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第58話。聖女アリシア、ゼノンの罠にはまり反逆者となる

【聖女アリシア視点】


「……なんで聖女である私が、こんな目に遭わなくちゃならないのよ!?」


 私こと聖女アリシアは、辺境伯領に入るための関所前で、悪態をついた。

 関所の者たちは当然のごとく、私と義勇軍が領内へ入るのを拒否した。


「せ、聖女様。バルザーク帝国軍総大将、レティシア様から、早く関所への攻撃を始めるようにとのご指示が来ています」


 通信魔導師の少女が、顔面蒼白で耳打ちしてくる。


「ちくしょう……ッ!」


 思わず飛び出た口汚い言葉に、義勇軍の兵士たちが、ギョッとした目を向けてくる。

 もはや、心優しい聖女の仮面を被り続けるのも難しくなっていた。


 自分でもメチャクチャなことをやっている自覚があり、そんなメチャクチャな私を見限って、義勇軍を抜ける者が相次いでいた。


 私が率いる義勇軍は、半数以下の約4000人に激減していた。


 グレイヴァン辺境伯領の援軍に来ておきながら、私が領主バルドの解毒のために先行することを拒んだのだから、仕方がない。


 しかも義勇軍には、帝国に内通している者が潜んでいると、領主バルドの娘アルフィンから警告を受けた。それが私自身であるとも……


 もはや、この時点で、義勇軍は大義を失っており、何のために辺境伯領に向かおうとしているのか、意味不明となっていた。


 こんな士気がただ下がりのショボい軍勢で、これからゼノン率いるグレイヴァン辺境伯軍とケンカをしなければならなかった。

 当然、勝ち目などある訳がない。


 でも、それしか、私が生き延びる道は無かった。


 私は2日前にバルザーク帝国軍の総大将レティシア皇女に、通信魔法で手を組むことを申し入れた。


 この国を侵略したいあの女にとって、渡りに船の申し出のはずだった。

 なにせ、神に選ばれた聖女である私が、協力してやろうと言うのよ。


 だけど、クソ女のレティシアは、とんでもない要求を突き付けてきた。


『錬金術の素材に使いたいのよねぇ。あなたの右腕を斬り落として、私の配下に渡してくださらない?』

『あっ、それから義勇軍をグレイヴァン辺境伯領で暴れさせること。関所を通れない? そなものぶち破れば良いでしょう』


 こんなぞんざいな言葉が、通信魔導師を介して届けられた。

 私の現状を見透かしての足元を見た要求だった。


 内通を持ち掛けた時点で、レティシアは、私が非合法な手段で成り上がろうとしているのを察したようだ。

 そして、それが破綻しかけていることも。


 帝国はアルビオン王国に何人ものスパイを放っているから、もしかすると、私に関して、ある程度の事情を掴んでいたのかも知れない。


『もし条件を2つとも飲んでくれたら。義勇軍が関所を攻撃した直後に、ダラム城を攻撃するわ。要は陽動作戦ね』

『聖女様の義勇軍が攻撃を仕掛けてきたとなったら、辺境伯軍は大騒ぎになって、ゼノンの目はそちらに向くでしょう。彼は全力で、あなたを捕らえようとする筈だわ』


 つまり、私の義勇軍が囮となってゼノンと辺境伯軍を引き付け、手薄になったダラム城をレティシアが攻撃するという作戦。

 私のリスクが凄まじく大きいけど、他に選択肢は無かった。


 私は最大の要望を伝えた。


『……ダラム城を占領するだけじゃ駄目だわ。そこの城主を任せられているヴァレリアをなんとしても殺して頂戴! ゼノンはこちらで始末するわ!』

『もちろん、辺境伯領を占領したら、領主の一族は殺すか、実験台にするつもりだけど……ゼノンを始末って、あなたにそんなことができるの?』

『できるわ! こっちには秘密兵器がある!』

『はあ、まあ良いけど』


 私はまだあきらめていなかった。

 ゼノンとヴァレリアを殺し、王太子暗殺未遂事件の実行犯であるギデオンの口も封じる。


 これができれば、私はギリギリ罪を免れる可能性がある。この上で、バカなハロルド王太子を丸め込めば、王妃となれる可能性もまだある。


 だけど、レティシアが突き付けてきた要求は超難問だった。


 よりにもよって、私の右腕を錬金術の素材にしたいなんて……! 常軌を逸しているわ。あのマッドサイエンティスト!

 一体、それで何を造ろうというの!?


 【癒しの奇跡】を使えば、右腕を斬り落としても再生できる。

 でも、そんな恐ろしい自傷行為は、想像するだに足が竦んだ。


 だから私は2日前、配下に【睡眠】(スリープ)の魔法をかけてもらって、寝ている間に右腕を斬り落とさせた。

 その瞬間に、私は激痛と共に起き上がり、【癒やしの奇跡】で腕を再生させた。

 

 今でも思い出すと震えが止まらない強烈なトラウマ体験だった。


 すでにやって来ていたレティシアの配下が、無言で私の右腕を持って帰った。そいつは、仮面をつけて顔を隠した薄気味悪い男だった。

 帝国軍とはかなりの距離が離れているのに、どうやってここまでやってきたのだろうか。


 何にせよ、ここまでやったからには、もう後戻りはできない。この関所を攻撃して破って、辺境伯領で義勇軍を暴れさせるのよ。


 ゼノンは、あの意味不明野郎のカマエルをぶつけることで、何とかするしかない。


 カマエルは教皇がゼノンを始末するためだけに派遣してきた男。今まで、クソの役にも立たなかったけど、教皇が戦力として全幅の信頼を置いているなら、ゼノンを倒せる可能性がある。


 私は義勇軍の先頭に立って檄を飛ばした。


「グレイヴァン辺境伯は、援軍にやって来た私たち義勇軍を、裏切り者扱いしたわ! 剣聖バルド様に代わって総大将になったゼノンが、この私を陥れようとしているのよ! これから、この関所を突破して、剣聖バルド様をお助けするわ! 私がバルド様の毒を【癒やしの奇跡】で治して見せる!」


 我ながら、論理破綻した訳のわからない理屈だった。


 賛同の声はまばらにしか上がらない。

 しかもソレの9割は、潜ませた工作員のものだった。

 

「聖女様、いや、良くわからねぇんですが、なぜ辺境伯の息子ゼノン様が、聖女様を陥れようとするんですかい?」


 首を捻った隊長格の兵士が質問してくる。


「それは、彼の婚約者ヴァレリアが、私を逆恨みしているからよ!」

「は、はぁ……」


 質問に答えたが、彼はまるで納得していない様子だった。


「でも、俺たちが関所を通れないのは、聖女様があちらの申し出を突っぱねたからなんじゃ? なんで、すぐに駆け付けて辺境伯の毒を治されなかったんです?」

「……ちっ!」


 言い返すことができず、私は男を無視することにした。

 ここまで私に付いてきた義勇兵たちは、完全に困惑した様子だった。


「おい、これ。本当に関所を攻撃するのかよ? なんで?」

「そんなことをしたら、俺たちは下手すれば、反逆者になるんじゃ……」

「意味不明だぞ? 俺たちって、ここに援軍に来たんだよな?」


「ゼノン様って、アレだよな。近隣の村で噂になったぜ。聖女様よりも強力な【癒しの奇跡】を使えるって」

「俺もそれは聞いた! 帝国軍相手に大逆転勝利した、すげぇお方だって話だぞ!?」

「なんで、そんな人が悪者なんだ? 王国の英雄だろ?」

「なあ、俺たちも逃げた方が良くないか?」


 兵士たちが、顔を見合わせて疑問を口にし合う。

 私に対する疑念が強く渦巻いており、もはや義勇軍は破綻寸前だった。


「うぉおおおおッ! 聖女様、万歳!」


 聖教会の工作員たちが、雄叫びと共に槍を構えて、関所に突っ込んで行く。

 関所に攻めかかる者は、サクラである彼ら以外、誰もいなかった。


 とにかく戦端を開いて、レティシアとの約束を守らねばならない。


 そうすれば最悪、作戦が失敗しても、私はバルザーク帝国に亡命を受け入れてもらえるだろう。堕ちるところまで堕ちても、帝国で再起を図ることができる。


 そうだ。誰を犠牲にしても私だけは生き延びて、権力の座を手に入れてやるのよ!


「せ、聖女様、アレをご覧ください!」

「なっ!?」


 しかし、その時、関所に意外な旗が上がった。


 王族が滞在している領地のみに掲げることを許されている王室旗だった。


「ハロルド王太子殿下がご逗留なさっているグレイヴァン辺境伯領を攻撃するとは何事であるか!?」

「えっ、ええ……!?」


 関所の城壁上から響いてきた兵士の声に、私は心臓が止まりそうになった。


「ちょ!? な、なんで、ハロルド様がここにいる訳!?」


 想定外の事態だった。

 攻撃を開始してしまったら、私たちは王家に弓引いた賊軍となる。


 だが、私の命令を受けた工作員たちは止まらない。


 私がどう対応すべきか迷っている間に、関所の兵との戦闘が始まってしまう。


「反逆者の集団め! 王太子殿下の名を恐れぬか!?」

「ハロルド王太子殿下に剣を向けるなど、いかなる理由があれ許されんぞ!」

「反逆者は全員、死刑だ! 殺せ!」

「ちょ、ちょっと……!」


 私は攻撃中止を命じようとして、思いとどまった。

 ここで、手を止めたら、レティシアとの盟約を破ったことになる。それはダメだ。

 もはや、攻撃を成功させるしか手は無い。


「みんな、関所を全力で攻撃するのよ! これは神のご意志、正義は私たちにあるわ!」


 私は大声で命令を飛ばす。

 だけど、義勇軍の兵たちは、命令に反して一目散に逃げ出し始めた。


「ひっ!? 俺たちは王国に敵対する気なんか、さらさら無いです!」

「聖女の口車に乗せられて、ここまで来ただけだ!」

「訳わかんねぇよ! 俺は母ちゃんのところに帰る!」

「逃げろ! 逃げろ!」


 もはや、義勇軍は完全にお終いだった。


 おそらく、ハロルドを領内に招いたのもゼノンの計略だ。

 私は策で、完膚なきまでにゼノンに負けた。あいつは、恐ろしい策士だ。

 だけど、最後までやりきるしかない。


「攻撃よ! ハロルド様がいようと関係無いわ! 関所を破るのよ!」


 私は喉が潰れるほどの大声を張り上げ、とにかく義勇軍を鼓舞しようとした。

 その瞬間。


「アリシア!? なぜ、関所への攻撃を命じているんだ!?」


 信じられない声が頭上から降ってきた。


「僕がいようと関係ないって、どういうことだ!?」

「ハ、ハロルド様!?」


 見れば、ドラゴン少女のアルフィンに抱きかかえられたハロルドが、空を飛んでやって来ていた。

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