第42話。レティシア皇女の罠を破って、家族全員を救う
「……うん? す、すごい! ゼノンの強さは想像以上だわ! 【超回復】って、魔法系スキルじゃないの!?」
剣の達人であるアルフィン姉は、手を握った感触で、俺の強さを見抜いたらしい。
握手から読み取れる情報は、実は多岐にわたる。
「その通り魔法系スキルなんだが……」
「えっ!? それでこの筋力と体幹!? ゼノンってば、お父様に匹敵する強さじゃないの!?」
アルフィン姉は顔を輝かせた。
「なんと……! やはりそうだったか」
父上もこれには唸った。
「私は剣聖を超える世界一の大剣豪になるのが夢だったけど……魔法にも高い適正のあるゼノンはそれ以上になれるかもね! よし、これからも一緒に修業をがんばりましょう!」
「アルフィン姉と一緒なら、俺もさらなる高みに登れそうだな」
アルフィン姉と一緒に修業かあ。
楽しい毎日がやって来そうだ。
だが、アルフィン姉は、すぐに顔を曇らせた。
「……あっ、ところで、鏡ってない? 身体に翼とか尻尾とか生えて。わ、私の顔まで、おかしくなったりしてないわよね!?」
「大丈夫。姉は、最高にきれいだから!」
俺は力強く断言した。
「ええっ、その通りよ。これで、ご覧になってください」
ヴァレリアが手鏡を取り出して見せた。
「……あっ、ああっ、よかったぁ~! こ、これならセーフ。というより、むしろ、この角とか、カッコいい? 世界一の大剣豪の貫禄が出てているんじゃない?」
アルフィン姉は悲しむどころか、額から生えた角に触れて、なにやらムフフと、ご満悦だった。
俺は衝撃を受けた。
も、もしかして、彼女も俺と同じ、ドラゴン娘の魅力の理解者だったのか?
なんてことだ、この世界にも同志がいるなんて! しかも、それがドラゴン娘である姉自身だなんて、こんな幸せなことがあるだろうか?
「……本当に神様には感謝しなくちゃな」
「ええっ、ゼノン、本当に良かったわね」
しみじみ呟くと、ヴァレリアが俺にそっと寄り添ってくれた。
「ありがとうヴァレリア。今、この幸せは、ヴァレリアが力を貸してくれたおかげだ」
そこで、ふと気付く。
あっ、そう言えば、『世界一の大剣豪』を目指すアルフィン姉は、童顔で小柄であることを気にしていたな。
18歳なのに中学生くらいにしか見えない外見から、敵から武将ではなく剣士見習いと勘違いされて舐められることが多く、ブチ切れていた。
しかし、ドラゴンの角や翼が生えたことで、アンバランスな強そうな印象が出て、それを喜んでいるようだった。
強さとかわいらしさの絶妙な共存こそ、ドラゴン娘の最大の魅力だからな。うんうん。
「そ、そうか? その姿では、恐れられることもあるように思えるが……」
父上がアルフィン姉の様子に、不安そうに眉をひそめる。
「甘いわよ、お父様。小娘って、バカにされるより、恐れられる方が良いに決まっているじゃない。これでもう、誰からもバカにされなくて済むわ! この尻尾も翼も、強そうじゃないの!」
「だ、だが、嫁の貰い手が……」
一瞬、俺はまだ姉を怪物扱いするのかと、ムッとしかけたが、この世界では女の子の幸せは結婚だという価値観が支配的だった。
父上もアルフィン姉の幸せを真剣に考えて、心配しているのだと、思い直す。
「私はお嫁なんかには行かないわ。領主となるゼノンを側で支えるために、世界一の大剣豪を目指して修業に励むから、むしろ大歓迎よ!」
「い、いや……そうか」
父上は、かなり複雑そうな顔をした。
だが、どうやらアルフィン姉も、今の自分を気に入ったようだ。
俺は心の底から、うれしくなった。
もしアルフィン姉が悲嘆に暮れていたりしたら、さすがに彼女との暮らしを満喫するどころじゃないからな。
「そう。アルフィン姉は、とってもキュートでカッコいい! 姉は最高だぁ!」
「うん、良くわかっているじゃないの、ゼノン! 私はもう誰にも負けないわ。これからずっと、一生、あなたの力になるからね!」
アルフィン姉と俺は、手を繋いではしゃぎまくった。
本音を言えば、姉にはずっと近くにいてもらいたかったので、お嫁に行かないでいてくれるというのは、願ったりだった。
ただ、一生というのが、ちょっと若干、引っかかる……
アルフィン姉には、自由に生きてもらいたいんだが。
「……バルド様、アルフィンお姉様の翼や尻尾は服で隠すことができます。角はアクセサリーのように見せることもできますから、デビュタント(貴族の社交界デビュー)も叶うと思いますわ」
姉をじっと見つめていたヴァレリアが、父上に進言した。
「ヴァレリア殿がそう言うのであれば、ひとまず安心か」
父上は、ほっと安堵の息を吐いた。
そう言えば、アルフィン姉の社交界デビューはこれからだった。
王侯貴族が集うパーティーや舞踏会への参加は、単なる遊びではなく、他の貴族家と誼を結びつつ情報交換をするためのものだ。
結婚をしないとしても、貴族なら当然、こなさなければならない。
確かにドラゴン娘になったアルフィン姉にこれができるかは、心配なところだった。
「……えっ、そう言えば、あなた、誰? ちょっと、ゼノン、すごい美少女じゃないの!?」
「実は、彼女は……」
「初めまして、アルフィン・グレイヴァン殿。私はアスフォデル公爵エルンストの娘ヴァレリア。ゼノンの婚約ですわ」
「……えっ?」
優雅にスカートの裾を摘んでお辞儀したヴァレリアに、アルフィン姉の目が点になった。
「ちょ!? ど、どういうことよ、ゼノン!? アスフォデルって、確か王家に連なる!? な、何がどうなっているの!?」
アルフィン姉は俺の首を掴んで、がくがく揺さぶった。
ちょっ、ドラゴン娘のパワーで、それをやられると痛いというか、首がもげそうになる。
「我が父が、ぜひにと望んで成立した婚約です。私もゼノンの婚約者となれることを誇りに思っています。どうか、義妹として仲良くしてくださると、うれしいですわ」
「王国の剣、アスフォデル公爵家のご令嬢と仲良くなれるなんて、私もうれしいわ! シュヴァルツ・リッターとは一度、手合わせしてみたかったの! ね、ねっ、あなたも剣士だったりするの!?」
根っからの戦闘民族であるアルフィン姉は、浮かれまくっていた
ヴァレリアは若干、引いていたが、二人が友人となってくれるのであれば、俺も願ったりだ。
アルフィン姉に女友達がいたことは、今までに無かったからな……
口を開けば、父上を超える世界一の大剣豪になりたいと言う姉は、この辺境で、無骨な男たちの中に混じって生きてきた。
女性とはあまり話が合わず、ちょっと心配だった。
だけど、王太子の護衛役として幼少から訓練を積んできたヴァレリアとなら、話が合うかもしれない。
「ヴァレリア。姉は、ちょっと変わっているけど、誰よりも剣を極めることに純粋なんだ。仲良くしてくれるとうれしい」
「ええっ、もちろんよ。アルフィンお姉様、アスフォデル公爵家も武門の家系、剣の道を志し、武将として戦場に立つあなたは、とても凛々しく立派だと思います」
ヴァレリアは頷いた。
おっ、これはうれしい。多少、社交辞令が入っているかも知れないが、どうやらヴァレリアから見て、アルフィン姉は好ましく映るようだ。
「……はぁ。まさか、虎の子のキメラ兵が、すべて倒されてしまうなんてね」
その時、レティシア皇女が肩を竦めながら、歩み寄ってきた。
俺たちは慌てて身構える。
そうだ、俺たちの最大の目的は、帝国軍の総大将であるこの魔女を討ち取ることだった。
「私の負けよ。潔く投降するわ」
「なに……?」
俺は度肝を抜かれた。
いや、待て。
アルフィン姉との再会を喜ぶあまり、レティシア皇女については失念していたが、なぜ、コイツは今の今まで、逃げずにいたんだ?
それに帝国軍の兵たちも周囲から撤退している。
強烈な違和感。
「観念しおったかレティシア。ふん、降るなど認めん。その首、貰い受ける」
「……いいわね。じゃ、一思いにやっていただけるかしら、剣聖さん?」
レティシア皇女は父上に歩み寄って、まるで恋人を抱擁するかのように、無防備に両手を広げた。
ザワリ、と肌が粟立った。
ありえない。
俺の脳裏に、原作ゲームの知識が閃光のように走った。
そうだ。レティシア皇女は物語後半、自分に似せた『精巧なゴーレム』を影武者として使っていたじゃないか。
もし、キメラ兵同様、それがもう完成していたら?
思えば、この戦いの最中、レティシア皇女は照明魔法しか使ってこなかった。それはゴーレム兵の標準装備だ。
だとすると、奴の狙いは父上の命か……?
思考より先に、身体が動いた。
「危ない父上ッ!」
俺は地面を蹴り、レティシア皇女の腹を思い切り蹴り飛ばした。
ドゴォッ!!
足裏に伝わったのは、まるで鉄のような硬い感触だった。若い娘の柔肌とは、とても思えない。
レティシア皇女の体が、ボールのように吹き飛んでいく。
「伏せろぉおおおッ!」
「ゼノン!?」
俺はヴァレリアとアルフィン姉を地面に押し倒して、絶叫した。
ギリギリ間に合うか!?
「ふっ、さすがね。必ずあなたを手に入れて見せるわ、ゼノン」
レティシア皇女が、唇の端を吊り上げた。
直後、その体が風船のように膨張し、爆発する。
カッッッ!!!!
世界が白一色に塗りつぶされ、鼓膜をつんざく爆音が轟いた。
「バカな、自爆だと!?」
「きゃあああああッ!?」
父上も爆風に煽られながら地面に伏せていた。
俺の警告が功を奏し、全員、防御体勢を取ったおかげで無事だった。
倒れた兄弟子たちも、幸いにも軽傷で済んでいるようだ。
「ここにいたのは、本物のレティシア皇女じゃなくて、彼女そっくりの小型ゴーレムだ!」
「す、すごいわ、ゼノン、良く見破ったわね!」
俺に抱き締められたヴァレリアが歓声を上げた。
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