしまっては、もうキメラの量産は叶わない。神に匹敵する究極のキメラを誕生させるなど、まさに夢物語となるわ。


 今回の戦いに敗北したことで、皇帝陛下はゼノンを敵に回す愚を悟るでしょう。

 さらに皇女の私は、たとえ錬金術が使えなくても、知識そのものは健在だし、政略結婚という利用価値がある。


 その私が、人質となって交渉材料にされるのであれば、おそらくアルビオン王国とバルザーク帝国との停戦協定は成るでしょうね。


 それで、帝国と泥沼の戦争状態になることを防ごうという訳ね。

 今の王国は、南部で発生した魔物の大群にも兵を割く必要があるから、停戦をきっかけに帝国と恒久的な同盟を結ぶことこそ、国益となるわ。


「その停戦協定もゼノンの知恵ね? まさか、そんな外交手腕まで持っているなんて」

「くくっ、その通り。剣だけが取り柄のワシから、あのような傑物が生まれてくるとは思わなんだ」


 どうやら、私の敗因は、ゼノンを過小評価していたことのようだった。


 ゼノンは超絶のスキル能力を持っている、剣が強い、将として優れているというだけではなかった。


 外交的手腕も、魔法の知識も人並み外れていたのよ。

 こんな何から何まで完璧な男が、この世にいるなんてね……

 

「まっ、政略結婚の道具として生き延びるということなら……いずれゼノンの側室として、アルビオン王国に嫁ぐのも良いかもね。彼はいずれ、この国の王に成り上がるでしょうから」

「貴様もそう思うか? ワシも、実はそう思い始めておる」


 剣聖バルドは剣を納めた。


「ふっ、そんなの当然でしょう。ただの辺境貴族で終わるには、ゼノンの器は大き過ぎるわ」

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