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第45話。全軍の総大将となり、剣聖の父がゼノンに忠誠を誓って配下となる

「はい、バルド様、まさにその通りです。そして、国王にもっとも必要なのは、民を守るために我が身を犠牲することも厭わないノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)の精神ですわ。ゼノンには何よりも得難き、この王の資質が備わっています」

「……王の資質?」


 えっ、俺は民を守るために我が身を犠牲にしようとしたことなんて、今までに一度も無いんだが……?


 もちろん、ヴァレリアやこの地の仲間が死ぬのは見たくなかったが……


「我がアスフォデル公爵家は、王国最強の剣。私は、この力で王たるべきお方をお支えせよと、お父様に言い付けられて育ちました……私は、私のすべてをゼノンのために捧げたいと思いますわ」

「……ゼノンがハロルド王太子殿下より、王にふさわしいというのか!?」


 父上の声は驚愕に震えていた。


「はい。私はゼノンこそ王の器であり、やがて王となる運命だと確信しております。そして、なにより……」


 ヴァレリアは俺の顔を見て、意を決したように告げた。


「私はゼノンの婚約者です。私はゼノンを心から愛しております。私の汚名返上に協力してくれた彼のため。今後、アスフォデル公爵家が、ゼノンの後ろ楯となって、全面的に彼を盛りたてて行くことになるでしょう」


 お、俺を心から愛しておりますだって!?

 家族の前での愛の告白に、心臓が大きく跳ねた。


 見ればヴァレリアは、顔を熟れたりんごのごとく真っ赤にしている。

  

「私は本気よゼノン」


 その一言で、これが父上を説得するための方便ではなく、彼女の本心であるとわかった。


「ゼノンってば、隅におけないわね。ヴァレリアの心をここまで掴んでしまっていたなんて!?」

「えっ!? いや、まあ、そうですね」


 アルフィン姉が、肘で俺の脇腹を小突いてくる。

 まさか、好きな女の子から告白されるとは思わず、しばらく実感が湧かなかった。


「ね、ねっ? こんな時になんだけど、ふたりの馴れ初めをお姉ちゃんは詳しく聞きたいなぁ!」

「『俺はヴァレリアに運命共同体になってもらいたい』と初対面で告白されましたわ、アルフィンお姉様」

「はぁっ!?」


 ……そ、それは言ったかも知れないが。


「すごいわ!」


 姉が、興奮して俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 ちょ!? かなり痛い。


「なるほど……愛は人を変える。ワシの考えはあながち間違っていなかったというわけか」


 なにやら父上も納得した様子だった。


「自分から告白するなんて、男らしくて良いわね! ちょっと妬けちゃうけど……そうよ。恋愛も先制攻撃こそ重要だと思うわ!」


 これで違うとは言えなくなり、俺からヴァレリアに告白したことになってしまった。

 まあ、いいか。俺がヴァレリアを好きなのは変わりないからな。


 ヴァレリアが握ってきた手を、俺は握り返す。


 今回の勝利も彼女と協力し合ってのことだ。ヴァレリアが側に居てくれるのなら、俺はどんな困難にも立ち向かえそうな気がする。


「……ヴァレリア殿。ゼノンのことをそこまで評価していただいて恐縮だ。アスフォデル公爵家がゼノンの後ろ盾になってくれるのであれば願ってもない。だが、少し話を戻そう。ゼノンよ、肝心な事を尋ねる」


 その一言で、その場の空気がまたピリッとした。

 

「聖女様が、王太子暗殺未遂事件の黒幕だという証拠はあるのか? もしそうでないなら、聖女様がヴァレリア殿を襲撃したのは、王国のために反逆者を抹殺しようとした。という論法が成り立ってしまい、聖女様を罪に問うのは難しくなるぞ」

「それは……」


 ヴァレリアが唇を噛み締めた。


「お父様、ゼノンとヴァレリアが嘘をつく訳がないでしょう? 私は二人を信じるわ! だって、ふたりは愛し合っているのよ! 愛し合う二人が、嘘をつくと思う!?」


 ありがたいことにアルフィン姉が援護射撃をしてくれた。

 だけど、それは単なる感想である上に、論点がズレている。父上が求めているのは、客観的な証拠だ。


「ワシも、もちろんそう信じたいが、聖女様を敵とみなすなら、大勢の将兵を納得させるだけの根拠が必要となる。聖女様を神の御使いと信じている者は、多いぞ?」


 まあ、そうなるよな。

 これについては、俺が事前に仕掛けた策が決まるかどうかにかかっている。


「……残念ながら直接的な証拠は今のところありません。ただ、王太子暗殺未遂事件の実行犯は、アスフォデル公爵の協力で、もうすぐ捕まる手筈です。これによって、ヴァレリアの罪が濡れ衣であることが証明できます」

「そうなれば、聖女アリシアが私を護衛ともども抹殺しようとした罪を、被害者である私が告発することができるようになりますわ」


 ヴァレリアの目に、怒りの炎が宿った。


「なるほど。エルンスト(アスフォデル公爵)がすでに動いておるのか。実はワシは王都に援軍要請を行い、この地に聖女アリシア率いる義勇軍を呼び寄せてしまったのだが……」


 なに? やはり、そうか。

 最悪の予想が当たってしまったな。


 原作ゲームで連戦連勝を重ねた主人公の軍勢──聖女の義勇軍が、俺たちを滅ぼすためにやってくるのか。


「それならば、奴らを領内から締め出すことができるようになるだろう」


 そこで、父上は一泊の間を置いて、俺を見つめた。


「だが、それと総大将をゼノンとするかは別問題だ。特にワシが健在であるうちにそれをすれば、いかにゼノンが【癒しの奇跡】の使い手であり、大手柄を上げたとて、納得せぬ者も出てくるであろう? 万の軍を掌握するのは、並大抵のことではないぞ」


 ……確かにそれはそうだ。 

 父上から無理やり領主の座を奪ったと見なされれば、さすがに父上を慕う古参武将たちから反発されるだろう。


 20年以上、この地を帝国から守ってきた父上に対する武将たちの信頼は絶大だった。


「よってワシは今回の戦いで、ゼノンの【癒しの奇跡】でも治せない猛毒を受けたことにする。ワシが生死の境にあるならば、総大将の座を優秀な息子に渡すことに文句を言う者は現れぬであろう?」

「父上!?」


 俺は驚愕した。


「た、確かに妙案だわ。それなら、総大将が代わることは不自然でも何でもありません。誰もが納得してくれると思いますわ」


 ヴァレリアも目を瞬く。


「ハハハッ、いやなに、その聖女アリシア──ワシの大事な嫁御であるヴァレリア殿を苦しめた聖女を逆に罠に嵌めてやろうと思ってな」

「えっ?」

「ヴァレリア殿、もし聖女アリシアがこの地にやってきて計略を仕掛けてくるなら、毒を受けて伏せっていることになっているワシの病室に案内してくだされ。ゼノンでは癒せぬ毒を、聖女様なら癒せるだろうなどと言ってな」


 父上は人の悪い笑みを浮かべた。


「もし、エルンスト(アスフォデル公爵)が王太子暗殺未遂事件の実行犯を捕まえておるなら、その場でその事実を突き付け、ヴァレリア殿を襲撃した罪を断罪してくれよう。領主は国王陛下より自治権が認められている故に、ワシの一存で聖女を裁くことが可能となる。罠に嵌めるつもりが、逆に罠に嵌められる羽目になるとは、さすがの聖女も思ってもみないであろうからな。必ず引っかかるであろう」

「……それは確かに。父上の権利なら、この地にやってきた聖女アリシアを断罪して拘束することができますね」


 まさに妙案だった。

 これなら、聖女アリシアを溺愛するハロルド王太子も介入して来れないだろう。


「そうだ。それに戦場には正体を隠し、ゼノン配下の一兵卒として出ることで、帝国軍も罠に嵌めることができよう。最後の一斉射撃の矢には、毒が塗られておったからな」


 父上は砕け散った矢を拾い上げて、矢尻を俺たちに見せた。

 暗くてわからないが、【超回復】(オーバーヒール)によって強化された父上の目には、毒が塗られているのが見えるようだった。


「レティシアもワシが、毒を受けたと思い込んで油断するであろう? 国境まで下がった帝国軍は、おそらく本国からの補給を受けて、もう一度、仕掛けてくると思う。その時、攻めてきたあの女を、ワシは一剣士として討ち取る。この地で好き放題したことを後悔させてくれるわ」

「父上が、俺の配下となってくれるというのですか?」


 俺は心底驚いた。

 父上は万の軍に匹敵する強さを誇る剣聖だ。


 指揮官であるが故に、前線でその武力を存分に発揮できなかったが、一兵士となれば話は変わってくる。

 最強の伏兵の誕生だ。

 

「その通りだ。そもそもワシが目指したのは最強の剣士となることだ。ワシは、本来は万の軍を率いる将の器ではなかった。ワシ以上の将器を持つ息子が現れたのなら、喜んでその座を引き渡そう」


 父上は、豪放磊落に笑った。


「ゼノンよ、ワシの代わりにグレイヴァン辺境伯軍を頼んだぞ。そして、このワシを一剣士として、戦場で見事、使い熟してみせい!」


 父上が剣を地面に突き立てて、俺への忠誠を誓う。


「今より、グレイヴァン辺境伯、剣聖バルドの剣。ゼノン・グレイヴァンに捧げよう」

「我が夫、ゼノンに対する忠誠、ありがたく頂戴しますわ、バルド様。共に、ゼノンを王とするべく、尽力して参りましょう」


 驚く俺を尻目に、ヴァレリアが貫禄たっぷりに振る舞った。まるでここが王の謁見の間であり、彼女は俺の妃にして、副官といった様子だった。


「……リディア様」


 父上は気圧されたように、呆然と呟いた。


「ヴァレリア殿は、やはりリディア様の娘御──場合によっては王女と呼ばれてもおかしくなかった尊きお方。そのヴァレリア殿が認めたのなら、まさしくゼノンは、王となる運命か!」

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