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第6話。悪女令嬢ヴァレリアが婚約破棄されて嫁いでくる

「……それで、ヴァレリアはいつここにやって来るんだ?」

「それが、王都を出立されたのが7日前で、早ければそろそろ馬車が到着するころかと」

「って、急過ぎるだろ!?」

「いえ、早ければの話です。罪人とはいえ、公爵家のご令嬢の旅ですので、観光などされながら、もっとゆっくりやって来られるかと」


 すると、部屋の扉がすごい勢いで叩かれた。切羽詰まった侍女の声が響く。


「申し上げます! 早馬の知らせで、ヴァレリア・アスフォデル様の馬車が、もうすぐご到着になられるそうです!」

「やばっ!? フェリクス急げ!」

「はっ!」


 俺はフェリクスに手伝ってもらい、大慌てで正装に着替える。

 これからヴァレリアを味方に引き入れるためにも、第一印象は良くしておかねばならない。


 フェリクスら城に残っていた使用人たちと共に城門の前に出て整列する。

 出迎えの準備は、なんとか整った。


 ホッとしていると、ボロボロの馬車がやって来る。


「お、おい、アレじゃないよな……?」


 俺は唖然としてフェリクスに尋ねた。


「いえ、あの黒薔薇の紋章は、まさにアスフォデル公爵家のものですぞ」

「はっ……?」


 異様なことに馬車の窓は割れ、車体は泥で汚れて歪んでいた。

 なによりおかしいことに、護衛の騎士が誰もいないじゃないか。


「80名の精鋭騎士団はどうしたんだ……?」

「わ、私に聞かれましても」

「ヴァレリアが先を急いで、後から護衛が到着するなんて、有り得るか?」

「護衛を仰せつかった騎士が、守るべき姫君から離れるなど有り得えませんな。一体どうしたことでしょう」

 

 フェリクスと二人で困惑していると、馬車が俺たちの前に横付けされて止まった。

 ハッとして居住まいを正すと、御者が馬車の扉を開く。


 姿を現したのは、息を飲むほど美しい15歳ほどの少女だった。

 月光を紡いだ銀糸のごとき長髪に、スラリと優雅に伸びた手足。強い意思をたたえたアメジスト色の瞳が、俺を値踏みするように見つめている。


「……ふんっ、あなたが、私の婚約者のゼノン・グレイヴァン殿?」


 ヴァレリアは勝ち気そうに鼻を鳴らした。

 ただ、その美しい顔は、病的なほど青白く、明らかに体調が悪そうだった。


 ……この娘、大丈夫か?

 俺は混乱しながらも腰を折って、歓迎の意を示した。


「はい。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました、ヴァレリア・アスフォデル様。グレイヴァン辺境伯バルドの長男ゼノンと申します。我ら一同、心より歓迎いたします」

 

 顔を上げると、ヴァレリアはタラップから足を踏み外して転びそうになっていた。

 ギョッとした俺は、慌てて彼女を抱きとめる。


「……って、もしかして、何かのご病気ですか!?」


 ヴァレリアの身体は驚くほど細く、痩せていた。まともに食事を取っているのか心配になるレベルだ。


 驚いたことに、護衛どころか車中に侍女や世話係が一人もいなかった。

 御者の男性は無言で立っているだけだし。これじゃ、道中、ヴァレリアは、まともなケアをされてはいないな。


 いくら、罪人として追放されたといっても、この仕打ちはあんまりじゃないのか?


「……離しなさい、無礼者!」


 怒りの瞳が、俺を鋭く射抜いた。


「あっ、こ、これは申し訳ありませんでした」


 婚約者といえど、いきなり相手を抱き締めるのは、礼を欠いたことだった。

 なにより、ヴァレリアの花のような良い香りに、ドギマギしてしまう。


 おっと、いかん、いかん。今はそんなことより、ヴァレリアの身体が心配だ。

 今の俺はMPがスッカラカンで、ヒールで彼女の生命力(HP)を癒してやれないしな……


 気になるところだが、護衛のシュヴァルツ・リッターがどうなったかは、明日、改めて聞くことにしよう。歓迎会を行おうと思ったが中止して、まずはヴァレリアに休息を取ってもらうべきだ。

 俺はそっと彼女から手を離して、頭を垂れる。


「だいぶお疲れのご様子ですので、まずはゆっくり休めるお部屋をご用意致します。それから消化に良い食事と、フェリクス、医者の手配もだ!」

「はっ!」


 俺の背後に控えていたフェリクスらが、弾かれたように散っていく。


「……無用よ。これはスキル【死霊使い】(ネクロマンサー)の代償なの。私の生命力(HP)を喰らって、死霊は力を発揮する」

「はぁっ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 ということは、道中【死霊使い】(ネクロマンサー)のスキル魔法を使いまくったということか? なぜ、そんな無茶を……?

 この壊れた馬車といい、まさか、何者かに襲撃されたのか?


「そんなことよりも、バルザーク帝国軍が攻めて来ているのでしょう? すぐに最前線に案内しなさい。私がこの地を救って見せるわ……!」


 ヴァレリアは気丈に俺を見上げた。

 これには、さすがに仰天した。


「そんな身体で、なにをおっしゃっているんですか!? まずは、お休みになってください!」

「……私は元々、身体が弱いの。悠長に体調の回復を待っていては、取り返しの付かないことになるわ」


 彼女のアメジストの瞳が、俺を、そして俺の背後に広がるこの国を射抜くように見つめていた。


「今すぐに守りを固めないと、この地は──いえ王国は帝国に蹂躙されてしまうわ! あなたも辺境伯の息子なら、よく理解しているでしょう? あのゴーレム兵団の恐ろしさを!」


 な、なんだ、これが稀代の悪女? 

 我が身を顧みず、この地を救いたいと言うのか……?


「ケホ、ケホ……ッ」


 ヴァレリアは、軽く咳き込んだ。落ち着いてから、再度、口を開く。


「こ、国王陛下は軍備増強を拒否された。私の力不足は、私自身の手で挽回して見せるわ!」


 この時、俺はゲームシナリオに隠された真実を知って衝撃を受けた。


 まさかあの孤児院への支援を打ち切っての強引な軍事費増額は、俺たちを──この王国を守るためだったのか!?

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